16.初めての休日
舞依とダンスを踊る姿を披露した後、感想を聞いてみた。
「ダンスというのはこういうものです。ダンスホールというのは丁度、この様な部屋を作るのですよ。毎日、営業すればお休みの時や、仕事が終わった後で来ることもできるでしょう」
「素敵な音楽ですね!」
「ダンスのドレスはどうしましょう?」
「ドレスはお見合いや結婚式の衣装でも構いませんし、昨日、視察した服飾工房でもダンス用のドレスは仕立てられると思いますよ」
「踊ってみたいわ!」
「私も踊りたい!」
「では、ダンスホールを作ることには賛成頂けますか?」
「はい!是非、お願い致します」
「侍女の皆、ダンスの先生になるために沢山、練習しないといけないね」
「はい。頑張ります!」
「では椿さん、今後、ダンスホールの建設について話を進めましょう」
「かしこまりました」
最後に治癒の能力を持つ者の能力を測らせてもらった。先代の神々の子はやはり力が強めで、その子と普通の人間の間に生まれた子は姉たちと同じレベルだった。
「今日はこれでお終いです。ご協力、ありがとうございました」
「月夜見さま、ありがとう御座いました」
侍女だけを残して、皆が帰って行った。
「侍女の皆には渡すものがあるからね」
「シュンッ!」
「さぁ、このバッグをひとつずつ差し上げるよ。受け取ったら中身を見てご覧」
「まずは水着だ。下着ではないよ。これで海に入るんだよ。それと海から上がった時に身体を拭くタオル、それと水着の上に着るガウンだ」
「月夜見さま。私たちも海に行って水着で海に入るのですか?」
「そうだよ。楽しいよ」
「え?私たちが神さまと一緒にそんなこと・・・許されるのですか?」
「いいかい?これからは変わるんだよ。君たち侍女は私たちにいっぱい気を遣うでしょう?だから、こういう気分転換は大切なんだよ」
「では、私たちも楽しんで良いのですか?」
「そうだよ。楽しんでもらうために海へ連れて行くし、水着も用意したのだからね」
「こんなに素敵なものを頂けるなんて・・・」
「それとは別に下着が六枚あると思うけれど、それはね。生理の時の下着だよ。静、三種類の下着を手に持ってみて」
「はい」
「右手に持っているのが、経血が多い時用、その隣が少ない時用、左手に持っているのが、夜眠る時用だよ。その時によって使い分けるんだ。勿論、生理用品は使うんだよ」
「二枚ずつありますが・・・」
「当然だよ。汚れたら替えないといけないのだからね。小まめに洗濯するのですよ」
「はい。かしこまりました」
「では明日は海に行こうか。静、全員分の昼食を厨房に頼んでおいてくれるかな?」
「かしこまりました」
「では皆、今は下がって良いよ」
「はい」
侍女を下がらせてから妻たちにサングラス、水着と下着、サニタリーショーツを配った。
「琴葉と幸ちゃんは、明日はビキニだからね!」
「分かったわ」
「ちょっと恥ずかしいですけれど、月夜見さまがそう言うなら・・・」
「うん。お願いします!」
「それとサングラスも用意したよ。前回、日差しが眩しかったよね?」
「えぇ、そうね。あると助かるわ」
「サングラスはデザインに好みがあるだろうということで、多めに買ったんだ。好きなものを選んでね」
妻たちはサングラスを手に取り、各々で好きなデザインのものを選んでいった。そして最後に下着とサニタリーショーツを配った。
「まぁ!これは日本の最新の下着なのね?素敵なデザインね!」
「本当に!形も美しいし、もしかして機能性も良くなっているのではないかしら!」
「月夜見さまが頼んでくださったのですか?」
「あぁ、いや。高島女史が薦めてくれたんだ」
「本当に気が利く方なのですね!センスも素晴らしいわ!」
「ちょっと!これがサニタリーショーツなの?」
「まぁ!本当に!サニタリーショーツって言うから、可愛げのないものかと思ったら、とってもお洒落なデザインなのね」
「日本の文化とかこういう服飾も相当に進んでいるのですね」
「月夜見さま、こんなに素晴らしいものをありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして!皆が喜んでくれたのなら良かった」
そして一度部屋に戻ると、静、蘭、凪が居た。皆、目が赤い。泣いたのかな?
