42.幼い兄弟
引き続きアスチルベ王国での捜索を行う。
昨日の終了地点へ飛ぶ。ここは島の西南の端だ。今日はここから王都と反対側の岸を北東の端へ向かいながらの捜索となる。
王都から離れているので、恐らくは田舎町が続くことが予想される。
高度を上げて空から見下ろすと、やはり日本と同じ様に海沿いの平野部では水田が広がり漁業が盛んな様だ。
そして山合の畑では大豆を中心に様々な穀物や野菜が生産されている。大きな湖は山の中にあり、何度か降りてみたのだが貴族の屋敷は山の中には無く、大抵は海に近い場所に住んでいる様だった。
今まではあまり聞いていなかったが、アスチルベではその地の産業も聞いて回った。どこも漁業と農業、畜産業と大きな街では服飾産業も見られた。ただ日本の服の見本はアスチルベからは希望されなかったので規模は小さいのだろう。
丁度、中間地点の辺りで昼食の時間となった。今日も海沿いの街を見つけ、魚目当てで食堂を探した。
「あ!月夜見さま。あの店の看板に魚の絵が描いてありますよ!」
「魚屋ではないの?あぁ食堂の様だね。では行ってみようか」
小白にあまり山の奥まで入らない様に注意をしてから船を消して食堂へ入った。
「いらっしゃいませ!・・・え!あ!」
「こんにちは。旅の者なのですが、よろしいですか?」
「旅の?貴族の方ではないのですか?」
「えぇ、貴族ではありませんよ」
「そ、そうですか・・・では、こちらへどうぞ」
いつもの問答を済ませて席に着くと、壁には日本の食堂の様にお品書きが貼ってあった。
「皆、お品書きを見て食べたいものを頼むと良いよ」
やはり魚が中心で、刺身、煮魚、焼き魚、揚げ物もあった。
「僕はカサゴのから揚げ定食にしよう」
「私は金目鯛の煮付け定食にします!」
「私も!」
「私は鯖の塩焼き定食が良いですね」
流石、幸ちゃん。渋いね。
「どうしましょう?料理名を見ても分からないです!」
「あぁ、そうだね。ニナたちは金目鯛の煮付けが良いのではないかな?」
「はい。それにします!」
それぞれに注文した定食が次々にでて来た。
「うわ!このカサゴのから揚げ美味い!カリカリで頭ごと食べられる!」
「この煮付けも良いお味です。懐かしいです!」
「それにしても日本の食堂みたいですよね。善次郎さんのお父さまみたいに日本からの転生者が居たのでしょうか?」
「いや、漁業が盛んでずっと魚料理を食べているのだし、元々、アスチルベには醤油と味噌があるからね。魚の食べ方なんて、生か焼くか、煮る、揚げる。そのくらいでしょう?」
「それもそうですね」
僕は早く食べ終わって店員にこの国の暮らしのことを聞いてみた。
「あの、ちょっと伺ってもよろしいですか?」
店員の女性は真っ赤な顔をしながら、おずおずと近寄って来た。
「え?な、な、なんでしょうか?」
「このアスチルベという国での暮らしは如何ですか?税金が高いとか困っていることなどはありませんか?」
「税金ですか?元々、税金は高くないのですが、今年、月夜見さまのお陰で、少し下がったのです。その分で新しい服が買えて店の修繕もできたのです。とても助かったのですよ」
「へぇ、今年から下がったのですか!では困っていることは無いのですね?」
「そうですね。これからは少し余裕ができますね」
「この国ではお子さんは増えていますか?」
「えぇ、それも月夜見さまのお陰です。皆、月夜見さまの本を読んでから、次々に子を授かって男の子も増えているのです。私も三年前に男の子を授かったのですよ」
「それはおめでとうございます!」
「まぁ!あ、ありがとうございます」
その時、琴葉が皆に向けて念話で話し掛けて来た。
『月夜見さまのやって来たことが良い結果となって表れていて嬉しいですね!』
『琴葉、ありがとう!僕も嬉しいよ』
『この国の王がしっかりしているのですね。この様な田舎町の平民にも月夜見さまの本の知識がきちんと伝わっているのですから』
『桜。そうだね。確かこの国の王は五人の王妃が居て十人も王女が居るんだ。世継ぎの問題では苦労されたのだろうね』
『あ!そう言えば、この国の第一王子は、結月姉さまと結婚したんだよ。もしかしたら、結月姉さまが僕の本を広めてくれたのではないかな?』
『結月さまならば、月夜見さまのすることを全力で応援する筈です。第一王子と結婚して王妃となるのですから、この国の将来に心配は不要でしょう』
『琴葉。そうだと良いね』
