41.刺身定食
今日からはアスチルベ王国の調査と捜索に出掛ける。
朝の鍛練を終え、宿の食堂で朝食を食べてから出発した。今日はまず月の都の周辺の地形を調べることにする。村や田畑の位置や広さを見積もるためだ。
それと神宮を再建する場所を確認しておくのだ。三か月後に屋敷の基礎工事が終わった段階でこちらの測量をして基礎工事に入ることになっている。
まずは神宮の跡地に降りた。皆で手分けをして鳥居の残骸以外のものがないかを探した。
「あ!月夜見さま!ここに石の扉の様なものが!」
桜が鳥居の残骸の辺りで地面を指差している。行ってみるとそこには月の都の地下室の蓋になっていたのと同じ石の扉があった。
「石の扉だね。開けてみようか」
念動力で持ち上げてゆっくりと開いて地面に降ろした。
「ドスン!」
中を確認するとやはり動力室の様になっており、電気の配線が束になっていて上下水道のパイプもあった。
「これって配線がこれだけあるということは、ここから各家々に伸びているのでしょうか?」
「桜、きっとそうだね。では地中には今でも配線が敷かれたままになっているということだね」
「でも、どこにあるのか分からないですね」
「そうだなぁ・・・あ!そうか。月の都の時みたいに、この辺一帯に被さった土や埃、それに雑草を念動力で取り払えば、色々とでて来るかも知れないね」
「そうですね。では手分けをして皆で土をめくってみましょう」
能力を持つ五人が海岸線に一定間隔で並び、一人三十メートル位の幅で海側から山側へ向けて地面の表層を雑草と土ごとめくって飛ばしていった。
大変な量の土と雑草がどんどん吹き飛ばされ、隠れていた元の地面が姿を現した。
所々に石の扉があり、それは等間隔で海岸線と平行に真っ直ぐに並んでいる。これはその石の扉から電力と上下水道を引く様になっていて、その上に家が在ったことが窺える。
でも途中で止めると土埃で何も見えなくなってしまうので、僕は念話で皆に何か見つけても山沿いまではこのまま土と雑草を取り除き続ける様に指示をだした。
作業を続けて山沿いまで到達すると立ち昇った土埃が収まるのを待ってから状況を確認した。
神宮の土地の前は百メートル位何もないスペースが広がり、その向こうに海岸と平行に一本の線の様に石の扉が等間隔で並んでいた。そこから更に三十メートル程の間を開けて、もう一列石の扉が並んでいた。恐らくここが目抜き通りなのだろう。商店街もこの通りに作ることになる。
そして山側に進むと、更にあと通り二本分の石の列があった。その向こうは明らかに土地の土の状態が違っていた。石の扉は無く、恐らく田畑だったのではないかと思われた。
今、掘り返した両端からどれくらいまで石の扉が並んでいるのかを確かめるために、二手に分かれて三十メートルずつ掘り返していった。
一時間程で全ての作業を終わらせた。結局、全長一キロメートルに渡って石の扉は並んでいた。
一列につき十軒の家が建っていた様だ。それが六列あるので六十軒はこのままで建てられることになる。
そしてその両端には山から海まで川が流れており、かなりの水量があった。その川には一番山寄の箇所に石造りの水門が二か所ずつ見つかった。恐らく、水田の取水と排水の水門と思われた。
「これは使えるね。これならばすぐに水田に水を引けるし、畑の水も確保できるね」
「あ!これって、水路の跡ではありませんか?水門から真っ直ぐに石が並んでいますよ」
「本当だ。ちょっと皆で溜まった土を持ち上げて掃き出してみようか」
「分かりました!」
三十分程の作業で取水と排水の二本の水路が現れた。そして取水用の水路の途中に溜め池もあった。石が池の底に敷き詰められており、かなりの水量が貯められる様になっていた。更に水路には水田や畑に水が引ける様に小さな取水口が作られていた。