「皆、赤い目をしてどうしたの?」
「あ、そ、それは・・・その、嬉しくて・・・」
「あぁ、そういうことか。そう言えばね、私は侍女を家族みたいに扱うって、よく妻たちに言われるのだけどね、自分の近しい人のことは放っておけなくなる質なんだよ。でもそれ以上の感情はないからね」
「はい。心得ております」
「あ!そうだ。あのさ、一応聞いておくけれど、私に求められたら夜伽にも応じる様に言われていたりする?」
「はい。その様に心得ております」
「あー、そうなのか。では言っておくけれど、私は絶対に君たちに手を出したりしない。夜伽なんてあり得ないからね。それと君たちの方からお願いされても応じないからね」
「かしこまりました」
「君たちには、これからの人生で出会う運命の人と結婚して欲しいんだ」
「本当に私たちが結婚しても良いのですか?」
「静、勿論だよ。全員結婚して欲しいし、できれば子も作って欲しいと思っているよ」
「でも、私、この仕事を辞めたくありません」
「蘭、それならば、この町でお見合いをすれば良いのだよ。もし、他の町で良い人に出会ったら、その男性にこの町の仕事に変えてもらえば良いよ」
「そんなことできるのでしょうか?」
「その時は私に相談しなさい。私が話してそうできる様にしてあげるからね」
「ありがとう御座います」
「静、君たち三人だけのことではないからね。他の子にもそう伝えるんだよ」
「はい!ありがとう御座います」
「では静、珈琲を淹れてくれるかな。昨日、僕が焙煎した豆でね」
「かしこまりました」
やはり焙煎したての珈琲は香りが良いな。
「月夜見さま。どうぞ」
「静、ありがとう。さて、味はどうかな?」
「ふむ。まぁ、美味しいな・・・けど、ちょっと苦みが強いかな・・・次は焙煎時間を少し短くしてみよう」
「月夜見さま。珈琲って苦いですよね?」
「静、落としてそのままの珈琲を飲んでみたのかな?」
「はい。淹れ方を教わった時に飲んでみたのです」
「苦みも美味しさのひとつなのだけど、それを美味しいと感じるには慣れも必要なんだ。初めは牛乳と砂糖を入れて飲むと良いよ」
「そうだったのですね」
「あ!そうだ。この珈琲、かなり濃いからアイスコーヒーとしても飲めるかな。明日、海に持って行こうかな」
「アイスコーヒー?とはどんなものですか?」
「この珈琲を冷やして飲むものだよ。牛乳と砂糖を入れたものも作って持って行こう」
今夜は幸ちゃんと眠る日だ。幸ちゃんは支度を整えると、日本酒を持参してやって来た。
「幸ちゃん、日本酒だね?」
「えぇ、日本酒が好きなのです」
「そうなんだね。それじゃぁ、幸ちゃんにお酌しないとね」
「まぁ!ありがとう御座います」
「では、月夜見さまも」
小さめなグラスにお酌をし合い、冷えた日本酒を満たして乾杯した。
「月夜見さま。桜は妊娠できたのでしょうか?」
「あと三日くらいしないと分からないね。幸ちゃんはもう子を作っても良いの?」
「はい。欲しいです。恐らくあと一週間くらいで排卵すると思うのです」
「幸ちゃんの娘だと、やっぱり大人しい女の子らしい子になるかな?」
「そうですね。私の母もやはりそんな感じですから」
「でも僕はそんな大人しい女の子も好きだな」
「嬉しいです!」
幸ちゃんがキスをして来た。あぁ、スイッチが入ってしまうよ。
「幸ちゃん。もう我慢できないよ」
「えぇ、私もです!」
そうして、そのままふたりはベッドに倒れこみ、そのまま深夜まで愛し合った。
アルカディア六日目、今日は侍女たち全員を連れて海へ行く。
朝食後にアイスコーヒーを作ってポットに入れた。昼食のお弁当も作ってもらい、船に積み込んだ。
動力のない船を月の都からもう一隻引き出した。二隻の船に分かれて全員が乗り、もう一隻は花音に任せて飛ばしてもらった。当然の様にフクロウもついてくる。
「シュンッ!」
「シュンッ!」
二隻の船が、海岸のログハウスの隣の空き地に出現した。
「さぁ、皆、着きましたよ!」
「え?もう着いたのですか?」
「えぇ、瞬間移動したのよ」
「凄いです!奥さま!」
「ふふっ、奥さまなんて・・・」
「そう言われてみると、私たちってあまり奥さまとは呼ばれないわね」
「そうよね。名前か、神さまかしら?」
「奥さまって、何だかこそばゆいわね」
妻たちは一様にまんざらでもない笑顔となった。