昼食を終えて午後の捜索へと出発した。海と山の間の平野部の上空を進み湖を探す。
途中、ひとつの湖を見つけた。その周辺は紅葉で山々が真っ赤に燃えている様な美しさだった。
人里からは離れていたが、僕らは休憩のため湖畔に降りお茶のセットを引き寄せた。
「これは昨日の温泉のある湖に匹敵する美しい景色だね」
「昨日の場所より赤い葉の木が多いのですね!」
「シュンッ!」
デジカメを引き寄せて紅葉の写真を撮り、日付を記録した。
「写真に残しておこう。来年以降もこの時期にここへ来れば最高のピクニックができるね」
「そうですね。ここで一日ゆっくりしたいですね」
「月夜見さま。先程の食堂でのお話ですが、この国の様に宮司さまが王子と結婚した場合や天照家と王家との結び付きが強い国は、月夜見さまのお考えが浸透しつつあるのだと思います。ですが、私の国と併合したユーストマの様な国とは格差が生まれるのではないでしょうか?」
「幸ちゃん。それはあり得るね。産業が発達している国はまだ良いけれど、僕らが見て来たビオラ、ルピナス、フロックスやプリムローズなどは国としてあまり栄えてはいなかったし、宮司も伯母さまたちだからな」
「どこか落ち着いたところで再点検が必要かも知れないね」
「でも、月夜見さまは神なのですから、あまり政治に介入し過ぎるのも・・・」
「琴葉。君の言いたいことは分かっているよ。心配してくれてありがとう」
「いいえ」
一服してから捜索を再開した。北に向かうにつれ、紅葉が終わりに近付いていた。
結局、舞依の手掛かりは見つからないまま、今日の捜索は終了した。島の北端から花音はお爺さんの家へ、僕らは宿に戻った。
花音が戻ってから鍛練を行い、風呂で汗を流してから昨日と同じ酒場へと向かった。
「今夜もあの美味しい料理が食べられるのですね。楽しみです!」
「そうだね。花音、飲み過ぎない様にね」
「はい!大丈夫です!」
船を消した裏通りから表通りへ向かって歩き出した途端、前方から叫ぶ声が聞こえた。
「おーい!そいつを捕まえとくれ!」
「え?何だ?」
叫んでいる女性の方からこちらへ向け、ひとりの男の子が走って来た。手には鞄を持っている。ひったくりだろうか?
桜はすっと僕の前に出ると、念動力でも使ったかの様に一瞬で男の子の襟首を押さえて捕まえた。
「桜、今のは能力を使ったのかい?」
「いいえ、何も使っていません」
「流石!」
「なんだよ!離せよ!」
男の子は悪びれもせず、ジタバタしているが桜ががっしりと捕えており逃げられない。
しかし、よく見るとこの子は黒い瞳に黒い髪。そう日本人顔だ。
被害者らしい女性が息を切らしながら追い付いて来た。
「わ、私の鞄!はーっ、はーっ。あ、ありがとうございます。捕まえてくれて!」
「これはあなたの鞄なのですね」
桜は男の子の手から鞄を引き剥がす様に取り女性に差し出した。
「本当に助かりました!こいつはこの辺で有名なひったくりの常習犯ですよ」
「そうなのですか。では衛兵に引き渡しておきますよ」
「ありがとうございました!」
嬉しそうな顔をして女性は来た道を引き返して行った。
「さて、君、名前と歳を教えてくれるかな?」
「・・・」
少年は不貞腐れた顔をして下を向いたまま答えない。
「ふむ。それじゃぁ、顔も見えないな」
そう言って僕は念動力で少年を持ち上げ、僕の顔と同じ高さへと持ち上げた。身体が浮き上がったことに気付き、少年は慌てて手足を動かしジタバタし始めた。
七人の女性が僕と少年を取り囲み、周囲から少年に何が起こっているのか見えない様にしてくれた。桜が念話で皆に指示をした様だ。
「な、何だこれ!どうなってんだよ!離せよ!」
「誰も君を捕まえてなんかいないよ。逃げられるものなら逃げてごらんよ」
その場で浮いたまま一回転させ誰も触れていないことを認識させる。すると少年の顔がどんどん真っ青になっていく。
「少年。このお方は神の一族、天照家の月夜見さまよ」
「か、神!神さま?」
「そうよ。そうでなければ、人間にこの様なことができると思って?」
「は、はい。わ、分かりました。僕が悪かったです。許してください!」
「分かれば良いのですよ。では、君の名前と歳は?」
「は、はい。僕は武馬。十歳です」
「ほう。武馬か、漢字の名前を持っているのだね」
「え?何でそれを?あ!神さまだから・・・」
「君のご両親は健在なのかな?」
「二人とも居ないよ」
