17.引越し
僕と舞依は十四歳の春を迎えた。
舞依は身長が百七十五センチメートルまで成長し、他の婚約者と横並びとなった。顔も大人びてより美しくなった。目尻の泣きぼくろのせいか少々色気が強くて困るくらいだ。
新しい月の都での建設作業は終わり、アスチルベの神宮の前に移動させておいた。神宮の方も学校と孤児院、漢方薬の工場と研究所も一緒に完成した。村の家々も商店街を含めて三十軒全てが完成した。
新しい村には移住希望者が順次、引っ越して来ている。僕たちも新しい屋敷に移ることとなった。それぞれの部屋で荷物をまとめると、婚約者たちは自ら自分の部屋へと荷物を飛ばし、ニナや使用人たちの荷物は僕が各部屋を回り、移転先の部屋へ念動力で次々に送っていった。
カンパニュラ王国の奴隷商から引き取った八人の子も大型船で連れて行った。
月宮殿の大型船でネモフィラ王城に飛び、ネモフィラ王とフォルランたちに挨拶した。
「伯父さま、レオの指導を頂き、ありがとうございました」
「うん、レオはとても平民とは思えぬ優秀さだったそうだ。どれも基礎的なことではあるが、一通りのことは習得できているとのことだよ。宰相が部下に欲しいと言っていたよ」
「そうですか、彼の学習意欲には私も驚かされているのです」
フォルランと柚月姉さま、月影姉さまにも挨拶しておく。
「フォルラン、柚月姉さま。次に会えるのは二人の結婚式ですね。」
「えぇ、是非来てくださいね、お兄さま!」
「お兄さま!柚月の結婚式だけでなく、何かと顔を見せてくださいね!」
「分かりましたよ、月影姉さま」
「でも、ネモフィラの丘には行くのだろう?」
「あぁ、そうだね。フォルラン。では、その時は声を掛けるよ」
「うん。いつでも来てくれ」
「あぁ、ありがとう。ではレオ、行こうか」
「はい。月夜見さま」
最後に厩へ、アミーとエミリー、それに馬のソニアとアルを迎えに行った。そこにはミモザたちも荷物を持って待っていた。
「アベリア、今までアミーとエミリーの面倒を見てくれてありがとう。これで何か好きなものを買って」
そう言って、お礼に大金貨一枚をアベリアの手に握らせた。
「え?だ、大金貨!そ、そんな・・・頂けません!」
「アベリア。感謝の気持ちなんだ。受け取って」
そして、アベリアをハグした。
「あ!あぁ・・・月夜見さま。私などに・・・あ、ありがとうございます」
アベリアは真っ赤な顔になった。
「アベリア、元気で!」
「はい!」
「アベリア、今までありがとう!」
アミーとエミリーが声を揃えた。
「アミー、エミリー。ソニアとアル、それに他の新しい馬も、しっかりお世話するのよ」
「はい!」
そして馬たちも船に乗せ、ネモフィラの学校へと飛んだ。
「アイヴァン、先生になる自信はついたかな?」
「はい。先生としての心構えや学年毎の教え方を学ぶことができました」
「それは良かった。ヴォルフ、ケヴィン、グレーテ。アスチルベに行っても続けて勉強はできるからね」
「はい。ありがとうございます」
「メラニー校長先生、彼らのこと、無理を聞いてくださって、ありがとうございました」
「滅相も御座いません。月夜見さまのお役に立てて光栄で御座います」
「これはお礼です。学校で必要なものを買ってください」
そう言って、白金貨一枚を手渡した。
「ま、まぁ!こ、これは・・・は、白金貨!よ、よろしいのですか?」
「えぇ、無理ばかり言って申し訳ございませんでした。ありがとうございました」
「こちらこそ!月夜見さま!ありがとうございます!」
「よし、では行こうか!」
大型船の昇降機で船へ乗り込み、僕たちは屋敷の船着場へと瞬間移動した。
続いてはフロックス王国で誘拐された子供たちを引き取りに行った。幸ちゃんの気遣いで、既に学校は引き揚げてイベリスの王城に集めてくれていた。大型船を王城の上空に付け、昇降機で城の庭園に降りた。
「幸ちゃん、皆を集めておいてくれたのだね。ありがとう」
「いいえ、当然のことです」
「ところで、漢方薬工場の準備で残す子は何人居るのかな?」
「研究所で私に付いている女の子二人だけ残します。工場の準備に当たっていた子は、アスチルベの工場の準備もありますから、そちらに行ってもらいます。そちらも私が行って指示を出しますので」
「何だか、幸ちゃんが凄く忙しそうだね。無理はしないでね。何でも手伝うから遠慮せずに言うんだよ」
「はい。ありがとうございます」
