4.神の住まう大地
天照さまが生まれてから四か月が経ったある日のこと。
「天満月よ。私は一度、自分の月の都へ戻って来る。数時間で戻ります」
「え?天照さま。もう瞬間移動ができるのですか?」
「それは、生まれた瞬間からやろうと思えばできたのです。まだ安定して声に出して話すことができなかったのでしないでいただけです」
「使用人に指示などをしに行かれるのですか?」
「そんなところです。では」
「シュンッ!」
「まぁ!・・・月夜見さまの時より凄いのね・・・」
琴葉の腕の中から忽然と消えて居なくなったことにあっけに取られ、琴葉は自分の両手を繁々と眺めた。
琴葉は念話で月夜見にその事実を伝えた。
『月夜見さま』
『琴葉。何だい?』
『天照さまの授乳が終わったのですが、天照さまがご自分の月の都へ一度戻るとおっしゃって、瞬間移動で消えてしまいました』
『え?もう瞬間移動が?』
『生まれた瞬間からやろうと思えばできたのだそうです。使用人の人間と話しができないから今まで待っていたみたいですね』
『ほう!そんなことが・・・それでは、そろそろ神の住まう大地に連れて行ってもらえるかも知れないね』
『そうですね。お戻りになったら聞いてみますね』
『うん。頼むよ』
「凄いですね。生まれてすぐに瞬間移動ができてしまうなんて!」
「舞衣。本当だね!」
「神の住まう大地を見に行けるのですね?」
「うん。その様だね。それにしても今の琴葉との念話が舞衣にも聞こえていたんだね?」
「恐らく、こうして抱き合っているからでしょう。身体を密着させているから・・・」
「あぁ、そうだね。邪魔が入ってしまったね」
僕は再び、舞衣に夢中になっていった。
毎晩、妻たちとは順番に寝ており、お勤めは果たしている。でも、たまにはこうして昼間から僕の部屋でいちゃいちゃとしてしまうのだ。
特に舞衣とはやや回数が多いのかもしれない。それでなくとも大好きなのに左目の泣きぼくろがセクシー過ぎて、見ていると我慢できなくなってしまうのだ。
この昼間の情事もなるべくは公平にしようとはしているのだけどね。でも少しだけ舞衣との回数が多くなっても皆はきっと分かってくれる。そう勝手に思っている。
「ねぇ、舞衣。この昼間の情事だけど、これって妻たちはそれぞれの回数とか気にしているかな?」
「そうですね。琴葉は把握している気がします。それと桜も」
「やっぱり、その二人か。琴葉は良いとしても桜は放っては置けないな。分かるかい?」
「分かるわ。彼女は恋愛に慣れていないというか、常に不安を持っていると思うの。自分に自信がないのでしょうね」
「そうなんだ。舞衣と再会してしばらくは寝る度に泣いていたよ」
「まぁ・・・可哀そうに・・・でも、あなたもそれを分かって、愛しているのでしょう?」
「うん。そうしているつもりだよ」
「それでは、私と同じくらい昼間も愛してあげて」
「分かった。でも舞衣があまりにも・・・」
「きゃっ!まだするの?」
「あと、一回だけ!」
「もう、まぁくんは仕方ないわね・・・」
二時間程して、天照さまは琴葉の腕の中へと戻って来た。
『天満月、戻りますよ』
『はい。どうぞ!』
「シュンッ!」
「お帰りなさいませ。もう用事はお済みになったのですか?」
「うむ。二か月後に戻ると伝えて来た」
「二か月後には居なくなってしまうのですね」
「天満月には、赤子を奪う様なことになってしまって、申し訳ないと思っています」
「いえ、これもお役目ですから・・・」
「また、月夜見と子を儲けると良い」
「私が、まだ生んでも良いのでしょうか?」
「勿論です。千五百年後にまた、親子で転生する様なことを避けるためには、より多くの子を儲けておくことが大切です」
「そうすれば次には、他の妻たちの様な関係性で月夜見さまと出会えるのですね?」
「そうです」
「天照さま。そろそろ、神が住まう大地を訪問できますか?」
「そうですね・・・そろそろ行っておきましょう。では、三日後に行くと伝えておきます」