「そうか。何故、居ないのか聞いても良いかな?」
「父さんは三年前に漁の最中に海に落ちて死んだんだ。母さんはその半年後にお腹の子と一緒に死んだ」
「そうか、それは残念なことだったね。では君はひとりぼっちなのかな?」
「妹が居ます」
「妹か。何歳なんだい?」
「五歳です」
「君が養っているのだね?」
「そうさ。僕がこうして稼いでやらないと食べるものが無いんだ」
「ふむ。つまり、お父さんやお母さんの兄弟とか頼れる人は居ないのだね?」
「居ないよ」
「そうか、妹は今、どこに居るんだい?」
「い、妹は、エマは悪くないんだ!」
「別に妹を捕まえようってことではないよ。どんなところに住んでいるのかと思って聞いているのだよ」
「武馬。この方は神さまなの。決してあなた達を悪い様にはしないわ。安心して良いのよ」
「ほ、本当に?」
「ぎゅるるるー」
その時、武馬のお腹が盛大な音を立てた。
「あ!」
「お腹が空いている様だね。私たちはこれから食事に行くんだ。妹さんも一緒に行かないか?」
「え?食事?」
「まともなものなんて食べていないのでしょう?さぁ、妹さんを迎えに行こう」
そう言って武馬を地面に降ろした。
「それじゃぁ、こっちです」
武馬の後について歩いて行くと川に出た。川沿いにしばらく歩くと橋が見えて来た。
河原に降りてそのまま橋の下に入ると、そこには板切れを立て掛けただけの家があった。
「あ!お兄ちゃん!食べ物あった?」
そこからでて来たのは薄汚れていてよく分からないが、恐らく金髪で青い瞳をした小さな娘だった。これで五歳?どう見ても三歳程度の発育状態だ。明らかな栄養失調だな。
「ふむ。そうか。では花音。その子を抱いて月宮殿に飛ぼう。僕は武馬を連れて行く。桜、琴葉、幸ちゃんは、ニナたちを抱いて酒場に飛び、先に入っていてくれるかな。僕と花音はこの子たちを風呂に入れて着替えさせてから行くよ」
「はい。分りました」
「では、花音。行くよ!」
「はい!」
「シュンッ!」
「うわぁー!」
「武馬。これは瞬間移動だよ」
「あ!お兄さま!また汚い子を連れて来たのですか!」
「シュンッ!」
「あ!更にもうひとり!」
「水月姉さま。この子たちをお風呂に入れて着替えさせたいのです」
「はーい。すぐに巫女を呼びますね!」
すぐに二人の巫女が来て風呂場へと連れて行った。風呂から出てさっぱりとした顔をした二人を改めて見ると、武馬は明らかな日本人顔。きりっとした顔立ちの良い男だ。でもやはり十歳には見えない。
エマは五歳とのことだが三歳くらいにしか見えない。アミーの時と同じだ。やはり金髪で青い瞳をしていた。でも少し日本人の面影もある。鼻が低くて可愛いのだ。
「では花音、酒場の裏へ飛ぼうか」
「はい」
それぞれに武馬とエマを抱きかかえ酒場へと飛んだ。
「シュンッ!」
「皆、お待たせ。あれ?何でお茶なんか飲んでいるの?」
「そんな、月夜見さまを差し置いてお酒なんて飲めません」
「ありがとう。でも、そんなこと気にしなくて良いのに」
「子供たちの食事は煮魚と卵の入ったお粥を頼んでおきました」
「あぁ、流石、幸ちゃんだね。ありがとう!ではビールを頼もうか」
「はい!」
「乾杯!」
ビールで乾杯すると子供たちの食事が運ばれて来た。
「さぁ、お腹いっぱい食べると良いよ」
「食べても良いの?」
エマが丸い瞳をクリクリさせながら言った。
「神さま。本当に僕たちが食べても良いのですか?」
「あぁ、良いのですよ。沢山お食べ!」
ふたりは夢中になってお粥と煮魚を食べていた。
「お兄ちゃん、美味しいね!」
「うん。エマ。よく噛んで食べるんだぞ」
「うん。こんなに美味しいもの初めて!」
「武馬。君のお父さんは漁師だったと言っていたね。漁師仲間とかは居なかったのかな?」
「居ました。でもお母さんが死んだ時、その漁師たちが集まって話しているのを聞いたんだ。僕は男だから奴隷として売れば高く売れるって」
「その時、君は八歳だろう?奴隷がどういうものか分かっていたのかい?」
「お母さんから聞いていました。僕の友達が売られて行ったから・・・」
「それで、どうしたんだい?」
「掴まって売られたらエマと離ればなれになってしまうと思って、エマを連れて逃げて来たんだ」
「それから二年もこんな生活を続けていたのか・・・武馬は頑張ったのだね」
僕の「頑張った」という言葉を聞いた途端、武馬は俯いて静かに涙を流した。
