34.娘の心配
ネモフィラ王城での結婚式を終え、屋敷に帰って来た。
各々、着替えとお風呂を済ませて、皆がサロンに集まった。
「皆、結婚式も全て終わったね。これで、正式に皆とは夫婦になったのだね。これからよろしくお願いしますね」
「はい。月夜見さま。よろしくお願い致します」
「そうだ。アンナマリー、良夜のことが気に入ったのかい?」
「はい。お父さま。またお会いしたいです」
「そ、そうなの?それなら十歳になったら、ネモフィラの学校に行くかい?」
「え?良いのですか?」
「それは、構わないけど」
「嬉しいです!」
「では、月影姉さまにお伺いを立てておくよ」
「お父さま。ありがとうございます!」
本当におませさんだな。あれ?ちょっと待てよ。アンナマリーから何か感じるな。これってもしかして?
「皆、ごめん。アンナマリーとクラウスを連れて、ちょっと月宮殿に行ってくるよ」
「え?月宮殿に?それはどうしてですか?」
「詩織、すぐに戻るよ。帰って来たら話すからね。アンナマリー、クラウス、おいで」
僕は両脇に二人を抱えて、暁月お爺さんのところへ飛んだ。
「シュンッ!」
「お爺さま。こんばんは」
「おぉ、月夜見。その子たちは?」
「八人目の妻、詩織の子で、アンナマリーとクラウスです」
「初めまして、詩織の娘、アンナマリーと申します」
「初めまして、同じく、クラウスと申します」
「うん。きちんと挨拶ができるのだな。私は月夜見の祖父。暁月だ」
「そう言えば、今日は結婚式だったのだな。それで急にどうしたのかな?」
「はい。お爺さま、巫女の力を持っているかどうかはどうやって見極めるのですか?」
「あぁ、それは相手の身体に治癒の力を掛けるのだ。力があるならば反発して戻ってくる。しびれる様な感覚があるのだよ」
「この子たちがそうなるのです」
「どれ、試してみよう」
お爺さんは、アンナマリーとクラウスにそれぞれ手を向けた。
「ほう。力があるな。八人目の妻は元々神だから、その子には宮司の能力があるのだろうな」
「やはりそうなのですね。アンナマリー、クラウス。君たちは神の子だから、宮司になれる治癒の能力を持っているんだよ」
「え?私が良夜さまと同じ力を?」
「え?僕にも神の力が?」
「そうだよ。では帰って皆に報告しようか」
「はい!」
「お爺さま、ありがとうございました」
「月夜見。そう言えば、琴葉が妊娠したそうだな。何か起こったら教えてくれるか」
「はい。その時は必ず、ご報告します」
「うん。頼むよ」
「では、帰るよ。おいで」
「はい!」
「シュンッ!」
「ただいま!」
「お帰りなさい!どうしたのですか?」
「うん。ちょっと確認して来たんだ。詩織。君は元々神だったから、その神の子であるアンナマリーとクラウスにも神の力があるんだよ」
「え?では、人の病気が治せたりするのですか?」
「そうだよ」
「お母さま。私、良夜さまと同じ力があるのだそうです」
「そう。凄いのね!では、これから使い方を訓練して行きましょうね」
「はい!頑張ります!」
「月夜見さま、神の能力に目覚めていなくても、身体には能力が備わっていたということなのですね?」
「幸ちゃん、その様だね。記憶が戻って能力が発現したと思っていたけど。能力は元々、備わっていたということだね」
「では、これから私たちにできる子供たちは、皆、この能力を持っているのですね」
「桜。そうだよ。片親が神なだけでも能力が遺伝するのだから、両親が神ならば遺伝する力も大きくなるのかも知れないね」
「ちょっと怖いですね」
「でも、力のお強い暁月さまの母親は神ではありませんよね?」
「琴葉、そうだね。あ!いや、そうとも言い切れないよ。記憶が戻っていないだけで、お爺さまのお母さまは神だったのかも知れないよね」
「あぁ、その可能性もあるということですね」
「あとは、お爺さま自身が大昔の神の転生者であった可能性ですよね」
「うん。それもあり得るね」
「あら?では、宮司と宮司が結婚したら、その子供の能力はどれくらいになるのかしら?」
「紗良。それは生まれて来てみないと分からないのではないかな?」
「それって、私と良夜さまのお話ですか?」
「アンナマリー、例えばの話だよ。そんなに結婚を急いではいけないよ」