「これならば、すぐに農業が始められますね」
「うん。凄いね。しっかりとできているよ。でも何故、これだけのものを放棄してしまったのだろうか?」
「神が居なくなって光の供給を止められたのではありませんか?」
「あぁ、そうか。そういうのは神宮で管理しているのだったな」
「では、光が供給できれば暮らしについては問題なさそうですね。あとは家の建設ですね」
「家も六十軒は建てられるのですね。これで足りると良いのですが」
「でも世帯数で言えば六十世帯は居ないと思うよ。今後を考えても一世帯当たりの部屋数を多めに作れば、親と子の二世帯が一緒に住めるから足りるでしょう」
「ここは丁度、山と海に挟まれた土地で、しかも大きな二本の川で区切られています。村として認知し易いですね」
「村の住民を守るために川の向こう岸に塀を作るのは如何ですか?」
「桜、それはあった方が良いのかな?」
「あまり高い塀は閉じ込められている様に感じて嫌でしょうから低い壁で良いのです。明らかに区切られていることが分かれば良いでしょう。どちらにしても自警団は必要だと思います」
「桜の考えは良く分かるよ。でも僕としては、まだアスチルベ王国の状況が分からない内に塀や自警団を置くのは良くないと思うよ。初めからアスチルベ王国と分けて先住民を守るという名目で差別することになってしまうからね」
「アスチルベ王国にケンカを売っているという意味でしょうか」
「うん。それもあるけれど、あまり守り過ぎると先住民の末裔たちが甘えてしまって自活が難しくなってしまうかも知れないからね」
「あぁ。確かにそれはありますね。やはり月夜見さまは全てを見通されるのですね」
「そんなことはないさ。僕だって考えが足りなくて失敗ばかりしているよ。だから桜や皆がそうやって助言をしてくれるのは凄く助かるよ。ありがとう」
「月夜見さま・・・」
あ、桜の瞳がトロンとしている。何かスイッチを入れちゃったな・・・
「う、うん!さて皆、この川の上流がどうなっているのか水源を確認しておこう」
「はい!」
僕らは船にのって川を上って行った。一番手前の山はいわゆる里山といった低い山で川はその向こうから流れて来ている。
川に沿って山をどんどん上って行くと、高い山々に囲まれた土地に大きな湖があった。
人里からはかなり離れているので人は入れない場所だ。その山々には十月ということもあり、赤や黄色に紅葉した木々が日本で見た秋の高原の様な景色を作っていた。
木々の紅葉が湖面に映り、空の青さと相まって本当に美しい景色だった。紅葉している木も、もみじや銀杏だけでなく桜の木も多くあった。これならば春も素晴らしい景色となるのだろう。これは楽しみだ。
「うわぁー!何て美しい景色でしょう!木の葉っぱが赤や黄色になっています!」
「素晴らしい紅葉です!久しぶりに見ました!素敵な景色ですね」
「うん。これこそ日本の原風景だね。この景色はずっと眺めていたいね」
「あ!あれは火事ですか?煙が出ていますよ!」
「え?火事?山火事か?」
ニナが指差す方向を見ると、そこは湖の脇の山の斜面から湖畔に繋がる場所だった。でもそれは煙ではなく湯気だった。
「なんだ。あれは煙ではなく湯気の様だね。温泉が出ているのかな?ちょっと行ってみようか」
船を宙に浮かべたまま湖畔に降りてみた。湯気が出ているところに近付くと、岩の割れた隙間からお湯が噴出していた。触れてみると結構熱い。恐らく五十度以上ありそうだ。
「あ!ここに温泉を作ろう!」
「え?ここに?どうやってここまで来るのですか?」
「え?僕らは瞬間移動できるではないですか!」
「あ。そうでした!」
「穴を掘って平たい石を敷き詰めて、その温泉を流し込めば良いだけですよ」
