23.月夜見の村
結婚式での事件から一か月間、僕はアスチルベ王城と神宮へ通った。
そして結婚式から一か月後、アスチルベ王と王妃が離宮に移る準備が進められる中、僕と舞依は王城へ向かった。僕はベルナデットの診察を、舞依は母親と今後を話し合うためだ。
「結月姉さま、ベルナデット殿の様子は如何ですか?」
「お兄さま、指は少し動く様です。これから訓練していけば普通の生活で困ることはないかと思います。ただ、指先の感覚が無い部分がある様です」
「あぁ、そうでしょうね。切断された神経を全て繋げた訳ではありませんから。でも指が動かせて物が掴めるならば、最低限の生活に不自由することはないでしょう」
「それよりも心の方が問題ですね。ふさぎ込んだままなのです」
「それは時間が掛かるでしょうね。食事は?」
「一応は食べていますね。でもかなり痩せてしまいましたが」
「完全に拒食していないならば大丈夫でしょう。骨さえ繋がれば離宮に移って、母親と過ごし、時間を掛けて立ち直らせるしかありません」
僕は神宮の個室で療養しているベルナデットを診察した。
「ベルナデット殿、こんにちは」
「あ・・・」
ベルナデットは僕の顔を見るなり、顔が曇り、言葉も出なくなって俯いてしまった。僕はその態度には構わずに診察を始めた。
「では、骨の状態を診てみましょう」
腕を透視すると骨は問題なく繋がっていた。握手する様に手を握る。
「この手を掴んでみて」
指がピクっと動き、少し力が加わったのを感じた。
「それで力いっぱいですか?もっと力は入りませんか?」
すると先程よりも強く握り返して来た。
「うん。これくらい力が入るならば大丈夫。もう離宮へ移っても良いですよ」
「あ、あの・・・」
「ベルナデット殿。何ですか?」
「私に、罰を・・・罰を与えないのですか?」
「あなたはもう十分に罰を受けているし、これから離宮で暮らすことも罰のうちでしょう?」
「私が憎くないのですか?」
「ベルナデット殿を憎んでいる者など居ませんよ。憐れむことはあってもね・・・」
「あなたは被害者だ。ロベール殿にもう少し、娘たちに対する思いやりがあったなら。望まない結婚を強いられることがなかったら。こんなことにはなっていなかったでしょう」
「周りの人は皆、それを分かっていますよ。だからこれからは過去の過ちのことは考えずにお母さまとお父さまを支えて静かに暮らすのです」
「あ、あ、あぁ・・・か、神さま・・・わ、私は・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」
僕はベルナデットを抱いて頭を撫でた。
「大丈夫。皆、分かってくれています」
ベルナデットは僕の胸の中で号泣した。隣で結月姉さまが静かに見守った。
舞依は母親のフローレンスと母親の部屋で今後について話していた。
「ソフィア。もう落ち着きましたか?大丈夫なのですか?」
「えぇ、私は大丈夫です」
「あなたは本当に変わりましたね。美しく強い女性に・・・それで月夜見さまは?」
「今は神宮でベルナデットお姉さまの診察をしています」
「月夜見さまは本当に慈悲深いお方なのですね。あの様なことがあったというのにベルナデットの治療をしただけでなく、その後の診察までなさるなんて・・・」
「えぇ、あの方はそれが犯罪者でも、例え動物だとしても、平等に慈悲と愛をくださるのです」
「ソフィアは素晴らしいお方に嫁いだのですね」
「えぇ、そう思います。それでお母さま、今後のことですが月の都の屋敷で私たちと一緒に暮らしませんか?」
「え?私が?ソフィアや月夜見さまと一緒に?」
「お父さまの下には三人のお母さまが残るのでしょう?お母さまは離宮に入りたいとは思わないのではありませんか?」
「そ、それは・・・でも・・・」
「きっと、シモンヌお母さまは、フェリックスお兄さまの居らっしゃる神宮へ移られると思います。何も遠慮は要らないのですよ。月夜見さまもそうして良いとおっしゃっているのです」