「まぁ!月夜見さまってもう、父親が娘を嫁に出したくないみたいな感じになっていませんか?」
「ふふっ、今のはそういう感じでしたね。やっぱり父親は娘が可愛いのね」
「琴葉!そんなつもりはありませんよ!」
「月夜見さまはお優しいから心配で仕方がないのですよね?」
「うん、まぁ・・・そうだね」
「お父さま、それ程までに私のことをお考えくださるのですか?」
「それは勿論だよ。アンナマリーとクラウスは僕の子なのだからね」
「嬉しいです!お父さま!」
アンナマリーが正面から抱きついて来てしまった。
「まぁ!ちょっと、アンナマリー!月夜見さまに抱きつくなんて!」
「詩織、良いじゃないの。アンナマリーは今までお父さまが居なくて寂しかったのよ。大目に見てあげて」
「紗良、そうね」
「これから女の子が生まれたら、月夜見さまから離れない娘が続出しそうね・・・」
「それは・・・間違いなくそうなるわね」
「それはそうと最近、フクロウを見ていない気がするのですけど?」
「花音もそう思ったのね?私も気がついた時には居なくなっていたの」
「そうだね、陽菜。一体、いつから居なくなったのだろう?」
「そもそも妻が八人揃うまでは秘密は明かせない様なことを言っていましたよね?」
「そうだよ、桜。それなのに妻が八人揃ったら逃げるなんて、まるで詐欺みたいだ!」
「まぁまぁ、神さまなのですから、そこまで言っては失礼でしょう?」
「琴葉。庇うね。何か聞いていたのかい?」
「いいえ、何も聞いていませんよ」
「それにしても、やっと八人揃ったのにな・・・」
「それよりも私、気になっていることがあるのです」
「紗良。何だい?」
「琴葉、妊娠していますよね?悪阻はないのですか?」
「えぇ、全く無いのです。毎日の様に透視して胎児を見ていますけど、全く問題なく育っています」
「そうなのですね。悪阻がないのは助かりますね。それは生理痛がないのと同じなのでしょうか?」
「そうとしか思えないですね」
「それで琴葉の子はいつ頃生まれる予定なのですか?」
「そうですね。二月くらいでしょうか?」
「え?琴葉、できたのは七月の終わり頃だったよね?出産予定日は五月なのではないかな?」
「いえ、この子は月夜見さまの時と同じで七か月で生まれます」
「えーーーっ!」
思わず全員が叫んでしまう。
「え?七か月で?僕は七か月で生まれていたの?」
「そうです。だから生まれたのが奇跡だと言われていたのです」
「あ!それって神の力で病気をしないとか、凄く早く成長したり若返ったりするのと同じことなのでしょうか?」
「紗良。そうだね。医学的には成長速度とか、細胞分裂の速さとかに関わる話なのかな」
「では、あり得るお話なのですね」
「二月か。ではそんなに先ではないね」
「あの・・・琴葉以外の妻が子を作るのは、琴葉の子が生まれた後にしませんか?」
「花音。それは何故?」
「い、いえ、絶対にそうしろと言うつもりはないのですが、何かそうした方が良い様な気がするのです」
「私もその方が良いと思います。恐らく、私と月夜見さまの子には普通ではないことが起きる気がします。その時に他の妻たちが妊婦だと、ショックを受けた場合危険ですから」
「そんな!何かがあると言うのかい?」
「私にも分からないのです。でもこの子の成長の速さとか、お腹の中に居るのに何か力を感じるのは普通ではないのだと思うのです」
「何か力を?・・・そうなのか」
「そうですね。あと四か月もないのですから、それならば待った方が良いのではないでしょうか?」
「では、今まで通りに避妊はしていきましょう」
「あの・・・避妊って?この世界でどうやっているのですか?」
「あぁ、詩織。紗良に聞いておいてくれるかな?それと日本の製品を使っているんだ。あとで花音から受け取ってね」
「日本の製品を?」
「えぇ、詩織。あとで説明しますね」
「はい。お願い致します」
一時間後、花音から日本の製品の説明を受けていた詩織が念話で僕を呼んだ。
『月夜見さま、日本の製品のことでご相談があるのですが』
『あぁ、今どこに居るのかな?』
『花音の部屋です』
「シュンッ!」
「どうしたんだい?」
