40.アスチルベの調査
アスチルベ王国へ行く前に、まずはネモフィラの花音の両親のところへ飛んだ。
「シュンッ!」
「さぁ、花音の家だよ」
『小白とフクロウ君は船に居てね』
『わかった』
「お母さま、ただいま!」
「まぁ!え!あ、あなたは絵里香?あ!月夜見さま!では絵里香なのね!」
「ハンナ殿、お久しぶりです。譲治殿も」
「月夜見さま。絵里香はどうしたのですか?姿が!」
無理もない。しばらく会っていない間に背が十五センチメートルも伸びてしまっているのだから。
「譲治殿、ハンナ殿、絵里香は私と同じ異世界からの転生者だったのです。前世の記憶を取り戻し、私と同じ神の能力を宿したのです。その結果、この様な姿になったのです」
「え!では絵里香は神になったのですか?」
「まぁ、そうとも言えます。そして今の名は花音と言います」
別に神ではないのだけど、そう言ってあげた方が納得できるのではないかな?
「花音?もう絵里香ではないのですか?」
「はい。でも絵里香の記憶も残っています。ですが花音なのです」
「そ、そうなのですか。私たちと暮らした記憶はあるのですね?」
「お母さま。私たち家族だけの時は絵里香と呼んでも良いのです。ただ、皆さんの前では私は花音と呼ばれますので覚えておいてください」
両親揃って顔色が悪くなってしまった。申し訳ないが隠しておくこともできないからな。
「そう、それならば良いのよ。花音なのね・・・」
「あ、あの・・・そちらのお方は王女殿下でいらっしゃいますか?」
やはり一度謁見しているから覚えていたか。でもあまりにも若返っているし、恰好も違うから別人と言っても通るだろう。
「いいえ、私の母上ではありません。彼女は私の婚約者の琴葉という女性です」
「あ、そ、それは失礼いたしました」
あぁ、何だか申し訳ないな・・・それはそうなるよね。
「それで今日は皆さん、お揃いでどうされたのでしょうか?」
「譲治殿、これからアスチルベ王国に行くのです。一緒に行かれませんか?」
「アスチルベに?アスチルベで何をされるので?」
「私が住むための月の都がもうひとつ見つかったのですよ。それはアスチルベにあったのです。今は屋敷を建設するためにカンパニュラ王国へ移動させていますが、二年後に屋敷が完成しましたら私たちはアスチルベで暮らすのです。それで色々と事前に調べたいことがあるのです」
「それで折角、アスチルベに行くのだからお父さま達も一緒に行かないかとお誘いに来たのですよ」
「え?アスチルベに私たちも連れて行ってくださるのですか?」
「えぇ、瞬間移動で一瞬ですからね。帰りたい時にいつでも帰れますし。ところでアントンは?」
「アントンは学校の寮に入ったのです。勉強に集中したいと言いまして」
「そうですか。では向こうに数日泊まる様でしたら準備をお願いします。私はもうひとり連れて行くので、ここへ連れて来ますので」
「では花音、幸ちゃんを連れて来るね」
「はい。お待ちしています」
「シュンッ!」
「うわぁ!消えてしまわれた!」
「お父さま、落ち着いて。あれ、私もできるのよ」
「え!絵里香も!」
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!」
「幸ちゃん。迎えに来たよ。準備は良いかな?」
昨晩、幸ちゃんには念話でアスチルベ王国へ行くことを伝えておいたのだ。
「着替えは月宮殿のケイトに預けたから身一つで大丈夫だね」
「はい。助かります」
「では、行こうか」
幸ちゃんを抱きしめて花音の家に戻った。
「シュンッ!」
「あ、幸ちゃん!」
「琴葉、桜、花音、みんな!久しぶりです」
「準備ができたら船に乗ろうか」
「はい。お父さま、お母さま、準備はよろしいですか?」
「えぇ、何を持って行けば良いのか、急なことだから・・・」
「もし忘れ物をしても、私が一緒に瞬間移動をして取りに帰れるから大丈夫よ」
「え?そうなの?」
船の前列には、僕、琴葉、桜、幸子が乗り、中央席には花音と両親、後席に侍女三人が乗った。小白とフクロウは荷物室だ。
「では花音、お爺さまの家まで瞬間移動させてくれるかな?」
「はい。行きます!」
「シュンッ!」
「お!おぉ!ア、アスチルベ・・・それも家の前ではないか!」
譲治殿が大袈裟に驚いている。玄関で船からぞろぞろと降りていると、お爺さんが顔をだした。
「んー、何だ?お前たちは・・・ん?譲治?譲治か!」
「父さん!元気だったか!」
「譲治!それにハンナも!どうしたんだ!おーい!紫乃!譲治が帰って来たぞ!」
「えー?譲治が!」
家の奥からお婆さんが血相を変えて走り出て来た。なんと二人とも日本人顔に日本の名前だ!大分白髪頭にはなっているが。その姿は何だか懐かしい。
「おぉ、譲治!ハンナもよく来てくれたね。今日はどうしたんだい?」
