26.桜との新婚旅行
紗良との新婚旅行から帰って来た。
事前に桜に帰る日時を知らせてあったので、サロンには幸ちゃんも含めて全員が待っていてくれた。
「皆、ただいま!」
「月夜見さま!シエナ!お帰りなさい!」
「シエナ、楽しかった?」
「はい。とっても!」
紗良は皆に明るい笑顔を見せた。
「それは良かったわ!」
「思ったより早かったわね」
「え?琴葉さま、どれくらい行っていると予想されていたのですか?」
「そうね。二か月くらい掛かるかと思っていたの。でもこんなに早く戻って来られたということは、月夜見さまがあなたを十分に満たしてくれたのね」
「はい!」
「ではもう、あなたの呼び名は紗良で良いのかしら?」
「はい。桜さま。紗良でお願い致します」
「紗良。私たちの間で「さま」は要らないわ」
「え?でも、まだ・・・」
「皆、紗良との婚約と結婚をいつにするか話したのだけど、紗良は今後、そう何度も家族に会うことがないからということで、成長と若返りが止まってから婚約の知らせをご両親に送ることにしたんだ」
「ではまだ、婚約しないのですか?」
「そうは言っても、恐らく三か月くらいで成長は止まるでしょうから、夏の終わりには婚約して、幸ちゃんの結婚式が終わった後に結婚式をする感じかな」
「でも、この屋敷の中では妻の扱いとするから、皆は紗良と呼んで良いからね。紗良も他の妻たちを呼ぶ時は「さま」はなしでね」
「わ、分かりました」
「月夜見さま。紗良は侍女ではなくなるということでよろしいのですね」
「うん。そうだね。紗良、あとで幸ちゃんの隣の部屋へ移って来てね」
「紗良の代わりの侍女は入れるのですか?」
「フロックスで誘拐された子の中で侍女になりたい娘が居たから、その娘に入ってもらうつもりだよ」
「それは、丁度良いですね」
「カミーユという名の十五歳になったばかりの娘だ。後で連れて来るよ」
「それで、皆との新婚旅行なのだけどね。どういう順番で行こうか?」
「次は桜が行くのが良いわ」
「え?私で良いのですか?」
「えぇ、良いのよ。その次は花音ね。そして舞依が行くと良いわ」
「琴葉は?」
「私は行かなくて良いの」
「琴葉は、舞衣と行った後に行こうか」
「え?私は・・・」
「琴葉、皆、行くんだよ。自分だけ行かないなんて言わないで」
「は、はい・・・ごめんなさい」
「それと、行く時期や行きたい場所など、全て希望の通りにするから考えておいてね。どこへでも連れて行くし、欲しい物があればドレスでも宝石でも何でも買うよ。一日どこにも行かずにふたりだけで過ごす日があっても良いんだ」
「紗良とはそうされたのですか?」
「この新婚旅行はそれぞれふたりだけの思い出なんだ。他の妻に話す必要はないし、同じことをする必要もない。兎に角、皆の希望を全て叶えたいんだ」
「まぁ!素敵!だから紗良がそんなに充実した顔で帰って来たのね」
「はい。その通りです。月夜見さまは、私の全ての望みを叶えてくださいました」
皆、赤い顔をして無言になり、各々の新婚旅行へ想いを馳せるのだった。
五月になり、新婚旅行の前にネモフィラの丘へ行くことにした。
メンバーは妻六人と侍女五人、共感覚を持つ少女ジゼル、フェリックスと水月、ジュリアンと小白を連れて行く。小型船には三人乗り切れないので、桜、琴葉と花音には自分で飛んで行ってもらった。
「シュンッ!」
「さぁ、着いたよ!」
「うわぁーっ!あ!すみませんでした・・・」
カミーユが嬉しそうに大きな声を上げた。
「エーファ、フィーネ、カミーユ、ジゼル。ここは屋敷ではないし、今日はお休みの様なものだ。一日楽しんでくれて良いのだからね」
「なんてきれいなお花なのでしょう!」
エーファもフィーネも笑顔になっている。
「月夜見さま、ここはお屋敷にある絵の場所なのですね」
「ジゼル。そうだよ。君は自分が見える通りに、描きたい様に絵を描いて良いのだからね」
「はい。月夜見さま、ありがとうございます!」
ジゼルは笑顔で絵を描く準備を始めた。
ニナがエーファやフィーネ、カミーユに外でのお茶の淹れ方を教えている。
「お茶を淹れる以外は自由にしていて良いのよ」
「こんな素敵なところで一日過ごせるのですね!」
「エーファ。ここだけではないの、海や山にも行くのよ。どこも素晴らしい景色なの」
「ニナさま。何故、私たちの様な者まで連れて来てくださるのですか?」
「月夜見さまは、私たちを家族の様に思ってくださるからよ。でも前にも言ったけど勘違いはしないでね」
