10.未開の地の探索
いよいよ御柱と未開の地を探索する旅に出る。
いつもの朝のルーティーンを済ませると、僕と琴葉、桜、花音、舞依、侍女三人と水月姉さま、フェリックス殿の十人で船に乗り瞬間移動した。
「シュンッ!」
「さぁ、ここはラナンキュラス王国の御柱だ。ここからあの空に薄っすらと見える、オービタルリングの下を飛んで行くよ」
「見渡す限り海しか見えませんが、今日中に何か見つかるのでしょうか?」
「スピードを上げれば大丈夫でしょう」
「どれくらいの速さで進むのですか?」
「マッハかな」
「マッハ?それってどれくらいなのですか?」
「確か、時速で千二百キロメートルちょっとだったかな?」
「それはジェット機くらいの速さですか?」
「それよりも速いかな?ジェット戦闘機くらいだ」
「私、海の上を飛んだという話は聞いたことがありません」
「魚を獲る船は飛べますよね?普通は海の上って飛べないものなのですか?」
「琴葉、桜。漁業用の船はこの前見たけど、風力で浮かんでいたから飛べるけど速度が出せないね」
「では、どうやってアスチルベの島へ渡ったのでしょう?」
「この大陸とアスチルベの島との間の海は浅いのですよ。恐らく同じ大陸のプレート上にあるのでしょう。海底が浅いから船で海の上を飛べるんだよ。海が深いと高度が落ちて海に浮かんでしまうから進めなくなるんだ」
「月宮殿の大型船でもそうなるのですか?」
「海の深さが正確に分からないけど、この辺の海の色を見る限り、相当に深そうだから多分、駄目だろうね」
「それで他の島や大陸が見つかっていないのですね」
「そう。だからこれから行く先は未開の地なんだよ」
海上に出てひたすら海を進む。右を見ても左を見てもずっと海が続いている。
「海しか見えませんね・・・」
「そうだね。もう三時間は飛んでいる。そろそろ何か見えて来ても良い頃なのだけど」
「あ!柱が見えますよ!」
「え?見える?桜は本当に目が良いよね・・・あ!そうだね。薄っすらと影の様に見えて来たね」
四時間程飛んで、その御柱と大地ははっきりと見えて来た。
「大地がありましたね!御柱も!」
「そうだね。一度、御柱まで行って高度を上げて周囲を確認しよう」
御柱に近付いて速度を落とし、高度を三千メートルくらいまで上げて御柱の周囲を回ってみる。
「皆、何か見えたら教えてくれるかな?」
「うーん。何も見えないと言うか・・・何も居ないし建物もないですね」
「この大地は地図にあるのですか?」
「ちょっと待ってね、今、見比べてみるから・・・」
御柱はやはりここでも海沿いにあり、海岸に近いところに立っている。でも神宮は無い。御柱のある位置は広い湾になっていて、そこから南北に大地が続いている。恐らくこの地図の大地なのだろうか。御柱の丸印のある位置と地形の特徴が似ている。
「どうやら、この地図の大地の様だね」
「では地図に名前か番号でも書いておけば後で分かり易いのでは?」
「花音、そうだね。では四柱目に見つけた御柱だから丸印の横に「四」と書いておこう」
「見渡す限り、何も無いですがどうしますか?」
「うん。お昼時だから一度、帰ってお昼ご飯にしよう。午後は北から探索してみよう」
「分かりました!」
「シュンッ!」
昼食を頂きながらお父さん達に報告をする。
「お父さま。四柱目の御柱と大地を見つけました。でもそこに神宮は無く、周辺には建物も生き物も見当たりませんでした。午後は大地を探索して来ますね」
「そうか、やはり未開の地はあったのだな」
「でも、人が居ないのだとしたら何故、御柱だけあるのでしょうか?」
「マリー母さま、そうですよね。この世界はまだ分からないことだらけです」
「月夜見さま。気を付けて探索してくださいね」
「はい。ありがとうございます。オリヴィア母さま」
昼食を済ませ午後の探索へ戻った。
四柱目の御柱へ瞬間移動し、そこから北の方角へ飛んだ。舞依の捜索をした時と同じ様な速度と高度で飛んだ。
「舞依。君を探す旅では、こうやって空から見て湖を見つけては降りて、を繰り返していたんだよ」
「本当に大変なことを・・・皆さん、ありがとうございました」
「良いのですよ!きれいな景色が沢山見られて良い出会いもあったのですから」
「そうだね。舞依を探すだけではなくなっていたよね。今回も美しい景色を見つけたら、降りてお茶を飲んだり写真を撮ったりしよう」
「あ!あそこに何か居ますよ!馬でしょうか?」
「よし、降りてみよう!」
高度を落として行くと、野生の馬が群れで草を食んでいた。
「野生の馬だね。そうか生物は居るのだね。よし、このまま他にも生物がいないか探して行こう」
「はい!」
一時間程の間に馬、豚、牛、山羊を見つけた。ただし、元は家畜だったものが野生化した様な風貌をしている。前に人間が居たということなのだろうか?
