20.ガーデンウエディング
十五歳の誕生日が近付いて来た。成人するということは、いよいよ結婚だ。
まずは結婚の段取りを話し合う。今日は幸ちゃんにも来てもらい屋敷の応接室で僕と五人の婚約者だけで話をする。
「結婚のことなのだけど、桜、琴葉、花音、舞依は僕の誕生日には成人しているから、この日をもって結婚して僕の妻となって欲しいと思っています。幸ちゃんは来年の幸ちゃんの誕生日が良いかなと思っているよ」
神の一家には人間の戸籍の様なものが存在しない。神が妻に迎えると言えばそれでもう妻なのだそうだ。結婚式も普通はしないらしい。
ただ、お相手が王族や貴族だと、そちらの風習に則って結婚式を挙げることはしているのだ。
「あとは式だよね。舞依はアスチルベ王城で式を挙げるよね。桜はどうしよう?」
「特に希望は御座いません」
「花音は?希望はあるかな?」
「私もありません。貴族ではありませんから」
「琴葉は本当に式を挙げなくて良いのかい?」
「はい」
琴葉はその表情を見る限り、本心でそう言っているとはとても思えない。
「それならば、こういうのはどうだろうか。僕と舞依の誕生日にこの屋敷の庭園でガーデンウエディングをしないか?桜、琴葉、花音、舞依、幸子、皆、ウエディングドレスを着て、使用人や村の人も全員呼んでね」
「勿論、桜の家族にも来てもらうし、花音のお爺さまやアントンにも来てもらうよ。舞依と幸ちゃんの家族はそれぞれの王城で別に式を挙げるからその時で良いのかな」
「琴葉はどう思う?」
「私がウエディングドレスを着ても良いの?」
「勿論だよ」
「本当に?」
琴葉はそう聞きながら大粒の涙を零した。僕は黙って頷いた。
「桜はどうかな?これとは別にネモフィラの王城を借りて式を挙げるのも良いかなと思っているのだけど」
「両親を呼んでも良いのでしたらここだけで構いません。ありがとうございます」
「本当にここの式だけで良いの?」
「月夜見さま。もう十分にして頂いています」
「花音はどうかな?」
「はい。私は嬉しいです!両親は村に居ますし、アントンやお爺さまたちも呼んで頂けるなんて!」
「喜んでもらえて良かったよ」
「舞依はどうかな?」
「私もここだけの方が良いのですけど・・・」
「舞依はそう言うと思ったよ。でもね。そういう訳にもいかないでしょう?」
「えぇ、そうね」
「幸ちゃんはどうかな?」
「イベリスでの式の前に私もここでウエディングドレスを着ても良いのですか?」
「勿論だよ。幸ちゃんだけ仲間外れなんて嫌だからね」
「はい!嬉しいです!」
「お父さまの居る月の都は常に空にあって、天国なんて呼ばれていたりするよね。でもこの屋敷は村の一部でありたいんだ。神宮と共にね。だから僕らの顔と名前を村の人にも知っていて欲しいと思うんだよ」
「はい。素晴らしいことだと思います!」
「神でありながら民に寄り添うのですね」
「うーん。民に寄り添うか・・・そう言われるとなんだか小聡明い感じだな。別に何かを狙っている訳ではないからね」
「月夜見さまに他意がないことくらい存じておりますよ」
「では、村のグロリオサ服飾店からサンドラに来てもらおうか」
「え?村の支店に五着のウエディングドレスを仕立てさせるのは荷が重いのでは?」
「そうなのか・・・では、サンドラに聞いてみよう」
「使用人だけでなく、村の人も全員招待するならば二百名くらいの食事を用意しなければなりませんね」
「大皿料理の立食パーティーで良いのではありませんか?」
「うん。それならばできるだろう。善次郎殿に相談しておこう」
「桜、警備はどうしようか?」
「村人が全員、月の都に入ったら空へ上げてしまえば部外者は入れないと思います。無人になった村は王宮騎士団の騎士にパトロールを依頼します」
「あぁ、そうだね。それならばフェリックスやシェイラたちもパーティーに参加できるね」
その後、グロリオサ服飾店を訪ねた。
