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19.能力者たち

 特別な能力を持っていると報告された少女に会いに行くこととなった。


 その少女は、ヘクター ジュベール子爵の次女だ。フェリックスが家を知っているとのことで、僕と婚約者五人は小型船に乗り連れて行ってもらった。侍女たちはお留守番だ。


 約束の時間にジュベール子爵の屋敷に着くと、既に玄関に家族と使用人が勢揃いで待っていた。

「お待ちしておりました。月夜見さま、フェリックス王子殿下。ようこそお越しくださいました。当家の主人、ヘクター ジュベール子爵で御座います」

「月夜見です。こちらは私の婚約者です」


「どうぞ、応接室の方へ」

 この屋敷の使用人は皆、年齢の高い人ばかりの様で僕を見ても失神する人は居なかった。


「紹介させて頂きます。私の妻、ジョアンナ、息子のジャン、そして今回ご報告差し上げました、次女のノエミで御座います」

「ノエミ。こんにちは。君は何歳なのかな?」

「はい。私は十四歳で御座います」


「それで、どの様な能力をお持ちなのでしょうか?」

「はい。私は一度見たものを頭の中にそのまま絵として覚え、そのまま絵に描き写すことができます」

「ほう、何か今までにお描きになった絵があれば見せて頂くことはできますか?」

「はい。最近描いた絵はこちらで御座います」


 それは僕たちの住む、新しい月の都の絵だった。だがあまりにも写実的で写真なのかと思う程、精巧に描かれていた。


『月夜見さま。これは能力なのですか?』

『転生者の能力ではないと思う。これはね、映像記憶能力っていうんだ』

『でも特別な能力ではあるのですね?』

『そうだね。まぁ、簡単に言ってしまうと右脳が凄く発達している人って感じかな。確か三万人に一人くらいは居るんだよ』


『では、この子は嫁の対象とは違うのですね』

『うん。でも地図作りには良い人材だな・・・』

『連れて帰りますか?』

『花音。何か人聞きの悪い言い方だね・・・スカウトと言って欲しいな』


「あ、あの・・・月夜見さま。如何なものでしょうか?」

「あぁ、素晴らしい能力ですね。恐らく、この世界で二十人も居ない能力の持ち主ですね!」

「そうなのですか!ノエミは月夜見さまのお役に立ちますでしょうか?」

「ノエミ、君は成人したら何をしたいと思っているのかな?」


「私は・・・あ、あの・・・侍女になれたらと・・・」

 何か引っ掛かる言い方をするな。何か言わされている様な・・・


『月夜見さま。この娘、侍女になりたい訳ではない様ですよ』

『この子爵が娘を月夜見さまの侍女にさせたいから、そう言えと強要している様ですね』

『舞依。それは誰がそう考えているの?』

『子爵です。ノエミが答えた時に「そうだ、それで良いぞ」と心で言っていました』


「ジュベール殿、少しの時間、ノエミを私の屋敷に連れて行っても構いませんか?」

「も、勿論で御座います!」

「ありがとうございます。ではノエミ、私の屋敷がどんなところか一度見て頂きましょう」

「あ、は、はい。かしこまりました」


 ノエミを船に乗せ、屋敷へと瞬間移動した。

「シュンッ!」

「え?ここは?」

「ノエミ。ここは月の都。月夜見さまのお屋敷の前へ瞬間移動したのよ」

「そうなのですね・・・」


「さぁ、ノエミ。こちらへどうぞ」

 ニナとシエナがサロンでお茶を淹れてくれた。


「ノエミ。ここにはお父さまは居ないのですから、本心を言って良いのですよ」

「え?どうしてそれを?」

「ノエミ。月夜見さまは神なのですよ。人の心の声を読み取ろうと思えば聞こえるのです」

「ジュベール殿の希望ではなく、ノエミの希望が聞きたいのですよ」


「ノエミ。月夜見さまはあなたを悪い様にはしないわ」

 琴葉がノエミに優しく声を掛けた。

「あ、あの・・・私は、結婚したい方が居るのです・・・」

「なるほど。ジュベール殿に反対されているのですか?」

「私は一度だけお母さまにご相談差し上げたのですが、取り合って頂けませんでした。それで、今回のお話なので反対なのだろうと・・・」


「そのお相手はどなたなのですか?」