「三日後ですね。かしこまりました」
それから天照さまは、琴葉の乳を飲んでから眠りに落ちた。
『こうして月夜見さまと同じ姿の天照さまを見ていると、親子の関係も悪くはないのだけど・・・』
と考えてしまう琴葉が居たのだった。
その三日後、神の住まう大地へ訪問することになった。僕と天照さまを抱いた琴葉と七人の妻は屋敷の裏の船着き場へ回った。
「では、その動力のない船で行きましょう。それにしても面白いものを造ったものですね」
「えぇ、大地から大地へ移動する時は、船が宙に浮かばない方が乗り降りは楽ですし、そもそも僕らには動力は不要ですからね」
「その通りですね。では皆、乗りましたね。行きますよ」
「はい!」
「シュンッ!」
「あれ?ここは?」
「グラジオラスの御柱です。ここから真っ直ぐに南へ向かうのです。方向と距離が分かる様にここからは瞬間移動ではなく、海上を飛んで行きましょう」
そう言うと、もの凄い速度で進み始めた。マッハは優に超えている。ここまで高速で飛ぶ時は船の前方の空気を圧縮し、真空状態にして進むので重力を感じないで済むのだ。
三十分もしないでその大地は見えて来た。かなり大きい。見渡しても大地がどこまで続いているのか分からないのだ。
高い山々に大きな河、それに湖もあり全体的に緑が多い。赤道上の御柱からそんなに遠くないので、気候的には熱帯地方なのではなかろうか。
「そう言えば、ここへ訪問することを事前に連絡されていたのですよね?誰か念話ができる人が居るのですか?」
「フクロウと同じ手法で伝えている。ここではオウムですけれど」
「あぁ、そうですか。ではここの人間は皆、能力がないのですね」
「いいえ、治癒の能力が使える者であれば居りますよ」
「あ。ひとつ前の神々の子孫ですか?」
「そうです」
「では、ここで僕らが子を儲けたら、このままここに住むことになるのですね?」
「そうなるので、皆、四百五十歳近くなってから最後の子を生んでいますね」
「あぁ、そうすれば、自分の子が先に死ぬところを見ずに済んで、しかも自分たちを看取ってもらえるのですね」
「そうなりますね」
「なるほど」
そして、しばらく景色を見ながら海岸線を飛んで行くと、村と呼ぶには大きい、最早、町が見えて来た。どの家も二階建ての一軒家で、豪華ではないがしっかりとした家ばかりだ。
町の上をゆっくりと飛びながら何があるのかを見せてくれた。
平地には水田や畑が広がっている。海岸には港というか、漁船を格納するのであろう格納庫が見えた。山側は果樹園が多い様だ。ここならば南国の果物も育つだろう。楽しみだ。
更に進むと、工場の様な大きな建物が幾つか見えた。その先には、大きな屋敷が見えて来た。自分の屋敷の二倍くらいある大きな屋敷だ。
その隣には、渡り廊下で繋がっている神宮と思われる建物があり、そのまた隣にも大きめな建物があった。
「あれが其方たちの屋敷ですよ。その隣が神宮、学校、役場です」
「あぁ、やはり何でも揃っている町なのですね」
「えぇ、調味料や酒、衣服や生活用品を作る工場もあります。畑ではほとんどの作物と薬草を栽培しています」
「こんなに規模が大きいとは思いませんでした」
「このくらいの規模がないと、同じところに四百年以上暮らし続けることは難しいのです」
「そういうことなのですね」
そして、屋敷の庭の空き地に船を降ろした。すると、屋敷の使用人らしき者と役場の人間らしき者が並び立っていた。恐らく二百名は居るだろうか。
驚いたことに、全員が日本人の風貌をしていた。ほとんどの人の瞳と髪が黒いのだ。しかも男女比が一対一だ。まるで日本に戻ったみたいだ。
「ようこそお越しくださいました。月夜見さま。アルカディアへようこそ!」
「ようこそ!アルカディアへ!」
そこに居た全ての者たちが一斉に叫んだ!
僕らはちょっと驚いてしまった。皆、日本人顔なのに、ここはアルカディアなの?
