5.神に仕える人々
屋敷の次は神宮の見学だ。屋敷の玄関の横にある渡り廊下で繋がっている。
廊下を渡って行くと、その先で二人の女性が待っていた。
「月夜見さま。ようこそおいでくださいました。私は当神宮の宮司で、美月と申します。こちらは私の娘で、宮司見習いの明里で御座います」
「私は月夜見です。こちらは私の妻で、舞衣、桜、琴葉、花音、幸子、紗良、陽菜、詩織です。どうぞ、よろしく」
宮司の美月さんは五十歳代だろうか、娘の明里さんは三十歳代の様だ。二人とも黒い瞳と髪で日本人顔。それで宮司の姿をしていれば、ここはもう日本だ。
僕らは二人の後をついて歩いた。
「神宮をご案内致します。どうぞ、こちらへ」
「美月殿は、先代の神の娘なのですか?」
「はい。左様で御座います」
「失礼ですが、先代の神はいつ亡くなられたのですか?」
「嘉月さまと私の母、十和は四か月前に亡くなりました」
「あぁ、つい最近までご存命だったのですね・・・」
「はい。父は月夜見さまによろしく。とおっしゃっていました」
「そうですか」
「父は月夜見さま宛に日記を残しています。執務室の机の引き出しに入っているそうですので、お読み頂ければと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
「こちらは大広間で御座います。恐らく神宮の造りは人間界のものと変わりはないと思われます。違うのは神宮の裏側にお屋敷の使用人の宿舎があり、そちらで屋敷の管理全般を行っていることです」
「あぁ、そう言えば洗濯場や掃除道具を置く場所がありませんでしたね」
「はい。それらはこの神宮の使用人宿舎内に御座います」
「そうでしたか。洗濯場と言えば、水を使わない洗濯機を使っているのですか?」
「はい。左様で御座います」
「やはり、そうなのですね」
「では続いて学校と役場もご案内致します」
「お願いします」
「明里さんも結婚されているのですか?」
「はい。息子と娘が居ります」
「やはり治癒の能力はお持ちなのですか?」
「はい。二人とも持っております」
「では、どちらかが後を継ぐのですね?」
「はい。そうなると思います」
神宮と学校も渡り廊下で繋がっていた。学校の建物がやけに大きい。二階建てなのだが、ネモフィラの王立学校よりも大きく、ずっと奥まで建物が続いている。渡り廊下を渡って行くと学校の先生と思われる者が立ち並んでいた。それも大人数だ。
「こちらが、アルカディアの学校の教員たちになります」
「こんにちは。月夜見です」
「ようこそ、お出でくださいました」
「こちらではこの辺に住む子たちが通っているのですか?」
「いいえ。アルカディアの全ての子は十歳になるとここに入り、寮生活をするのです」
「全員ですか。何名くらい居るのですか?」
「約五百名です」
「え?五百名も?だから学校の建物が大きいのですね」
「はい。アルカディアの全ての子が教育を受けるのです」
「こちらではどんな教科を教えているのですか?」
「はい。言語、数学、歴史、文化、農業、畜産、工業です」
「あぁ、国ではないから法律は無いのですね」
「はい。文化の授業の中でこのアルカディアの規則は学んでいます」
「そうですか。工業とはどの様な内容ですか?」
「はい。ここアルカディアで生産している、農業、畜産以外のあらゆるもの作りを実際の現場で学びます」
「それは素晴らしいですね。では子供たちは色々体験した中から、やりたい仕事に進めるのですね?」
「はい。左様で御座います」
「では最後に私が役場をご案内致します」
「椿さん、よろしくお願いします」
学校の一階の玄関から一度歩いて外に出て隣の建物へと移り、一階の入り口から役場へと入った。
一階の事務スペースには十人くらいの事務員が居り、全員が起立してお辞儀をしていた。
「こちらが役場になります。現在、アルカディアの民は二千人程で御座います。その内、農業従事者が千人、農業以外の工業従事者が四百人、屋敷、神宮、学校、役場の従者が百人程となっております」
「男女比はどうなっていますか?」
「昔より、ほぼ同数となっております」
「ここでは一夫一婦制ですか?」
「はい。左様で御座います」
「このアルカディアの民は皆、日本人の姿なのですか?」
「先代の神もその様な言い方をされましたね。皆、黒い瞳と髪をしております。ただ、神の子孫では、違う瞳と髪の色をした者も若干残っています」
「ではその違うと言う、神の子孫は治癒の能力を持っているのですね」