「サンドラ。こんにちは。相談があるのだけど、良いかな?」
「月夜見さま!いらっしゃいませ。どうぞ!」
「今度、結婚式をしたいのだけど、婚約者五人のウエディングドレスを仕立てて欲しいんだ。サンドラに頼めるかな?」
「え?私が、月夜見さまの奥さま達のウエディングドレスを?」
「うん。どうかな?」
「お引き受けしますと言いたいところなのですが、この支店に居る職人では、まだウエディングドレスの仕立ては難しい状況です」
「そうですか。ではアリアナのところへ行った方が良いのですね」
「はい。そちらでお願いできればと思います」
「分かったよ。サンドラ」
僕は瞬間移動で屋敷に戻ると皆を連れて、すぐにカンパニュラ王国のグロリオサ服飾店へ飛んだ。
「シュンッ!」
「ここには久しぶりに来たね」
「あぁ!いつ見てもここから眺める月の都は美しいですね」
「まぁ!本当に!」
「幸ちゃんや舞依は初めて見るよね?」
「えぇ、本当に美しい景色です!」
僕たちが玄関で盛り上がっているとアリアナが出て来た。
「まぁ!月夜見さま!お久しぶりで御座います。婚約者の皆さまもお揃いで!」
「アリアナ、こんにちは。急で申し訳ないのだけど、五人のウエディングドレスを仕立てて欲しいんだ」
「まぁ!ウエディングドレスを!」
「えぇ、全部、純白のドレスでお願いします」
「五名さま分の全てのドレスが純白なので御座いますか?」
「それが僕らの前の世界のお決まりなんだ。結婚式は純白のドレスなのですよ」
「純白のドレスに何か意味があるので御座いますか?」
「幸ちゃん、純白のドレスの意味を知っているかい?」
「はい。純白には悪から守るとか、純潔、純粋という意味があります。あと「私をあなた色に染めてください」という意味もあると聞いています」
「まぁ!素敵!この世界にもそれを広めて参りますわ!」
「うん。それはお任せしますね」
「では、採寸しましてデザインを決めて参りましょう」
「うん。お願いします。皆、好きなデザインで仕立ててもらってね」
「はい!」
「デザインなのだけど、皆、同じにしませんか?」
「舞依。皆、同じにするのかい?」
「えぇ、だって、身長やプロポーションもほぼ同じになっているのですもの。見た目の若さも同じ様に十代後半位なのですから、同じデザインの方が良い気がするのです」
「そうね。賛成するわ」
「私も良いと思います!」
「それならば、月夜見さまにお好きなデザインを選んで頂くのが良いのではありませんか?」
「そうですね。それが良いわ!」
「え?僕が、皆が着るドレスのデザインを選ぶのですか?」
「えぇ、お願いします!」
「月夜見さま。それはとても良いことだと思います」
「アリアナもそう思うのかい?」
「えぇ、とっても素敵ですわ。だって五人の女性と同時に式を挙げることなど普通は無いのですから。月夜見さまにしかできない結婚式になると思います」
「そうか。では、アリアナ。結婚式の時、屋敷に来て着付けまでやってもらえないかい?」
「え?私が伺ってもよろしいのですか?」
「勿論だよ。アリアナとは長い付き合いなのだからね。サンドラも式に出席するんだよ。あ!ジェマも呼ぶと良いね」
「まぁ!ありがとうございます。では仕上げは私とジェマでサンドラの支店へ行って仕上げたいと思います」
「来る日を教えてもらえれば迎えに行きますからね。お願いしますね」
「お迎えまで!それはありがとう存じます」
「では月夜見さま。こちらのデザインからお選びください」
「これは異世界のものを参考にしたデザインなのですか?」
「はい。左様で御座います」
「どれも素晴らしいですね。そうですね。この三つのどれかだな・・・」
「これかな・・・」
ちらっと、琴葉の顔を見ると目を逸らした。違うのだな。
「では、こっちの方が・・・」
桜や舞依を見ると・・・笑顔が無い。違うか。
「あ。やはり、これかな・・・」
そう言って振り向くと、皆が笑顔になっていた。そうか、これか。