次に小型船でフラガリア王国に行き、エミリーの母で畜産と農業の先生になってくれるルーシーを迎えに行った。船を玄関に着けると、例によって沢山の母親たちと娘たちが群がる様に集まって来た。
「ルーシー、準備はできていますか?エミリーは向こうで待っていますよ」
「はい。できています」
エミリーの妹のフラヴィと同じ母親たちの中から農業に詳しいロージーとその娘、エヴェリンとエヴァを連れて来ることになった。六人の家族は月の都の世帯向けの住宅に入ることになった。
プリムローズ王国の洋食屋、善次郎の家族を迎えに行った。事前に引越の準備を進め、店は早めに閉めて洋食の調理に必要なもの以外は売り払ってあり、店の中はガランとしていた。まとめた荷物を彼らが入る世帯向けの住宅へ念動力で送った。
善次郎夫婦と凛太郎は屋敷の厨房で働き、凛太郎の姉、明日香ともう一人の妻、アイリーンは村のグロリオサ服飾店の支店で働く。
夫のセージも服飾店に入り、その一角でベルトや馬具など革製品の製造と販売をすることが決まっている。そのため月の都ではなく、村の服飾店の前の家に入ることとなった。
「皆さん、プリムローズ王国に未練はありませんか?」
「はい。アスチルベに戻れるのですから、これ以上の幸せは御座いません」
「あ!あなた!月夜見さまに!」
「あ!そうだった。月夜見さま。頂いたお金が余りましたのでお返しします」
「返す必要はありません。あなた方はこれから月の都で働いて頂くことになりましたが、私の奴隷になる訳ではないのですよ」
「衣食住を提供する代わりに給金を多くお支払いすることはできませんが、もし他の地でまた店をやりたいと思ったら、いつでもそうして良いのです。その時のためにお金は貯めておくのが良いでしょう」
「そんな!月夜見さまに助けて頂いて他へ行くなんて!また苦しい思いをして店を経営することも考えられません!生涯、月夜見さまにお仕え致します!」
「それはそれで構いませんよ。では凛太郎の結婚資金に使えば良いでしょう」
「それでよろしいのであれば・・・ありがとうございます!」
「では、そろそろ参りましょうか!」
ユーフォルビア王国へブリギッテ王女とフローラを迎えに行った。
「これは月夜見さま。この度は娘をお預かり頂き、ありがとうございました」
「ユーフォルビア殿、結婚式もできず申し訳ない」
「滅相も御座いません。この様な娘をお預かり頂けるのですから・・・」
ふん。まぁ人の考えなんて簡単に変えられるものではないからな。仕方がない。
それよりもブリギッテが法律の先生と習慣と文化の先生二人をスカウトしてくれた。法律の先生はユーフォルビア王国の学校の先生ペネロペ。何やら僕のファンらしい。
もう一人はブリギッテの指導役の執事だった男性、タイラーが習慣と文化の先生になってくれることになった。タイラーは妻と娘二人も連れて来る。
剣術は学校に貴族のクラスが無いので授業自体がない。剣術の指導を希望する者には、フェリックスが指導することとなった。フェリックスは剣聖の域には届いていないが、警備を任せることは問題ないと桜から合格をもらったのだ。これで一通り、先生は揃った。
まず、新しい屋敷で始めに行うのは屋敷での食事の献立に関するお願いだ。
善次郎の家族、ケイトとジーノ、トビアスとミモザ。それに月宮殿の料理人から三名が異動で来てくれている。
「今日からの夕食の献立なのだけど、僕の希望としては月宮殿の和食、善次郎殿の洋食、それとこの世界の一般的な献立、それにアスチルベで獲れる新鮮な魚を刺身にするなど魚介類を使った献立、これらを順番に組んで欲しいんだ」
「かしこまりました」
「洋食以外では、極力、醤油と味噌を多用して欲しいですね。健康にも良いですから」
「使用人の食事は如何致しましょう?」
「この月の都や村で育てた野菜と漁港に上がった魚介類を使って栄養的にも量的にも十分な量を提供してください。そうですね。一般的な平民の食事よりも良いものにしてください。洋食も入れてね」
「かしこまりました。ありがとうございます」
学校の先生に集まってもらった。畜産と農業の先生ルーシー、歴史のアイヴァン、数学のブリギッテ、言語のフローラ、そしてブリギッテがスカウトした法律のペネロペ、習慣と文化のタイラーが集まった。
「皆さん、初めての打合せとなります。ペネロペとタイラーは初めてお話ししますね」
「月夜見さま、お会いできまして光栄です。法律を教えます。ペネロペで御座います」