「はい。左様で御座います」
「それで何故、黒い瞳と髪の人ばかりなのかはご存知ないのですか?」
「はい。これが当たり前だと思っておりましたので・・・」
「それはアスチルベの先住民と同じで、神に仕える者は地球の日本から転移させた者たちだけにしていたからです」
「あぁ、天照さまの意思でそうされたのですね?」
「そうです」
「何故、日本人なのでしょうか?」
「日本人の気質が神に仕える者として合っていると思ったからです」
「それは納得ですね」
「そうでしょう」
そうなのか。聞いてみれば分かり易い話だったね。
「では、逆にこちらの人間界に居る人間のほとんどが白人ばかりなのは?」
「地球よりもこの星の平均気温が低いので白人を選んだのです。人種が少ないのは単純に人種を増やすと差別や争いが生まれるからです」
「あれ?宮司の美月殿と娘さんは日本人顔でしたね。先代の神は日本人顔なのですか?」
「五百年前と千年前の神たちは日本から転移させたのです」
「それはまたどうして?」
「日本以外の人間をほとんど知らない時代ですからね。混乱を避けるためです」
「あぁ、そういうことでしたか」
「椿さん。ここの民は仕事によって給金が違うのですか?」
「いいえ、給金は皆一律です。全ての事業収入はこの役場に集められ、それぞれに必要な経費を分配後にその年の貯蓄分を引き、残ったものを分け合うのです」
「そのやり方で十分な金額が支払われているのですか?」
「はい。衣食住のほとんど全てが配給されているのですから、不足することなど御座いません」
「それならば良かった」
「そう言えば、ここではどんな果物が栽培されているのですか?」
「はい。バナナ、パイナップル、マンゴー、パパイヤ、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツ、スターフルーツ、グァバ、アボカド、ライチ、キウイ、ブドウ、モモ、リンゴ、ナシ、柿、ビワ、ウメ、サクランボ、イチゴ、メロン、スイカ、レモン、グレープフルーツ、オレンジ、他にもまだありますが・・・」
「あーもう結構です。ほぼ何でも作っているのですね。でもリンゴとかこの熱帯でできるのですか?」
「リンゴやサクランボは、一番南の地域の山沿いで作っているのです」
「北ではなく南の山沿い?あ。そうかこの大地は南半球にあるのだったな・・・」
「あ、そうだ!珈琲の木もあるのですって?」
「はい。御座います。あの山の中腹で育てています。離れの作業場に焙煎機がございますので、お好みの濃さにして頂ければと思います」
「ほう。自分で焙煎できるのですね?それは楽しみが増えましたね・・・」
「あぁ、先代の残した豆が残っていますので、よろしければお持ちください」
「それはありがたい!帰ってから飲もう!」
「月夜見さま。良かったですね!」
「ふふっ。思わぬところで楽しみが増えたね」
その時、部屋の向こうで「クエーッ」と大きな鳥の声が聞こえた。
「今の声はオウムですか?」
「あぁ、はい。神さまとの連絡用に置いているオウムです」
「それならば、僕もこのオウムを通して椿さんと連絡ができますね」
「はい。次回いらっしゃる際は、このオウムを使ってご連絡くださればと思います」
「では一度、意識を繋げておきましょう」
僕はオウムに意識を集中して、オウムの視界に入ると椿さんに向かって話した。
「椿さん。月夜見です!」
「おぉ、もう繋がったのですね。では次回より、よろしくお願い致します」
「分かりました」
「月夜見、こちらから月夜見に連絡できる様、常に意識は繋いでおいてください」
「天照さま、それは何か緊急連絡的なことがあると?」
「えぇ、嵐が来た時に消して欲しいのです。神の役目でもあります」
「あ。今は神が常駐していないからですね。分かりました」
「では、本日はこのくらいで失礼しますね」
「そうですか、では今度はゆっくりと来て頂けるときに」
「えぇ、そうさせて頂きます」
「では、珈琲と南国の果物をお持ちください」
「そうですか?ではありがたく頂戴します」
船の荷物室に積めるだけ積んどけ!と言わんばかりに果物を山積みにしてくれた。
「では、また来ますね。果物をありがとう御座いました」
「はい。お待ちしております!」
「シュンッ!」
そして、一瞬で月の都の屋敷へと帰って来た。
天照さまはもう、琴葉の腕の中でうとうとと眠そうにしていた。
果物は厨房に念動力で送り、冷やしてから夕食のデザートとして出してもらうことにした。僕らはサロンに集まって先代の神が焙煎した珈琲を頂くことにした。