「はい。心得ております」
落ち着いたところで、ネモフィラ王城へ、月影姉さま、ロベリア殿、良夜、彩月、フォルランと柚月姉さまを迎えに行って丘へ戻った。
「シュンッ!」
「皆さん、お久しぶりです!お元気でしたか!」
「あ!月影姉さま!柚月!お久しぶりです!こちらは、アスチルベ王国第二王子フェリックス アスチルベさまです」
「ネモフィラ王国王子のフォルラン ネモフィラです」
「まぁ!素敵な王子さまね、水月!それにしてもあなたはお騒がせ娘ね!あら、可愛い!」
「月影姉さま、柚月、ジュリアンよ」
「あぁ、水月に先を越されたわ!」
「柚月姉さま、まだ子は作らないのですか?」
「いいえ、そんなことはありません。もしかしたらできているかも知れませんよ」
「では、診察しましょうか?」
「お兄さま、是非、診て頂きたいわ」
そうだな、もうできていてもおかしくはないのだな・・・と、あ!できているな。
「柚月姉さま、妊娠されていますね。おめでとうございます!フォルラン、おめでとう!」
「お兄さま!本当ですか!ありがとうございます」
「柚月さま!おめでとう!そしてありがとう!月夜見、ありがとう!」
沙良がニナに声を掛けて二人で散歩に出掛けた。ニナに気を遣っているのだな。
「ニナ、私だけこんなことになって、ごめんなさいね」
「シエナ、おめでとう。私に謝る必要なんてないわ。それよりも辛い過去を思い出してしまったのでしょう?大丈夫なの?」
「えぇ、月夜見さまが癒してくれたから大分楽になったわ」
「そう。それならば良かったわ。カミーユも新しく入ったし、私、これからどうしようかしら・・・」
「どうしようって?月夜見さまのお傍に居る以外にないでしょう?」
「それは・・・そうなのだけど・・・」
「寂しいのね。分かるわ。私がこうなってしまったのですものね・・・私に何かしてあげられれば良いのだけど」
「良いのよ。シエナ・・・あ、紗良だったわね。紗良は幸せになってね・・・」
「ニナ・・・」
ニナは無理に笑顔を作り、ネモフィラの花を見つめた。紗良はそれ以上、掛けてやる言葉が見つからず、ただ一緒に花畑を見て歩くのだった。
それから桜と新婚旅行に出掛けた。桜もシエナと同じ様にまだ、行ったことがない国へ行ってみたいと言った。やはり、そういうものなのだなと納得しながら、ペンタス王国へ飛んだ。
「シュンッ!」
「桜、ここはペンタス王国だよ。僕はこの国の王城と神宮しか知らないから、まず今夜の宿を取ってから出掛けようか」
王城の上空から街へ降りて宿を探すと、石造りの立派な宿が見つかった。
ここは貴族も泊まれる宿らしく、受付でもおかしな反応はなく良い部屋が取れた。
「桜、すぐにどこかへ行くかい?」
「出掛けるのは明日でもよろしいですか?」
「構わないよ。桜のしたい様にするよ。今日はそうしたいのかな?」
「ずっとふたりだけで過ごしたいのです」
「ベッドの上で?」
「はい・・・」
桜は真っ赤な顔になった。僕は桜を抱き寄せるとキスをした。
「桜、新婚旅行中は全て桜の言う通りにするからね。どんなことでも願いを叶えるよ」
「本当ですか!」
ふたりは裸でベッドに入って抱き合った。
「では、今日はベッドで過ごすとして・・・明日以降はどうしたい?」
「そうですね。美しい景色をふたりだけで見たいですね」
「欲しい物はある?」
「いいえ、欲しいものなど御座いません。月夜見さまが居てくださればそれで」
「桜は心から僕を愛してくれているのだね。僕も桜を愛しているよ」
「あぁ・・・月夜見さま・・・」
その後ふたりは夕食時まで延々と愛し合った。
暗くなってから夕食のため外へ出た。一軒の酒場を見つけてふたりで入った。
「あ、あの・・・」
「私たちは旅の者です。貴族ではありません」
「そ、そうなのですか・・・では、どうぞ。いらっしゃいませ」
桜がビールとつまみを適当に注文し、乾杯した。
「ふたりだけって言うのも良いものだね」
「はい。嬉しいです」
「こうしてふたりだけで飲んでいると夫婦。って感じがするよね」
「はい。それが嬉しいのです」
「さくら」
「はい。何でしょう?」
「夫婦感を味わうために呼んでみただけ」
「ふふっ。月夜見さまったら!」
「我ながら、馬鹿っぽいね」
「ビールお代わりください!」
「はーい!旦那さまの分もお持ちしますか?」
「えぇ、主人の分もお願いします」
「はい。かしこまりました」
桜がそう言った後で満面の笑みとなった。
「桜。嬉しそう!」