「さて、では昼食を冷蔵庫に入れて飲み物の準備をしてくれるかな?妻たちは先に着替えて来てね。桜は着替えないでそのまま、ビーチベッドに居ると良いよ」
「えぇ、そうさせて頂きますね」
「桜、そのサングラス。似合っているね。格好良いよ!」
「ふふっ、そうですか?月夜見さまも素敵ですよ」
「ありがとう。では着替えて来るよ」
妻たちが着替えてログハウスからでてくると、侍女たちが僕たちの飲み物を用意してくれた。
「皆、今日はアイスコーヒーも作ってみたんだ。良かったらどうぞ」
「それならアイスコーヒーが飲みたいわ」
「私も」
「では皆、一杯目はアイスコーヒーにしようか」
「えぇ、お願いします」
そして妻たちにアイスコーヒーが配られ、侍女たちは着替えに行った。
サングラスをしてビーチベッドでくつろぐ妻たちは、やはり皆とんでもない美人だ。
「皆、とんでもない美人だね・・・」
「え?急に何を言いだすのですか!」
「ふふっ。そういう月夜見さまも、とんでもなく格好良いです!」
「サングラス効果か・・・」
しばらくして、ひとり、またひとりと侍女がログハウスから出て来た。
皆、揃いのビキニなのだが、ピンクとホワイトの二色で上下共にフリルが付いているのだ。
「まぁ、可愛い水着ね」
「皆、似合っているわね」
十九人全員が揃って並ぶと、高校生の部活か合宿?といった感じになった。
「皆、今日は休日の様なものだ。思う存分、楽しんで良いのですからね。まずは海に入っておいでよ。かなり沖まで行っても遠浅で足が付くから安心して遊ぶと良いよ」
「では、行ってきます。皆、行くよ!」
静が皆に声を掛けた。良い顔をしている。
「はい!」
皆、波打ち際へ走って行った。そして恐る恐る水に入ると、
「冷たーい!」
「気持ちいい!」
「何この水!塩辛い!」
水を掛け合ってキャーキャー言っている。
「十五歳の娘らしいね。安心するよ」
「月夜見さま。あの娘たちのお父さんみたいですよ?」
「そうだね。そんな目で見ていたよ。だって、アンナマリーとそれ程、変わらない感じだものね。あ!忘れていたよ、詩織!」
「どうしたのですか?」
「アンナマリーだけど、この前、ネモフィラの服飾店に行った時、ついでにアンナマリーの顔を見に学校に寄ったんだ。そうしたら、秋高と机を並べて、何か良い雰囲気になっていたんだ」
「え?良夜さまはどうなったのでしょう?」
「それは、分からないのだけどね・・・」
「それって、三角関係ってやつなのですか?」
「アンナマリーが秋高に乗り換えたのでは?」
「え?琴葉、何でそう思うの?」
「だって、秋高はマリー姉さまに似て、月夜見さまと同じ瞳と髪の色なのですよ。アンナマリーは月夜見さまにべったりではないですか」
「あぁ、それ、分かります・・・」
「え?詩織。では本当に乗り換え?良夜は大丈夫かな?」
「ちょっと気になりますね。あの娘、一直線なところがあるので・・・」
「詩織、ここから戻ったら、一度、ネモフィラに行ってみようか」
「はい。そうですね」
「アンナマリーはまだ、十歳なのですよね?おませさんですね!」
「水月の時のこともあるからね。ちょっと心配だよ」
「月夜見さまって、娘を嫁に出したくないタイプだったのですね」
「え?いや、心配しているだけだよ」
「そうでしょうか?」
「うーん・・・さて、皆に泳ぎでも教えて来ようかな・・・」
僕は逃げる様に侍女たちのところへ向かった。
「皆、泳ぎを教えようか?」
「え?私たちでも泳げるのですか?」
「じゃぁ、静、おいで。手を引いてあげるからね。足をこうやってバタバタと上下に動かして水を蹴ってごらん」
「はい!」
静の手を引きながら引っ張って行った。そうして午前中はひとしきり海で遊んで過ごした。
昼食をログハウスの食堂で頂き、午後はのんびりした。妻たちの何人かはログハウスの中で過ごし、侍女たちには好きな様にさせた。ビーチベッドで昼寝するも良し、海で引き続き遊ぶも良し、僕らと話す娘も居た。
「月夜見さま。アルカディアの外はどんな世界なのですか?」
僕の斜め後ろの椅子に座っていた凛が質問をしてきた。
「サンクチュアリという大きな大陸に二十九の国があるんだ。今では全国で五十万人の人が暮らしているよ」
「国というのはアルカディアの様なものですか?」
「そうだね。それぞれの国には王が居て、国を幾つかの領地に分け、それぞれの土地を領主である貴族が治めているんだよ。アルカディアの人口だと、このひとつの領の人数くらいかな?」