珈琲豆を挽きドリップし始めるとサロンには珈琲の香ばしい香りが広がった。
「うん。良い香りだね。結構深煎りなのかな?良い香りだ」
皆に振る舞って一口飲んでみた。
「あぁ・・・これは美味しいな。長年掛けてこの味に辿り着いたのかな・・・」
「月夜見さまもご自分の味を探求できますね!」
「花音。そうだね」
「それにしても、どうしてあの地はアルカディアなんて名前なのでしょう?」
「舞衣、そうだよね。日本人ばかりでアルカディアとか言われてもピンと来ないよね」
『あぁ、それは先代の神に聞かれて私が教えた名です。牧歌的な楽園とか理想郷という様な意味を持つのです』
『天照さま。まだ起きていたのですね。そうですか、牧歌的な楽園で理想郷か・・・確かに人間にとっては理想郷なのかな?』
『あそこに住む人間にとって、あれ程の理想郷は他にあるまい』
『そうですね・・・』
「この世界の二十九の国のどの人間よりも幸せなのかも知れないね」
「そうね。衣食住が供給されて、どの仕事をしても皆、給金が同じなのよね。それに気候も良いし、あらゆる食材が手に入るのよ。その上、神宮も学校もある」
「そうね、紗良。男女比が同じで一夫一婦制だしね。あとは娯楽ね。どんな娯楽があるのかしら?」
「幸ちゃん。娯楽か!そうだね。それは今度行った時に確認してみようか」
「そうですね。今度はいつ行くのですか?」
「なるべく早くに行きたいんだ。先代の神が僕に日記を残していると言うのだから、是非読みたいよね」
「そうですね。凄く気になります!」
「天照さまが、ここを発たれるのが二か月後だから、その直ぐ後かなと思っているよ」
「何日間の予定でしょうか?」
「そうだね。十日間くらいかな?」
「何だか、バカンスっぽくて良いですね」
「陽菜。そういう感じになるよね」
「えぇ、南の島へのバカンスですよ!」
「ふふっ。ではバカンスを楽しむとしよう!」
笑顔で拳を握りしめ、語気を強めて言う陽菜が可愛かった。
「月夜見さま。水着を用意しませんか?」
「あぁ、水着か。それは良いかも知れないね」
「では琴葉、皆の水着のサイズと好みのタイプを聞いて、紙に書いておいてくれるかな?」
「好みのタイプって?」
「桜、ビキニかワンピースか。ってことでしょう?」
「え?琴葉、ビキニを着るのですか!」
「桜。海水浴をする時は絶対に他人が近くに居ないところにするから大丈夫だよ」
「あ、あぁ・・・私たちだけなのですね?」
「それは、そうだよ!他人が見たら驚いて失神してしまうよ!君たちが美し過ぎてね!」
「まぁ!月夜見さまったら・・・」
桜が真っ赤な顔をしている。可愛いよね。本当に。
皆、アルカディアが気に入った様で一言も文句は出なかった。それよりも再び訪れることが楽しみになっている様で安心した。
その夜。僕は余計な説明はせずに、山本へ欲しいものリストを送った。今回は僕らの水着と養殖関係と寿司の本をお願いした。
それから一か月後。今度は工業プラントへ行くとのことだ。例によって動力のない船で行くこととなった。
「では、行きますよ」
「はい。お願い致します」
「シュンッ!」
「おぉ。いきなりドームの中に着いたのですね?」
「そうです。あの大きな建物が管理棟です。まずはあの建物に入りましょう」
琴葉が天照さまを抱いたまま、先頭に立って歩き始めた。
「天照さま。ここは誰も出迎えがでて来ないのですね」
「この島に人間はひとりも居ないのです」
「え?これだけの施設を人間なしに運営管理ができるのですか?」
「ここには製品を造り出す産業機械とそれを操作するアンドロイドが居るだけです」
「アンドロイド?ロボットですか」
「そうです」
「天照さまはこの島を何と呼んでいるのですか?」
「ここはファクトリーです」
「分かり易くて助かりますね。工場か・・・確かに」
建物の玄関に近付くと自動でドアが開いた。それでも警備のアンドロイドが居る訳でもない。
「警備は特にしていないのでしょうか?」
「ここに入れるのは神だけです。前回、そなたたちが強硬で入ろうとしたら止めようと思ったのですが入らなかったでしょう?」
「まぁ、天照さまがらみの施設だとは分かりましたからね。勝手に入って攻撃されても妻たちを守れるかは分かりませんでしたから。「君子危うきに近寄らず」です」
「賢明ですね・・・」
建物に入ってそのまま進むとエレベーターらしきドアが見えて来た。
やはり近付くと勝手にドアが開いた。