「はい。だって夫婦って思われたのですもの!」
「あぁ、そうだね。いつも皆で一緒に居ると誰が妻で誰が侍女なのか分からないものね」
「えぇ、そうなのです。他人から見て、私が月夜見さまの妻に見えるのか心配だったのです」
「ちゃんと夫婦に見えた様ですよ。奥さま!」
「ふふっ、嬉しいです」
「お待ちどうさまです」
「ありがとう」
「では、桜の美しさに乾杯!」
「乾杯!月夜見さまも美しいです!」
楽しい夕食も終わり、宿へ帰るとふたりでお風呂に入り、再び愛し合った。
「月夜見さまを独り占めできるって、これ程までに幸せなことだったのですね。私、紗良に感謝します!」
「うん。気が済むまで独り占めして良いよ。桜の全てが満たされるまで愛してあげるからね」
「あぁ・・・月夜見さま。私、幸せです・・・」
「桜の全てを愛しているよ」
翌朝、ふたりで鍛錬を行ってから小型船を引き出し、美しい景色を探しに出掛けた。
「桜、もう夏が近いから高い山へ登ってみようか」
「そうですね。良い眺めが見られそうですね」
前方に見えて来た二千メートル級の山の山頂へ登ってみた。するとその山を越えた先は高原となっており湿原もあった。川には清流が流れ、さらに北には三千メートルを超える山々が並んでいた。
「ここは美しいね。白や紫の可愛い花が咲いているね」
「えぇ、遠くの山にはまだ雪が残っていますし、緑も多くて空気が美味しいです」
「本当に爽やかだね」
「ここでお茶にしようか」
「はい。すぐに準備します」
「シュンッ!」
桜がお茶のセットを引き寄せてお茶を入れてくれた。僕はその間、デジカメを引き寄せて写真を撮った。
「本当に美しい景色だね」
「清流が流れる音を聞いていると落ち着きます」
「そうだね。桜、こっちにおいでよ」
桜を抱き寄せてキスをした。そして景色を眺めてはまたキスをする。を繰り返していた。
「桜、お腹は空いていないかい?」
「いいえ、ずっとこうしていられるなら何も食べなくても良いです」
「やっぱりそう思う?僕もだよ」
そのまま絨毯に横になり、抱き合ってキスをしていた。
「あら?あれ何かしら?」
横になって空を見上げていた桜が言った。
「え?どれだい?」
「あの空に見えるのって、凄く薄いですけどオーロラみたいですね」
「そうだね。まだ夕方まで少し時間があるけれど、薄っすらと緑のオーロラが見えるね」
「ここって北極が近いのですか?」
「世界地図がないから何とも言えないのだけど、それ程近くはないと思うのだけどな」
「この星ではオーロラが良く見えるのですね・・・」
「そうだね。良く見える様だね」
「きれいですね」
「そうだね。でもやっぱりおかしいのかも・・・」
桜との新婚旅行は紗良と同じで七日間で終わった。もっとゆっくりしても良いと桜に言ったのだが、やはり他の妻たちのことが気になってしまうらしい。最後の一日は、やはりベッドの上だけで甘く濃厚な一日を過ごした。
「シュンッ!」
「皆、ただいま!」
「お帰りなさい!月夜見さま、桜・・・」
何故か幸ちゃんまで揃っていて皆、神妙な面持ちとなっている。
「どうしたんだい?何か雰囲気が暗いね」
「月夜見さま。ニナが居なくなってしまいました」
「琴葉、どういうこと?」
「荷物をまとめて出て行ってしまったのです」
「え?いつのことなの?誰も念話で教えてくれていないよね?」
「それは、桜との新婚旅行の邪魔をしたくなかったからです・・・」
「そんなこと!私は構いませんのに!」
「それもありますが、鳥の電話の能力を使えばニナが何処に行っているのかはすぐに分かるのです。それにニナにとっても、ひとりになって考える時間が必要だと思ったのです」
「紗良。ニナから何か聞いていたかな?」
「この前、ネモフィラの丘に行った時、私だけこうなって申し訳ないと謝ったのです。そうしたら謝る必要はない。って、私には幸せになってくれと言われました」
「そして、これからどうしようって言うので月夜見さまのお傍に居るしかないでしょう?と諭したのですが、それはそうなのだけど、と言うだけで・・・悩んでいる様でした」
「そうか。ニナは天涯孤独の身だ。どこにも行くところなどないのに・・・今まで中途半端な態度を取っていた僕の責任だね」
「どうするのですか?」
「連れ戻すよ。そして妻に迎える」
「七人目として、ですか?ニナは転生者かどうか分からないのですよね?」
「琴葉、ニナについては、転生者かどうかはもう関係ないよ。僕は皆と同じ様にニナを愛しているからね」
