28.紗良との婚約
紗良と陽菜は、既に全ての能力を使いこなし、身長も他の妻たちに並んだ。
十代後半の若さになり、その美しさは息を呑む程だった。もしかすると元々、神になることが決まっていて神になるに相応しい美貌を備えていたのかも知れない。
いや、きっとそうなのだろう。そうでないと説明がつかない。
二人を連れてネモフィラ王国のプルナス服飾店へ飛び、婚約のドレスを選んだ。
ビアンカは既に二人の髪や瞳の色も顔も把握しているので、絶対これだというドレスが既に仕立てられていた。
紗良のドレスは白を基調に緑色があしらわれており、銀の刺繍も使っている。陽菜は白を基調に青色と金の刺繍だ。
「何て素敵なドレスなのでしょう?これを私に?」
「そうだよ、紗良。ご両親を驚かさないとね!」
「ふふっ、驚くどころでは済まないと思います!」
「月夜見さま、私にこの様な素晴らしいドレスが似合うのでしょうか?」
「陽菜。君にこそ似合う様に仕立ててくれているのだよ。そうだよね?ビアンカ」
「はい。陽菜さまの髪と瞳のお色に合わせて御座います。とてもお似合いです!」
「まぁ!嬉しいわ!」
「二人共、背が伸びて体形も変わっているから普段着る服も少ないでしょう?今、まとめて買ってしまいましょう。好きなだけ選んでね」
「はい!ありがとうございます!」
その後、デュモン宝石店へ行き、紗良はエメラルド、陽菜はサファイアをベースにしたネックレスを購入した。最後に靴も購入してから屋敷へと帰った。
今夜の夕食は花音の二十歳の誕生日だ。皆に祝福され、スパークリングワインで乾杯した。
「それにしても、私たちって歳を取りませんね。いつまでこうなのでしょう?」
「それも妻が八人揃わないと教えて貰えないのでしょうね」
「そうだろうね・・・」
「あの、皆さん、今日は花音の誕生日でおめでたい日だから・・・良いかしら?その、私、妊娠しました」
「まぁ!琴葉!おめでとうございます!」
「そう。できたのね!おめでとうございます!」
「おめでとう。琴葉。何週目か分かっているのかな?」
「はい。五週目で心臓も動き始めています」
「あぁ、やはり新婚旅行の時なのだね」
「えぇ、そうです」
「良かった。琴葉。おめでとう!」
「ありがとうございます。月夜見さま。皆さん」
「皆も子が欲しくなったら言ってくれるかな?」
「はい!」
その夜は、花音と眠る日だった。ベッドに入って今日の晩餐を振り返る。
「月夜見さま。琴葉に子ができたそうですが、その子には何か大きな運命が待っているのでしょうか?」
「そうだね。普通の子とは思えないよね。始祖の神が関係しているのではないかな?」
「大丈夫なのでしょうか?」
「分からない。考えても仕方がないでしょう・・・」
「そうですね・・・」
「花音、子はまだ作らなくて良いのかな?」
「私は紗良の結婚式が済んでからが良いです。だって結婚式でダンスを踊るでしょう?」
「あぁ、そうだね」
「花音は男の子と女の子はどちらが欲しいの?」
「勿論、両方です!」
「そうか。そうだね。皆、最低二人は欲しいところだよね」
「えぇ、子供部屋は沢山ありますからね」
「でも、結婚相手に困るのではないかな?」
「それこそ、身分に拘らなければ結婚はできますよ」
「そうだったね」
それからふたりはいつもの様に愛し合って眠りについた。
花音は二十歳の誕生日に予知夢を見た。誕生日に見たのは初めてだ。夢の中のその場所はこの屋敷のサロンだ。そこには八人目の妻が居た。
その女性は見たことがない人だ。またもや桜と舞衣と同じ瞳と髪の色をしている。妻八人はその新しい妻も含めて皆、背が高く、現在の五年後だというのに今の姿のままだ。
子供がその周りを走り回っている。あまりにも沢山居て何人居るのか分からない。
ただ、髪の色を見る限りはプラチナシルバーの子が多いが、ストロベリーブロンド、アッシュブロンド、ブロンド、ブルネット、黒髪の子も居るから妻は皆、子を生んだのだろう。夢で分かったのはそれだけだった。
朝、目を覚ますと、月夜見さまが私を微笑みながら見つめていた。私も笑顔になり、抱き着いてキスをした。
「月夜見さま、おはようございます」
「おはよう。花音」
「私、夢を見ました」