一体、どういうことなのだろうか・・・
少しの間を取ってから天照さまが琴葉から離れ、宙に浮かんで話し始めた。その声は拡声器を使っていないのに二百人に十分に伝わる程、大きな声で聞こえて来るのだ。これも能力なのだろう。
「皆の者。聞いて欲しい。我は天照である。千五百年の時を経て身体が朽ち果てたが、こうして新たな肉体をここに居る月夜見と琴葉により授かったのだ。我はこれよりまた、千五百年の時を生きることとなる」
「そして、ここに居る月夜見と八人の神々も五百歳まで生き、この世界を支え続けるのです。これからこの九人の神々がここの主となります」
「今日は、アルカディアの者たちに月夜見と八人の神々を紹介し、また、月夜見たちにアルカディアを紹介しに来ました。」
「では、月夜見。妻たちを紹介するのです」
「皆さん。私は月夜見です。こちらは私の妻で、舞衣、桜、琴葉、花音、幸子、紗良、陽菜、詩織です。どうぞ、よろしく」
妻たちは皆、旅の時の衣装で揃えた。同じブーツを履いているので、背丈は百八十センチメートルを超えている。それが八名きれいに揃って立ち並ぶ姿は、僕も今日初めて見たが、恐ろしい程に美しく、壮観だった。
そして、恐らくは前の神々も同じように美しかったのだろう。ここの人たちは特に驚いたり騒いだりしない。皆、笑顔で黙って聞いている。そしてうやうやしくお辞儀をした。
「では、皆の者、下がって良いぞ」
恐らく町の長なのであろう、初めに挨拶した四十歳くらいの男性だけがその場に残り、他の者は仕事に戻って行った。
「私はアルカディアの長をしております、椿一馬と申します」
「よろしく」
「では、これからお屋敷の中をご案内させて頂きます」
椿さんの後について僕たちは屋敷に入った。天照さまは琴葉の腕の中に納まった。
「まずは一階のご案内です。アルカディアで唯一、この屋敷だけ玄関が一階に御座います」
「他の建物は二階なのですね?」
「はい。左様で御座います。小型船での移動がほとんどですので玄関は二階です。神々が小型船にてお出掛けの際は役場の二階の玄関をご利用頂きます」
「分りました」
僕たちは自分たちの動力の無い船を使うけれどね。
「玄関を入りまして、隣が客人の待合室として使う居間と給仕室、そこから応接室、ダンスができる大広間、客人用のサロンが二つ、ご家族用のサロンが二つ、食堂が大小ひとつずつと厨房、それにアトリエが御座います」
ひとつずつ見て行くが、どれも王宮並みの立派な造りと調度品だった。今の自分の屋敷よりも断然立派な様だ。アトリエにはあらゆる美術品が創作できそうな程、道具が充実していた。
食堂も立派だった。大きい食堂は四十人が一度に座れる長いテーブルが中央に置いてあり、壁には美しい絵が掛けられ、窓からは湖が見渡せた。
部屋の壁側の二か所には大きなスピーカーが置いてあり、その横の棚にはCDがぎっしりと並んでいた。
驚いたことに洋楽、邦楽の様々なジャンルのアーティストのものがかなり新しいものまで揃っていた。つい最近まで仕入れを続けていた様だ。その棚の横の台にはCDプレイヤーがあった。
どうやら食事中に音楽を楽しんでいた様だ。それならば、サロンにもあるのでは?と思い、見てみたら、やはり同じセットがあった。
「皆、今度来た時にお気に入りのアーティストの曲があるか探してみると良いよ」
「それは楽しみですね!」
続いてダンスホールの部屋へ入ってみた。凄く広くて驚いた。そしてホールの四隅に大きなスピーカーがひとつずつ置いてあった。ということは?と部屋を見回すと、部屋の奥にCDプレイヤーの乗った台とその横の棚にはCDがぎっしりと並んでいた。
こちらのCDはクラッシックからダンス用のあらゆるジャンルのものがあった。
「これならお城みたいに楽団が居なくてもダンスには困らないね」
「そうね。いつでも踊れるわね」
「地下へ参りましょう。地下には大きな図書室と映画鑑賞室が御座います」
まずは図書室へ入ってみた。そこは図書室と言うより図書館だった。大きな町の図書館くらいの蔵書数だ。こちらも新しいものまであるのかも知れない。
「このCDとか本って、どうやって手に入れたのでしょう?」
「先代の神々が日本から仕入れたので御座います。ここにある地球のものは、ほとんどが先代の神々によって仕入れられたものなのです」
「月夜見さま!漫画までありますよ!凄いですね!」
「本当だ!これは凄いな・・・」
「このお隣は映画鑑賞室となっております」
目の前の壁には大きなスクリーンがあり、左右にこれまた普通の家では見られない様な大きなスピーカーが左右に置いてあり、スクリーンの前には三人掛けのソファが四つとひとりが横になって座れるリクライニングシートも四つ置いてあった。
それぞれの横には趣味の良い小さなテーブルが置いてあり、きっと飲み物やつまみでも頂きながら映画を見るのだろう。
「これ、映画ってどうやって観るのでしょうね?」
「はい。こちらに再生する機械と映画が収められています」
スクリーンの反対側の壁に振り返ると、そこには棚が作りつけられており、その棚にはDVDがギッシリと並べられていた。ジャンル別にあらゆる映画があるのではないかと思われる程に沢山あった。
ブルーレイと書いてあるディスクの作品も数多くあった。
「ブルーレイって何だろう?DVDと似ているけど・・・」
「それはDVDよりも記録容量を増やしたものです」
天照さまが教えてくれた。そんなことまでご存知とは・・・
「あぁ、なるほど。では使い方としては同じなのですね」
「そうです」
そして台の上にはブルーレイディスクのプレイヤーが置いてあった。部屋の隅にはダンボールが積まれており、何かと思ったらブルーレイディスクプレイヤーの新品の予備が十台も積んであった。そんなに壊れる程見続けるのかね?