「脱衣所はどうするのですか?」
「そんなものは要らないでしょう。自分の部屋の風呂場から裸でここに瞬間移動して、また戻って来れば良いのですからね」
「え?では裸のまま各々でこの場所に飛んで来るのですね?」
「そう、ここへ来られるのは僕らだけだから裸で来ても問題はないでしょう?」
「えぇ!私たちは来られないのですか?」
「あぁ、ニナたちは花音たちに連れて来てもらえば良いでしょう?」
「そこへ月夜見さまが来てしまわれたら?」
「あ!そうか。では事前に念話で僕に温泉へ行く、と伝えてもらえれば良いでしょう?」
「そうですね」
「うぅ・・・月夜見さまと一緒に入りたかったのですが・・・」
「まぁ!シエナったら大胆な発言ね!」
「でも、私もです」
「ニナも?」
「はいはい。まぁ、その内にね」
あぁ、この娘たちをどうするかだよな・・・
「では、今度ここに温泉を作っておくよ。皆、この場所を覚えておいてね」
「はい。しっかり覚えました!」
「では、水源は十分な様だから元の場所へ戻ろうか」
「はい!」
それから海岸線に沿って進み、舞依の捜索を始めた。
「幸ちゃんは舞依の捜索に行くのは初めてだよね」
「はい。でもお話は聞いています。人里に近い湖を探すのですよね」
「うん。そうだよ。一緒に探してくれるかな」
「はい。お任せください」
幸ちゃんは漢方薬工場を創るのに忙しいのだが、アスチルベの調査は僕らがこれから住む土地のことなので、皆と一緒に確認して理解をしておいて欲しいとのことで来てもらっている。
この国は島国ということだが地形が日本に似ている。湖は大概、山の上にある様で、平野にある場合はその周辺が街になっており僕の記憶と合致する湖が見当たらない。
だが、見れば見る程、日本に似ている様な気がする。それは桜たちも同じ意見だった。
「この国は本当に日本の様ですね。勿論、東京の様な大都市はないのですが、どこを見ても日本の地方とか田舎の風景の感じがしますね」
「やはり、山と水田が多いからではないかな?溜め池も多いしね」
「山の木々も日本の山に近い様な気がします。田舎のお爺ちゃんの家に行った時に見た風景です」
「花音の家の田舎はどこだったのかな?」
「新潟県です」
「あぁ、それならこんな感じだね。僕の地元は山形だから、やはり似ているよ。でもここの方が南にあるから過ごし易いだろうけれどね」
「はい。アスチルベ王国は四季がはっきりとしていて冬もそこまで厳しくはないですから、とても過ごし易いと思います」
「花音は良いところで育ったのだね」
「はい。私は大好きです!」
そのまま継続して捜索していると港町を見つけた。入り組んだ湾の奥にこぢんまりとした町があり、昼食が食べられるところがないか探したところ一軒の食堂を見つけた。
「こんにちは!旅の者ですがよろしいですか?」
「え?貴族の方ですか?」
「いいえ、貴族ではありませんよ。このお店のお薦めは何ですか?」
「刺身定食ですけど旅の方だと生の魚は食べられないかも知れませんね」
「刺身?良いですね。大丈夫ですよ。ではそれを八人分お願いします」
「皆、刺身定食だって!」
「お刺身が食べられるのですね!」
「あの・・・刺身って何ですか?」
「ニナ。刺身はね。魚を生で食べる料理だよ。僕もこの世界で初めて食べられるよ」
「楽しみですね!」
「はい。刺身定食です!お待ちどうさま!」
「この魚は何ですか?」
「これはね、タイ、マグロ、ブリ、ヒラメですよ。どれも新鮮ですよ!」
「おぉー!素晴らしい!醤油も山葵もあるのですね!」
「刺身に醤油と山葵は当たり前ですよ!」
この世界で初めての刺身だ。それも醤油に山葵まであるし、大根のツマの上に乗せられている。完璧だ。嬉し過ぎる!
