2.神の使命
天照さまが生まれた翌日、朝食を済ませてから僕と妻たちが琴葉の部屋に集まった。
昨夜は皆、ひとりで眠った。各々でゆっくり考えてもらいたいと思ったからだ。
「皆、昨夜から色々と考えたと思うんだ。疑問や不安に思っていることがあったら、自分の中に溜めずに皆で考えを共有しておこう」
「やはり、子や孫が自分より先に死ぬのは辛いので見たくないですね」
「私も同じです」
「幸ちゃん、舞衣。そうだね。逆に全てを見守り続けたいという人は居るかな?」
「・・・」
「やっぱり、それを五百年見守り続けるのは厳しいね。ではいつここを去るのが良いのだろうか?」
「そうですね。子が五十歳くらいになったら、でしょうか?」
「花音、それだと曾孫も生まれているのではないかしら?」
「桜、それはそうだけど、この世界でもこれからは、栄養状態が改善されているから七十歳代まで生きる人は多くなって来ると思うんだ。そうするとこの世界では結婚が早いから、曾孫が生まれてから死ぬ人は結構増えると思うよ」
「では、月夜見さまが七十歳になったら移住すると決めてしまうのも手ですね」
「舞衣、そうね。どの道、私たちは七十歳でもこの姿のままなのでしょう?それならば移住する時期を決めておいた方が、その時に割り切れると思うのです」
「そうだね。一旦、移住する日を僕と舞衣の七十歳の誕生日にしようか」
「でも、その移住先の使用人たちは、これから五十年以上も主の神が居ないのにそこで屋敷を維持し続けているということなのでしょうか?」
「あぁ、紗良。そういうことになってしまうね」
「年に何回か訪問するのが良いのではありませんか?」
「琴葉、それは良い考えだね」
皆で話し合っていると、天照さまが目覚めた。やはり僕と同じで、ぐずったり泣いたりはしない。琴葉がオムツを替え始めた。
「琴葉。天照さまは、オムツを替えてくれとかお腹空いたとかって、念話で伝えてくるのかい?」
「えぇ、そうです。とても楽ですね。月夜見さまの時も一切、泣くことがなかったから楽でしたけど」
「そうだね。二十五歳の大人がそうそうぐずる訳にはいかなかったし、その前にニナや巫女たちが世話を焼いてくれたから、こちらから要求する必要がなかったんだ」
「あ!では私たちの子も、力が強ければ生まれてすぐに念話ができるのですね?」
「花音、そうだね」
「月夜見さま。この力の強弱の差は何で起こるのか天照さまに聞いてみませんか?」
『それは、五百年毎に転生する者か以前にこの世界の神だった者が強い能力を持つのです』
『あぁ、天照さま。おはようございます。聞いていたのですね。では地球からの転生者はそう居るものではないのですね』
『いえ、地球とこの星では相互に転生しています。前世の記憶を持ったまま転生することが稀なのです』
『では、暁月お爺さまは前にも神であったことがあるのですね』
『そうです』
『天照さま、私たちは五百歳まで生きるとのことですが、この若い姿はいつまで保てるのでしょうか?』
『概ね、四百五十歳までです。そこからは人間と同じ様に年老いて行きます』
『では、四百四十歳くらいまでは子作りができるのですか?』
『できます』
『あ、あの・・・聞き難い質問なのですが、私たちの性交がやたらと気持ち良いのは、子を多く作らせようという意図があるのでしょうか?』
『其方たちの身体は五百年の寿命を保つため、細胞単位で最適化され続け、神経や感覚も鋭敏なのです。月夜見の言う「気持ち良い」が何を指しているのか分かりませんが、その方が子を多く儲けることになるでしょう』
『僕らは子を多く残した方が良いのですか?』
『そうですね。其方たちの因子を持った身体が多く広がって居れば、次に転生する時に選択肢が広がるのです。今回の様に人間の関係性において親子という関係で結婚せずとも良くなるのではないかな?』
『そういうことだったのですか』
『あの?私がお聞きしてもよろしいでしょうか?』
『かまわぬよ』
『私たちが妊娠すると皆、七か月程で出産となるのでしょうか?』
『母子共に力の強い場合はそうなります。母親が普通の人間の場合と力が強くない子の場合は十か月を要します』
『では、力の強くない子は、治癒の能力だけしかないのでしょうか?』
『基本的にはそうです』
『宮司同士の子も力が強くなることはないのですか?』
『なりません。ただし、前世で神だった者ならば強い力を持ちますが』
