11.隠されたプラント
この世界の南極大陸へ渡る。勿論、地球でも南極など行ったことはない。
まずは昨日の探索終了地点の海岸に飛んだ。今日は皆、外套も持参している。この星でも南極や北極は極寒の世界なのだから。
「では南極へ向けて進んで行くよ。どんどん寒くなっていくからね。まぁ、小型船にこれだけの人が乗っていたら暖かいかも知れないけれどね」
「皆、くっ付いていれば暖かいですよ」
僕の隣には舞依が、その隣はフェリックス殿と水月姉さまが座っている。
真ん中の席には桜と花音、琴葉とニナが座り、後席にシエナとシルヴィーが座って、それぞれ身を寄せていた。
フェリックス殿と水月姉さまが躊躇なく、ピッタリと寄り添っているのを見てもしかしてもう?と下衆な勘ぐりをしてしまった。まぁ、人のことは言えないので黙っておこう。
すぐに氷の大地は見えて来た。左右に大きく広がっている。日本のテレビで観た南極大陸もこんな感じだっただろうか。皆、興味深げに窓に噛り付いて見ている。
「あ!何だか変わった生き物が群れで居ますよ!」
「ニナ。あれはペンギンっていうのよ」
「やっぱり南極と言えばペンギンだよね」
「なんか歩き方が可愛いですね」
「歩くのは遅いけど海の中では凄い速さで泳ぐんだよ」
「へぇーそうなのですか!」
「どの辺が南極なのだろうね?」
「え?ここが南極ではないのですか?」
「あぁ、ごめんね。この星の南極点のことを言ったんだ」
「それはGPSでしたっけ?そういうものがないと正確には分からないのではありませんか?」
「花音、GPSなんて良く知っていたね」
「えへへ。名前を思い出しただけです」
「ふふっ、花音って可愛い!」
「この世界では南極点を探しに来る人なんて居ないだろうから、どこが南極点だか分からないだろうね。まぁ、このまま真っ直ぐに飛んで何かないかだけ見てみよう」
「あ!月夜見さま。遠くに薄っすらと柱の様なものが見えて来ましたよ」
「え?こんなところに御柱が?赤道でもないのに?」
桜が指差す方角に速度を上げて進む。その柱に近付いて行くとその全貌が見えて来た。
「あぁ・・・御柱ではないね」
「これは何でしょうか?」
「ビルディング?塔?何だろう・・・建造物であることは確かだけど」
それは短い御柱の様な建造物だった。人が住む建物ではない。窓が一切無いからだ。短いとは言ってもその高さは三千メートル位はありそうだ。根元の直径は五百メートルくらいある。ただ真っ直ぐに空へ向かってそびえ立っている。
「やっぱり電波塔みたいなものなのだろうか?どうなの?フクロウ君?」
「・・・」
「まぁ、教えてくれないよね」
「どこかに入り口はないのでしょうか?」
「うん。ちょっと探してみようか」
船に乗ったままゆっくりと地上付近を塔に沿って回って行きながら、どこかに入り口や扉がないかを見て行った。
「入口や扉らしきものはないですね」
「人が入れる構造ではないのかな?」
「上の方はどうなっているのでしょう?」
「あぁ、そうだね。天辺に行ってみようか」
『止めておきなさい!』
突然、フクロウが念話で警告を発した。
『え?』
『危険だ』
『何故ですか?』
『人体に悪影響があるかも知れぬ』
『人体に?』
『赤子には良くない』
『赤子?誰の!?』
『え?この中の誰かが妊娠しているの?』
『・・・』
この中に妊娠している女性が?舞依?桜?花音?琴葉?・・・え?