「ニナ、シエナ、シルヴィー、刺身の食べ方はね。この小皿にある醤油という調味料に生の魚の切り身を付けて食べるんだよ。この山葵という緑の香辛料は刺身に少しだけ付けるか、醤油に溶かすんだ。でもとても辛いから初めは醤油だけで食べてみて」
「あ!美味しいです!何だかコリコリしますね。醤油も美味しいです!」
「このマグロが美味しいです。ちょっとねっとりしていますね。口の中で溶けます!」
「あ!何これ!鼻がツーンとします!面白いですね」
「シルヴィー、山葵を付け過ぎると涙も出るから気をつけてね。あとこのツマと呼ばれる大根を一緒に食べるのもまた美味しいよ」
「はい!頂いてみます!」
「いや、美味いね。日本とほぼ同じだよ。懐かしいな」
「本当ですね」
「店員さん。アスチルベ王国では、どこでも刺身が食べられるのですか?」
「どこでもという訳ではないです。海に近いところでないと刺身は食べられないですね」
「やはり、そうなのですね。山葵はどこでもありますか?」
「山葵ならどこでもあると思いますよ」
「それは良いことを聞いたな。刺身があって山葵に醤油、味噌もあるのだからね。僕らにとってアスチルベは最も生活するのに相応しい土地だね」
「えぇ、本当に!」
「これで、善次郎さんが作る日本の洋食屋メニューも食べられるのですから、文句がありません!」
「全くだ。これは運命だね!」
「これならば、今晩の王都での夕食も期待できるのではないかな?」
「そうですね。花音、今夜はどうするのですか?」
「琴葉、今日は捜索が終わったら、お爺さまの家へ飛んで今日の状況を聞いてから宿に戻ります。今晩は皆さんと一緒に夕食を頂きたいです。そう言えば、昨夜の夕食はどうされたのですか?」
「花音。君が居ないから善次郎殿の店に行ったんだ。アスチルベのことも話しておきたかったしね」
「え!私のためにその様な・・・」
「いいんだよ。アスチルベでの最初の夕食に愛する花音が居ないのは寂しいからね」
「あぁ・・・月夜見さま・・・」
あ。いかん。また調子に乗った・・・
午後の捜索はそのまま海沿いを西へ進んだ。アスチルベは日本の本州をもう少し真っ直ぐにして短くした様な島国だ。王都は「く」の字の中心の角の部分に位置している。
今日は島の四分の一の捜索をして終了となった。花音は終了地点からひとり瞬間移動してお爺さんの家へ飛んだ。僕らは宿へ直行した。
夕方の鍛練をしているところへ花音が出現した。
「シュンッ!」
「花音、お帰り!」
「ただいま!」
鍛練をしながら報告を受ける。
「今日で半分くらいの人たちに話しができたそうです。二日間で十五世帯四十六人になったそうです」
「なるほど、では倍になっても三十世帯で百人以下だね。丁度良い感じかな。家も三十軒なら二年で建てられるだろうしね」
「初めから六十軒全部建てなくて良いのですね」
「うん。そうだね。人が入らないのに建ててしまうと譲治殿が管理するのが大変になってしまうからね」
「さぁ、では夕食に行こうか!」
「はい!」
宿の受付で魚料理が食べられる酒場を紹介してもらった。
「こんばんは。よろしいですか?」
「いらっしゃいませ!何名さまでしょうか?」
「八名なのですが」
「どうぞ、こちらへ」
「では、ビールを八つください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「さて、料理は何があるかな?」
「刺身の盛り合わせがありますよ!」
「それは頼まないとね。あとは何があるかな?お、カレイの煮つけ、マグロのカマ焼きもあるぞ」
「凄いですね!あ!筑前煮ですって。それに天ぷらがありますよ!」
「良いね。両方頼もうよ」
日本でも馴染みのあるメニューが目白押しだ。皆、笑顔で料理を食べ、ビールを飲んでいる。
「ニナ、シエナ、シルヴィー、この料理はどうかな?」
「はい。とっても美味しいです」
「私、こんなに美味しいもの食べたことがないです!」
「私もです。今までで一番美味しい料理です!」
「そんなに気に入ってくれたのかい?嬉しいね。では、明日も来ようか」
「えぇ、是非!」
明日はまたアスチルベでの捜索だ。でも美味しいものがあるからテンション上がるな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!