「では、アリアナ。これが良いと思うのです」
「流石、月夜見さまで御座います。こちらになさると思っておりました。こちらはこの世界ではまず見ることがない新しいもので御座います」
「では、アリアナ。仕立ての方はよろしくお願いしますね」
「はい。お任せください」
その後、宝石店と靴店を回って、ウエディングドレスに合わせたものを購入した。
「これで結婚式の準備は整ったね」
「月夜見さま、舞依とのアスチルベ王城での式はいつ挙げるのですか?」
「うん、屋敷でのガーデンウエディングの一週間後にしたよ」
「それが終わったら落ち着きますね」
「そうだね、琴葉。何かあるかい?」
「あと三人の嫁探しはどうされるのですか?」
「それね。ちょっと考えたのだけど、結婚式が終わったら、また旅に出ようかなと思っているんだ」
「旅に?どちらへ?」
「うん。まだ、巡っていない国があるからね。美しい景色や美味しい料理を見つけながらね」
「それは良いですね。楽しみです」
「でも、琴葉。子を作らないといけないのでは?まだ良いのかな?」
「舞依と幸ちゃんの結婚式には私たちも出席するのでしょう?」
「そのつもりだけど」
「それならば、幸ちゃんとの結婚式が済んでからにしましょう」
「神さまのお告げではいつまでにというのは無いのかい?」
「えぇ、今のところは言われていないの」
「そうか。それならば、そうしよう」
「桜も同じで良いかな?」
「はい。まだ鍛えないといけない者たちが居りますので」
「桜も責任感が強いね」
「責任感ではなく、それが自分や自分の子を守ることに繋がりますから」
「その通りだね。桜、ありがとう」
「いいえ。自分にできることをしているだけです」
そして、十五歳の誕生日と結婚式の朝を迎えた。
前日には桜と花音がそれぞれの家族を船で迎えに行き客間に泊って頂いた。朝食を早目に済ませると、早々にグロリオサ服飾店の面々が着付けのためにやって来た。
「アリアナ、サンドラ、ジェマ。今日はよろしくお願いします」
「月夜見さま。お任せください!」
桜と花音の家族が待つサロンに、一人ずつ着付けが終わり、出て来る度に歓声が上がった。初めは桜だった。
僕が選んだウエディングドレスは、Aラインのドレスでオーガンジー素材。可憐に仕立てられている。ラインはすっきりしているが、生地の特性でボリューム感がある。背中は大きく開いており、背中の合わせ部分を編むリボンに色が付いている。
リボンの色は瞳や髪の色に合わせ、桜は桜色、琴葉はネモフィラブルー、花音は紫、舞依はアスチルベピンク、幸ちゃんはゴールドだ。
スカートやベールの長さはガーデンウエディングなので控えめにしておいた。
「まぁ!ステラリア!何て美しいの!純白のドレスなんて初めて見たわ!」
「うむ。娘がいつまでもこんなに若く美しいなんて・・・」
「お父さま、お母さま。ありがとう御座います」
「ステラリア。幸せになるのですよ」
「はい。お母さま」
次に花音が登場した。
「花音!とても綺麗よ。あなたの艶のある黒髪が純白のドレスで映えるのね!」
「花音。お前のお陰で私たち家族も皆、幸せに暮らせる。感謝しかないよ。ありがとう!」
そう言えば、いつの間にか花音の両親は絵里香ではなく、花音と呼ぶ様になっているんだな・・・
「そんな、お父さま、お母さま。今までありがとうございました」
「お姉さま!幸せになってください。僕はシュナイダー家を立派な家にしてみせます!」
「えぇ、アントン。しっかりね」
「絵里香、アントンは神の嫁となった絵里香の弟ということで注目され、シュワルツ子爵令嬢から結婚の申込を頂いたのだよ」
「そうなのですね、お爺さま。子爵令嬢なんて凄いじゃないアントン!」
「カタリナさまとは学校で知り合ったのですが、カタリナさまは子爵令嬢なので諦めていたのです。ですがお姉さまのお陰で結婚できそうです。ありがとうございます」