「父さん、母さん、絵里香だよ。ここを出た時は十歳だったからね。大きくなっただろう?」
譲治殿はハンナの隣に立っていた絵里香を指し。紹介した。
「絵里香?これが絵里香なの?まぁ!何て美しく成長したのでしょう!」
「絵里香なのか!信じられん。本当なのか?ん?アントンはどうした?」
「アントンは学校の寮に入っているから今回は連れて来られなかったんだ」
「あぁ、そうか。勉強は大事だからな。元気ならば良いのだ」
「父さん、母さん。こちらは神さまの月夜見さまと、その婚約者の皆さま。それにお付きの方たちだよ」
「か、神さま!は、ははーっ!」
お爺さんとお婆さんが土下座をしてしまった。
「父さん、母さん。もう良いよ。頭を上げて!絵里香はね、こちらの月夜見さまと結婚するんだよ」
「え!絵里香が神さまと結婚!ど、どうしてそんな・・・」
「うーん。恐らく説明しても難しいと思う。でも、本当に婚約したんだよ」
「そうなのかい。それは大変なことだねぇ・・・」
それからお互いの自己紹介をした。お爺さんは賢蔵、お婆さんは紫乃と言う漢字の名前だそうだ。
「あの。お二人のお歳を伺ってもよろしいですかな?」
「私も紫乃も五十五歳です」
「五十五歳。ではご両親は健在ですか?」
「いいえ、私と紫乃の両親は既に他界しております」
「失礼ですが何歳でお亡くなりになったのですか?」
「私の父が六十八、母が七十。紫乃の父は六十九、母は七十二で亡くなっております」
ふむ。やはり栄養状態が日本の昭和初期の頃と同じくらいなのだろうな。寿命もその頃と同じか少し良い程度だな。残念ながら二人とも、とても五十五歳には見えない。六十歳以上かと思ったものな。
「今回は、お二人に色々とお聞きしたいことがあって参りました」
「は、はい。私たちにお答えできることであれば何なりと・・・」
「ありがとうございます。お二人の容姿から察するに、この地がアスチルベ王国となる前から住まう先住民の末裔でいらっしゃると思われるのですが、同じ様に漢字の名前を持つ方は、現在どのくらいいらっしゃるのでしょうか?」
「はい。今では、醤油と味噌を作る工場の関係者と農業と漁業を営む者一部が残っているだけだと思います」
「では、その独特の容姿を持った人はほとんど残っていないのですね?」
「はい。私と同世代の者でも、もう五十人は居ないと思います。私の子の代では、更に他の地の者と結婚していますので数える程かと」
「あぁ、後からこの地に来た者の血が入って来るのですから減っていってしまいますね」
「えぇ、我々の代の者たちもあと十年か十五年程度しか生きられないでしょうから、子や孫に数十名残る程度になってしまうと思います」
「そうですか。数か月前に我々は、この地に月の都と古い神宮の遺跡を見つけたのです。古い言い伝えなどでそれらのことを聞いたことはありませんか?」
「月の都とは天に浮かぶ神の住まう大地のことでしょうか。我々の先祖は皆、神に仕える者であったと聞いております。そしてその住まいは、今は誰も住まなくなった王都から離れた海辺の一帯にあったと」
「あぁ、なるほど。やはりそうなのですね。大昔、その地には海辺に神宮があり、月の都があった様なのです。皆さんの先祖は神の一家と密接な関係があった様ですね」
「我々の先祖が神のご一家に仕えていたというのは本当なのですね」
「えぇ、そして今、発見した月の都に私の屋敷を建築しているのです。二年後にはこの地に戻り、神宮も再建して住まうつもりなのです」
「月夜見さまが、この地にお住まいになられるのですか!」
「えぇ、二年後に絵里香と結婚しますので絵里香も住むことになりますよ」
「おぉ!絵里香が!孫がこの地に戻るのですか!神さま!ありがとうございます!」
「あぁ、そうだ!譲治殿とハンナ殿もここへ戻りませんか?」
「え?でも住む場所が・・・」
「それなのですが、月の都の下に神宮を再建します。ですが今、その周辺は誰も住まない平原となっているのですよ。そこに新しい村を作って先住民の血を引く者を集めるのは如何でしょうか?」
「え!それは素晴らしいお話で御座います。しかし、我々は村を作る様な財は持ち合わせておらぬのです。それに仕事が無ければ暮らしの方も・・・」
「あぁ、それならばご心配なく。村の住まいは全て私が建てましょう。田畑も新たに作るのです。そして一部の者には月の都や神宮の仕事をして頂きます」
「譲治殿、その村の村長になって頂けませんか?」
「え?私が村長?そ、そんな大役、私で良いのでしょうか?」
「譲治殿の娘は私の妻なのですよ。文句を言う者など居りますまい。それに政治や税に詳しい者を付けますから運営に問題はありません。それと賢蔵殿と一緒に、二年後にその村へ住む者の選定をお願いしたいと思います」
「そうですね。それならば・・・父さん、できるか?」
「昔の仲間に声を掛けることぐらい容易いことだ」