「お兄ちゃん、あんまり美味しくて泣いてるの?」
「そうだよ。エマ。美味しいね・・・」
武馬はエマの頭を優しく撫でながら答えた。
「月夜見さま。今夜、この子たちはどうされるのですか?」
「桜。宿のベッドは確かひとつ余っていたよね。二人でそこに寝てもらおう」
「はい。分りました」
宿に帰ると、お腹いっぱいになった二人はベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
「さて、この子たちをどうしようか。月の都の屋敷に住まわせるのは良いとして、屋敷ができるまでどうするかだね」
「武馬は十歳ですから、学校の寮に入れるのも良いでしょうがエマと離れたくないかも知れませんね」
「あの、月夜見さま。私のお爺さまの家に預けるのは如何でしょうか?武馬が学校に行きたいならば通いで行けば良いと思うのです。空いている部屋はありますから」
「お爺さまが迷惑でなければ、それは良い環境だよね」
「では明日、朝食を食べながらでも武馬の意向を聞いて、良ければお爺さまの家に行こうか」
「はい。そうしましょう」
翌朝、宿の食堂で朝食を食べながら武馬と話をした。二人の朝食はパンケーキだ。蜂蜜と生クリームを沢山乗せてもらった。
エマは口の周りにクリームのひげを付けて嬉しそうに食べていた。武馬はその口を甲斐甲斐しくナプキンで拭いてやっていた。皆がその光景を見て微笑んだのは言うまでもない。
「武馬。これからのことなのだけどね。私は月の都という空に浮かぶ大地に屋敷を建てるんだよ。それは二年後に完成する予定なんだ。君たち兄弟にはその屋敷で使用人になり、働いてもらいたいと思っているんだよ」
「え?僕らが神さまのお屋敷で働けるのですか?」
「そうだよ。そこで働けば住むところも着るものも食事も全て用意するよ」
「本当ですか?毎日、エマにお腹いっぱい食べさせてやれるのですか?」
「あぁ、そうだよ。だけどね。それは二年後だからね。それまでの間なのだけど、ここに居る私の婚約者の花音のお爺さまの家に住んでもらおうかと思っているのだけど、どうかな?」
「え?仕事もしないのに住まわせてもらって良いのですか?」
「それなのだけど、武馬は学校に行ってみたいかい?」
「え?学校?それは行けるものなら・・・」
「うん。では決まりだね。武馬はこれから学校に行くことにしよう」
「ほ、本当に?良いのですか?」
「あぁ、良いのだよ」
「よし、では食事が住んだらお爺さまの家に行ってみよう」
花音のお爺さまの家に瞬間移動すると、早速、武馬たちのことを打診してみた。
「武馬は我々と同じ黒髪に黒い瞳。それにその顔は間違いなく我々と同じ民族だ。引き取らない理由はないよ」
「あなた。村長になるならば世継ぎが居た方が良いのではなくて?」
「ハンナ。それは・・・」
「私たちの養子にしてしまえば良いのではないですか?」
「え?でも俺達にはアントンが居るのだぞ!」
「アントンはネモフィラのシュナイダー家の人間になるのです。勿論、それでも私たちの子ですが、それはネモフィラの子と思えば良いでしょう。そしてこの子たちはアスチルベの子です」
「あぁ、そうだな。それは良い考えだ。では父さん、この子たちを預かってもらえるか?」
「あぁ、勿論だとも。家が賑やかになって良いことだ」
「賢蔵殿、譲治殿。ありがとうございます」
「そんな、月夜見さま。こちらとしてもありがたいお話で御座います」
「では、学校や当面の費用としてこちらをお渡ししておきます」
「へ?これは?」
「お爺さま。これは白金貨よ」
「絵里香。白金貨ってなんだ?」
「そうね、大金貨十枚分よ」
「だ、だ、大金貨十枚!」
「あ!月夜見さま。白金貨はこの辺では通用しないかと・・・」
「では大金貨は?」
「そうですね。普通の金貨であれば問題ないかと」
「では、金貨をお渡ししておきましょう」
ジャラジャラーっ!
「ひゃーっ!こ、これは一体、何枚あるのですか!」
「百枚ですね」
「ハンナ殿、紫乃殿、二人は栄養状態が極めて悪いのです。しばらくは栄養価の高いものをしっかり食べさせてやってください」
「はい。かしこまりました」
「神さま。ありがとうございます」
「良いんだよ。武馬、しっかりと勉強するのですよ」
「はい!」
よし、村長の世継ぎもできたことだし、残りの捜索を済ませてしまいましょうか。
お読みいただきまして、ありがとうございました!