「この世界では粉ミルクがありませんよね?母乳がでない場合は同じ時期に出産した女性が近くに居れば母乳を分けてもらえるのでしょうけど、居ない時はどうしているのでしょうか?」
「そう言えば、月宮殿とかネモフィラ王城では、その様な場面に接したことがないから知らないな。でも確かに粉ミルクはないだろうね。代用品としてならば多分、ヤギの乳を与えているのではないかな?」
「赤ちゃんにヤギの乳を与えても良いのですか?」
「うん。母乳の成分に近いらしいよ。この世界ならばヤギが食べているものに危険なものはないだろうから問題ないでしょう」
「そうなのですね」
「いずれにしても、僕らのために日本から粉ミルクを購入するのは構わないけれど、村や国の単位では難しいかな?」
「でも私たち八人はきっと母乳がでないなんてことはないのでしょうね」
「そうだね。すこぶる健康な状態を保っているからね。では今度、朧月伯母さまに母乳が出ない時どうしているのか聞いてみるよ」
「それよりも、詩織。日本の製品を詩織が使うのは全く問題ないのだけど、アンナマリーに使わせるのは少し考えないといけないね」
「あぁ、この屋敷外では管理ができなくなりますからね」
「花音。その通りだよ。アンナマリーがネモフィラ王国の学校に通うならば目が届かないからね」
「日本の製品を使っているのは限られた人だけなのですね?」
「うん。今は僕の妻八人と侍女のシルヴィーだけなんだ」
「そうですね。それならば、この屋敷にずっと住み続ける者だけに止めた方が良いでしょうね。アンナマリーは嫁に行くのですから与えない方が良いでしょう」
「詩織。それで良いのかい?」
「えぇ、自分の娘だけを特別扱いできないわ」
「でも、シルヴィーには使わせているのですね」
「あぁ、この日本の製品を手に入れた時、ネモフィラ王城の部屋で、ニナ、シエナ、シルヴィーは余りに近い存在だったから仲間外れにできなかったんだ」
「ふふっ、月夜見さまらしいですね」
「うん。でも結果として紗良と陽菜は妻になり、シルヴィーは女性の方が好きということでこのままここに居てくれそうだから良かったのだけどね」
「そう言えば、詩織は日本で珈琲は好きだったかな?」
「えぇ、好きでしたよ。紅茶も珈琲も両方好きです」
「それなら、今から珈琲をご馳走するよ」
「まぁ!珈琲があるのですか?」
「パソコンもあるよ。これからサロンで珈琲を飲みながら、パソコンの画像で病気の診断方法や治療法を教えるよ」
「パソコンもあるのですね!」
それからサロンで珈琲を飲みながら医学講習となった。紗良も復習したいと参加し、陽菜も意欲的に参加した。僕の膝にはアンナマリーがへばり付き一緒になってパソコンの画面を観ていた。
最後にはアンナマリーに生理痛の癒し方を教えた。
「分かりましたお父さま。でも私、まだ生理痛はそんなに酷くないのです」
「毎月、来てはいるの?」
「そうですね。遅れる時もあるけれど、大体はきちんと毎月きています。お父さまの作られた本で勉強しましたから女性の身体の仕組みは解っています」
アンナマリーはやっぱり九歳にしては進んでいるな。これは、神宮で良夜と一緒に暮らしたら、水月みたいなことになるかも知れない。事前にしっかりと話しておく必要があるな。
「それは偉いな。では宮司の仕事もすぐに覚えられそうだね」
「はい。できる様になりたいです」
「あ!そうだ!今、幸ちゃんが、全ての神宮の宮司や巫女のために漢方薬の本を作っているんだ。アンナマリーも手伝いながら漢方薬の勉強をしたらどうかな?」
「来年、十歳になってネモフィラに行ったら、そこで月影姉さまや柚月姉さま、それに良夜に漢方薬のことを教えてあげられるよ」
「はい!是非、学びたいです!本を作るお手伝いもします!」
「まぁ!アンナマリーが手伝ってくれるのね。助かるわ」
「幸子お母さま、よろしくお願い致します」
「礼儀正しいのね。偉いわ」
「幸ちゃん。アンナマリーがお世話になります」
「えぇ、詩織、大丈夫よ。任せておいて」
秋も深まり、アスチルベ王国を初めに見て回った時、紅葉のきれいな場所を写真に撮って記録しておいた。結月姉さまとデートした場所でもある。
そこへ瞬間移動してみると、今年もきれいな紅葉となっていた。
