15.カンパニュラ王国の奴隷商
ニナたち三人は夕食後にエーファとフィーネを部屋に呼んで指導をしていた。
「エーファ、フィーネ。ここは神の住まう宮殿。何もかも特別なの。これから話すことは、仕事上で必要なことだから教えるのだけど、ここで知ったことを外で話しては駄目よ。いいわね?」
「はい。決して他人に漏らしません」
「はい。お約束します」
「まず、月夜見さまは十三歳です」
「え?十三歳?どう見ても大人ですが・・・」
「だから、神なのです。同様に、琴葉さまと桜さまは二十九歳。花音さまは十八歳。舞依さまは十三歳です。この他に幸子さまという方もいらっしゃって、こちらは十二歳です。月夜見さまが成人されていないので、奥さまではなく婚約者なのです」
「え?琴葉さまや桜さまが二十九歳?そんな馬鹿な!私たちより少し上なだけだと思いました」
「えぇ、そう思いますよね。月夜見さま自身も、婚約者の皆さまも太古の神の生まれ変わりなのです。それによってお姿があの様にお若く、お美しいのです」
「え?それでは、ニナさま、シエナさま、シルヴィーさまも神なのですか?」
「私たち?いいえ、私たちはただの侍女です」
「え?でもそんなにお美しいのに?」
「えぇ、違いますよ」
ニナたちはまんざらでもないという顔で笑顔となった。
「それと月夜見さまと五人の婚約者の皆さまは、神ですので様々な神の力をお持ちです。ここへ来る時も瞬間移動したと思いますが、その他にも遠く離れた人と念話という能力で会話し、重い物でも宙に浮かべ、遠いところへ瞬時に送ったり引き寄せたりできます」
「更には、ご自身で空中に浮かび、透視能力では壁の向こうや人間の身体の中を見ることもできます。また人の病気を癒し、雨を降らせ、炎を出すこともできるのです」
「あなた達はそれらのことをこれから目の当たりにすると思いますが、その度に驚いたり、それは何かと聞いたりしない様にしてください」
「はい。分りました」
「それと月夜見さまは身分に関係なく、どんな人が相手でも分け隔てなく接し、とても慈悲深いお方なのです。その優しさにあなたたちは自分に好意を持たれていると勘違いしてしまうかも知れません。それにも十分に注意してください」
「かしこまりました。既に月夜見さまの優しさは感じておりました。以後、気をつけます」
「私も気をつけます」
「あと、花音さまからお聞きしましたが、あなたたちは長く栄養のあるものを食べて来ていないので、身体の生育が遅れているそうです。特に病気は見つからなかった様ですが、これからしばらくはしっかり食べることも仕事のひとつですよ」
「はい。ありがとうございます。この宮殿の食事は使用人のものでも美味しいですね」
「えぇ、そうね。あと今後、月夜見さまと同行する際には私たち侍女も食事にご一緒する場合がありますので明日からは食事の作法も学びましょう」
「え?神さまとご一緒に同じものを頂くのですか?」
「えぇ、ですから月夜見さまは分け隔てしないと言ったのですよ」
「そうなのですね。努力致します」
「あと、生理になったら始めの二日間はお休みを頂けます。その生理の痛みは琴葉さまか花音さまが治癒の能力で癒してくださるので申し出なさい」
「あ、あの・・・私、毎月、生理が来ないのですが・・・」
「フィーネ。あなたは特に痩せ過ぎよ。栄養が足りていないから生理も来ないの。しっかり食べてね」
「そうだったのですね。分りました」
「最後に。神の皆さまは人の心を読むことができます。動物ともお話しができるのです。ですから隠し事をしても心を読まれてしまいます。不安や疑問、困ったことがある時は、時を見計らってご相談するのです」
「でも、その前に一度、私たちに相談してもらった方が良いわね」
「はい。分りました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「では、明日からしっかりね」
「はい!」
そして二人は自室へと帰って行った。
「ニナ。あの娘たちをどう思う?」
「あぁ、月夜見さまの嫁候補ってこと?」
「えぇ」
「まだ分からないわ。娘というより子供に見えてしまうもの」
「でも、男爵家で侍女をしたことがあるみたいだから、すぐに仕事には慣れるでしょうね」
「えぇ、それは助かるわね」
「これからも奴隷を買い付けて侍女を増やして行くのかしら?」
「そうね。侍女だけでなく仕事は沢山あるものね。でも今回は男性の方が多いのですって!」
「でもニナさまとシエナさまは月夜見さま以外の男性と結婚することはないのでしょう?」
「ないわ!」
「私も絶対にないわ」
「シルヴィーは?」
「私は男性と結婚はしません」
「え?女性と?あ!ケイトと?」
「ううん。あのブリギッテ王女殿下の時に月夜見さまのお話を聞いていて分かったのです。私もブリギッテさまに近いのかも知れないと」
「でも月夜見さまとキスしたじゃない!」
「あれはあの時の勢いというか、記念にって思って。あんなに美しいお方とキスができることなんて一生ないのですから」