紗良はやっぱり看護師らしい質問をするな。
『神の住む大地のことなのですが、神に仕える人間が住み続けているのですよね?一度訪問して顔合わせ的なことをしておくとか、その後定期的に訪問する方が良いのでしょうか?』
『うむ。そうですね。御柱へ行く前に案内しよう』
『分かりました』
『それと、この星の世界地図が無いのですが、意図的に作っていないのですか?』
『そうです。五百年毎に生まれ変わる三組の神だけが知っていれば良いのです。今のところは三十の、いや今は二十九ですね。人間の国が在る、この大陸しかないと思っていて欲しいのです』
『そうですね。知ったところでどうすることもできないでしょうけれど』
『そろそろ眠りたい・・・』
天照さまは眠ってしまわれた。あぁ・・・世界地図を作れなくなってしまったな。
「皆、どう思った?」
「四百五十歳までこの姿なのですね。やはり私たちは人間ではないのですね」
「舞衣。寿命ではそうだね。でも人間を生むこともできるのだからね。人間だよ」
「五百年生きるって、どんな感じなのでしょうか?子育てがあるうちは良いのですが、その後は毎日どうするのでしょう?」
「紗良、そうだね。各々で好きなことを見つけて過ごすということかな・・・まだ分からないね」
「神の住む大地に居る人たちに、前任の神たちは何をして過ごしていたかを聞けば良いのですよ」
「幸ちゃん。そうだね!」
「私は月夜見さまと長く一緒に生きられるのですから幸せです」
「陽菜。ありがとう!」
「そうですよね。月夜見さまと過ごす時間がそれ程に長くあることは嬉しいことです」
「えぇ、悪く考えることはありませんでしたね!」
「普通はそれ程長く生きることなんてないから、不安になるのは当たり前だよね。でも僕らは九人も居る。それに移住先にも使用人たちがきっと大勢いるのだろうからね。大丈夫だよ」
「えぇ、そうですね」
僕は暁月お爺さんとお父さんにも事実を伝えたいと考え、天照さまに会ってもらえる様に頼んだところ、快諾を頂いた。
動力のない船で月宮殿に二人を迎えに行った。暁月お爺さんは既に月宮殿のサロンに待機していた。
「お爺さま。今日はありがとうございます」
「いや、こちらこそ。では、玄兎の部屋へ行こうか」
「はい」
お父さんの部屋へ行くと三人でソファに座り、向かい合って話をした。
天照さまからは、天照さまの話をするのはこの二人だけにする様に言われたのだ。でも天照さまはまだ長時間会話できないので、既に分かっていることは事前に共有しておくことにしたのだ。
「それで、生まれた子はどうだったのだ?」
「お爺さま。生まれてすぐに念話で話したところ、子はやはり始祖の神、天照さまの生まれ変わりでした」
「では、あのフクロウもか?」
「はい。天照さまが操っていた様です。生まれた子は女の子の身体に見えますが、性別はないそうで、おひとりで子を生むこともできるそうです」
「何?男が居なくとも子を成せるのか!」
「えぇ、千五百年前に僕と八人の妻を生んだそうです」
「それで、五百年毎に月の名が付く世継ぎと漢字の名をもつ八人の妻には理由があったのかな?」
「はい。この九人の力で御柱に力を供給しているのだそうです」
「ん?それは五百年に一度で良いのか?」
「いえ、僕たち九人が五百年に渡って生き続け、力を供給し続けるのだそうです」
「何だと!五百年も生き続けると言うのか!」
「えぇ、そして天照さまは千五百年生き続け、その身体が朽ちる時、また僕と琴葉がこの世界に転生し、天照さまの身体を生むのだそうです」
「月夜見と琴葉にその様なお役目があったのか・・・」
「はい。神の身体に親子とか兄弟の概念はないそうです」
「そして五百年後には新たな九人が転生して来るということかな」
「えぇ、九人の転生者が五百年毎に輪廻を繰り返しているのです」
「では、お前たちの他に二組の転生者たちが存在するのだな?」
「はい。そうです」
「それで、お前たちは新しい月の都で五百年暮らし続けるのかい?」
「お父さま、それだと僕たちは何十代に渡る子孫が次々に先に死んで行くのを見守らなければならなくなってしまいます」
「そうだ。それでどうするのかと思ったのだ」
「はい。僕たち五百年の寿命を持つ神が暮らすための大地があるのだそうです。妻たちと話して僕が七十歳になったら、そちらへ移り住もうと考えています」