「アベル オランド。ピエール オランド男爵の次男です」

「あぁ、オランド男爵の次男か・・・」

「フェリックス。知っているのですか?」

「えぇ、確か剣術の腕前が良かったので覚えているのです」


「ノエミは子爵令嬢ですから、お相手が男爵の次男では結婚したら平民落ちしてしまいます。それはお父さまもお母さまも反対するでしょう」

「ノエミ。アベルは成人したら何になりたいと言っているのかな?」

「騎士です。それで騎士爵をと・・・」

「あぁ、せめて平民落ちしないで済む様にとの思いからなのかな?」


「ノエミもアベルも貴族として生きて行きたいのですか?」

「いえ、今でも貴族と言っても底辺です。こだわりはないのです。ですが結婚のためには・・・」

「二人は貴族階級に拘りはないのですね。では結婚には拘っているのですか?」

「はい。結婚したいのです!」


「そこですよ。結婚に拘るから貴族階級に縛られるのでしょう?そうではなく、二人一緒に暮らせれば良い。という訳にはいかないのですか?」

「え?そんなことができるのでしょうか?」


「そうですね。ノエミはこの屋敷の侍女になって、この月の都で暮らすのです。アベルもこの屋敷の騎士となり、警備の仕事をして暮らすのです。二人一緒の家を用意しましょう」


「そうすればアスチルベ王国の国民としては結婚していないことになってしまいますが、実質的には結婚生活はできます。勿論、この月の都の中では二人を夫婦として認めますけれどね。如何ですか?」

「ほ、本当で御座いますか!」


「えぇ、アベルに騎士爵を授けることはできませんが、警備の仕事を与えることはできます。一度、アベルと相談されたら如何ですか?」

「はい!すぐにお話します!」

「ただ、二つ条件があるのですが、良いかな?」

「はい。何でしょうか?」


「お父さまに、生涯、私の侍女として仕えると宣言すること。つまり、家には帰らないこと。もうひとつは、私はこの世界の世界地図を作りたいのです。ノエミはそれを手伝うこと」

「お父さまにお話しするのは問題御座いません。地図作りとはどの様にお手伝いを差し上げたらよろしいのでしょうか?」


「私と一緒に船に乗って、高い空から地上を見るのです。ノエミはその大地の形が頭に記録されると思うので、それを絵に描いて欲しいのです」

「それならば、お手伝いできると思います」


「それは良かった。では、あとはアベルだけですね」

「きっとアベルも喜んでくれると思います」

 ノエミはほっとしたのか明るい笑顔になった。これでかなり正確な地図が作れそうだ。




 僕と舞依が成人となる、十五歳の誕生日が近付いたある日、幸ちゃんから念話が入った。


『月夜見さま!少しお話ししたいのですが、そちらに伺ってもよろしいですか?』

『どうぞ。サロンに居るよ』


「シュンッ!」

「月夜見さま、おはようございます」

「幸ちゃん、おはよう!話って何だい?」

 サロンには丁度、皆が集まっていた。


「特別な能力を持った女性のことなのですが、イベリスでひとり報告があったのです」

「あぁ、それか。この前のノエミから後に来た報告では、能力とは言えない特技の様なものまであってね。今後、どうしたものかと思っていたのですよ」


「そうなのですね。実は報告と言っても人伝ひとづてに聞いたものなのです。レミュザ侯爵の娘が何か変わった能力がある様で、それを気味悪がった侯爵が娘を外に出せないと言って長く屋敷に軟禁しているそうなのです」

「それはいけないね。でもそれだと正面から会わせて欲しいと言っても難しいかな?」


「母親は娘を助けてもらいたくて情報を流しているらしいので、それを逆に辿たどれば母親が会わせてくれると思うのです」

「幸ちゃん、それならば大丈夫そうだね。では連絡を取ってみてもらって会えそうなら行ってみましょう」

「はい。転生者ではない可能性も高いのですがよろしいですか?」


「えぇ、娘が屋敷に軟禁され、母親が助けを求めていると聞いて放ってはおけないでしょう。転生者かどうかは二の次ですよ」

「ありがとうございます。月夜見さまならばそうおっしゃると思いました!」

 幸ちゃんは優しい笑顔で答えた。可愛い!