「月夜見さま。こっちに湖があります。大きな瀧もありますね」
「あぁ、ちょっと休憩してお茶を頂こうか」
湖畔に降りると、そこからは千メートル級の山の崖から大きな川が瀧となって落ち、湖に流れ込んでいた。その水しぶきがこちらまで風に乗って飛んで来る。
『小白、何が居るか分からないからね。あまり遠くに行ってはいけないよ』
『わかった』
そう言って小白は走って行った。
花音がお茶のセットを引出し、ニナたちがお茶の準備を始めた。
「爽やかですね。空気が美味しく感じます!」
「マイナスイオンって奴かな?」
「凄く気持ち良いです!」
皆でお茶を飲んでまったりしていると、湖の向こう岸に牛の群れがやって来た。水を飲みに来たのだろう。皆、野生化して体毛が長くなっている。
「ここでは家畜の様な動物しか見ていないね。肉食動物は居ないのだろうか?」
「そうですね。肉食動物が居なければ草食動物が増え過ぎてしまいますものね」
「うん。でもこうして草食動物が結構居て絶滅していないのだから、どこかに肉食動物も居るのでしょう」
すると、向こう岸に居た牛の群れが騒ぎ出し、一部は走り出し、一部は混乱して水に入って行ってしまうものも居た。何事かと見ていると狼の群れが牛を襲っていたのだ。
『小白!どこだ?戻っておいで!』
『もどる!』
小白は直ぐ近くの繁みからひょっこりと顔を出した。
『なんだ、そんなところに居たのか』
狼の群れは首尾よく一頭の牛を仕留めた。次々に群がり、湖畔から繁みの方へ引っ張って行った。
「ああやって順当に間引かれているのだね。何だか上手く回っているのかな?」
「でも、御柱もあって家畜の様な動物も多く居るのに人間は居ないのでしょうか?」
「そうだね。もう少し探してみたらどこかに居るかも知れないけれどね」
休憩を終えて探索を再開した。この大地は結構広く、中々北端まで辿り着かない。もしかしたら大陸なのかも知れない。
「この大地はもしかしたら大陸なのかも知れないね。一枚の地図に描いてあったから、大きくないのだと思っていたけど地図の縮尺がページによって違うのかも知れないな」
「大陸だとしたら見て回るのに何日も掛かってしまいますね」
「そうだね。でも未開の地の探索ってそういうものなのでしょうけど」
結局、夕方まで探索したが人間や建物は見つからなかった。発見した動物の名前は地図に書いておいた。
月宮殿に帰って夕食の席でこのことを報告する。
「家畜の様な動物が豊富に居て、水も緑もあったと言うことは、いつでもそこへ移住することができると言うことだな」
「お父さま。そうですね。御柱もあるのですから光もそこから供給できますので」
「まぁ、今の大陸でも十分に広いから、まだまだその必要はないだろうね」
「えぇ、そうですね」
まずは、人間が移住できそうな大陸を発見することができた。その夜は花音と眠る日だ。一緒にお風呂に入って桜の時と同じ様に花音の髪をドライヤーで乾かしていた。
「花音。僕に話したいことはないかな?」
「え?あぁ、舞依のことですか?」
「そうだね。琴葉のことも・・・ね」
「全て分かっていたことですもの。私が月夜見さまの一番になれるとかなりたいとか、そんなことは考えません。それにあと三人増えるかも知れないことも分かったのですから、そんなことを言っていたら切りがありません」
「花音は大丈夫なのだね?」
「えぇ、それよりもこうしてご一緒できる時だけは精一杯甘えたいです」
その言葉を聞いて僕は思わず花音を抱きしめた。
「あぁ・・・花音は可愛いね。君の言葉はいつもそうやって僕の琴線に触れるよ」
「そうですか?私は甘えているだけなのです」
「それが嬉しいんだよ」
僕はそのまま花音をお姫さま抱っこしてベッドへと運んだ。
「今夜も沢山、愛してください」
「花音・・・愛しているよ・・・」
そして今夜も遅くまで愛し合った。
それから四柱目の御柱があった大地を探索し続けた。この大地は思ったより広く、探索するのに北側と南側で三日ずつを要した。