「あぁ、それだと自分の子がまだ生きている内に隠居するという形にできる訳だな?」
「はい。その通りです」
「その大地に移住した後はこの世界の人間とは関わらないのか?」
「基本的にはその様です。その大地もこの前見つけた未開の大地も存在を知られたくない様です」
「月夜見。それで地球という星とこの世界との関係は分かったのか?」
「はい。それなのですがこの星は元々、人が住める星ではなかったそうです。それを天照さまがあの御柱を造り、人間が住める様にしたのだそうです」
「それは何故なのだ?」
「地球の人間や生物が絶滅した時のための保険だそうです。つまり地球の人間や生物が滅んだ時にこの世界の人間を地球に移り住まわせるために、この世界で保護しているのです」
「地球の人間が滅ぶかも知れないということか?」
「はい。お爺さま。地球は人間が増え過ぎたのです。環境破壊が進んでおり、気候変動も起きているのです」
「人間が増え過ぎてはいけないということか・・・」
「何が正しいのかは分からないのですが、人間は正しく導いてやらないと人口が増えて行く過程でその様な間違いを起こすこともあるということでしょうか?」
「その結果、地球の人間が滅びた時は、この世界から人間を送りこんでやり直させるということか」
「その様ですね」
「つまり、月夜見の様に導くことはせずに、放置しておいて滅んでしまったらやり直しをさせる。そう言うことか?」
「そうとも取れてしまいますね」
「うーん。無責任なのか、そのやり方が正しいのか・・・難しいところだな」
「あと、分かったこととして、以前にこの世界の神だった者が強い能力を持つのだそうです。つまり、お爺さまは前世のどこかで神だったことがあるということです」
「あぁ、あとは先程の五百年生きる二十七人と決まっている訳なのだな」
「はい。そうです」
「では、私や月夜見以外の息子は、初めて神の一家に生まれたと言うことか」
「そうなりますね」
「大体、こんなところです。あとは天照さまへ直接お聞きください」
「私は念話ができないから月夜見を通して話すしかないな」
「はい。そのつもりです。では、行きましょう」
動力のない船の前に着くとお爺さんが珍しいものを見たという顔になった。
「これは月夜見が造ったのか?」
「えぇ、ルドベキアの工場で船の修理をしていたので造ってもらいました」
「これはただの箱なのだな・・・」
「えぇ、浮いていないこの方が便利な時もあるのです。さぁ、乗ってください」
「シュンッ!」
「おぉ、ここが月夜見の月の都か。畑が多いのだな。何かひとつの村の様だな」
「えぇ、そんな感じにしたかったのです。さぁ、こちらへどうぞ」
まずは二人をサロンに案内し、天照さまが目覚めるのを待った。
シルヴィーがお茶を出し、最後に妻となった詩織をお爺さんに紹介した。
『月夜見さま。天照さまの授乳が終わりました』
『では、すぐに行くよ』
琴葉の部屋へ入るとビックリした。窓にフクロウが居たのだ。
「うわ!フクロウが!」
「月夜見さま。天照さまが玄兎さまのためにと」
「あぁ、そうなのですね。では念話ではなく声を出すのですね」
「うむ。これで聞こえるかな?」
「はい。聞こえます。でもやはり天照さまの声にはならないのですね」
「それは仕方がない」
「では、天照さま。ご紹介します。こちらが私の父の玄兎と祖父の暁月です」
「初めてお目に掛かります。私が月夜見の父、玄兎で御座います」
「初めてお目に掛かります。私は月夜見の祖父、暁月で御座います」
流石に始祖の神さまを前にするとお爺さんでも畏まるのだな。
「うむ。天照です。月夜見と天満月のことでは心労を掛けましたね」
「滅相も御座いません」
「お詫びに何でも答える故、聞きたいことがあれば申すが良い」
「はい。ではお聞きします。異世界の地球という星ですが、その星の人間や生物が滅ぶのは何故なのでしょう?」
「うむ。滅ぶことが決まった訳ではないし、いつそうなるのかも分からない。ただ、それはいつか必ず起こることなのです」
「人間自身が起こすものとしては環境汚染による気候変動ですね。もうひとつは戦争。そして人間がどうにもできないこととしては、星の地磁気が無くなるか逆転現象を起こすことですね」
「それは、必ず起こることなのですか?」
