12.舞依との婚約発表
翌日、農業プラントの大地に飛んで探索を開始した。
「シュンッ!」
直接、農業プラントの前に降り立ち、地上から見ようとしたのだが、それは日本のビニールハウスとは全く違っていた。
まず、壁の材質が何だか分からない。金属の様だが質感も初めて見るものだ。何かに例えるのが難しい。強いて言うなら大理石と鉄の中間みたいな感じ。だろうか?
そしてどこにも入り口が無いし温度調整用のダクトや窓、換気扇も無い。完全に密閉されている。これでは地上からは中が全く見えない。
内部で温度や湿度を全てコントロールしているということなのだろう。屋根の透明な素材もガラスなのかアクリル板なのか分からない。
そして収穫した作物をどこから運び出すのかも分からない。御柱の近くの倉庫に集められているのではないかとは想像できるのだが。
「これでは工業プラントの島と同じで何も分からないままだね」
「ここにも人は居ないのでしょうか?」
「それも含めて大地の大きさを見ながら確認して行こう」
「分かりました」
まずは北方へ向かう。一時間程飛んだ辺りで農業プラントは終わっていた。だが、その先も平らに均してある様だった。プラントを更に拡張できる様にしてあるのかも知れない。だがそれ以外には何も無かった。
北限に到達すると西回りで南下した。西側にはかなり高い山々が連なっており、工業プラントのあった島と同様に万年雪を頂く山が連なっていた。そこからは何本かの川が流れ、大きな湖を形成していた。
僕たちは湖の湖畔に降りてお茶をすることとなった。
「見てください!湖の湖面に雪を被った山が映ってとてもきれいです!」
「ニナ。そうだね、向こう側の湖畔には花がいっぱい咲いているね」
「スイスのアルプスってこんな感じなのでしょうか?」
「琴葉、そうだね。ここはそういう雰囲気だね」
「月夜見さま。湖のあの端の方にあるのは取水施設ではありませんか?」
「あ!本当だ!湖に被さる様に建物があるものね」
建物と言っても人が中に入る様な施設ではない。単に水を取り込む装置なのだろう。この世界では初めて見るもので日本でも見たことがないものだった。
「この大地では今のところ動物を見ていないですね」
「そうだよね。見掛けないね。どの大地も生き物は全て管理されているということなのかな」
「何故、管理されなければならないのでしょうか?」
「やはり自然を壊さない様に。なのかな?」
「自然に任せていてはいけないのですか?」
「動物も植物もその環境で生きて子孫を残すために、その環境に適応して進化したり、一部の動植物だけが偏って増えてしまうことがあるからね」
「進化できない場合はどうなるのですか?」
「舞依。自然淘汰って言葉を聞いたことがあるかな?」
「えぇ、あるわ」
「うん。その環境に合わなかったものは淘汰されてしまうんだ」
「そうなのですね」
「同じ動物だけが増え過ぎても今度は食べるものがなくなって絶滅してしまうからね。動物はその種類や数を調整しないと種の保存は難しいんだよ」
「まさか、人間も増え過ぎない様に男性が少なく調整されているなんてことは?」
「それは前から考えているよ。正にそうなのかも知れないんだよ」
「では、月夜見さまが作られた本はそれに逆行しているということに?」
「そうだね。本当にそれが不味いことならば何か起こるかも知れないね」
「えー!怖いです!」
「花音。心配しなくても良いよ。駄目なことならもう、フクロウ君が何か言って来ていると思うんだよね」
「それなら良いのですが・・・」
その時、フクロウが念話で言った。
『その辺は、月夜見の妻が八人揃ってから話そうか』
「えーーーっ!」
思わず、皆、声を出して驚いてしまう。
『や、やっぱり嫁は八人なのですか?』
『八人必要』
『八人もらわないといけないのですか?』
『絶対に必要』
『絶対って・・・』
「月夜見さま。どうされたのですか?」
「ニナ。ちょっと衝撃的なことをフクロウ君に言われたものだから驚いてしまってね」
「怖いことなのですか?」
「い、いや・・・怖いと言えば怖いかな・・・」
「え!そんな!」
「月夜見さま!そう言うお話ではないと思うのですが?」
「あぁ、琴葉、ごめん。ニナ。僕が妻をあと三人もらうって言うんだよ」
「え?あと三人?で御座いますか?」
「うん。必ずそうなるらしい・・・」
「そ、そうなのですか・・・」
あ。ニナの顔が赤くなった。これ絶対、期待しちゃったよね・・・
話題を変えたいから休憩は終了だ!