僕たちは事前に準備をしてピクニックに出掛けることにした。メンバーは妻と侍女、アンナマリーとクラウス、舞衣のお母さんにフェリックスの親子、結月姉さまの親子四人と最後にジゼルだ。
十六人乗りの動力のない船を二艇出して、桜と花音に飛ばしてもらった。
僕は別の船でネモフィラ王国へ向かい、フォルラン夫婦、月影姉さま親子、アナベル親子を乗せて現地へ飛んだ。
「シュンッ!」
「うわぁー!きれいな景色!これが紅葉なのですね!」
「アナベル、ジゼルと一緒に美しい絵を描いてね」
「はい!ありがとう御座います」
「良夜さま、お久しぶりです!」
「アンナマリーさま。またお会いできて嬉しいです」
「月影姉さま。柚月姉さま。詩織の子のアンナマリーとクラウスには、宮司の能力があることが分かったのですよ」
「え?それはどうしてなのですか?」
「詩織の身体は元々、神の能力を持っていたからです」
「では、アンナマリーとクラウスは宮司にするのですか?」
「決まってはいません。宮司になっても良いし、ならなくても良いのです。自分で選べば良いのですよ。ただ、治癒の能力の訓練と漢方薬の勉強は始めていますよ」
「それならば、アンナマリーは来年十歳になったら、私の神宮に来て学校に通いながら、宮司の勉強をしたら良いのでは?」
「はい!是非、お願い致します!」
「アンナマリー!勝手に決めてはいけませんよ」
「えー!お母さま、駄目なのですか?」
「いえ、ネモフィラの学校に行くことは構わないのです。でも神宮でお世話になるのは・・・」
「あら、私たちは構わないのですよ」
「月影姉さま。僕と詩織が心配しているのは、神宮で暮らすと水月の様なことにならないかという・・・」
「あ!良夜と?」
「アンナマリー、ネモフィラではマイヤー家の王都の屋敷に滞在して、そこから学校と神宮へ通えば良いでしょう?」
「そうだね。朝はマイヤー家から学校に行って、学校が終わったら神宮へ行けば良いのだよ。学校が休みの日は朝から神宮へ行っても構わないのだからね」
「では、神宮へ行っても良いのですね?」
「そうだね。でも暮らすのはマイヤー家にして欲しいな」
「はい!お父さま。それでも良いです!」
「それは良かった」
ふぅー納得してくれて良かったよ。
「あと、月宮殿の七人の弟たちなのですけどね。彼等も来年からそれぞれのお母さま達の母国の学校に通うことになると思いますよ」
「あら!そうなのですね!では、秋高はうちで預かろうかしら」
「そうですね。神宮でも王城でもどちらでも良いと思います。マリー母さまと相談してください」
「分かったわ」
舞衣のお母さんとフェリックスのお母さんがジュリアンを抱いて和んでいた。
「月夜見さま。ここはアスチルベ王国の中なのですよね?どの辺なのですか?」
「私もどこの領地という様なことは分からないのです。では、船に乗って頂いて空から眺めたら分かるのではないでしょうか?」
二人とフェリックスを乗せて、上空へどんどん高度を上げて行く。
「あら?あの屋敷はもしかして・・・まぁ!私の実家だわ!」
「ということは、エマール侯爵領なのですね」
「そうですか。舞衣のお母さまの実家だったのですね」
「えぇ、でも屋敷を出て山の中に来ることはなかったから、この様な美しい場所があることを知りませんでした」
「実家に寄ってみますか?」
「いいえ、月夜見さまも行ったら長居させられてしまいますので止めておきましょう」
「そうですか。舞衣に頼めば瞬間移動で行けますからいつでもお声掛けください」
「お気遣い頂き、ありがとう御座います」
僕らはゆっくりと地上に降りた。
昼食のお弁当はカツサンドだ。僕が提案して善次郎殿に作ってもらったのだ。
今回は瞬間移動で部屋に帰って珈琲を落とすとポットに移して戻って来た。
「月夜見さま。カツサンドと珈琲を持ってピクニックなんて、まるで日本に居るみたいですね」
「詩織、そう思うでしょう?紅葉をバックに花音の顔を見ながら食べたら、日本に居るとしか思えないよ」
「まぁ!本当だわ!懐かしいわ!」
「私の顔が役に立って良かったわ!」
そうして日本に居る気分を味わいながら、一日のんびりと過ごした。
お読みいただきまして、ありがとうございました!