 それから二週間後にレミュザ侯爵の屋敷へ行くこととなった。僕はひとりで幸ちゃんの研究所へ飛んだ。


 王家の小型船に乗ると、幸ちゃんがその屋敷まで瞬間移動させてくれた。

「シュンッ!」


「月夜見さま、レミュザ侯爵の屋敷に着きました」

「幸ちゃん、ありがとう!」

 屋敷の玄関には母親らしき女性と使用人が五名並び立っていた。


「これは、シンシア王女殿下、月夜見さま、こんなところまでお越し頂き感謝致します。初めてお目に掛かります。私は、アレクサンドレ レミュザ侯爵の妻、セリーヌで御座います」

「はじめまして、月夜見です」

「シンシア イベリスです」


「どうぞ、お入りください」

 僕たちは応接室へ通された。お茶を頂いているとセリーヌが娘を連れて来た。


 その娘は、きれいな赤い髪を腰まで伸ばしており、緑色の瞳をしていた。物静かな印象でうれいのある表情をしていた。


「ジゼル。シンシア王女殿下と神さまの月夜見さまが、あなたに会いに来てくださったのよ!」

「王女さまに神さま?」

「ジゼル。ご挨拶を」

「あ、初めてお目に掛かります。ジゼル レミュザで御座います」

「初めまして、ジゼル。月夜見です」

「初めまして、シンシアです」


「セリーヌ殿、レミュザ殿は今日どちらに?」

「はい。王都の屋敷にて執務をしております」

 ジゼルはレミュザ殿と父親の名を出しただけで、一瞬ビクッと身体を強張こわばらせた。


「ジゼル。君は何か特別な能力を持っていると聞いたのだけど、どんなことだか聞いても良いかな?」

「は、はい。あの・・・文字や数字、人の名前や顔を見ると頭に色が浮かぶのです。それで、色でその人を覚えたりしています」


「あぁ、聞いたことがあるな。文字や人の顔だけでなく、音楽を聞いても色が浮かびませんか?」

「あ!はい!浮かびます。曲調が変わると色も変わるのです。あとドレスの色を見ると音楽が聞こえる気がします」

「それをお父さまにお話ししたら気味悪がられたのですね」

「は、はい・・・お前は侯爵令嬢に相応しくないので外に出るなと・・・」


「では、学校は?」

「ジゼルは学校には行っておりません。教師を呼んでここで学ばせたのです」

「そうですか。ジゼル、数学が苦手ではありませんでしたか?」

「あ、はい。いつも先生に怒られていました」


「数字の並びが好きな色でないと、好きな色に書き替えて計算してしまうから答えが合わないのですよね?」

「ど、どうしてそれをご存知なのですか!」


「私は医師ですからね。人間の身体のことには詳しいのです。では、勉強はさせていたのですね・・・今ジゼルは何歳なのですか?」

「はい。十五歳になりました」

「学校の勉強は修了しているのですか?」

「はい。卒業の免状は頂きました」


「そうですか。セリーヌ殿、成人したジゼルを今後どうされるのですか?」

「旦那さまは一生、屋敷から出すなとおっしゃっていて・・・」

「セリーヌ殿が説得しても聞かないのですね?」

「はい。その通りなので御座います」


「ジゼル、君は何かやりたいことはありますか?」

「私は絵を描いてみたいのです」

「みたい。ということは今までは描いたことがないのですね。描くことを許されなかったのですか?」


「はい。ただでさえ色のことばかり言うのに、この上、絵の具で色にまみれていたらおかしくなってしまうと・・・」

「ふむ。そうですか。ジゼルのそれは「共感覚」と言うのだけど、病気ではないのです。個性ですね。人は一人ひとり違うのです。そういう人も居るということかな」


「ジゼル。私のところへ来ませんか?」

「え?月夜見さまのところへ?」

「えぇ、月の都といって空に浮かぶ大地です。そこに屋敷があって、私たちと共に沢山の使用人たちが暮らしているのです。そこでジゼルは絵を描きませんか?」

「絵を?それがお仕事なのですか?」


「そうですよ。私の知り合いに絵がとても上手な人が居るのです。その人に絵の描き方の基本を習って絵を沢山描いて欲しいのです。そして屋敷のあちこちに飾るのですよ」

「月夜見さまは、私を必要としてくださるのですか?」

「えぇ、是非、来て頂きたいと考えています」

「それならば、私・・・行きたいです!」


 ジゼルが初めて笑顔になった。美しく長い赤毛が同じなこともあって、明るく笑うと少しシルヴィーに似て可愛らしく見えた。


「月夜見さま、ありがとうございます!でも旦那さまになんと言えば・・・」

「それならば心配無用です。これから私とシンシアでイベリス王城に向かい、レミュザ侯爵を呼び出して、王の前で私がジゼルを預かると伝えます。断れない様にね」

「あぁ!月夜見さま!娘をお救いくださり、ありがとうございます!」


「では、ジゼル。月の都へ向かう準備をしておいてくださいね」

「はい!月夜見さま」


 その足で僕と幸ちゃんはイベリス王城へ瞬間移動し、王に事の次第を話して協力を要請し、レミュザ侯爵を緊急呼出しした。王都の屋敷に居たレミュザ侯爵は一時間もしないで飛んで来た。