「さぁ、また探索を続けようか!」
皆、少しモヤモヤした顔をしたまま再び船に乗り探索を続けた。
上から見ていて分かった作物は三十種類以上あった。米や麦、大豆、トウモロコシなどの穀物から野菜の種類も豊富だった。
御柱まで戻ったところで昼食のために一度月宮殿に戻り、午後は南方を探索した。南側も北側と何も変わらず人間も動物も居なかった。
一日、農業プラントの大地を探索してこの日は終了した。結局、探索としては疑問が増えただけで、僕の嫁が八人になると言う衝撃的な予言をされてしまい混乱した。
「お父さま。今日、探索中にフクロウから言われたのですが、やはり僕は八人の嫁をもらわないといけないらしいです」
「そう、フクロウに言われたのか?」
「えぇ、絶対に必要だそうです」
「つまり、あと三人か・・・」
そこに居た皆が、後ろに並び立つニナたちを見た。ニナたちは皆、真っ赤な顔になった。
あれ?でもシルヴィーは普通にしている。その気はないのかな?
「でも皆、漢字の名を持つ者なのだったな」
「いえ、この場合は異世界、日本からの転生者ですね」
「要するに始祖の神八人の生まれ変わりと言うことか」
「えぇ、そうかも知れません。探すのは容易ではないです。そして嫁八人が揃えば、謎を解き明かしてくれる様なのです」
「大変なことだな・・・」
どうやって探せと言うのか・・・参ったな。
そしていよいよ最後の八柱目の御柱の探索へ出発した。七柱目の御柱から出発し、いつもの様に西へ向けて飛んだ。やはり三時間と少し飛んだところで薄っすらと御柱が見え始め、四時間で御柱へ辿り着いた。
「これで八柱目だ。この地図で御柱の印がある八枚目の地図と合わせると、ここからやや北側に大きく大地が広がっている様だね」
「ここから見る限りでは始めの大陸に似ていますね。緑が多いです」
「そうだね。一番自然なままの感じがするね」
「では、此処から北周りで探索して行こう」
「あ!早速、牛の群れが居ますね!」
「こちら側に見えるのはイノシシでしょうか?」
午前中に見て回った結果は、ひとつ目の大陸と同じだった。家畜から野生化した馬、牛、豚、山羊などが豊富にいて狼や熊を見掛けた。ここにはプラントは無く人間も居ない。午後も翌日も同じ結果でこの大地の探索は終了した。
探索の最後として、八柱目の御柱から更に西を目指して四時間飛ぶと、グラジオラス王国の御柱へ到着した。これで御柱は八柱あることが確認された。
グラジオラス王国の御柱から月宮殿に瞬間移動で戻り探索は完了した。
完了とは言っても未探索の地図はあと五枚ある。つまり、まだどこかに島か大地はあるのだ。でも今回探索した五つの島や大地から見える範囲には無かったので大陸ではないと推測される。
それに重要と考えられる御柱のある大地は全て探索したし、そこで人間は見つからなかったので残る大地にも人間は居ないだろうと結論付けたのだ。
一旦、探索は完了として、僕と舞依、フェリックスと水月の婚約発表の準備や、ひとつ目の月の都の屋敷と神宮の建築の進捗確認をすることになった。
今夜は琴葉と夜を過ごす日だ。一緒にベッドに入ってから話をしていた。
「琴葉に聞きたいことがあるのだけど」
「何でしょう?」
「フクロウのことだよ。もう覚えていないかも知れないけれど、琴葉は前に神のお告げがあったって言っていたよね?あれってフクロウの念話の声と同じなのかな?」
「えぇ、同じです」
「では、やっぱりフクロウ君は神なんだよね?」
「そうだと思います」
「それではあと三人も嫁を探さないといけないのか・・・」
「まずはニナたちとセックスしてみたら良いのでは?」