『桜、花音とシエナを、花音、桜と琴葉を、琴葉はニナとシルヴィーの子宮を診て!』
『花音もシエナも妊娠していません』
『桜も琴葉も妊娠していません』
『ニナもシルヴィーも妊娠していません』
そして僕は舞依の子宮を確認した。うん。妊娠はしていない。
『あれ?誰も妊娠していないじゃないか。あ!まさか!水月姉さま?』
『え?』
念話で全員の驚きの声が一致した。
『舞依。ちょっと水月姉さまの子宮を診て!』
『はい。え?これ?何だか凄く小さい卵と言うか細胞と言うか』
『胎芽だ!』
「水月姉さま。妊娠されている様ですが?」
「え?私?もう?」
「え?水月さま!本当ですか!」
「まぁ!驚いたわ!どうしましょう!まだ婚約も発表していないのに」
「うーん。できてしまったものは仕方がないですね。これで結婚は確定として、とりあえずは月宮殿に帰りましょう」
「お母さまに報告しないといけないですよね?」
「それはそうでしょう。でもおめでたいことなのですから」
「そうですよ。おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「何だかすみません。皆さん、ありがとうございます」
「でも、結婚前に生まれてしまいますね」
「まぁ、婚約発表はもう直ぐだから、まだお腹は目立たないし結婚式は婚約の一年後にすれば、もう生まれているから対外的には気付かれませんよ」
「さぁ、一旦、帰りましょう」
「シュンッ!」
月宮殿に戻り、お父さんとルチア母さまと応接室で話した。
「月夜見、ルチアも呼ぶとはどうしたのだ?」
「お父さま、水月姉さまが妊娠しました」
「え?」
「まぁ!水月!あなた!」
「お母さま。これが運命だったのです」
「水月!アスチルベ陛下になんとご報告するのですか!」
「まぁまぁ!ルチア母さま。婚約は決まっていたのですから問題はないでしょう」
「月夜見さま、これからどうするのですか?」
「妊婦を旅に連れ回す訳には行きませんね。ここか、アスチルベ王城か、結月姉さまの神宮で安静にして暮らすことが良いかと」
「私としては、できればここに置いて頂ければと思うのですが・・・」
「フェリックスさまがそうおっしゃるのでしたら私はそれで構いません」
「玄兎さま、よろしいのでしょうか?」
「うん。そうだな。私からアスチルベ王に連絡をしよう」
その後に聞いた話では、水月姉さまはフェリックス殿が月宮殿に初めて泊まった夜から毎晩、フェリックス殿の部屋へ行って一緒に夜を過ごしていたそうだ。
末娘とは言え、なんて奔放な娘なのだろうか?それは子もできるわ。あ。でも水月姉さまは成人にはなったのだよな・・・
その夜、舞依と夜を過ごした。
「水月姉さまの妊娠には驚いたね」
「そうね。でも水月さまって、サバサバしているわよね。とても十五歳には見えないわ」
「そうだね。それにしてもこの世界で結婚前に子を生むケースって、貴族ではあり得ないだろうね」
「えぇ、流石に子ができたことは国内でも発表しない様ね」
「まぁ、神宮に入るし、僕らと一緒に居れば外に情報は洩れないから大丈夫でしょう」
「でも少し、羨ましいわ」
「舞依は早く赤ちゃんが欲しいのかい?」
「えぇ、欲しいわ。だって前世ではあなたとの結婚は夢見るだけのことだったから・・・」
「そうだね。でも僕たちはまだ十二歳だからね。十五歳までは待ちたいのだけど」
「そうね。私の身体もまだ成長途中なのだしね」
「身長は伸びているかな?」
「そうね、はっきりとは分からないけど伸びている気がするわ。まだ成長痛もあるの」
「治癒は掛けられないからマッサージをしようか」
舞依をベッドに寝かせ服を脱がせて足先からマッサージをしていく。マッサージは習ったことはないのだが、医学の知識で血流が溜まり易い部位やリンパ節などを中心に揉み解す様に力を加えていった。
一時間近く掛けて舞依の全身をマッサージした。
「あぁ・・・気持ち良いわ。最高・・・」
「舞依の身体は美しいね。肌は白くてきめ細かいし張りもあってすべすべしている」
「そんなに触れられたら感じてしまうわ・・・」
「胸の膨らみも大きくなって来ているのではないかな?」
「あ、そんな・・・駄目よ・・・感じちゃう・・・」
そしていつもの様に愛し合いひとつになると、そこからはとめどなく続く快感の渦に巻き込まれていった。
翌日、御柱の探索を続けることとなった。ただ、水月姉さまはお留守番だ。フェリックス殿は食事と夜さえ一緒に過ごせれば良いとのことで同行することとなった。出発の際、水月姉さまが見送りに出て来た。
「月夜見さま。私のことなのですがフェリックスと呼んで頂けませんか?」
「何故ですか?」
「水月さまとも話したのです。月夜見さまは私たち夫婦の主です。水月さまも月夜見さまには、もう姉さまと呼ばれたくないと申しております」
「お兄さま。その様にお願いいたします」