結果として、この大地には家畜が野生化した様な動物が多かった。そして肉食動物は北では狼、南には虎が居た。そして人間や建築物はその遺跡も含めて見当たらなかった。
探索開始から一週間。今日からは次の御柱を探しに行く。四柱目の御柱から出発し、西へ向けて海上を進んで行った。するとまた三時間を過ぎた辺りで五柱目の御柱が見えて来た。
四柱目と同じで隣の御柱から四時間と少しで五柱目の御柱に到着した。これはもう、八柱の御柱が等間隔で並んでいることは間違いないのだろう。
今回の大地は御柱がある地点を北限として南側にだけ大地が広がっていた。ここでも御柱に沿って三千メートル付近まで上昇し周囲を見渡してみた。
驚いたことにこの大地には見渡す限り何も無かった。建物どころか木も生えていない。多少大地の起伏はある。だが大きな山も無い。だから遠くまで見通せている。
「驚いたね。この大地には何も無いね」
「木も生えていないなんて変ですよね?」
「そうだね。でも砂漠なのかも知れないね」
「月夜見さま。さばくって何ですか?」
「ニナ。雨がほとんど降らない地域は大地が乾燥してしまって植物が育たないんだ。そうすると大地の土も乾燥して砂ばかりになってしまうんだよ」
「まずは地上に降りてみようか」
皆を降ろすと小白が真っ直ぐに走って行った。いつもならどこに行ったか分からなくなるのだが、今日はどれだけ走っても見えている。だが地表には多少の草は生えている。砂漠化している部分もある様だが。
「これはほぼ砂漠の様だね。これでは人は居ないね」
「こんなところがあるのですね!凄いです!」
「シエナやシルヴィーも知らないよね」
「皆さんはご存知だったのですか?」
「そうだね。こういうところは前世の世界にもあるということは皆知っていたと思うよ。でも実際に見るのは皆初めてだろうね」
「えぇ、そうですね」
「凄く暑いですね!」
「そうだね。これが砂漠の特徴だからね。日に焼けてしまうから船に戻ろう」
『小白!もう帰っておいで!』
『わかった!』
小白を乗せて探索を開始した。南へ進んで行くがどこまで行ってもあまり景色は変わらなかった。
ただ、雨が降ることはある様で干上がった川の跡とみられるものはあった。今は乾季なのかも知れない。ここで一旦お昼休憩のため月宮殿に戻った。
昼食後の休憩中に舞依が日本の実家でインコを飼い始めたかを確認すると言って日本のお母さんに意識を集中し始めた。
「あ!居る!インコが居るわ。これオカメインコだ!可愛い!この子ならちゃんと話せそうだわ」
舞依はオカメインコに集中し話し始めた。
「お母さん!舞依よ。オカメインコを買ったのね。可愛いわ」
「あ!舞依!お父さん!舞依が憑りついたわ!」
「ちょっと!お母さん!憑りついたなんて!私は幽霊じゃないのよ!生まれ変わって別の世界で生きているって言ったでしょう?」
「あぁ、そうだったね。それで舞依。まだ手紙が来ないのだけど」
「あぁ、まだ送っていなかったの。では今、送るわ。私にはこのインコの目でお母さんとお父さんが見えているの。ではお母さん、手を出してくれる?」
「手を?これで良い?」
お母さんが両手をインコに向けて差し出した。すると手の上に手紙の入った封筒が現れる。
「シュンッ!」
舞依が念動力で送ったのだ。
「うわぁぁ!」
「びっくりしたぁ!」
「ほら、手紙が届いたでしょう?」
「凄いね!言う通りに手紙が届いたわ」
「ではお母さん、手紙を読んでおいてね。これからはこのインコに話し掛ければ私に聞こえる様にしておくわ。そうだ、この子の名前は?」
「そりゃぁ、舞依だべ」
「え?それは駄目よ。お母さんがインコを呼ぶ度に私が応えないといけなくなるわ」
「そっか!じゃぁ「むぎ」にするわ」
「あぁ、「むぎ」ね。分かったわ」
「舞依もすっかり能力を使いこなす様になったね」
「えぇ、後は瞬間移動だけね」
「もう、やってみても良いのだろうな」
「え?やっても良いの?」
それから舞依に瞬間移動を教えてみた。初めは庭園の端から端へ、次は山の頂上へと飛んでみたが問題なくできてしまった。
やはり異世界からの転生者が強い能力を持つのだろうか?