「習慣と文化を教えます。タイラーと申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「さて、この学校は王立学校ではありません。神宮が経営主となっています。まず、貴族のクラスがありません。全て平民が対象で五学年の五クラスだけです。皆さんで週五日の時間割を決めてください」
「週五日?残りの二日はどうされるのでしょうか?」
「タイラー先生。週二日はお休みです。先生たちもですよ」
「え?週に二日もお休みが頂けるのですか?」
「月の都の屋敷、神宮、学校、漢方薬工場も仕事は全て週に二日はお休みです」
「そ、そうなのですか!」
「さて、そして学校には寮がつきものですが、ここでは孤児院を兼ねています。ですので、七歳以上であれば学校に入れて構いません」
「学校と寮の食堂は神宮の食堂と厨房を兼ねています。子供の食事も患者の食事も栄養価を優先して作っていますので先生方は月の都の使用人の食堂で食事をしてください」
「ありがとうございます。あの、月夜見さま。この学校の校長は?」
「今のところ決まっていません。この中で一番経験があるのは?」
「恐らく、ルーシー先生かと・・・」
「そうですね。では、ルーシー先生にお願いしましょう」
「え?私で良いのでしょうか?」
「はい。お願いします!」
「かしこまりました」
「そう言えば月夜見さま。学校には農業と畜産の実習をするところが無い様なのですが?」
「あぁ、それは月の都の水田と畑、畜舎を使うのです。それもあってルーシー先生に畜舎の設計から入って頂いたのですよ」
「え?では月の都に子供たちを出入りさせてよろしいのですか?」
「はい。初めからそのつもりですよ。月の都の入り口には警備が立ちます。部外者は入れませんので大丈夫です」
「そうですか!それは素晴らしい実習ができそうです」
神宮の準備を始めた。水月が宮司になるのだが、出産があったので結月姉さまの居る神宮に滞在し、宮司の仕事の実地研修を受けていた。
そして先月、結月姉さまの神宮で出産した。僕たちはフェリックスと共に駆け付けた。勿論、子を生んだことは秘密だ。
二人の子は水月に良く似ており、金髪に青い瞳をした元気な男の子だった。名前はジュリアンとなった。水月は出産したばかりで赤ん坊の世話があるのと、二か月後に結婚式があるので、それが済んでから神宮を開くこととなった。
漢方薬の工場と研究所は幸子が監修し、準備だけを進めている。幸子はイベリス王国の漢方薬工場を立ち上げ、その製造を軌道に乗せるまでは責任を持ってやりたい。とのことで、本人が成人して結婚するのを区切りとしたい様だ。
国が大きくなったイベリス王国で、自分がきっかけで漢方薬の生産が基幹産業となるのだから、結婚を理由に中途半端に投げ出す気にはなれないのだろう。彼女の誠実さと真面目さからすれば当然だ。気の済むところまでやって来ると良い。と自由にさせている。
だからアスチルベの漢方薬工場はまだ稼働しない。ただ、畑で薬草の生産は始めているし、イベリスで漢方薬工場の立ち上げに関わった子たちはここに来て準備を進めている。それも幸ちゃんが週に何回か飛んで来て子供たちに指導をしているのだ。
屋敷の中も徐々に整って来た。大きな食堂は屋敷の端にあり、厨房の向こう側は使用人の食堂となっている。ダンスパーティーができる様なサロン、立派な応接室、大きな倉庫もある。サロンにはアナベルが描いたネモフィラの丘の絵画を飾った。
僕の部屋は独立した部屋となり、その隣から舞依、桜、琴葉、花音、幸子の部屋となっている。
ニナたち使用人の部屋は屋敷の外の使用人棟だ。独身者の個室ばかりの棟と世帯で住める大型の棟が並んでいる。
全ての部屋にはトイレとビデがあり、大きな共同浴場が男女別で作られている。勿論、風呂とトイレには換気扇も付いている。
厨房にはフクロウ君から教わり、ルドベキアで造られた冷蔵庫と冷凍庫があり、洗濯場には水を使わない洗濯機が完備されている。
屋敷の裏には大型船の発着場となるプラットフォームがあり、そこには僕らが移動するのに使う動力の無い船の駐機場も作られた。
屋敷の山側には厩があり、十頭分の馬房と小白のスペースがあった。今のところソニアとアル、セレーネだけが入っている。
