6.ファクトリー見学
「皆さま、これよりファクトリー見学ツアーに出発致します」
操縦もしていないのに、その乗り物は音もなく進んで行った。
何だか、テーマパークのアトラクションみたいだ。壁の穴に入って行くと、更に下へとスロープを降りて行った。普通の階数で言えば十階分は下ったのではないだろうか。
降りた先には、むき出しの岩肌と坑道の穴があった。
「こちらは、地下鉱脈より鉱石やレアメタルを採掘しております」
「あぁ、ここで材料も調達しているのか。でも、この星で得られない材料はどうしているのですか?」
「他の星で採掘してここへ運んでいます」
「やはり、そんなことまでできるのですね」
「こちらで採掘されました鉱石は、この上の階にて加工されます」
今度はスロープを上がって行く。一階層上がるとそこは分厚いガラスで通路と仕切られていた。ガラスの向こうは溶鉱炉が立ち並ぶ灼熱の世界だった。
その溶鉱炉が幾つあるのか見通せない程だ。これではとてもではないが宇宙服でも着ない限り、人間はこの中で作業はできないだろう。
その隣の区画では金属毎に材料として加工しているようだ。金属の塊、薄い板に加工されてロール状にされたものや細かいペレット状のものなど、様々な材料が無人の工場ででき上がっていく。
そこからまたスロープを上がって行くと、その階には見渡せないくらいの広さの中、産業機械が延々と続いていた。材料はベルトコンベアーやパイプを通して下の階から供給されている様で、ここにも一切の人影は見当たらない。
「こちらは部品工場です。下の階で作られた材料から部品を造っているのです」
広い部品工場の壁に作られたスロープに沿って、また一階層上へと工作機械を眺めながら上って行った。
その上の階層は組み立て工場になっていた。下で造られた部品で製品を組み立てていくのだ。それにしてもここが今までで一番広くなっている様だ。
見渡す限りの工作機械とそれを繋ぐラインとパイプ。網の目のようなベルトコンベアーの上を生産途中の部品や製品が流れて行く。全てが稼働しており、止まっている箇所はどこにもない。
「こちらで、完成品へと組み立てられております」
先程と同じ様に一階層上へと上って行った。その階には大きさがそれぞれ全く違う工業製品が下の階より次々と上がって来ており、やはり十五センチメートルくらい浮いた台座の上に次々と乗せられては運ばれて行った。
「こちらに完成品が上げられ倉庫へと移されて参ります」
「あの完成品はどんなものがあるのですか?」
「はい。このスペースに上がって来るものは、オービタルリングと低軌道エレベーターの補修部品、太陽光発電モジュール、変電機器、送電、受電装置、エアーコンディショナー、冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機、映像用モニターなど電気製品です」
「その他に大型宇宙船、宇宙採掘船、大型から小型の船、農業用と漁業用の船、貨物輸送船、旅客船なども建造しております」
「大型宇宙船だって?そんなものまでここで造っているの?」
「建造しております」
「それは見ることはできますか?」
「今、建造している宇宙船は御座いませんのでお見せできません。ですが、宇宙採掘船でしたら、採掘した鉱石を下ろしていますので、それでしたら見ることは可能です」
「是非、見てみたいのですが」
「では、こちらです。このまま進みましょう」
しばらく通路を進んでから、またスロープを下へ降りて行く。するとトンネルの様な通路を潜って出た先は、とんでもない広さと高さの空洞が遠くに見えた。
段々と近付いて行くと、
「あーっ!な、何だあれは!」
「うわぁ!あれは何ですか!」
「あれって乗り物なのですか?」
「あれが採掘船で御座います」
「採掘船?あれが?あんなに大きいの?ていうか、何でここに?どうやって宇宙からここに入って来たの?」
「低軌道エレベーターの中を通って、ここまで降りて来ているのです」
「あぁ!だから縦に立っている状態なのか!低軌道エレベーターの中ってそんなに広いんだ!」
「ファクトリーの低軌道エレベーターは、他のものと違う専用設計となっております。採掘船は採掘して来た鉱石を下ろしているところです」