「え?あ!五年毎の予知夢のことかい?」
「はい。あの鮮明さは、そうなのだと思います」
「月夜見さま。八人目の妻の姿を見ましたよ」
「それは花音の知っている人だったのかい?」
「いいえ、私はお会いしたことがない方でした。でも既に背は私たちと同じくらいに大きく、十代の若さでした。それに今から五年後なのに七人の妻たちは今と全く変わらない若さでした」
「それって、本当に五年後なのかな?ほんの少し先ということはないのかな?」
「えぇ、四歳以下に見える子供が沢山走り回っていましたから、やはり五年後でしょう」
「あぁ、それくらいの子供も見えたのだね。それならば五年後だね」
「それで、その八人目の妻は何か特徴はあったかな?」
「はい。桜や舞衣と同じ瞳と髪の色をしていました」
「あちゃーっ!またか!僕はどれだけその髪色が好きなのだろう?自分でも分からないよ」
「恐らく、この月の都や村では見たことがない女性です」
「そうか、ここではエミリーだけだし、彼女はスヴェンと結婚したからな」
「朝食の時に皆に伝えましょう」
「うん。そうだね」
食堂には妻七人と舞衣のお母さん、それに侍女が居た。
「皆、花音が昨夜、五年後の未来の夢を見たそうだよ」
「まぁ!私たち、年を取っていましたか?」
「いいえ、皆さん、今と全く変わらないお姿でした。それに子供が沢山、走り回っていましたよ。ここに居る妻全ての髪の色の子が居ました」
「では、皆、子を授かっているのですね!」
「えぇ、その可能性が高いと思います」
「それで、八人目の妻の姿は見たのですか?」
「えぇ、琴葉。桜と舞衣と同じ瞳と髪の色をした女性でした。私たちと同じくらいの身長でやはり、十代に見える若さでした」
「花音の知っている女性なのですか?」
「いいえ、お会いしたことのない方でした」
「それでは手掛かりが瞳と髪の色だけなのですね」
「それだけでは探しようがないね。舞衣の時は貴族以上とか、湖の近くで馬に乗っているとかあったけど、瞳と髪の色だけで歳も分からないのでは探しようがないよね」
「そのうちに何か出会いがあるのかも知れませんね」
「まぁ、それに期待するしかないね」
「そうですよ。花音の予知夢に出て来たのならば、五年以内に必ず出会えるのです。待っていれば良いのですよ」
「そう言えば、そうだったね。花音のお陰だ。ありがとう!」
「お役に立てて嬉しいわ!」
紗良の両親に婚約の挨拶をする日が近くなったので、一度お父さんに紗良と陽菜を会せておくこととなった。
この日、ルドベキアのウィリアム公に頼んであった、動力のない船を初めて使うことにした。これは小型船をやや大きくして十六人乗りにしたものだ。ステンレス鋼を使って作られており、内装は王族向けの様に豪華にしてある。
船の形は超高速で飛ぶことを考慮し、今までのものより流線型となっており、ステンレス鋼の外板を厚くし断熱材も入れてある。ガラスは厚い物にしてあり、万が一鳥にぶつかっても大丈夫な様に頑丈に作られている。
僕は紗良と陽菜を乗せて、月光照國の月の都の庭園へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「あ!お兄さまだ!」
「わー!お兄さま~!」
七人の弟たちが走り寄ってくる。皆、もう十歳になるのだ。
「お兄さま、新しい乗り物ですか?」
「秋高そうだよ。これは動力がないから僕らにしか動かせないんだ」
「うわぁーっ!ピカピカしていて格好良いですね!」
「そうだろう?桂秋、ステンレス鋼っていう金属でできているんだよ」
「へぇー!」
「今日はどうされたのですか?」
「良節、この二人の女性と結婚することになったから紹介しに来たんだ」
「すぐに皆をサロンに集めますね!」
「蘭秋、ありがとう!頼むよ」
蘭秋が走って屋敷に戻って行った。
「お兄さま、この方たちは侍女ではありませんでしたか?でも姿が少し変わった様な・・・」
「条風、良く見ていたね。そうだよ。侍女の時はニナとシエナだったんだ。今は陽菜と紗良って名前なんだよ」
「お兄さまの妻は、皆さん美人ばかりですね!」
「橘春、お褒めに与り光栄です!」
「お兄さま。僕たちもそろそろ婚約した方が良いですか?」
