13.工場見学
アルカディア三日目。工業製品の工場見学だ。
朝食後に玄関にでると、椿さんが待っていた。
「月夜見さま、皆さま。おはよう御座います」
「椿さん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
僕と椿さんで前席に乗り、妻たちは後ろ二列に乗った。侍女はお留守番だが、フクロウはしっかりついて来た。
「さぁ、行きましょう」
船の高度を上げて椿さんの指示通りに飛んで行く。
初めに到着したのは農具と漁具、それに家庭で使う鍋などの金物を作る工場だ。
工場の前には全従業員と思われる人々が立ち並んでいた。
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました。私が工場長の桐生で御座います」
「桐生さん、月夜見です。よろしく」
椿さんから伝えてくれていたのだろう。大袈裟な挨拶はなかった。
「では早速、工場をご案内差し上げます」
「お願いします」
「まず、こちらでは農具を作っております。大規模な農地用の船に取り付ける農具と一般家庭用の鍬や鋤、鎌を作っています」
「全て手作りなのですね」
「はい。船に取り付ける農具は作物の種類によって変わりますので、手作りが必要なのです」
「分かりました」
「次に漁具です。こちらは船に取り付ける網を支える金具や鎖などを作っています。こちらも手作りです」
「皆さん、器用なのですね」
「長年、作り続けていますので技術は伝承されております」
「それは素晴らしい」
「最後にこちらは家庭で使う金物です。電気製品、水回りの配管や調理道具です」
「ほぉ、アルカディアでは電気製品と呼ぶのですね」
「はい。何か違いますでしょうか?」
「いいえ、それで良いのです」
「桐生さん、こちらで使う金属材料はまだ在庫はありますか?」
「はい、半年前に嘉月さまに補充して頂きましたので、まだ数年分は御座います。こちらがそうです」
ファクトリーでも見た板状の台座の上に直方体の金属の塊がいくつも乗って、十五センチメートル位浮いている。あぁ、あのままファクトリーからここへ転移させれば良いのだな。
「そうですか。では不足する時にはいつでも言ってください」
「はい。ありがとう存じます」
「今、こちらで不足するものや困ったことなどはありますか?」
「大したことではないのですが、従業員は皆、昼食を持参するのですが、この暑さで弁当が腐るのか、たまに腹を下すものが居るのです」
「あぁ、なるほど。工場には冷蔵庫はないのですか?」
「え?冷蔵庫ですか?御座いませんが、それは何故でしょう?」
「暑いから弁当が腐るのですよ。朝、出勤した時に冷蔵庫に入れておけば腐ることはありませんよ」
「え?そうなのですか!」
「あれ?各家庭に冷蔵庫はあるのですよね?」
「えぇ、御座います」
「何を入れて冷やしているのですか?」
「肉と魚です」
「それだけですか?飲み物や果物は?」
「冷蔵庫は肉や魚を冷やして日持ちさせるものと教わってきておりますので・・・」
「冷蔵庫は肉や魚だけではありません。腐り易い野菜も入れて良いのです。余裕があるならば、果物は冷やして食べたほうが美味しいですよ。飲み物もね」
「それは知りませんでした」
「椿さん、冷蔵庫は手に入るのですか?」
「役場の倉庫にまだ在庫が御座いますので、各工場に配布します」
「そうですね。不足するならば私に言ってください。持って来ますから」
「ありがとう御座います」
「では、次の工場へ行きましょうか」
「はい。では木工工場へ参りましょう」
木工工場はやはり、木材を調達するからか町の外れの山の近くにあった。
ここでも全従業員が立ち並んで待っていた。
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました。私は当、木工工場の主、柊で御座います」
「柊さん、月夜見です。よろしく」
「では、こちらへどうぞ。当工場では木製の製品を製造しております。主には農具、漁具、家庭用の家具、家や工場など建物の材料全般です」