「それならば良かった。では早く迎えに行ってあげて!」
「そうだね。では今日は帰らないよ。明日一緒に帰って来るよ」
「分かりました。気をつけて行って来てください」
「うん。まずはどこに居るのか探さないとね」
僕はニナがどこに居るのか探すため、目を閉じ集中してニナの視界に入った。真っ暗な状態から段々と靄が晴れて行く様に視界が開けてきた。
「うん?ここはどこだ?海が見えるな・・・」
「海岸に居るのですか?」
「そうだね、琴葉。海岸が見えるのだけど、どこかだか分からないな」
「ニナの母親はカンパニュラ王国の人でした。月光照國の神宮でお母さんが亡くなってひとりぼっちになってしまったのです」
「なるほど。では視界を移動して周囲を見てみるよ」
僕はニナから離れて周りを見渡した。すると海岸線の先に神宮が見えた。
「あれ?神宮が見える。あの神宮は・・・あ!月光照國の神宮だ。ということは?」
海の上空を見上げると、空高くに月の都が浮かんでいた。
「あぁ、琴葉の言う通り、月光照國の海岸に居たよ」
「やっぱり、カンパニュラ王国へ戻っていたのですね・・・」
「では、行ってくるね。あれ?これって人の視界を見ながらそこに瞬間移動できるならば、日本にも飛べてしまうのでは?」
「あ!そうか。私の実家のオカメインコのムギの視界を見ながら飛べば家に帰れてしまうのね!」
『それはやってはいけない!』
「え?」
皆が一斉にフクロウに振り向いた。フクロウはいつもの様に小白の頭にとまっていた。
『やはり、生物の異世界への瞬間移動はできないのですね』
『危険だ。命は無くなると思って欲しい』
『それを聞いておいて良かったです』
『植物でもダメですか?』
『種子ならば問題はない』
『種なら良いのか・・・』
『だが、無暗に植物を増やしてくれるな』
『あぁ、やはり管理されているのですね』
『それはまた次の機会に話す』
あぁ、妻が八人揃ってからということか。
月光照國の月の都が見える海岸で、ニナは途方に暮れていた。
自分があまりにも惨めで屋敷に居ることが苦痛になってしまった。月夜見さまと桜さまが新婚旅行に出ている間に衝動的に荷物をまとめ、誰に挨拶をすることもなく月の都を出たのだ。
村役場で小型船を呼び、待っていると村長の譲治さまに声を掛けられた。
「あぁ、ニナさまではありませんか。どちらへ?」
「あ。えぇ、王都に。買い物を頼まれたのです」
「そうですか、お気をつけて」
小型船で王都に着くと外国への大型定期船に乗り換え、二度乗り継ぎ三日掛けて、カンパニュラ王国までやって来た。ここはお母さんの母国。でもその実家がどこかも分からないし、これからどうするかも決まっていない。何も考えずに出て来てしまったのだ。
「私、何をしているのかしら・・・これからどうしよう・・・」
私はいつから月夜見さまのことが好きだったのでしょう?月夜見さまが生まれた時からずっとお仕えしてきました。毎日お顔を見て、美しく愛おしいお方だと思っていました。
勿論、恋愛対象として見て良いお相手ではないことは分かっていました。だから心の内だけで密かに想いを寄せていたのです。
でも、月夜見さまが五歳になり、アルメリアさまと共にネモフィラ王国へ移られる際、瞬間移動するために私と月夜見さまは抱き合うことになったのです。
それが初めてではなかったのですが、五歳とは言え、それまでよりも成長されていたからか、抱き合った瞬間に月夜見さまに男性を感じ、私の身体にはしびれる様な感覚があり、それ以来、私の心は月夜見さまに囚われてしまいました。
勿論、平民で身寄りもない私が神さまの妻になどなれる訳がないことは分かっていました。でも、絵里香さまは平民でも妻になれたのです。
私とシエナは期待してしまいました。もし、自分も異世界からの転生者だったなら、身分は関係なく妻になれるのかも知れないのですから。
琴葉さまと共にこの世界で月夜見さまと同じ時間を過ごし、一番長く接していたのは私なのです。それなのにシエナに先を越され、自分は取り残されました。
妾でも良いとは言っていたものの、それがいざ自分だけとなってしまったら、自分は邪魔者なのだと気付かされたのです。
エーファやフィーネには、月夜見さまに優しくされても勘違いするなと諭していたくせに。自分が一番勘違いしていたなんて・・・
もうあの屋敷には戻れない。私は海岸に佇み、ひとり途方に暮れるのでした。
お読みいただきまして、ありがとうございました!