「地磁気が無くなるとすれば、あと千二百年とか千五百年くらい先でしょうか、逆転現象については、いつか必ず起こるでしょうがその日は予測不可能です」
「では、どうしたとしても人間や生物は滅ぶのですね?」
「えぇ、一度は滅びますね。ですからこの世界で保険となる人間と生物を保存しているのです」
「地球の人間が滅びたら、この世界の人間を移住させるのですね。では、その移住させる人間の文化はどの程度進めておく必要があるのでしょう」
「それは、あまり考えなくても良い。地球の生物が滅びた後は、一度、生物の痕跡を全て消し、大地や海を浄化し、御柱を造って地磁気を確保した上で、この世界から生物を転移させるのです。そこから先も今と変わらずに過ごすでしょう」
「あぁ、住む星が変わっただけということですね」
「うむ。そしてまた、この世界に保険を作るということです」
「我々、天照一族の役割は何でしょうか?」
「今まで通り、人間に戦争を起こさせないことです」
「分かりました」
「神宮についてはこれから増やすことになるでしょう。必要な装置は工業プラントにありますので、月夜見に託します」
「かしこまりました」
「宮司の力を持った我々の子が、必ずしも宮司にならなくても良いのでしょうか?」
「それは構わない。その力を持った子が多く生まれれば、その分、神が転生し易くなるのでな。宮司になるかどうかは自由ですよ」
「かしこまりました」
「天照さまは普段はどこにお出でなのですか?」
「私は第三の月の都に居るよ」
「それは、この世界のどこかの空に浮かんでいるということですか?」
「そうです」
「そちらへ行かれた後、我々や月夜見とは連絡は取れるのですか?」
「必要な時はこちらから連絡を取ります」
「あぁ、そうなのですね・・・」
「さて、こんなところで良いかな・・・」
そして、眠りに落ちて行った。そしてフクロウは飛び立って消えた。
「如何でしたか?」
「うむ。やはり、これはこの世界の者に話せることではないな」
「我々の心のうちに仕舞っておきましょう」
「月夜見。それにしても大変なことになってしまったな」
「えぇ、でもこれもお役目ならば仕方がありません」
「我々にできることがあれば何でも言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「では、帰るとしよう」
僕は、神妙な顔で考え込むお爺さんとお父さんを船で月宮殿へと送り届けた。
「シュンッ!」
「お父さま、弟たちは全員学校に行くことになったのですか?」
「うむ。そうなったよ」
「来月でよろしければ僕が各国へ送って行きますよ」
「そうか。それは助かるよ」
「七か国ならば一日で回れますから、各王城に連絡をお願いします」
「分かった。頼むよ」
三月の終わりになり、アンナマリーをネモフィラの王立学校に入学させる時が来た。
詩織と一緒に三人でネモフィラ王都のマイヤー家に送り届けた。
「これは、月夜見さま。ようこそお越しくださいました」
「マイヤー殿、アンナマリーをよろしくお願いいたします」
「アンナマリーは私の孫でもあるのですから、面倒を見るのは当然です」
「アンナマリー、お爺さまやお婆さまの言うことをよく聞いて、しっかり学ぶのですよ」
「はい。お母さま」
「アンナマリー、たまに顔を見に来るからね。神宮での訓練も頑張るのだよ」
「はい。お父さま」
アンナマリーを詩織の両親に任せて僕らは帰った。その翌日、弟たちを各国に送って行く日となった。
動力のない船で月の都へ飛び、弟七人とその母七人を乗せ、ひとりずつ王城で降ろしては、王族と宮司の姉たちに挨拶していった。
最後にネモフィラ王城へ秋高を送り、神宮へ寄って月影や柚月に会わせた。丁度そこに、良夜とアンナマリーが居た。
「あ!お父さま!」
「アンナマリー、神宮に来ていたのかい?」
「はい。ご挨拶に来ていたのです」
「そうか、丁度良い。こちらは僕の弟の秋高だよ。アンナマリーと同い年でこれから学校に通うのだよ。彼は王城で暮らすんだ」
「秋高さま?」
「アンナマリーさま・・・」
あれ?なんか、二人とも見つめ合っちゃって・・・これはまずくないか?
「アンナマリーさま!」
おっと!良夜が割って入った!
「あ!良夜さま・・・」
アンナマリーの顔が真っ赤だ。
なんだなんだ?三角関係になっちゃうのか?帰ったら詩織に伝えないと!
お読みいただきまして、ありがとうございました!