「確かに。それはそうね・・・」
「でもケイトとは結婚しないのね」
「えぇ、ケイトは普通の女の子ですから。男性と結婚して欲しいわ」
「そうだったの」
「兎に角、私はニナさまとシエナさまを応援しています」
「ありがとう、シルヴィー」
「では、お休みなさい」
「お休みなさい」
シルヴィーが自室へ戻っていくとニナとシエナは二人で話した。
「ねぇ、シエナ。私たちはどうなるのかしら?」
「それって、妾にしてもらえるかってこと?」
「考えてみたら月夜見さまって、奥さまたちを裏切ってまで女に現を抜かす様なお方ではないと思わない?」
「それはそうね。でも、琴葉さまは月夜見さまならば悪い様にはしないとおっしゃったわ」
「それもそうだとは思うの。でも・・・妻にも成れず、中々手を出して頂けないし、その上、後から現れる女性が次々に妻になっていくのを目の前で見せられるのは・・・」
「そうね。辛いわね・・・」
「では、ニナは月夜見さまを諦められるのかしら?」
「それは・・・できないでしょうね・・・」
「では私たちはただ、待つしかないのよ」
「やはり、それしかないのね・・・」
「ニナ、諦めないで!頑張りましょう?!」
「そうね。まだ諦めることはないわね。頑張るわ!」
ニナとシエナは新たなライバルの登場に静かに闘志を燃やすのだった。
数日後、夕食時にネモフィラ王国の奴隷商の話になった。
「月夜見さま。それではネモフィラ王国の奴隷商はひとつも無くなったのですね」
「マリー母さま、そういうことです」
「そう言えばカンパニュラ王国でも、奴隷商はもうあと一軒だけだとお母さまがおっしゃっていましたね」
「オリヴィア母さま。そうなのですか。では、そこの奴隷も皆、買い上げてしまいましょうか?」
「まずは見てからお決めになるのが良いのではないでしょうか?」
「えぇ、そうですね。では見学の手配を頂けますか?」
「えぇ、お母さまに連絡しておきますね」
その一週間後、オリヴィア母さまのお母さま、ヘレナ王妃から見学の準備ができたと連絡が入った。僕はオリヴィア母さまと桜を伴って、小型船でカンパニュラ王国の王城へと飛んだ。
「まぁ!月夜見さま。ようこそお越しくださいました。オリヴィアからお話はお聞きして御座います。奴隷商の見学だそうですね」
「ヘレナさま。ご無沙汰しております。ご手配を頂き、ありがとうございます」
「騎士団長のロドリゴ モンテス候とナタリアを護衛に付けますので」
「お気遣い、ありがとうございます。ナタリア、久しぶりですね」
「はい!月夜見さま!私を覚えていてくださったのですね!」
「えぇ、覚えていますよ」
「ありがとうございます!」
王城の船で奴隷商まで連れて行って頂いた。
「月夜見さま。こちらが最後に一軒残っておる奴隷商に御座います」
「モンテス候、ありがとうございます」
「ベニータ。月夜見さまのお着きだぞ」
「まぁ!これはこれは、月夜見さまで御座いますか!ようこそお越しくださいました。初めてお目に掛かります。私は当館の主人、ベニータで御座います」
「月夜見です」
「あ。もしや、オリヴィア王女殿下でいらっしゃいますか?」
「えぇ、そうよ」
「月夜見さま、オリヴィア王女殿下。お目に掛かれましたこと、光栄に存じます」
ふむ。桜には挨拶無しか・・・侍従と思ったのかな。ベニータか。歳の頃は四十代前半といったところか。貫禄はあるな。
「さぁ、どうぞ。応接室へご案内致します」
応接室に通され、お茶を頂きながらベニータから話を聞いた。
「ベニータ殿。カンパニュラ王国でこちらが最後の奴隷商だそうですね。他には何軒くらいあったのですか?」
「王都には三軒御座いました。ですがここ数年で急速に需要がなくなりまして、次々に廃業したので御座います」
「そうですか。こちらはまだ続けられているのですね」
「えぇ、でももう長くはできないかと思います」
「奴隷は何人残っているのですか?」
「今、売れる者は三人で御座います」
「売れる者?売れない者も居るということですか?」
「あ!そ、それは・・・」
「ベニータ!月夜見さまに隠し事とは感心しないな」
「あぁ・・・その、病気になっておりまして・・・」
「病気?それはどんな病気なのですか?神宮には連れて行ったのですか?」
「い、いえ、神宮には・・・それにどんな病気かも・・・」
「では、病気なのに放置していると言うのですか?」
「おい!どうなんだ!」
モンテス候が凄んだ。
「はい!その・・・お金が無いもので・・・」
「その者たちを見せなさい!」
「あ!いえ、月夜見さまにお見せできるような者たちでは・・・」
「良いから見せなさい!」
「ベニータ!月夜見さまに逆らうと言うのか!」
その時、モンテス候は剣を抜き、ベニータの目の前に突き出した。
「ひーっ!お、お許しを!」
「その者たちのところに案内しろ!」
「は、ははーっ!」
館の奥に入って行くと、小さな部屋の中に三人の男女が膝を抱えて座っていた。
三人とも生気がなく、一点を見つめているだけだった。まさか、この三人が売れる者だというのだろうか?