「春王、それは自分で決めることだよ。早く結婚したければすれば良いんだ。人に決めてもらうことでも親に指図されるものでもないと思っているよ」
「そうですか。参考になります」
何だか皆、しっかりしてきたなぁ・・・
「月夜見さま。皆さんの名前を憶えていらっしゃるのですね。七人も居るのに凄いです!」
「あぁ、弟だからね。それに結構特徴があるんだよ」
サロンに行って、待っていると巫女がお茶を淹れてくれた。
「おぉ、月夜見。久しいな。その後、舞衣殿の母上は如何かな?」
「えぇ、すっかり落ち着いて屋敷の暮らしを楽しんでいますよ」
「そうか、それは良かった。それで今日は?・・・あぁ、その二人のことだな。もしかしてニナとシエナなのか?何か随分と変わってしまった様だが」
「えぇ、お父さま。二人は日本からの転生者で神だったのです。記憶が戻って、他の妻と同じ様に背が伸び、十代後半の容姿に若返ったのです」
「では、ふたりと結婚するのだな」
「はい。ニナは陽菜、シエナは紗良という漢字の名前となりました」
「明日、ネモフィラ王国の紗良の実家、クルス子爵家へ挨拶に行って来ます」
「うん、そうか。それはおめでとう!では嫁はあとひとりなのだな?」
「そうなのです。その最後のひとりがまだ見つからないのです」
「もうひとり、侍女が居なかったかな?」
「あぁ、シルヴィーは女性が好きだったのです。それに瞳と髪の色が桜と同じであることは分かっているのです」
「ん?それはどうして分かったのだ?」
「花音が五年後の夢を見たのです。そこには八人目の妻が居たのですよ」
「それが、その瞳と髪の色だったのだな?」
「そうなのです。でも分かったことはそれだけなので探すのは困難なのです」
「それはそうだろうな」
「月夜見さま、桜と同じ瞳と髪ということは、舞衣とも同じですね。よっぽどその色の髪をした女性がお好きなのですね」
「オリヴィア母さま。そう言われると否定はできないですね」
「あぁ、私もその髪の色で生まれたかったわ!」
「はははっ」
もう乾いた笑いしかでなかった・・・
「お父さま、弟たちはもう十歳ですね。今後はどうされるのですか?」
「それは自由だよ。神宮に入っても良いし、どこかの王族や貴族の婿養子に入っても良い」
「もう決めている者は居るのですか?」
「それはまだだが、各々で考えてはいるのだろう」
「それぞれのお母さまの母国で学校に入るのも良いのでは?」
「そうですわね。王城に私たちの部屋は残されているのですから、そこから通えば良いですね。下界の暮らしや神宮の仕事も見ることができますね」
「そうだな。それは良い案だ」
「僕、行きたいです!」
「僕も!」
「僕も学校へ行く!」
「是非、学校に行くと良いね。勉強して学者になるのも良いし、神宮の仕事が気に入ったら宮司になっても良い。王族とか貴族の娘と結婚しても良いのだしね」
「お兄さま、ありがとうございます!」
「僕に礼を言う必要はないよ。しっかり学んで良い経験を積むのですよ」
「はい!お兄さま!」
そして僕たちは、お爺さんにも二人のことを報告してから屋敷へと帰った。
紗良の両親に婚約の挨拶をする日となった。先方には日時が伝えてあるので、その時間になったら紗良に実家まで船ごと瞬間移動してもらう。今日はクルス家の玄関に船を着けるので普通の小型船で向かう。
「紗良、時間だね。自分の家に瞬間移動させてくれるかな?」
「はい。行きます!」
「シュンッ!」
クルス子爵家の玄関に到着し、ふたりで船を降りると家族と使用人が勢揃いし頭を下げていた。
「ようこそおいで下さいました。初めてお目に掛かります。私は当家の主、ジョバンニ クルス子爵で御座います」
「初めまして。月夜見です」
クルス子爵夫婦が顔を上げ、シエナを見た。
「な!な、なんと・・・ま、まさか!お、お前はシエナなのか?」
「えぇ、お父さま、お母さま。シエナです」
「そんな!嘘でしょう?姿が前と全く違うではありませんか!何て美しいのでしょう?」
「まぁまぁ、中に入ってからご説明差し上げましょう」
「も、申し訳御座いません!こんなところで長々と!ささ、お入りください」
まずは応接室に通され、家族を紹介された。