「さて、またさっきの大地の探索に戻ろうか」
「えぇ、行きましょう!」
「シュンッ!」
「まだ南端に着かないね。ここも結構広い大地なんだね」
「砂漠だからってラクダが居る訳ではないのですね」
「そうだね。ここはあまりにも水が無さ過ぎるね。砂漠にはオアシスがないと動物は生きられないよね」
「ちょっと海岸線を見てみようか。少し高度も落として進もう」
「あれは何でしょうね?」
「桜、何か見えるのかい?」
「いえ、何か居る訳ではないのです。地面に何か小さなボツボツが・・・」
「うん?よく見えるね。それじゃぁ降りて見てみようか」
地面に向けて高度を降ろして行く。すると、
「あ!あれは・・・不味いな・・・」
僕はキョロキョロと周囲を見回す。
「月夜見さま、どうしたのですか?」
「あれは蟻地獄の巣だよ。それも大群なんてものじゃない」
「ありじごくってなんですか?」
「あ!居た!不味い!一旦降りるよ!」
大急ぎで船を海岸に降ろした。
「どうしたのですか?」
「ほら見てごらん、向こうの空からやってくるよ」
その大群はゆっくりと飛んで来て船の上空を覆い尽くした。
「これは!何ですか?」
「ウスバカゲロウだよ。この大地には生き物は居ないと思ったのだけど、虫は居たんだね。さっき見た地面の穴はこのウスバカゲロウの幼虫期の蟻地獄の巣だ」
「ウスバカゲロウはたまにこうして大量発生するんだよ。でもウスバカゲロウが居るということは、ここは完全な砂漠ではないのだな。きっと他の昆虫も生息しているのだね」
下から空を見上げるとその大群は、ゆらゆらと空を漂って流れていく。その翅は陽の光に照らされて虹の様に七色に輝いていた。
「まぁ!何てきれいなのでしょう!」
「虹の様に輝いているわ!」
「なんて、はかなげに飛ぶのでしょう・・・」
「きれいだよね。でもこの大群の中を船で飛んでいたら大変だったんだよ」
「どうなってしまうのですか?」
「船の窓にいっぱいぶつかって前が見えなくなるわ、プロペラに絡まるわ。それはもう!」
「でも、偶然に素敵なものが見られましたね!」
僕は船を一度、海へ向けて水平に動かし、ウスバカゲロウの大群を避けてその場を抜けた。そのまま南の端を目指して高度と速度を上げて飛んで行った。
「あ!あれって、もう南端なのではありませんか?」
「あぁ、海が見えて来たね」
「でも、もう夕暮れ時になって来ましたね」
「この星に南極大陸はあるのかな?」
「高度を上げたら見えますかね?」
「ちょっと上げてみようか?」
その場で高度を三千メートルまで上げてみる。
「どうかな?桜。氷の大地は見えるかな?」
「えぇ、薄っすらと白い大地が見えますね。大地か氷かは分かりませんが」
「あぁ、では一度、南極まで行ってみようか」
「でも、もう暗くなって来ていますよ」
「それでは今日はここで終わりにして、明日はここから南極を目指そう」
「あ!月夜見さま!あれを見てください!」
「あ!オーロラだ!イキシアの北限で見たのは緑が強かったけど、こっちは赤とか紫だね」
「あ!幸ちゃんにも見せたいですね!」
「うん。連れて来るよ!」
『幸ちゃん!聞こえる?』
『はい。月夜見さま』
「シュンッ!」
「幸ちゃん。君にも見せたいものがあるんだ。少しだけ一緒に来てくれる?」
「はい!」
僕は幸ちゃんを抱きしめると、皆のところへ飛んだ。
「シュンッ!」
「まぁ!凄い!ここは?」
「五柱目の御柱があった大地の南端だよ。あの海の向こうが南極だ」
「だから、オーロラが見えるのですね!」
「オーロラってきれいですね・・・」
「月夜見さま。これは何ですか?」
「あぁ、フェリックス殿と水月姉さまは知らなかったね。これは太陽から来るプラズマがこの星の磁力線の影響で降りて来て大気中の酸素や窒素に触れて光るんだよ」
「何だか難しいのですね・・・でもきれいです」
「折角だし、着陸してゆっくり見ようか」
「この世界は不思議ですけれど、美しいものが多いですね」
「そうですね。でも月夜見さまがこうして連れて来てくださるから見られるのですよね」
「この前も言ったけど、この世界は自然を守るために創られているのかも知れない」
「えぇ、動物の保護区がありましたものね」
「それもそうだし、この船もそうだよ。空気を汚さないよね。料理でも暖房でも灯りでも、火を焚かないんだ」
「そう言えばそうですね」
「オーロラっていつまででも見ていたくなるよね」
「いつの間にかあんな方にまで伸びていますよ」
振り返ると遥か遠くにまでオーロラが到達している。
「あれ?これって変じゃない?」
「そうですよね。オーロラって確かドーナツみたいなオーロラ帯で見られるのですよね」
「流石は幸ちゃん。物知りだね。でも僕も聞いたことがあるよ。まぁ、でもここは地球ではないからね」
「そうでしたね」
「さぁ、もう真っ暗になってしまったからそろそろ帰ろうか」
「はい。では私はここで失礼します」
「また、何かあったら呼ぶね」
「はい。いつでもどうぞ!」
「シュンッ!」
「僕らも帰ろうか」
「はい!」
「シュンッ!」
今日も美しい景色が見られて満足だ。さぁ、月宮殿へ帰ろうか。
お読みいただきまして、ありがとうございました!