「あぁ、妾になりたいのだから良いだろうってこと?」
「えぇ、ニナとシエナは妾で良いと言っているのですから」
「あれ?シルヴィーは?」
「シルヴィーからは妾になりたいとは聞いていません」
「あ、そうなんだ。キスはしたからそのつもりなのかと・・・」
「それは本人に聞いてみないと分からないですね」
「でも舞依からは、ニナたちを妾にするのは結婚してからにして欲しいと言われているんだ」
「あぁ、その気持ちは分かりますね」
「では結婚後で良いよね」
「でも八人揃わないとこの世界の謎を教えてもらえないのですよね?」
「急ぐ必要もないでしょう。フクロウ君も早くしろとは言っていませんし」
「まぁ、それはそうですね。では二年後ですね」
「うーん。まぁそう言うことかな・・・」
そして、舞依との婚約発表の日となった。事前の打合せは済ませてあったが、前日から王城に泊まることは舞依が拒否した。フェリックスからの情報で姉たちが前夜から集まることが分かったからだ。
「舞依。王城には泊まらないのだね?」
「えぇ、もう姉たちに対する思いは無いのだけど・・・」
「うん。それでもこれまでの記憶は残っているからね、ふとしたきっかけでPTSDが再発しても良くないから極力、姉たちと接触しない方が良いかな」
「そうね。それに今の私のこの姿やあなたのことで何か言われるかも知れないと思うと、話しができる時間も取りたくないの」
「それで良いよ。そう言えば、この前行った時、舞依の変わり様にお母さまが凄く驚いていたね」
「仕方がないわ。一か月と少しで身長は十センチメートル以上伸びているし、胸も二サイズ大きくなった。それにあなたと普通に会話しているのですからね」
「そうだね。もう説明できなくて神になったと言ってしまったものね」
「えぇ、だから昨日の晩から行っていたら質問攻めに遭うのは間違いなかったし、あなたをおかしな目で見られるのは耐えられないの」
「おかしなって・・・まぁ、舞依がそう言うのなら良いんだよ。それでフェリックスと水月は既に行っているから良いのだけど、僕はもう行っておいた方が良くないかな?」
「それはどうして?」
「うーん。恐らく何人か気絶すると思うんだ。見慣れてもらう時間が必要かなって」
「あぁ、そうね!そうだったわ。では、先に行ってサロンで待っていてもらえるかしら、私は花音にメイクをしてもらってから直接サロンへ飛ぶわ」
「分かった。ではお父さま達と先に行っているよ。時間になったら念話で声を掛けるから」
「えぇ、お願いします」
僕はお父さんとルチア母さまを小型船に乗せ、先にアスチルベ王城へと飛んだ。
サロンへ通されると、そこにはアスチルベ王と王妃五人、ウィリアム王子と結月姉さま、フェリックスと水月、それに舞依の九人の姉とその夫たちが待っていた。
僕らの入室で彼らは静まり返った。そして僕の姿を見て数名の姉が気絶し、夫が支えた。
「これは天照さま!ルチア ユーフォルビアさま、月夜見さま。ようこそお越しくださいました」
「この度は結月さまに続きまして、息子フェリックスに水月さまを、そして娘ソフィアを月夜見さまに嫁がせて頂きますこと、この上ない幸せに存じます」
「うむ。アスチルベ殿。今日は良い日となりましたな」
「あ、あの!娘のソフィアは?」
「あぁ、アスチルベ殿、彼女は月宮殿で最後の支度をしております。終わり次第、参りますよ」
「え?まだ、月宮殿に居るのですか?どなたがお連れくださるので?」
「ソフィアなら一人で飛んで来ますよ」
「え?飛んで来る?」
「えぇ、飛んで来ます。遅い様なら僕が呼びますので大丈夫ですよ」
「は?そ、そうですか・・・」