「私が役に立ったなんて良かったわ。おめでとう!アントン。結婚式には呼んでね!」
「はい。お姉さま!」
そして、舞依、幸子、琴葉と順に着付けが完了した。
「舞依、何て美しいんだ。驚いたよ!それにしても・・・君と結婚できる日が来るなんて・・・」
「まぁくん。泣かないでね。私も泣きそうな程、幸せなの」
「それにしても美しい・・・」
「嬉しいわ。写真を撮って日本の両親に送らないとね」
「そうだね。後で桜と花音も撮ろう」
「幸ちゃん。綺麗だ。可愛いし美しい!君と結婚できるなんて僕は幸せだよ」
「まぁ!そんな。私こそ。月夜見さまと結婚できるなんて、こんなに幸せなことは御座いません」
「日本のご両親にこの美しい姿を見せてあげられないことが残念だよ」
「そんな風に思って頂けるなんて・・・それだけで幸せです。ありがとうございます」
「琴葉。本当に美しいね。僕が生まれた時に初めて見た姿より更に美しくなっているよ」
「それは言わないで・・・」
「いや、僕は生まれた時から君を母として見ていなかった。それは遠い記憶が根底にあったからなのだと思う。親子としての時間があったから、一時的にその記憶は封じられていたのだろうけれど、今は君を妻としか見ていない自分がいるよ」
「本当に?」
「うん。本当だよ。こんなこと嘘で言ったりしないよ」
「あぁ・・・嬉しいわ」
月の都には村人が次々と上がって来ている。村長の譲治殿とレオが、橋のところで警備の騎士と一緒に村人を一人ひとり確認して通している。
庭園では月の都の使用人たちも忙しく動き、料理を運び、飲み物を用意している。
全ての準備が整うと、レオが呼びに来てくれた。
「月夜見さま。準備が整いました。皆さま、庭園の方へ移動をお願い致します。村長の挨拶から始めます」
今日の式の進行は村長の譲治殿が引き受けてくれた。
庭園の花と花の間の通路には村人や使用人たちが笑顔で立っている。屋敷の厨房の前には大きなテーブルが並べられ、大皿料理が並んでいた。飲み物のテーブルもそこここに設置し、ワインやビール、ジュースにお茶が並べられていた。
フェリックスの計らいでアスチルベ王城の楽団が派遣され音楽を奏でてくれている。
僕らはサロンをでると屋敷の前の一段高い場所に並び立った。
「皆さま。これより月夜見さまと桜さま、琴葉さま、花音さま、舞依さま、幸子さまとの結婚式を執り行います」
「ウォーッ!」
「神さまーっ!」
「何てお美しい!」
「う、うぉっほん!まずは月夜見さまより、お言葉を賜ります」
「皆さん、月夜見です。今日は私たちのためにお集まり頂き、ありがとうございます」
「私は神の一家に生まれ、神の能力を有していますが、基本的には皆さんと同じ人間です。辛いことがあれば泣き、嬉しいことがあれば笑顔になります。ここに並び立つ妻たちも同じです」
「これからこの地で皆さんと共に生きていきますが、皆さんの暮らしで笑顔が多くなる様、努めたいと思っています」
「今日は、この月の都と村で暮らす皆さんに私の結婚を祝って頂けて嬉しく思います。心ばかりの食事と飲み物、そして音楽で一日楽しんでください」
「うわぁーっ!」
「神さまーっ!」
「月夜見さまーっ!おめでとう御座います!」
「おめでとう御座います!」
村人は皆、大声でお祝いの言葉を口々に叫んだ。妻たちは晴れやかな笑顔で村人たちを眺めていた。
挨拶が終わり音楽の演奏が始まった。皆、料理を食べ、酒を飲み、ダンスに興じた。
桜や花音は家族と笑顔で会話している。舞依は兄のフェリックスと水月と記念写真を撮っている。幸ちゃんは漢方薬工場で働く子たちと談笑していた。
「琴葉、皆と話しに行こうよ」
「えぇ」
琴葉は笑顔で振り返り、手を繋いで庭園を歩き出した。
ガーデンウエディングは優しく温かい幸せに包まれていた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!