「月夜見さまが?本当ですか、ソフィア!」
フローレンスは若い娘の様に頬を紅潮させ笑顔になった。
「ほら、行きたいのではありませんか!」
「あ!ソフィアったら・・・」
「では決まりですね。お母さま、お部屋もね。月夜見さまの妻の部屋が十部屋作られてあったのです。でも妻は八人となりそうなので一部屋はお母さまにって、月夜見さまが」
「私が、月夜見さまの妻の部屋に?!」
「お母さまが月夜見さまの妻になる訳ではありませんよ!」
「そんなこと!当たり前ではありませんか!」
「ふふっ!冗談です!」
「もう!ソフィアったら」
「あ!でも屋敷へ移ったら私の名は舞依ですから、それだけは慣れてくださいね」
「舞依?あぁ、前世の異世界での名前だったわね」
「えぇ、月夜見さまも、妻八人も全てその世界からの転生者なのですよ」
「そして、神なのですね」
「ちょっと変わった能力があるだけです。私はお母さまから生まれた人間なのですからね」
「えぇ、そうでしたね」
「でも、あと三人の妻たちとはいつ結婚されるのかしら?」
「まだ見つかっていないのです。転生者を探すのは難しいのですよ」
「でも三人居ることは分かっているのですね?」
「えぇ、そうです」
そして舞依の母は屋敷に移ることが決まった。シモンヌ殿はフェリックスと相談し、神宮に入ることとなった。
その二か月後、アスチルベ王国の王は王位を継承し、ウィリアム アスチルベが新王となった。結月姉さまは王妃で宮司となったのだ。
そして、ロベール アスチルベと三人の妻、ベルナデットは離宮へと移った。
舞依の母、フローレンス殿が屋敷へ、フェリックスの母、シモンヌ殿が神宮へと移って来た。引越は舞依がひとりで王城へ飛び、二人の母の荷物をそれぞれの新しい部屋へと念動力で飛ばした。
お付の侍女も二人ずつ異動して来た。屋敷ではお付ではなく屋敷の侍女として、他の全ての仕事も分担して担当することとなった。
屋敷での初めての晩餐には、幸ちゃんは勿論、フェリックスの家族も呼んだ。
「フローレンス殿、シモンヌ殿、月の都へようこそ!」
「月夜見さま、お慈悲を賜り、感謝を申し上げます」
「月夜見さま。ありがとうございます」
「フローレンス殿、シモンヌ殿。この屋敷と神宮は神の住まう大地です。つまり、人間界ではありません。もう貴族社会とは関係がないのです」
「ですから、この様に私の侍女である、ニナ、シエナ、シルヴィーが晩餐に同席しています。他にも屋敷や神宮の使用人や巫女は平民ばかりです」
「今までの王城での暮らしとは違い、不便を感じたり失礼な態度をとる者が居るかも知れません。ですが世界が違うのですから、甘んじて受けとめて頂ければと思います」
「でも裏を返せば、貴族や王族のしがらみから解かれ自由になれたのです。ここでは何をしても咎められません。例えば、畑仕事を手伝っても良いし、庭園で花を愛でても良いのです。フローレンス殿、セレーネに乗ってこの大地を走り回っても良いのですよ」
「まぁ!セレーネに?よろしいのですか?シモンヌ、あなたもこれを機に乗馬をしませんか?」
「そうね。挑戦してみようかしら!」
「シモンヌ殿、神宮で何かお手伝いをして頂くのも良いし、この月の都へ足を運んで好きなことをして頂いても構いません」
「それならば、私、漢方薬に興味があるのです。お手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、是非!私の妻、幸子が責任者として、今年の秋にも工場を稼働させますので、お手伝いをお願いできればと思います」
「お母さま、ジュリアンの相手もしてやってくださいね」
「フェリックス、それは言われなくてもそうさせて頂くわ!」
「フローレンス殿、シモンヌ殿。エミリア殿やアドリーヌ殿もいつでも来て頂いて構いません。遠慮せずに遊びに来る様にお伝えください」