月の都の外周には馬で走ることができるだけの幅がある小路を作った。一周回るだけでも結構な距離だし、景色も素晴らしいのだ。馬が誤って落ちない様に柵も作っておいた。
小白は月の都の中は厨房以外、屋敷を含めて出入り自由にした。大体は山の中を走り回っているみたいだが。
僕はやっと新居で落ち着ける様になったところで山本に連絡を取ることにした。舞依と再会できたことは手紙で伝えてあったのだが、鳥を使った電話で直接話すことは、まだ試していなかったのだ。
恐らく、日本の土曜日の夜だろうと推測される日時に自室でひとりソファに座り、珈琲を飲み、心を落ち着けてから山本の意識に集中した。
すると頭の中に薄っすらと映像が浮かび始め、見ているとそれは山本の部屋でソファの前のテーブルやテレビが見えた。そして視界を山本から移動すると、キッチンに高島女史が居た。
そうだ、二人は結婚したのだったな。そこから更に視線を移動し、外へ出て鳥を探した。
近くの畑を抜けて里山を見つけその中へ入って行くと、杉の木の枝に茶色で小型のフクロウが居た。これはお誂え向きとばかりにフクロウの意識を乗っ取ると、早速、山本の部屋へと戻った。
ベランダに入ると窓をくちばしでコンコンと突く。山本がテレビから視線を外してこちらに振り向いた。
「うわ!何だこいつ!フクロウが窓を突いているぞ!」
「え?何でフクロウが?」
高島女史も見に来て驚いている。もう一度、コンコンと突く。
「開けてみたら?」
「え?開けるの?」
「だって開けろって言っているみたいじゃない?」
「そ、そうかな・・・じゃぁ・・・」
山本は腰が引けたまま、恐る恐る窓を開けた。
僕はテレビの上に飛び移った。
「うわぁ!入って来ちゃったよ!」
「山本!高島さん。結婚おめでとう!碧井正道だよ」
なんだ。フクロウだって話せるじゃないか!
「え?碧井?どういうこと?」
「山本、僕の能力でこのフクロウを操って電話の様に話しているんだよ」
「本当なのか!え?フクロウってそもそも話せるのだっけ?」
「いや、フクロウは人間の言葉は発しないよ。鳥なら何でも良いんだ。今日はたまたま外でこのフクロウを見つけたんだよ。でもすずめみたいな小さな鳥だと言葉が聞き取り辛いと思うよ」
「あぁ、インコとかだったら話し易いのね?」
「流石、高島女史。理解が早くて助かるよ」
「インコをうちで飼ったら、いつでも会話ができるのかい?」
「そうだね。僕の方で意識の一部を繋いでおくから、インコに話し掛けてくれたら聞こえるよ。舞依の家族はオカメインコを飼い始めたそうだよ」
「それは良いことを聞いた。実は子供ができたんだ。このマンションでは手狭だから引っ越そうと思っていたのだけど、ここを引き払ってしまうと碧井と連絡が取れなくなるから困っていたんだ」
「赤ちゃんか!それはおめでとう!何かお祝いをしないとね!金貨でも贈ろうか!」
「いや、お金はもう十分にもらったよ。あ!それならさ、やっぱりお金になってしまうけど、今までもらったのではない硬貨があれば欲しいかな?」
「いいよ。では手を出して」
「手を出す?こういうこと?」
山本は自分の手を胸の前に差し出した。僕はそれを見ながら、その掌にこの世界の全ての硬貨を一枚ずつ、そしてお祝いとして白金貨を五枚送った。
「チャリン、チャリン!」
何も無いところから硬貨が次から次へと出て来た。
「うわぁ!」
「どうだい?これからは僕がその場所を見ながら物を出したり引き寄せたりできるよ」
「え?また大金貨も!あ!白金貨が五枚も!もらい過ぎだよ!」
「いいんだ。こちらからはこれくらいのことしかできないのだからね。今まで本当に沢山のことをしてもらったよ。二人には感謝しかない。それは出産祝いと新居祝いだよ」
「本当に良いのかしら?!ありがとう!碧井くん!」
「ありがとう!でもこれで引越ができるよ。ではオカメインコを飼えば良いのだね?」
「そうしてもらえると、一度そのインコに意識を繋げば、引越ししてもその先にインコが居るから場所が分かるよ」
「分かった。早速、明日買って来るよ!」
「そんなに急がなくても良いのだけどね」
「明日は日曜日で休みだからさ」
「そうか、分かったよ。ありがとう。では明日の夜にまた」
「うん。待っているよ!」
フクロウを外に出し、元の杉の木に戻して意識を切った。
そして翌日、山本の家にオカメインコの電話が開通したのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!