 イベリス王の謁見の間には、レミュザ侯爵がひざまずいて待っていた。

イベリス王、僕と幸ちゃんで檀上に上がるとイベリス王がレミュザ侯爵に声を掛けた。

「レミュザ侯、面を上げよ」

「ははっ!」


「あ!」

「うむ。こちらは天照家の月夜見さま、そして月夜見さまの婚約者で私の娘のシンシアだ」

「初めてお目に掛かります。私はアレクサンドレ レミュザ侯爵で御座います」

「月夜見です。初めまして」


「今日、レミュザ侯に来てもらったのは他でもない。月夜見さまよりお主に願いがあるとのことなのだ。良いか?」

「わ、私に願い・・・で御座いますか?」

「えぇ、レミュザ侯の娘、ジゼルを私の屋敷の使用人として預かりたいのです」

「え?ジゼルを?しかしジゼルは・・・」


「えぇ、知っていますよ。ジゼルは特別な能力を持っているのです。その能力を活かした仕事を私の屋敷でしてもらいたいのですよ」

「し、失礼ながら・・・ジゼルにどの様な能力が?」

「ご存知ないのですか?共感覚と言いましてね。普通の人では繋がらないはずの感覚がジゼルには複数、連動して現れるのです」


「こういう人は少なからず居るのですよ。病気でもおかしなことでもないのです。それよりも色彩感覚に優れている人が多く、絵を描くなど芸術の分野で才能を発揮する可能性が高いのです」

「では、月夜見さまの屋敷でジゼルに絵を描かせると?」


「えぇ、そのつもりです。まずジゼルに絵の先生を付けて絵の基本を学ばせます」

「それでしたら私の方でその教育を致します。絵も私が描かせますので」

 初めは病気の娘のことで何を言われるのかとびくびくしていたくせに、病気でないと分かると何か考え始めた様だな・・・


『ジゼルに絵の才能があったとは・・・それならば屋敷に閉じ込めたまま、絵を沢山描かせて高く売れば良いのだ・・・』


 はぁー、まったくろくな親ではないな。あきれてものも言えない・・・

いや、言わせてもらうけれどね。


「レミュザ侯、貴方は娘の共感覚を気持ち悪い、侯爵令嬢として相応しくないと言って屋敷に軟禁し、学校にも行かせていなかった。ところが娘の能力が金になると分かった途端にてのひらを返して教育するとおっしゃるのか?!」


「ジゼルは既に、貴公に対して父親という感情よりも自分を閉じ込め押さえ付ける恐怖の対象としか捉えていない。そんな者に命じられ、強要されて良い絵が描ける訳がないでしょう」

「そ、それは・・・」

 レミュザ侯は図星を突かれて真っ青な顔になり意気消沈した。


「レミュザ侯よ。其方そなたの娘が神である月夜見さまの屋敷で使用人になれるなど、これ程の名誉はあるまい。違うか?」

「ははーっ!ありがたき幸せに御座います!」

「それで良いのだ。レミュザ侯」

 何だか、ただで他人ひとの娘を頂いて行くような罪悪感が少しだけあるのだよな・・・


 その日のうちにレミュザ侯の屋敷に戻り、ジゼルを連れて月の都の屋敷へと飛んだ。

「シュンッ!」

「うわ!ここは?」


「ジゼル。ここが月の都。私の屋敷だよ。ジゼルはこれからここで暮らすんだ」

「あ、そうだ。一度、山の上から見渡してみようか」


「キャッ!」

 僕はジゼルをお姫さま抱っこして山頂へと飛んだ。

「シュンッ!」


「凄いです!」

「どうだい。この山からは月の都の大地が一望できるんだ。そして、この大地は夜には空に浮かぶんだよ」

「何て美しい景色。それに色なのでしょう!」


「ここだけでなく、これから景色のきれいなところへ連れて行くからね。絵を沢山描いてくれるかな?」

「はい。私・・・一生懸命、描きます!」


 それから、ネモフィラのアナベルに何度か子連れで遊びに来てもらって、ジゼルに絵の基本を教えてもらった。アナベルも月の都の絵が描けると喜んでくれた。


 嫁探しのはずが、何故か使用人が増えていっている様だ。これで良いのだろうか?

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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