その部屋は通り過ぎ、一番奥の部屋に入ると衝撃的な光景が目に入った。
「オリヴィア母さまは見ないでください。先程の応接室でお待ちください」
「え?は、はい」
オリヴィア母さまを下がらせてから、モンテス候、ナタリア、桜と一緒に部屋へ入った。
まずは異臭が立ち込め、そこら中が汚れている。ベッドか何か分からない様な寝床に五人の子が息も絶え絶えの状態で横たわっていた。
「これは命が危ない。このままここには置いておけないですね」
「ベニータ!この子たちに食事は与えていたのか?」
「一応は・・・でも最近はあまり食べなくなっていたので・・・」
「貴様、この子たちを殺す気か!これは殺人未遂と同罪であるぞ!」
「桜、月光照國の神宮へ運ぼう。ひとりずつシーツに包んで抱いたまま飛ぶよ」
「はい!」
他の部屋に居た三人の子も極度の栄養失調に陥っていた。八人を神宮へ運び、琴葉、花音、舞依にも来てもらって、まずは動けない五人に治癒を掛けて細胞を活性化させ、白湯と重湯を飲ませた。
日本ならば即点滴なのだが、この世界にはそんなものはない。幸ちゃんに来てもらって漢方薬を処方してもらった。
人参養栄湯という漢方薬を白湯と共に飲ませた。これは体力が低下している人の消化器の働きを高めて栄養を身体に行き渡らせる効果があるとのことだ。
自力で食事ができる三人にはスープとパンを与え風呂で身体を清めた。
ベニータは犯罪人として捕らえられ、裁きを受けることとなった。
その後、八人を月宮殿に運び、使用人の部屋に分けて寝かせ一日三回治癒を施し、少しずつ食事が取れる様にしていった。保護したのは八名で、男の子が五人と女の子が三人だった。ここでも男の子の方が余っていた様だ。
先に回復したのは自力で食事ができた女の子二人と男の子一人だった。
「どうだい?食事は食べられる様になったかな?」
「はい。美味しいです」
「君たち、名前と歳は?」
「アルフレッド、十一歳です」
「アリシア、十一歳です」
「リディア、九歳です」
「食事は初めから少なかったのかい?」
「はい、少ないのは初めからです。でも一年前は、パンとスープ以外のものもたまには食べさせてもらえたのですが、この半年くらいはパンも減ってスープもほとんど味がないものでした」
「最近で奴隷が買われて行ったのはいつ頃か分かる?」
「この一年では二人だけだったと思います」
「それは何歳くらいの子かな?」
「ひとりは十四歳の女の子、もうひとりも女の子で確か十三歳でした」
「小さい子は売れないのかな?」
「はい。食べるだけであまり働けないから売れないと言っていました」
「では、この半年で収入が極端に減っていたのだね」
「はい。食べものが買えないと・・・」
「そうか、売れないから食べさせられず、奴隷としての商品価値も下がってしまって悪循環だったのだな」
「僕たちはこれからどうなるのでしょう?」
「ここはどこだか分かるかい?」
「はい。神さまの住む、天国だと聞きました」
「天国か。そう呼ばれているらしいね。ここは月の都。天照の一家が住む月宮殿だ」
「神さまの宮殿なのですね」
「できれば八人全員、ここで暮らしてもらって学校に行きたいならば行かせるし、学校よりも働きたいならば仕事をして欲しいのだけど、どうかな?」
「え?学校に行かせてもらえるのですか?」
「ここで働かせてもらえるのですか?」
「ただし、君たちはまず、身体を治さないといけない。そうだな、二か月はしっかり食べて、軽い運動が必要だ。そして、私はアスチルベ王国に新しい月の都と屋敷を作っているんだ」
「君たちにはそちらの学校に行ってもらい、その後、新しい屋敷か神宮、学校、孤児院、それに漢方薬の工場も作るからその中でやりたい仕事をすれば良いよ」
「そんなに仕事があるのですか?」
「君たちは何ができるのかな?やりたいことも聞きたいな。アルフレッドは?」