「やはり作るものによって木の種類は使い分けているのでしょうか?」
「はい。アルカディアでは、北から南まで気候が違うので、様々な種類の木材が採れるので御座います。製品の特性に合わせた木材を使用しております」
「そうですか。こちらでは何か不足するものや困ったことはありますか?」
「いいえ、特には御座いません」
「分かりました。引き続き良い製品を作ってくださいね」
「かしこまりました」
「では、月夜見さま。最後に服飾工房へ参りましょう」
「はい。お願いします」
服飾工房はほぼ町の中だった。従業員には女性が多いのだろうか?工房の前には沢山の女性従業員が立ち並んでいた。
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました。私は当、服飾工房の主で杠葉清香と申します」
「杠葉さん、月夜見です。よろしく」
挨拶が終わって従業員が頭を上げ、僕の姿を見た途端、十人位の女性が気絶した。
「まぁ!皆さん、どうしたというのです!」
「気にせず、中をご案内ください」
「え、えぇ、そうでしたわね、ではこちらへどうぞ」
工房の中はやはり、どこもあまり変わらない様だ。従業員が裁縫作業をする机が並んでいる。糸や布地も沢山置いてあるが布地はやはり新しいものはない様だ。ここで日本のデザインの服は到底作れそうにない。
「杠葉殿、ここの糸や布地はどこから調達しているのですか?」
「全てここで生産しています。この奥の工房で糸を紡ぎ、布地を作っているのです」
「あぁ、麻や綿はアルカディアで栽培されているのですね?」
「はい。左様で御座います」
『幸ちゃん。どうだろう。やはり日本のデザインの服は難しそうだね』
『はい。アルカディアで着る服はこの素材で十分なのでしょう』
『でもブラジャーくらいは何とかならないかな?』
『そうですね。今ある素材を工夫してもらえば、高級なものでなければ、作れないことはないかも知れませんね』
『では、サンプルを渡して作ってみてもらおうか』
『そうですね』
「杠葉さん、ひとつ女性用の下着で提案があるのですが」
「女性用の下着で御座いますか?」
「これです」
僕は平民用の簡易なブラジャーを引き出した。
「シュンッ!」
「ひぇっ!」
「あぁ、驚かせてすみませんね。これはブラジャーといって、女性の胸を支えて肩の痛みを和らげる効果のある下着です。そして、アルカディアの様に暑い地域で薄着の時に女性の胸が透けて見えない様にすることもできるものです」
「まぁ!何て機能的で美しい下着なのでしょう!」
「私の妻たちは皆、これを着用しています。どうですか?上に着ているブラウスは、白く透けている薄い生地ですが、胸が透けて見えないでしょう?」
「本当です!それに胸の形も美しく見えるのですね!」
「えぇ、そうです。ただ、この下着は身体に密着させて着ますので、この暑さのアルカディアでは、汗をかくかも知れませんね。ですから汗を吸収し易い布地を選んで、作ってみてください」
「はい!難しそうですが、是非作ってみたいと思います」
「琴葉、陽菜、杠葉さんに、ブラジャーのサイズの図り方と着け方を教えてあげてくれるかな?」
工房の奥に行って従業員にモデルになってもらい、着け方とサイズの作り方を教えていった。
三人が奥から戻って来ると再び質問をした。
「ここで作るのはやはり、作業着と普段着でしょうか?」
「はい。そうです。それとお見合いや結婚式のドレスですね」
「絹糸は作っているのですか?」
「はい。少量ですが、南部の地域で養蚕を行っております。絹糸は主にドレスに使っております」
「なるほど。分かりました」
「今、ここで不足しているものとか、困っていることはありますか?」
「いいえ、御座いません」
「そうですか。引き続き、皆さんに良い品を届けてくださいね」
「かしこまりました」
工房の見学を終えて外へでると、まだ従業員が外で待機していた。
「皆さん、お邪魔しました。これからも良い製品を作ってくださいね」
「はい!神さま!」
女性たちが満面の笑みで送ってくれた。
丁度、昼食前に屋敷に戻って来た。皆で昼食を頂いて午後はどうしようと考えた。