「そうですか?二人がその方が良いということでしたらそれで構いませんが」
「桜さまもです。私のことはフェリックスとお呼びください」
「え?王子殿下をその様にお呼びするのは・・・」
「桜さまは私の師匠なのですから。是非にお願いいたします!」
「桜。フェリックスがそう言うのだからそうしてあげましょう」
「はい。分りました」
「では皆、探索へ出掛けようか!」
「はい!」
「シュンッ!」
五柱目の御柱のところへ飛んだ。
「月夜見さま。南極はもう良いのですか?」
「うん。結局、あの建造物は何だか分からないし、危険もあるみたいだからね」
「そう言えば、フクロウは危険を教えてくれましたね。結局は私たちの味方なのでしょうか?」
「どうなのだろうね?」
「さぁ、六柱目の御柱を目指して飛ぼう」
そして三時間以上飛び続けていると前方に御柱が見えて来た。更に一時間飛び大地に迫って行くと、今回の大地は今までとは明らかに違っていた。
海から狭い陸地があり、そこからは高く荒々しい山が連なっているのだ。山は岩肌ばかりが目立ち木々や緑はあまりない。どこかで見た様な山だなと思ったら鉱山の多いフラガリアやマグノリアの山々に似ていたのだ。
御柱に到達するとその目の前にそびえ立つ山々に圧倒される。どの山にも山頂付近は雪が積もったままだ。ここは赤道上なのにだ。と言うことは、これらの山は六千メートル級なのだろう。
「凄い高さですね!あんなに高い山は初めて見ます」
「僕もだよ。でもこれどうしようか。この山を越えることはできるのだろうけど、三千メートルを超えると空気が薄いんだよね。急性高山病になるのは嫌だな」
「どこか、低くなっているところまで回り込めば良いのではありませんか?」
「桜、やっぱりそうだよね。急ぐ旅でもないのだからね」
北周りで山を回避すべく海上を山に沿って飛んで行った。でも、いつまで経っても山が切れることがなかった。痺れを切らして速度を上げた。大地の山に沿って飛んでいると緩やかなカーブ状になるので遠心力で離れて行ってしまう。
それを押さえ込みながら進み一時間以上飛んでいたら御柱へ戻ってしまった。
「あれ?一周回ってしまったのか!」
「では、この大地は周囲全てをあの高い山々に囲まれているのですね」
「と、言うことは、この中は・・・」
「動物の保護区?」
「それでは一旦、月宮殿に帰って昼食にしよう。午後にこの中に入ってみよう」
「はい!」
「シュンッ!」
月宮殿に戻り昼食となった。帰って来るのが遅かったので家族の昼食は終わっていた。水月は食べずに待っていてくれて僕らだけで昼食を頂いた。
改めて地図を見ると、御柱があって円形に近い地図は一枚だけなので、この地図で間違いなさそうだ。これで見ると島は楕円形なのが分かる。でも周囲が高い山で囲われていることは書いていない。全く役に立たない地図だ。
「月夜見さま。どうやってあの山の壁を越えるのですか?」
「花音、そうだな。海から見える山頂へ瞬間移動して、そこから見えた内部の低い土地へすぐに瞬間移動する。という感じかな?一瞬ならば問題はないと思うんだ」
「そういうものなのですね」
「高度が高いと気圧が低いから身体に取り込める酸素の量が減ってしまうんだよ。だから長く居るのは良くないんだ」
「それで御柱のところでも高いところに長く居ない様にしていたのですね」
「そうだよ」
「月夜見さま。あの中はやはり動物の保護区なのでしょうか?」
「今までのことから考えればその可能性は高いよね」
「予め、デジカメを持って行きましょう」
「花音、それが良いね」
昼食を食べ終わって休憩した後、再び六柱目の御柱へ飛んだ。
「シュンッ!」
「戻りましたね。それにしても高い山ですね。まるで壁だわ!」
舞依が上を見上げて感嘆の声を上げる。
「では飛ぶよ。中には何があるか分からないから皆、良く見ていてね!」
「はい。分りました」
「行くよ!」
「シュンッ!」
「あ!」
「シュンッ!」
「あーっ!」
「何これーっ!」
「何なんですか!これは!」
そこは近代的な工場設備の様だった。縦に窓が並んでいる建物部分を見ると十階建てになっている様だ。しかもここから地上には降りられない。ガラスなのかアクリル板なのか分からないが透明なドームで全体が覆われているのだ。
「これでは地上には降りられないね」
「これは何かの工場でしょうか?」
「それにしても広いですね。この大地の山の内側全てが工場になっているのでしょうか?」
「そのようだね。こうして上空を飛んでいると誰かに見つかって攻撃されるかも知れないな。皆、地上の動きに警戒していてね」
「でも人影がないですけれど・・・」
「端から見て行こう。人が居ないか見ていてね」
「はい」
工場の建物は上から見る限り、倉庫の様に箱型になっていて中が見えない。しかも入り口も見当たらない。だから何の工場なのか、そもそも工場なのかも確認ができないのだ。