「まぁ!私の娘にまで気を遣って頂けるなんて・・・ありがとうございます」
「本当にありがとうございます」
「舞依、この料理は神の召し上がる特別なものなのかしら?」
「お母さま、これは刺身と天ぷらと言って、私たちの前世の世界の料理なのです」
「まぁ!そうなの?とても美味しくて驚いたわ!」
「では、これからは当分の間、毎日驚いてしまいますね」
「そんなに変わった食べ物があるのですか!」
「お母さま、神宮でもこちらの料理人から教わったものが出ますので、この様な異世界の食事が当たり前になりますよ」
「まぁ!それは楽しみね。城の料理は味気ないものが多かったのよね」
「お母さま、それは同感です!」
「月夜見さま、この月の都や神宮は、天照家の土地という認識だと思うのですが、面前の村は誰の領地なので御座いますか?」
「うん?そう言えば、どうなんだろうね。フェリックス、分かるかい?」
「ここはどうなのでしょう?誰の領地でもないと思うのですが・・・」
「そうですね。村の光は、ここの神宮から供給されていますから納税はこの神宮を経て天照家へ入ります。今のところ、アスチルベ王城からは何も言われていないですね」
「月夜見さま、それでは私からお兄さまへ確認をしておきます。ですが、月夜見さまの直轄地として認められることと思います」
「それならば、税金を低く抑えられるから村人は助かるね」
「えぇ、でもそれを村の外で口外せぬ様に口止めしませんと移住希望者が殺到してしまうと思われます」
「あぁ、そうだね。それならば、税と称して無理のない金額を収めさせ、それを村人のために使ってやれば良いのではないかな?」
「それは良いですね。村人は神宮の診察や漢方薬が無料とか、作物が不作の時に保証金を出すなんて良いのではないでしょうか」
「流石、幸ちゃんだね。よし、譲治殿とレオに考えてもらおう」
舞依とフェリックスのお母さんたちの歓迎の晩餐は和やかに進んだ。
今日は村の税金について村役場で譲治殿、レオと僕で会議をすることになった。
わざわざ学校が終わっている時間から集まり、余計なお節介で法律の先生のペネロペにも来てもらった。そして勉強のためにと武馬も同席させた。ハンナ殿がお茶を出してくれて会議は始まった。
「今日集まってもらったのは、この村の税金をどうするかについて話し合いたいんだ。この村は特殊でね。アスチルベ王国にあるのだけど国には属していないんだ」
「え?ここはアスチルベ王国ではないのですか?」
「フェリックスと新王のウィリアム殿に確認したのだけど、この村は元々、月の都と神宮に仕える者たちの村だったからアスチルベ王国の誰の領地にも属していないのだそうだ」
「それでは、アスチルベ王国へ税金を納めなくても良いのですか?」
「レオ。そうなんだよ。ただし、光に関しては神宮から提供しているからね。アスチルベ王国の他の領地と同じだけ神宮に支払って頂くよ」
「でも、それはとても少ない金額ですので税金を支払わなくて良いのは助かりますね」
「ただね、税金を払わなくて良いと言ってしまったらどうなるかな?」
「村民がそのことを他の村で話してしまえば、この村へ移住したい者が殺到します」
「そうなんだよ。だからね、税金は徴収した方が良いと思っているよ。その代わり、徴収した税金は村民のために使うんだ」
「どんなことに使われるのですか?」
「ペネロペ先生、例えば村民が神宮で診察や治療を受け、漢方薬を処方してもらっても無料にするとか、作物が不作だった年に保証金を支給するとかね」
「それは素晴らしいですわね!あ!月夜見さま、私のことはペネロペと呼んでくださいませ。先生は不要です」
「でも先生は先生ですからね」
「お願いします。ペネロペと呼んでください!そう呼ばれてみたいのです!」
あぁ、ペネロペは僕のファンだとブリギッテが言っていたな。
「分かりました。ペネロペ、税がないのに村民から税を徴収することは、法律的に問題はないかな?」