「では、僕はカンパニュラとネモフィラの服飾店に行って来るよ」
「下着とお仕着せを注文するのですね」
「うん。早い方が良いでしょう?何着ずつあれば良いかな?」
「あの洗濯機があるのですから、下着は三着、お仕着せは二着で良いのではないでしょうか?」
「分かったよ。では行って来るね。皆はどうする?」
「そうね。侍女を集めてお茶会でもしようかしら?」
「琴葉、何を話すの?」
「これから私たちとの関り方は、今までと大きく変わると思うの。それは彼女たちが教わって来たことと違うから、よく話し合って理解してもらうことが必要だと思うのです」
「そうだね。ではお願いできるかな?」
「えぇ、任せておいて」
僕はまず、カンパニュラ王国のグロリオサ服飾店へと飛んだ。
「シュンッ!」
服飾店の玄関に出現すると、海の上空に浮かぶ月の都とそこに掛かる虹を眺めた。
「あぁ、ここからの眺めはいつ見ても素晴らしいな」
「まぁ!月夜見さま!ようこそお越しくださいました!お久しぶりで御座います!」
「あぁ、アリアナ。お久しぶり」
「今日はどんなご用事で?」
「あぁ、女性の下着を頂きたいのです。こちらのサイズで上下揃いのものを三着ずつ十九人分です。平民用で結構です」
「はい。使用人が使うものですね?」
「えぇ、侍女のものです。皆、まだ十五歳なのですよ」
「それでしたら新しく平民用でも三色の色柄を使ったものを作ったのです。こちらはショーツとセットなので丁度良いと思うのです」
「あぁ、それは良いですね。では是非それでお願いします」
「こちらでしたら作成したばかりですので、サイズも枚数も十分に在庫が御座います。きっと全て揃うと思います」
「それは助かるな。ではまとめて頂けますか?」
「かしこまりました。お茶をご用意致しますので、しばらくお待ちください」
そして、全て在庫があったとのことで箱に詰めてもらったものを僕の部屋へと転送した。
「シュンッ!」
「アリアナ。助かりました。またお願いすると思うので、その時はよろしくお願いします」
「ありがとう御座います。お待ち申し上げております」
続いてネモフィラの服飾店、プルナス服飾工房へ飛んだ。
「シュンッ!」
「こんにちは、ビアンカ!」
「まぁ!月夜見さま。いらっしゃいませ。今日はおひとりですか?」
「えぇ、そうなのです。今日は、侍女のお仕着せを注文しに来ました。こちらの十九人分です」
「まぁ!十九人分ですか!多いですね」
「お仕着せとは、ネモフィラ王城で採用されたものでよろしいでしょうか?」
「えぇ、その夏用をひとり二着ずつでお願いします」
「かしこまりました。他にはよろしいですか?」
「あ。では、白いワンピースも十九着、サンダルも一緒に」
「かしこまりました」
「そうですね。特別大きなサイズもない様ですので、在庫があると思います。見て参ります」
「えぇ、お願いします」
お茶を飲んで待っていると従業員と一緒に箱を抱えて戻って来た。
「月夜見さま、全て在庫が御座いました」
「それは良かった。ビアンカ、ありがとう。また来ますね」
「いつもありがとう御座います」
僕は折角ネモフィラに来たのだからと、王立学校に寄ってみた。
「シュンッ!」
学校の玄関に出現すると廊下に子供たちの姿が見えた。丁度、休み時間の様だ。
廊下を進んで行って一年生の教室を覗くと、アンナマリーと秋高が並んで座っていた。
「アンナマリー」
「あ!お父さま!」
アンナマリーは僕の顔を見るや、凄い速さで走って来て抱きついた。
「お父さま!どうされたのですか!」
「うん、ちょっとネモフィラに用事があって来たものだから、アンナマリーの顔を見に寄ったんだ。元気だったかい?」
「はい!お父さま。嬉しい!」
アンナマリーがしっかりと僕の腰に抱きついて離れない。周りの子供たちはちょっと引いている。
「お兄さま!」
「秋高、学校はどうだい?」
「はい。とても楽しいです。アンナマリーさまも一緒ですから」
秋高にそう言われて、アンナマリーの顔は赤くなった。でも僕に抱きついたまま離れない。
アンナマリーはやけに秋高と距離が近くなっている様だな。良夜とはどうなっているのだろう?