「はい。僕は、読み書きはできます。あの、警備の仕事はありますか?」
「警備か、あるよ。剣術ができるのかな?」
「いえ、できないのですが、やりたいのです」
「なるほど。では学校に行って勉強もする必要があるね。警備の仕事は色々なことを知っていないとできないんだ。勿論、剣術も訓練して行かないとね」
「はい。それならば学校にも行きたいです」
「うん。分かったよ。アリシアは?」
「私は、読み書きだけはできます。やりたいことは孤児院で子供の世話をしたいです」
「アリシアは学校には行きたいかな?」
「はい。子供に教えたりもしたいので」
「それは良いね。分かったよ。リディアはどうかな?」
「私はまだ何もできないので学校に行きたいです」
「そうだね。身体が整ったら学校へ行くと良いよ」
「はい。ありがとうございます」
「では、アリシア。まだ歩けない五人の子たちの面倒を見てあげてくれるかな。孤児院ではそういう仕事もあるからね。リディアとアルフレッドも手伝ってくれるかい?」
「はい。勿論です!」
「彼らも早く、動ける様になると良いね」
それから一か月が経ち、アルフレッド、アリシア、リディアはすっかり元気になった。だが新しい屋敷や学校ができるまで、もう一年を切っているので学校の入学はそれまで待ってもらうこととなった。
それよりも問題があった。健康状態が酷かった五人の内、一番身体が小さかった八歳の女の子、ブランカが声を発しないのだ。
他の子と一緒で動ける様にはなっている。食事も普通に食べられる様になったのだ。でも、他の子たちは話すし笑う様にもなったのにブランカだけは表情もなく話さない。
周りの子に聞くと、以前は会話をしていたとのことなので心が傷付いてしまったのかも知れない。ブランカには常にアリシアが付いて一緒に行動した。
僕は琴葉と花音と共に、アリシアとブランカを連れて庭園の端にやって来た。鳥や小動物のエサを持って来たのだ。勿論、小白とフクロウも付いて来ている。
「アリシア、ブランカ。ここに居ると鳥や動物たちが集まって来るよ」
「いつもここに来るのですか?」
「月夜見さまが動物とお話しができるから集まってお話しをする様になったの。それで皆がご飯を欲しがったからこうしてあげる様になったのよ」
「これから鳥や動物が寄って来るからアリシアとブランカでご飯をあげてくれる?」
「はい。琴葉さま。ブランカ、動物にご飯をあげるのですって!」
しばらくすると、まずは鳥がやって来た。その様子を窺っていたウサギやリスが続いて出て来た。
「まぁ!本当に出て来たわ!さぁ、ブランカ、手にお米を乗せて」
アリシアに言われるまま、小さな掌を開くと米粒を乗せられた。すると鳥がブランカの手に乗って米粒を啄ばんだ。
すると、ブランカの口元が少し緩んだと言うか動いた。まだ声を発することはなかったが心は動かされている様だ。
簡単には回復しないのだろう。PTSDかも知れない。でも精神科は専門外でこういう時にどうすれば良いのか治療法が解らないのだ。
でもきっと焦りは禁物な筈だ。少しずつ、委縮しこわばった心を和らげていくしかないのだろう。誰だって七歳とか八歳という幼さで親に売られ、その上、食べるものも碌に与えられずに狭い部屋に閉じ込められていたら、こうなってもおかしくはないのだから。
またある日は花音がアリシアを抱き、僕がブランカをお姫さま抱っこして山の頂上へと飛んだ。その景色を見た時、ブランカは「わぁ!」と小さく、ほんの小さく声を出した。
『花音!今、ブランカが小さかったけど声を出したよ!』
『はい!聞こえました!』
「ブランカ!今、声が出たね!」
アリシアがブランカに声を掛けた。でも、また静かになってしまった。
ブランカの心を読んでみるのだが何も読み取れないのだ。完全に心を閉ざしてしまっている様だ。
どうしたらブランカの心を取り戻せるのだろうか?
お読みいただきまして、ありがとうございました!