お茶を飲んで待っていると使用人がそろそろお時間ですと声を掛けた。僕は念話で舞依を呼んだ。
『舞依。もう時間なのだけど来られるかな?』
『はい。出来ています。今、行きますね』
「皆さん、ソフィアが到着します」
「え?」
「シュンッ!」
「えーーーっ!」
「皆さま、お待たせ致しました。ソフィア アスチルベで御座います」
「おぉーっ!」
「な、なんて、美しい!」
「え?あれが、ソフィア?」
「何故、あんなに大きくなっているの?」
「ソフィア!美しいわ!あなたではないみたいよ!」
「お母さま。ありがとうございます」
「ソフィア。何て美しくなったのでしょう!見違えたわ!でも今、どこからでて来たの?」
ソフィアの実の姉であるエミリアが駆け寄ってきた。
「エミリアお姉さま、月宮殿から瞬間移動して来たのです」
「瞬間移動?」
「エミリア。ソフィアは神になったのですよ」
「え?お母さま。ソフィアが神になった?」
「えぇ、月夜見さまのところへ行ってそうなったのよ」
「ソフィアが、か、神に!」
「さぁ皆さま、会場の方へどうぞ!」
王城の大広間には国中の貴族が集められていた。それでも小さな島国なので驚く程の人数ではない様だ。少し安心した。
宰相の司会で婚約披露は始まった。
舞台には王と王妃五人、それにウィリアム王子と結月姉さま、フェリックスと水月、お父さんとルチア母さま、そして僕と舞依が並び立った。
王は第二王子と末娘が揃って、神の一家の者と婚姻を結ぶことに有頂天なのが顔にも態度にも出ていた。ちょっと浮かれ過ぎだが舞依の父親なのだから大目に見ておこう。
そして僕と舞依が紹介され中央に歩み出た時、黄色い声援と歓声が最高潮に達した。中には僕の姿を見て気絶するご婦人が多発し、ちょっとしたパニック状態となった。
僕の純白のタキシード姿は破壊力が高いのだと結月姉さまが興奮していた。
その後、舞台で貴族達の挨拶を順番に受けていった。
もしかして、アスチルベ王国の貴族に日本人顔をした者が居ないかなと期待していたのだが、ひとりも居なかった。やはりこの国では先住民は平民以下の扱いの様だ。花音を連れて来なくて正解だったかも知れない。
発表が終わると一度、サロンに引き揚げた。
舞依は片時も僕から離れずに寄り添っていた。姉たちは僕やお父さんの威光に怖気付き、遠巻きに見るだけで近寄っては来なかった。
水月に僕と舞依、僕と結月姉さまとのツーショット写真を撮ってもらった。
『舞依。君の姉妹の中では、やはり君が一番美しいよ』
『まぁ!ありがとう。まぁくん!』
『でも、君はもっと美しくなるよ。楽しみだな』
『嬉しいわ!』
そしてフェリックスと水月も含めて僕たちは月宮殿に帰ることになった。かなり強く晩餐にも誘われたのだが、舞依の意向と水月の妊娠があるのでと、やんわりと辞退して帰ることとなった。その代わりに月宮殿に戻り家族で婚約祝いの晩餐を楽しんだ。
晩餐が終わって僕たちふたりはお爺さんの屋敷の裏山の頂上へ飛んだ。
「シュンッ!」
「わぁ!今夜も月がきれいね」
「ここで舞依と一緒に月が見られるなんてね。本当に幸せだよ」
「まぁくん・・・」
「私を追いかけてくれて・・・そして見つけてくれて・・・本当にありがとう!」
「舞依、生まれ変わってくれてありがとう。そしてまた一緒に生きてくれてありがとう!」
ふたりはお互いを抱きしめ合い甘いキスを交わした。
「あぁ・・・まぁくん。このままベッドに連れて行って!」
「勿論!」
「シュンッ!」
そしてふたりの十三歳の誕生日は幸せのうちに過ぎていった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!