建物や倉庫の様なものも外側は金属っぽい素材に見えるが地球でも、この世界のどの国でも見たことがない素材の様だ。
素材だけではない。建物の形も今までに見たことがない形をしている。本当に工場なのかどうかも分からない。
この島は楕円形をしており、長軸が六十キロメートル位、短軸で四十キロメートル位はあるだろう。兎に角、広い。恐らく東京都と同じくらいの面積かも知れない。それなのに全てをドームで覆ってある。この技術は凄いな。
「月夜見さま。どこにも人の姿がありませんね」
「これは地球よりも技術が進んでいますね」
「そうだね。あのオービタルリングや低軌道エレベーターを造った者たちの工場なのだろうね」
「それでこうやって隠しているのですね」
「何で隠す必要があるのかな?この船だって御柱だって十分にオーバーテクノロジーなのにな・・・」
「フクロウに聞いてみては如何ですか?」
「うん。そうだね」
『フクロウ君、ここは何なのですか?』
『今、言っていたものを造るところ』
『え!やっぱり!』
『ここで造って供給されていたのですね』
『人が見当たらないのですが?』
『・・・』
「あ!また、だんまりか!」
「だけど、人が居ないなら攻撃もされないのですかね?」
「でも、あの中に入ることもできなさそうですね」
「これでは埒が明かないな。どうせ見せてはもらえないのだろうし、もう次へ行こうか」
「そうですね」
「では、入って来たのと反対側へ出よう」
「シュンッ!」
「シュンッ!」
二回瞬間移動して御柱と反対の海上へ降りた。
「さぁ、では七柱目の御柱を見つけるところまで飛んで今日の探索は終わりにしよう」
「はい!」
また三時間と少し飛んで七柱目の御柱が見えて来た。
「この御柱を入れてあと二柱だね。地図の御柱の丸印がある地図もあと二枚だ。あの大地はどっちかな?」
四時間飛んで御柱のあるところまでやって来た。御柱に沿って高度を上げ、周囲を見渡してみる。
「あ!ここもだ!」
「これは何だ?」
御柱は例によって海岸前の海上にあり、そのすぐ前の海岸には先程見た倉庫の様な大きな建物があった。そして、その向こうには高さはあまりないが、とんでもなく広い施設が広がっていた。
その上空へ高度を落として移動すると、
「あ!これは農業プラントだね。ビニールハウスの巨大版だ」
「これが全部、農作物なのですか?凄い広さですよ?」
「そうだね。さっきの工業プラントよりも明らかに広いね。ここから見て奥の方の距離感が掴めないものね」
「月夜見さま。見てください。機械が収穫しているみたいですよ」
「それはそうでしょうね。これだけ広いと人間の労力では不可能でしょうからね」
「月夜見さま。この農作物は誰のために作っているのでしょうか?」
「分からないね。この世界の人間ではないのでしょう。別の星か、違う世界へ運んでいるのかも知れませんね」
『どうなのですか?フクロウ君』
『・・・』
「やっぱり、フクロウ君は教えてくれないみたいです」
「では仕方がない。今日はここで終わりにして明日この大地に人が居ないか探索してみましょう」
「はい!」
「シュンッ!」
何故、こんなに隠し事が多いのだろう。良からぬことではないだろうな?今日の探索を終えて月宮殿に戻り、お父さんに今日の探索の報告をする。
「お父さま、今日は二柱の御柱に島と大地を発見しました」
「そこで何か見つかったのかな?」
「えぇ、島には工業プラントがあり、御柱の部品や船が製造されている様でした。ついさっき到達した大地の方には農業プラントがありました」
「工業プラントと農業プラント?それは何だ?」
「六柱目の島の方は大き目な公爵領程の広さで工業製品を作る工場になっていました」
「七柱目の大地は明日見て回るので、まだ広さは確認できていないのですが、それはそれは広い畑を全て建物で覆っているのです」
「その中で光と温度、それに水量や湿度を管理して作物を育てているのです。しかもそれを人間ではなく機械で管理して生産している様です」
「それは月夜見の前の世界にもあったものなのかな?」
「似た様なことをしている点はあるのですが、あれ程に広大な施設はありませんし機械化もあそこまでは進んでいません」
「やはり、神の領域なのだな?」
「まぁ未来の技術というものですね」
「では人間は居ないのか?」
「工業プラントは全て建物の中だったので、人は居るのかも知れませんが見掛けませんでした。農業プラントは明日確認してみます」
「そうか、そんなものがこの世界にあったとはな。我々は何も知らなかった訳だ」
「フクロウが教えてくれると助かるのですが何か隠し事が多くて・・・」
例によってフクロウは首を窓の外へ向けて僕たちを無視したのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!