「え?あんなに大きな船をここで造れるのですか?」
「はい。大型宇宙船はもっと大きいのです。ここで五分割の状態まで造り、宇宙空間に上げてから組上げるのです」
「そ、そうですか。何だか良く分からないや。まぁ、知らなくても良いよね」
「ちょっと凄過ぎて理解が追い付かないですね」
「そうだよね。花音」
「それよりもさっき、エアコンに冷蔵庫に冷凍庫もあるって言っていたね。アルカディアには洗濯機はあると聞いたけど、エアコンと冷蔵庫と冷凍庫もあるのかな?」
「ございます。アルカディアは熱帯地方ですから。防音の部屋を閉め切った場合、エアコンが無ければ人間は健康を害してしまいます。冷蔵庫と冷凍庫も必須です」
「それは神の屋敷だけですか?それとも神に仕える人々の家にもあるのですか?」
「エアコン以外はあります」
「え?冷蔵庫と冷凍庫に洗濯機もあるのですか?」
「ございます。先代の神が与えたのです」
「そうなのですね。それならばこの世界の二十九の国の人々にも広く、それらを使わせるべきではありませんか?」
「月夜見はそう思うのですか?」
「地球では、知識や技術が足りずに環境汚染をしてしまったのです。現在でもエアコンや冷蔵庫、冷凍庫や洗濯機が環境汚染をしているなんて知らない人間ばかりなのですよ」
「この世界の人間も、このまま増えて行ってしまえば、環境汚染をしてしまうでしょう。それならば早いうちから、これらの環境汚染をしない冷蔵庫、冷凍庫や洗濯機を使わせて、環境を守ることも教えていくべきだと思います」
「それに地球人が急に滅亡して、この世界の人間を転移させることになった時、今のままではまた、同じ様に環境を汚染して行ってしまうと思うのです」
「そうかも知れませんね」
「それならば、月夜見がこの世界の人間界に留まっているうちに、ここから必要な台数を配布すれば良いでしょう」
「え?ここから皆に配っても良いのですか?お金はどうするのでしょう?」
「お金など不要です」
「え?無料で冷蔵庫と冷凍庫に洗濯機まで各家庭に配るのですか?」
「早い方が台数は少なく済むでしょう。一度配り終えれば、あとは増えて行く分だけですから、追加で各領主に届ければ済みますからね」
「そんなに在庫があるのですか?」
「管理者よ、現在それらの在庫は如何程あるのですか?」
「はい。冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機は十万台ずつ在庫が御座います」
「じ、十万!それだけあれば、今は人口が五十万人程度だから、一家に一台ずつならば十分に行き渡りますね」
「それでは引き続き生産し、在庫を増やしておきます」
「ただし、それをどうやって各家庭に配布するかは月夜見が考え、実行するのですよ」
「分かりました」
「では管理者よ。今後は月夜見の指示通りに在庫から提供しなさい」
「仰せのままに致します」
「天照さま、人口の増加によって農業用と漁業用、それに小型船の数も増やすべきと思うのですがそれも配布して構いませんか?」
「この中にある、宇宙用以外のものであれば、月夜見が見て必要と思うならば配布しても良いですよ」
「ありがとうございます!」
「では、今日はこの辺で帰りましょう。天満月。我はもう眠いのでな・・・」
「はい。お任せください」
「これより、玄関までお送り致します」
「あぁ、管理者。今日、見本として冷蔵庫と冷凍庫、それに洗濯機を一台ずつ持ち帰りたいのですが」
「かしこまりました。すぐに玄関へお運びします」
そして僕たちが玄関へ戻ると、そこにはお願いしたばかりのものが玄関に並んでいた。
「早いですね。もうここに並んでいる」
「はい。こちらをお持ちください」
「では、先に屋敷の倉庫に送ってしまいましょう」
「シュンッ!」
「さぁ皆、船に乗って!屋敷へ帰ろうか!」
「月夜見さま、皆さま。またのお越しをお待ちしております」
「ありがとう。では、また!」
「シュンッ!」
僕らは屋敷に帰ると、サロンに集まり先程の冷蔵庫と冷凍庫を倉庫から引っ張りだして使い勝手を確認してみた。
配線を繋いで稼働させてみたが、どちらもコンプレッサーが唸る音すらなく、無音のまま中が冷えていった。一体どういう仕組みなのだろうか?