「この屋敷の全ての壁、天井と床は防音の素材でできております」
「そ、そうですか・・・」
では、二階へ参りましょう。
「玄関前の階段を上がりましてすぐのところには侍女の控室が御座います。その対面に給仕室、医務室があり、その先に月夜見さま専用の応接室、執務室、衣裳部屋、風呂とトイレ、そして寝室となっております」
「それより先に奥さまのお部屋が同じ様に、専用の応接室、執務室、衣裳部屋、風呂とトイレ、そして寝室となっております。これが月夜見さまのお部屋側に四名様分、廊下を挟んだ反対側に五名様分が並んでおります」
あれ?妻の部家は九部屋あるのか。一部屋は予備ということかな?
「全員に専用の応接室と執務室があるのですね。トイレにビデはありますか?」
「あぁ、それでしたら二十年程前に日本からシャワートイレなるものを仕入れまして、五年毎に最新のものと入れ替えて御座います」
「そう来たか!恐れ入ったね」
「奥さまのお部屋の先にはお子様のお部屋が御座います。勉強部屋、衣裳部屋、風呂とトイレ、そして寝室になっているものが十六部屋御座います」
「十分だね」
「では、屋上へ参りましょう」
「屋上もあるのですか?」
「はい。こちらで御座います」
階段を登って屋上へ出ると、そこにあったものを見て皆が驚いた。
「あ!こ、これは・・・」
「うわぁー!」
「す、凄いです!」
そこは屋敷の屋上が全て露天風呂になっていた。
「地下より温泉を引いて御座います。屋敷の屋根の形により、表側からは見えない様になっております。裏側は見渡せる様になっておりますが、その先に人が立ち入ることは決して御座いません」
屋敷は裏から見ると丘の上にあり、屋敷からの見晴らしが良くなっていた。
露天風呂がある屋敷の屋上からは真裏には山が見え、正面から見て左側には湖が見えた。正面側は僕が背伸びをして屋根の上から覗くと町が見えた。
露天風呂はオーソドックスな岩風呂から、檜風呂、ジャグジー風呂、打たせ湯や寝そべり湯など、日本の立派な温泉宿のものと遜色なかった。
「いらっしゃる日を事前にお伝え頂ければ、前日より食事と侍女、それに露天風呂の準備をさせて頂きます。また、滞在中はおひとりにつき、二名の侍女をお付け致します」
「至れり尽くせりってやつですね」
「では、最後に離れと厩をご覧いただきます」
「一階の奥から出ますと、倉庫と厩が御座います。この厩には二十頭の馬が入ります。今は、馬番が残った馬を引き取っておりますので、一頭も残っておりません。倉庫は地球から物を転移させ、一次保管する様に使われている様で御座います」
「あぁ、だからどちらも空なのですね」
「はい。先代の神々が一掃されておりますので」
「倉庫の先が離れになっております」
「まだ、何かあるのか」
「離れには、大きな作業場が御座います。ここでは木工、鉄工など様々な工作が可能でアトリエとしてもお使い頂けます」
「あぁ、時間があると色々なことをしたくなるものなのだな。そのための資料や本も沢山あるのだろうね」
「時間を使う工夫が沢山あるのですね」
「だって、四百年以上あるのですからね・・・」
これは思ったよりも快適に暮らせそうだな。
ただ、四百三十年という長さに耐えられるのかは分からないけれど。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