「では椿さまは貴族なのですか?」
「いいや、アルカディアに貴族は存在しないし、椿さんは皆の面倒見役みたいなものだね」
「その大きな大陸にはアルカディアでは見られない様なものもあるのですか?」
「そうだね。とても高い山、美しい湖、秋の紅葉、冬の雪景色とかね。アルカディアにはないものが沢山あるかな」
「そうですか・・・見てみたいな・・・」
凛は空に浮かぶ月を遠い目で見つめていた。
「あぁ、そうだね。そのうちに連れて行ってあげるよ」
「え?本当ですか?」
「うん。この海にも一瞬で飛んで来たでしょう?サンクチュアリのそういうところへも同じ様に瞬間移動ができるからね。こうやって一日ピクニックに行くだけなら問題はないだろう」
「あぁ!嬉しい!楽しみです!」
思い思いに休日の様な一日を過ごし、少し陽が傾いた頃、帰り支度を始めた。
初めに侍女が、その後妻たちが風呂に入って着替える中、僕はひとりビーチベッドに寝そべり、刻々と変わっていく空の色とその中に浮かぶ二つの月を眺めていた。
月を見ていると何故か涙が零れてきた。月を見ているとどうして涙腺が緩んでしまうのだろう?
特に悲しいことがある訳ではない。舞依も見つかったし、生活も落ち着いてきている。天照さまや五百年の寿命、それにお役目のことは驚いたけれど、もう自分の中では受け入れられたつもりでいた。
「まぁくん。どうしたの?何故、泣いているの?」
ログハウスからでて来た舞依が僕に気付いて隣に来ていた。
「いや、自分でも分からないんだ。月を眺めていたらね・・・」
舞依がビーチベッドの隅に腰掛けて僕を抱きしめた。
「あなたには辛いことが多くあり過ぎたのよ。その長い苦しみからは、そう簡単に開放されるものではないわ」
「それならば、舞依だって同じでしょう?舞依は今でも辛くなる時があるのかい?」
「そうね。たまに思い出してしまうわね。そういう記憶って消せるものではないし、常に楽しいことが続く訳ではないから、ふとした時に思い返してしまうものなのでしょう」
「そうか。僕は月を見る度に君を思い出しては泣いていたから、条件反射みたいになっているのかな・・・」
「ふふっ、そんな風に科学的に理解する必要はないのよ。これから私たちの子が生まれ、新たなことが増えて行けば、徐々に忘れて行くことができるのではないかしら」
「きっとそうだね」
僕は舞依の胸に顔を埋めて呟いた。
ふと、気付くと僕らの後ろには侍女が全員立ち並び、呆然として僕らを見ていた。
妻たちも心配そうな顔をして見守っていた。僕たちは慌てて立ち上がった。
「あぁ・・・みんな・・・すまないね。では、帰ろうか」
「はい」
侍女たちが静かに返事を返した。
屋敷に戻り夕食が終わってサロンでお茶を飲んでいた。トイレなのか席を外していた花音がサロンに戻るなり笑顔で言った。
「月夜見さま。私、排卵しました!」
「え?排卵?あ、そうか。それでは・・・今夜は紗良だったね」
「月夜見さま、花音、私は大丈夫です」
「ごめんなさいね、紗良」
「お互いさまですから」
「では、僕らは失礼するよ」
「えぇ、おやすみなさい」
「花音、頑張ってね!」
「ふふっ、琴葉、頑張るわ!」
僕らは一緒にお風呂に入った。花音の全身を軽くマッサージして血行を良くし、心を落ち着かせる様に心掛けた。
女の子を生み分けするためピンクゼリーを使い、僕は初めの一回を抜いてから、ベッドに入った。作業の様な味気ないセックスをして花音を抱きしめた。
「私、月夜見さまの子を生むことが楽しみで仕方がないのです」
「花音は自分の子をどんな風に育てたいのかな?」
「私は自分の子の全てを認めてあげたいのです。そしてその子がやりたいと言うことは何でも挑戦させたいのです」
「それは良いね。大賛成だよ」
「今回、子を授かることができます様に・・・神さま。お願いいたします」
「それ、誰にお願いしているの?」
「特に誰ということはないのです。自分に願掛けをしている、という感じでしょうか」
「なるほど。では僕も。良い子が授かります様に!」
「月夜見さま・・・愛しています」
「愛しているよ。花音」
花音を抱きしめたまま他愛もない話をし、その後ふたりは眠りに落ちた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!