「この村自体が月夜見さまのための村なのですし、アスチルベ王国のものではないのであれば問題ないと考えます。寧ろ、月夜見さまが法ですし、この地独自の法律があっても良いと思います」
「そうか、それは良かった。では税金を何に使うかを考えよう。さっきの神宮に関わる話については採用で良いかな?でも作物が不作の年の保証はお金が掛かり過ぎて税金では賄えないかな?」
「良い国であれば、徴収した税や穀物を貯蓄、貯蔵し、その様な時に民へ配給すると聞きました。この村でもその様に不測の事態に備えるべきだと思います」
「レオ、そうだね。一年分の税金だけでなく無理のない税額にして、これから貯めて行けば良いのだからね」
「あなた、若いのにしっかりしているのですね」
「ペネロペ。レオはネモフィラ王国の王立学校を一年半で卒業し、ネモフィラ王国の宰相から直接、国の政や税と法律について指導を受けて来たのです。ネモフィラ王のお墨付きを頂いた、優秀なこの村の宰相閣下なのですよ」
「月夜見さま!それは褒め過ぎで御座います」
「いや本当だよ、ネモフィラの宰相が部下に欲しいと言っていたくらいなのだからね」
「まぁ!北の大国であるネモフィラ王国の宰相に認められるなんて!そんなに優秀なのですか!」
「ペネロペ、レオは十五歳なのだけど、もっとしっかり仕事ができる様になってから結婚したいと言ってね。結婚の申込をことごとく断っているんだ」
「それは勿体ないですね。そんな優秀な男性は将来有望ではないですか」
「ペネロペもそう思うでしょう?どうですか?ペネロペ。こんな男は?」
「え?私で御座いますか?え?」
ペネロペはキツネにつままれた様な顔をして、僕とレオの顔を交互に見ている。
「えぇ、ペネロペですよ。なぁ、レオ」
「あ、あの、ペネロペ先生。良かったら僕と・・・その・・・」
「え?私ですか?だって私はもう二十一歳なのですよ?」
「歳の差なんて関係ありません!」
「本当に?私?」
「はい。ペネロペ先生。僕とお付き合いして頂けないでしょうか?」
「さぁ、ペネロペ。どうしますか?私はお薦めしますよ」
「え?月夜見さまが、私に薦めて頂けるのですか?」
「こんなに良い男はなかなか居ませんよ。ペネロペは子供が欲しいと思いますか?」
「あ、はい。それはもう。でも私の様な法律好きなお堅い女など、結婚できる訳がないと諦めておりましたので・・・」
「それがここに居るのですよ。法律好きなお堅い女性が好きだという、税と法律が好きなお堅い男が・・・」
「わ、私で良いのですか?」
「ペネロペ先生が良いのです!」
「え?そ、それでは・・・よ、よろしくお願いします」
ペネロペは真っ赤な顔をして俯いてしまった。
「本当ですか!ペネロペ先生!ありがとうございます」
「良かったじゃないか!レオ」
「はい!月夜見さま、ありがとうございます」
「さて、話が逸れてしまったね。他に徴収した税の使い道はあるかな?」
「お祭りをしませんか?春の田植えか秋の収穫時期に貯めた税金の一部を使って村祭りをするのです」
「レオ、それは良いね。この神宮と村役場の前に丁度良い広場があるものね。そこで祭りか。それは楽しみだ!」
「レオさま、とても良い案だと思います!」
「ペネロペ先生、レオさまなんて呼ばないでください。レオで良いのです」
「え?レオ?そんな・・・あ、それならば私も先生なんて付けないでください」
「え?先生なしですか?そ、それは・・・」
「レオ。さっき、歳の差は関係ないと言っていたよね?」
「あ!そうでした。すみません。では、ペネロペ・・・ですね」
「はい。レオ」
あーあー、二人とも真っ赤になってもじもじしちゃって。初心なんだから・・・
勉強ばかりしていた二人では仕方がないのか。でも良かったな。
そうして僕のお節介により、次々にカップルが誕生していったのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!