「二人は随分と仲良くなったみたいだね。アンナマリー、良夜はどうしているの?」
「はい。お元気でいらっしゃいます。神宮で秋高さまと一緒に三人で研修を受けています」
あっさりと流されたな。これは詩織に相談せねばなるまい・・・
「そう。もう治療はできる様になったのかな?」
「はい。生理痛など簡単なものであれば、私も治療することがあります」
「そうか、学校の勉強もあって大変だね。しっかりね」
「はい。お父さま」
「それでは、また来るからね。今度は詩織と一緒に来るよ」
「えぇ、お待ちしております。お父さま!」
「シュンッ!」
「うわぁ!消えた!」
「アンナマリーさま!今のお方はアンナマリーさまのお父さまなのですか?」
「えぇ、お父さまは神さま。月夜見さまよ」
「凄い!アンナマリーさまは神さまの娘だったのですね!」
「秋高さまも月夜見さまの弟なのですよね?」
「えぇ、そうですよ」
「素敵!」
「え?そうなのですか?」
アンナマリーは鼻高々で、まだ月夜見の余韻に浸っていた。秋高はキョトンとしていた。
僕はその足でグラジオラス王城のシルヴィア母さまの部屋へと飛んだ。
「シュンッ!」
「あれ?誰かこの部屋を使っている気配があるな?あ!そうか、シルヴィア母さまの息子の桂秋が学校に通うので使っているのだったな。しまった!勝手に入ってしまったよ」
僕は隣のアマンダ王妃の部屋の扉をノックする。
「あら?桂秋?もう帰ったのですか?」
アマンダ殿が桂秋と勘違いしている様だ。そして扉が開かれた。
「まぁ!月夜見さまでは御座いませんか!お久しぶりで御座います」
「アマンダ殿、ご無沙汰しており申し訳御座いません。また連絡もせず急に現れましたこと、お詫び致します」
「そんな!良いのです。お気になさらず!こちらへどうぞ。すぐにお茶を」
「ありがとうございます」
アマンダ殿のお付きの侍女が慌ててお茶を淹れてくれた。
「それで今日はどうされたのですか?」
「こちらで生産されている生理用品を融通して頂きたいのです」
「そんなことでしたか、容易いことです。いくらでもご用意差し上げます」
「あれは一箱で何個入っていたのでしょうか?」
「三十個で一袋、それが百袋で一箱になっています」
「では、毎月三十箱売って頂きたいのです」
「はい。ご用意できます」
「今日初めの三十箱はご用意可能ですか?」
「えぇ、すぐに準備させます」
「では、中庭に積み上げて頂けますか。大変助かります」
「桂秋はこちらに来てから如何ですか?」
「えぇ、とても元気にしておりますよ。礼儀正しく、積極的な性格ですね。勉強も楽しいと言っています」
「そうですか。嫁の候補になる様な令嬢は居るのですか?」
「それはもう、大変な人気だそうです。結婚の打診が二、三十は来ているのです」
「それは大変だ・・・何人も妻を迎える様かな?」
「シルヴィアとも話しまして、桂秋が望むのであれば、結婚する相手の領地に神宮を建設することも考えているのです」
「そうですね。彼の望む様にしてやれたら良いですね」
「王妃さま、用意が整ったそうで御座います」
「それでは、私はこれで失礼致します。今後も毎月お願い致します」
「かしこまりました」
「ありがとうございました」
「シュンッ!」
城の中庭に飛ぶと、まずは生理用品の箱三十箱を屋敷の倉庫へ転送し、僕も屋敷へと飛んだ。
「シュンッ!」
屋敷のサロンへ行くと、妻たちと侍女が全員揃って話をしていた。
「あ!月夜見さま。お帰りなさい」
「お帰りなさいませ!」
侍女たちが全員、一斉に立ち上がって挨拶した。
「伝えることは全て伝えました」
「そう。琴葉、ありがとう。下着とお仕着せ、それに生理用品は全て在庫があってね。全て揃ったよ」
「では今、配ってしまいましょう。下着の着け方と生理用品の使い方も説明しておきますね」
「シュンッ!」
下着とお仕着せの箱と生理用品の箱を一箱引き出した。
「こちらが下着、こっちがお仕着せ、ついでに海で着るワンピースとサンダルもあったから買っておいた。それと生理用品だね。では僕は部屋に居るから終わったら念話で呼んでくれるかな?」
「はい」
結局、僕は侍女に甘いのかも知れないな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!