「さぁ、エレベーターに乗るのです」
ぞろぞろと琴葉の後に続いてエレベーターに乗る。
「十階のボタンを押してください」
「十階ですね。分かりました」
桜が「10」と書いてあるボタンを押すとドアが閉まり、エレベーターは上ではなく下へ降りて行った。
「うわぁ!上に行くとばかり思っていたから下へ降りたので驚いたよ!」
「私もビックリしました!」
「そうだよねぇ、陽菜!」
十階分降りると思ったら、二秒くらいで着いたらしく、何の音もせずにドアが開いた。
「天照さま。ここは地下十階ということですか?」
「そうです」
「あ!人が居るではありませんか!」
エレベーターから出ると、そこはガラスに囲われた部屋になっており、何やら制御盤や各区画を映し出すモニターが並んでいた。その制御盤の前に、椅子に座った女性が居たのだ。
「それがアンドロイドです。人間ではありません」
「え?あんなに人間っぽいのに?あれで人間ではないのですか!」
「近くで見てみれば良いのです」
皆で恐る恐る近付いていくと、アンドロイドが立ち上がってこちらへゆっくりと振り向いた。
「あ!つ、月夜見さま!あ、あのお顔は!」
「何ということでしょう!」
皆、一斉に驚き、両手を口に当てて目を丸くしている。そういう僕も相当に驚いている。何故って、そのアンドロイドの姿は、まるで僕に生き写しだったからだ。
「あ、あの・・・天照さま、こ、これは、どういう?」
「あぁ、月夜見に見えたのですか?」
「え?だって、瓜二つです!」
琴葉も声が上ずっている。
「これは、私の姿を写したものですよ。月夜見が私に瓜二つなのです。月夜見と天満月は私を生むお役目故、同じ顔となるのです」
「あぁ、コピーってこと?いや、クローンってことかな?」
「え?でも初めに月夜見さまを生んだのは千五百年前の天照さまですよね?」
「月夜見と天満月は転生した瞬間に、その強い力によってDNAが書き換えられ、毎回、同じ姿になるのです」
「えーっ!そんなことが!え?では、僕と天照さまと琴葉は同じ顔なのですか?」
「そうです。少し違う様に見えるのは、男女の身体つきによっての差異が少し現れるからです」
「では、天照さまが成長したら琴葉と見分けがつかなくなるということですか?」
「そうです。だから一度離れたらもう会うことがないのです」
「な、何ということ・・・僕、髪切ろうかな・・・」
「えーっ!切っては駄目です!」
「はい。どうか切らないでください!」
「私も今のままが良いです!」
「私もです!ダンスの時に髪が舞う様に流れるのが好きなのです!」
「そんなにお美しい髪を切るなんて・・・駄目です。絶対!」
「あー。皆、そんなにこの長い髪が好きだったんだ・・・それじゃぁ、仕方がないね」
「はい。そのままでお願い致します!」
天照さまと琴葉と同じ顔だと宣言されて、少しでも変えてやろうかと思ったのだが、皆に猛反対されてしまった。それでは仕方がないな。
「話が逸れてしまいましたね。それでこちらがアンドロイドなのですね?」
「初めまして。私はファクトリーの管理者です」
「名乗った方が良いのでしょうか?」
「一度名乗れば生体データを保存して次からは顔を見せるだけで認証されます」
「そうですか。では、私は月夜見です」
「月夜見さまですね。登録が完了しました」
妻たちも全員、挨拶して認証しておいてもらった。それにしてもよくできている。アンドロイドと言われないと人間との区別はつかない。
ちょっと、透視してみるか・・・うわ!凄い。本当に機械だ。骨格や各可動部なんか良くできている。でもどういう動力でどう動かしているのかは見ても分からない。
この皮膚とか髪ってどうやって作るのだろう?バイオテクノロジーが進むとこうなります。といった例なのか。本当に驚いてしまった。
『皆、このアンドロイドを透視して見ておくと良いよ。凄いものだね』
『うわぁ!本当に機械なのですね!』
『これを人間が造ったのですか!』
『凄いよね!』
こちらでこそこそしていると、アンドロイドが声を掛けて来た。
「では、これよりファクトリーをご案内致します。こちらへどうぞ」
皆でついていくと、廊下の先に床から十五センチメートルくらい浮かぶ、金属製の板の上に三人用座席が四列並んでいるだけの乗り物があった。
「こちらにお乗りください」
前列に僕とアンドロイドが乗り、その後ろに妻たちが三列に分かれて乗った。
さて、これから工場見学だ。社会科見学みたいでワクワクするな!
お読みいただきまして、ありがとうございました!