根本的に地球の技術と比べては駄目なのだろうな・・・もう驚くこともなくなった。こういうものなのだ。と考えなくなってしまう。本当はそれでは駄目なのだろうけれどね。でも僕は技術者ではないのでそんなことは気にならないのだ。
「月夜見さま。私、常々、この世界の人間がおかしいと思っているのです」
「幸ちゃん。それはどんなところ?」
「この世界の人間は、学者や技術者が少な過ぎませんか?日本だって教育や技術が大きく発展したのはここ百年くらいのことです。この世界では人間の歴史は千年以上あるのに、何故これ程までに学者が居らず、技術や文化が進まないのでしょうか?」
「あぁ、それは僕も前に不思議に思っていたんだよ。でも色々と目の前のことに対処しているうちに忘れてしまっていたよ。確かに幸ちゃんの言う通りなんだよ」
「これも天照さまの意図があるのではありませんか?」
「紗良。そうね。意図的に文化が進まない様、調整しているなんてこともあり得るわね」
「そうだね、詩織。では、次に天照さまが目覚めたら聞いてみよう」
天照さまは夕食前に目を覚ました。僕らは琴葉の部屋に集まり、侍女は入れなかった。
「天照さま。お聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「この世界の人間には、学者や技術者が少な過ぎると思うのです。そのためか文化も進んでいません。人間の歴史が千年以上も続いているのにおかしいのではないかと皆で話していたのです」
「やはり気付いていたのですね」
「と言うことは何か意図的なものがあるのですね?」
「初めにこの世界は地球の保険だと言いましたね」
「はい。そう伺いました」
「あまり早急に文化が進んで地球の二の舞になられては困るのです」
「あぁ、それはそう考えますよね・・・」
「そこで、人間に生まれて来る者の魂を若いものを多くしているのです」
「若い魂?ですか?それはどういうことでしょうか?」
「学者や技術者、政治家など優秀な人間は何度も人間の生を繰り返し輪廻転生した結果の産物なのです」
「すなわち、若い魂とは人間になる前が獣だった者や、まだ人間の生が二回目だったりする未熟な者のことです。それらの未熟な魂にこの世界で人間に転生させているのです」
「え?天照さまが、魂を選んで転生させているのですか?」
「まぁ、一人ひとりを見ている訳ではありません。ざっくりと・・・ですね」
「そう言われると、腑に落ちると言うか納得できる様なことは数多くあったかな。この星や大陸の名前が無くても誰も気にしていないなんておかしいと思ったんだ」
「えぇ、エミールさまが、瞳や髪の色だけで世継ぎを決めた時、信じられませんでしたが、きっとそういう人なのでしょう・・・」
「あぁ、詩織。そうだね」
「お金や食べ物のために自分の子を奴隷に売るような親もそうですよね」
「うん。陽菜。間違いないね」
「あと、シリンガ。だっけ?女性を人と思っていなかったよね」
「あれは絶対に前世が獣ですね」
桜が苦々しい顔をしながら言った。
「ユーストマ王国の王族たちもあの無気力さは怪しいですね」
「そうですね。その類は大体、前世が人間ではなかった者ですね」
「でも、これから人口が増えて行く中では、もっと成熟した魂の人間も転生させるのですよね?」
「そのつもりです。地球では少子化や高齢化が進んでいる様ですからね。優秀な魂を転生させましょう」
「うーん。地球にこそ優秀な人に多く転生してもらって、正しい方向に導いて頂きたいのだけれどね・・・」
「それは、そうですね」
「全てこの世界に転生させる訳ではないですから心配は要りません」
「天照さま。それでこの星の名前ってないのですか?」
「この星の名は神星ですよ」
「しんせい?新しい星?それとも神の星ですか?」
「神の星、神星です」
「あぁ、やはり神の方ですね。神星!名前はあったのですね!」
「では、二十八の国がある大陸の名は?」
「それは無いのです。人間が命名すべきでしょう」
「神の住む大地はアルカディア、工業プラントの島はファクトリーか。では農業プラントの大地の名は?」
「プランテーションです」
「あぁ、そのままなのですね。それならば、二十九の国のある大陸は、サンクチュアリで良いのではありませんか?」
「月夜見がそう命名したいならば、それで良いですよ」
「え?それで良いのですか?」
「このまま名が無いままなのであれば、付けておいた方が良いでしょう」