「月夜見さま、こちらから妻のエレナ、その娘のステラとその主人のコンラート ベッカー子爵、私の長男でライナー クルスとその妻、カーヤ。そして私のもう一人の妻でシエナの母のカルラで御座います」
「ご紹介、ありがとうございます。まず私ですが、もうご存知の方も多いと思いますが、異世界からの転生者です。前世で二十五年生き、こちらの世界では十五歳ですから、四十年生きた記憶があります」
「そしてシエナも私と同じ異世界からの転生者だったのです。シエナの前世の名前は紗良。前世では二十五年生きたそうです。そしてこちらの世界でも二十五年生き、今は五十年生きた記憶を持っています」
「何故、異世界から転生しているかですが、私たちふたりは遠い昔の太古の時代、神で夫婦だったのです。そして何度も転生を繰り返し、この時代に再び神として生まれたのですよ」
「え?では、シエナは神になったのですか?」
「はい。その通りです。過去の記憶と神の能力を取り戻し、この様な女神の姿となったのです」
「では、もうシエナはシエナではないのですか?」
「お母さま。この世界での記憶もありますから、お母さまや家族のことは分かります」
「紗良は、神の能力に満たされた結果、身体が最適化され、背が伸び、若返ったのです」
「神の能力が使えるのですか?」
「えぇ、お父さま。私は既に月夜見さまと同じことができるのです」
「今日、ここへ来たのも紗良の能力で瞬間移動して来たのですよ。私たちは一度行ったことがある場所ならば、世界中どこにでも瞬間移動できるのです」
「そ、その様なことが・・・」
「えぇ、それで本日は紗良との婚約をお伝えするために参ったのです」
「あ!左様で御座いましたな・・・」
「では、あらためまして、シエナを私の妻に迎えたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それはもう!ありがたいことで御座います!」
「結婚式をどこで行うか、ご希望は御座いますか?」
「私たちの財力では、神さまが満足される結婚式を執り行うことができるかどうか・・・」
「それではこちらで準備させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。何卒よろしくお願い致します」
「分かりました。では整い次第、ご連絡を差し上げます」
「はい。ありがとうございます」
紗良のお父さんは終始、平身低頭の姿勢のままだ。何だか申し訳ないな。
「シエナ。そのドレスや宝石はどうしたの?」
「これは婚約の記念に月夜見さまから贈られたものです」
「そんな素晴らしいドレスも宝石も見たことがないわ。お高いのでしょう?」
「お母さま。お値段は知らない方が良いわ」
「そ、そんなに!」
「お母さま。月夜見さまに失礼でしょう?」
「あ!も、申し訳御座いません!」
「良いのですよ。これらの品はネモフィラ王国の王都の店で購入したものですよ」
「まぁ!この国のものだったのですね!でも今はアスチルベ王国にお住まいなのですよね?」
「えぇ、そうです。元々、そこには神の住まう月の都と神宮があったのですよ」
「シエナ、月の都とはどんなところなのですか?」
「そうですね。空に浮かぶ大地なの。夜は空高くに浮かび、朝には海に浮かべているのよ」
「素敵ね。一度、行ってみたいわ」
「紗良、今度、お母さまたちをご招待したら良いですよ」
「その様なこと、よろしいのですか?」
「勿論ですよ。そこには使用人も大勢暮らしているのです。そのほとんどが平民で捨て子や元奴隷も居るのです」
「奴隷も使っていらっしゃるのですか?」
「元奴隷です。ネモフィラ王国に残っていた最後の奴隷も皆、私が引き取りました。この国には奴隷商はもう一軒も無いのですよ」
「素晴らしいことです!神は私たちを正しい方向に導いてくださるのですね」
「平民たちの使用人がお嫌でなかったら、是非、遊びにいらしてください」
「ありがとうございます」
「では、紗良。帰ろうか」
「はい。月夜見さま」
僕たちは紗良の家族に別れを告げ、小型船に乗り込むと屋敷へと飛んだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!