「月夜見さま。それで良いではありませんか。実質保護区なのですし、この世界の人間たちにその意味は分からないのですから」
「幸ちゃんがそう言うならそれで良いか」
「では、人間の大陸はサンクチュアリと名付けよう」
夕食時となった。天照さまは生後五か月で離乳食をひとりで食べている。あと一か月で普通の食事が食べられるそうだ。もう立てるし歩ける。僕の成長よりも早い様だ。
「月夜見さま。冷蔵庫や洗濯機をどうやって世界へ配布するのですか?」
「舞依、そうだな。まずは使い方、説明書だね。それを作って一緒に配らないといけないね」
「冷蔵庫や洗濯機なんて凄く簡単ではないですか。説明書が必要ですか?」
「僕ら日本人にとっては当たり前に使うものだから説明書は不要と思うだろうけれど、特に冷蔵庫は使い方を間違えると、とんでもない病気に罹ってしまうからね」
「冷蔵庫で病気?ですか?」
「幸ちゃんや紗良なら分かるよね?」
「はい。この世界の人は細菌の存在を知りませんから、初めに冷蔵庫に食べ物を保管すれば長持ちする。と教えてしまうと、いつまでも入れておいて腐らせる可能性が高いですね。それを食べてしまえば食中毒を起こしてしまいます」
「幸ちゃん、ありがとう。そうだね。軽くお腹を壊すくらいで済めば良いけれど、小さな子やお年寄りだと命を落とすこともあり得るからね」
「そう言えば、前世が動物の人間が多いということでしたね。もし前世がリスだったら、本能的に冷蔵庫に食べ物をいっぱい溜め込みたくなるのでは?」
「あり得る!」
「それで全部腐らせてしまうのね」
「そう。だから卵や肉、地球みたいに殺菌処理していない牛乳の様に腐り易い食品は、予め説明書に冷蔵保存して良い日数の目安を書いておく必要があるんだ」
「月夜見さま。それならば、平民にまで冷蔵庫を与えるのは時期尚早ですよ」
「琴葉。それはどうして?」
「だって、学校にも行っていなくて字が読めない人が多いのです。字が読めたとしても本を読むこともないのですから、説明書をきちんと読むとは考えられません」
「天満月の言う通りだと思いますよ。だから洗濯機を与えた時に考える様に言ったのです」
「天照さま。そうでしたか。琴葉、確かにそうだね」
「それでは、こういう方法は如何でしょうか?どちらにせよ、月夜見さまが直接、各家庭に冷蔵庫を配って歩く訳ではありませんよね?」
「そうだね。詩織」
「きっと、国王に一度話をして、王が指定する場所に冷蔵庫を一時保管し、それを各領地へ配布するのでしょう。それならばまずは、領主たちに指導をして説明書を渡すのです。領主は平民に説明書を読ませて、内容が理解できた者にだけ冷蔵庫を与えるのです」
「詩織、それは良い考えだね。だけどそれもまだ早いかな。学校に行って字が読める者にだけ与えるのであれば、格差が生まれてしまうからね」
「何をそんなに急ぐのですか?其方たちとて、この世界にまだ五十年以上留まるのでしょう?」
「あ!そうか。まずは教育が先なのですね」
「各国で王と貴族を集めて、この様なものを与える準備がある。だが、それを与える前に教育が必要だ。だから、全国民に教育をする体制を作れと伝えれば良いのだね」
「そうですね。それが十年や二十年掛かっても良いのですね」
「そうだね。今の大人がもう学ぶ気がなくても、今から生まれる子の全員が教育を受ければ十五年後にはすべての家庭に配布できるのだからね」
「えぇ、それにルドベキアでも冷蔵庫と冷凍庫は作っていますから、王家と貴族には勝手に広まって行くでしょう」
「そうだね。では各国に通達を出し、王族と領主を集めて話をしようか」
「月夜見さま、エアコンは配布されないのですか?」
「暖房については、今も北国で最低限は確保されているからね。冷房については、この星は温暖化されていないから、まだ扇風機があれば十分だと思う。南国でもあまり冷房に慣れてしまうと免疫が落ちるから、まだ使わせたくないかな。でも神宮には配布するよ」
「月夜見さまなら、そうおっしゃると思いました。神宮は病院ですものね」
「そうだよ、紗良。免疫が落ちている人に暑かったり寒かったりする部屋では、治るものも治らないからね」
便利な道具は与えればそれで良い。とはいかないのだ。やはり、まずは教育なのだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!