「ハンナ。どうする?アントンのこともあるが」
「二年後ならばアントンは学校を卒業するわ。あの子は卒業次第、シュナイダー家の人間になるのですから、私たちはここで絵里香と一緒に暮らせるならばその方が良いわ」
「そうか!それなら決まりだな」
譲治殿とハンナは大きな笑顔となった。
「それと賢蔵殿。先程、先住民は神に仕えていたとのお話でしたが、何故あの地から月の都や神宮が無くなったのか聞いたことはありますか?」
「いえ、それは聞いたことが御座いません。確か、神がこの地を去り、他国からの移住者が持ち込んだ流行り病で大勢が亡くなり、残った者は仕方なく新たにできたアスチルベ王国の王都に移り住んだと聞いております」
「ふむ。神がこの地を去ったのですね。それが分かっただけでもありがたいことです」
「さて譲治殿、これから新たな村に住んで頂く人の選定をして頂くのですが、何日か泊まらなければならないでしょう。どこに宿泊されますか?」
「私たちはこの家に泊りますので大丈夫です」
「そうですか、それでは私たちは宿を探して来ますね。私と桜で行こうか。皆はここで小白と待っていてね」
「あの、この動物はもしかして狼なので?」
「えぇ、そうです。私や絵里香は動物と会話できますので。この子は仲間なのですよ」
「絵里香も!そ、そうなのですね・・・」
「そうよ。お父さま。小白は良い子だから噛みついたりしないわ。安心してね」
「そ、そうなのか・・・良い子・・・ね」
小白はチラと譲治殿の顔を見上げた。小白と目が合った譲治殿の顔は引きつっていた。
「では、桜。行こうか」
「はい」
船に乗って王都の中心へ向かった。絵里香のお爺さんの家は王都の中でも月の都があった方に近い街の外れに位置していた。途中、醤油と味噌の工場と思われる大きな建物があった。
王都の中心街は結構な繁栄ぶりだった。やはり絵里香のお爺さんが住んでいた地区とは全然違っていた。アスチルベ王国の民は優遇され、先住民は存在自体を気にされていないのかも知れない。まぁ、迫害は受けていない様子だったからまだ良いのだが。
ただ、この差別があるならば僕が引き受けてしまった方が良いのだろう。元々は神に仕えていた民族なのだからな。神が戻るならばその地に戻ることが正しいと言えるだろう。
でも、これをアスチルベの王に伝えなければならないのだな。結婚候補のこともあり、やっぱり気が重いな。
そんなことを考えていたら宿らしい大きな建物が見えて来た。街の繁栄ぶりに相応しい、立派な宿だった。これならば良い部屋もあるだろう。
宿の受付に行くと何も驚かれることもなく普通に応対され部屋もすんなりと取れた。
「桜。やけにすんなりと部屋が取れたね」
「えぇ、そうですね。でも受付の女性は月夜見さまに一目惚れしていましたけど」
「心を読んだのかい?」
「それは一応、警戒していますからね」
「そうか。いつもありがとう!」
「当然です」
「さて、これからどうしようか?」
「王城へ向かわれるのですか?結婚候補のことがありますよね?」
「うーん。それなんだけどね・・・アスチルベには住むことになるのだからね。王に会う前に問題がないかを見て回ってからにしたいかな?」
「それは、賢明なご判断だと思います。では舞依の捜索をしながら、まずは見て回るのですね」
「うん。宿も十日間取っておいたからゆっくり回ろうか」
「はい」
王都の中を見て回り絵里香のお爺さんの家に戻った。譲治殿と賢蔵殿は、早速近所の者に声を掛けに行ったそうだ。そして二人は夕方になって帰って来た。
「賢蔵殿、皆さんの反応は如何でしたか?」
「皆、半信半疑でしたが本当ならば喜ばしいことだと言っています」
「それでは、全員に声を掛け終わったら、一度どこかに集まって頂いて私から説明をしましょうか?」
「それはありがたいことです。それでしたら神宮が在ったという場所に集まるのは如何ですか?その地に村を作るのですから場所も一度見ておいた方が良いでしょう」
「それは良いですね。では日時を決めて頂いて集まることにいたしましょう」
「お父さま。今日のところでは何名くらい移住希望者が居たのでしょう?」
「今日で四分の一くらいに声を掛けたのだが、ほとんどが移住したいと言っていたよ。二十名くらいだね」
「では、譲治殿、最終的に何世帯で何人になるか集計してくださいますか?」
「そうですね。それが分からないと家を何軒建てれば良いか分からないのですからね」
「えぇ、そうなのです。それが分かり次第、この国の大工組合に行って相談しましょう」
「かしこまりました」
「では、我々は宿へ移ります。数日間はこの国を見て回りますので、毎晩絵里香にここへ来てもらって進捗を伺いますね。絵里香、今日はご家族と一緒に夕食を頂いたらどうかな?」
「はい。そうさせて頂きます。一度宿へ行って部屋を確認してからここへ戻ります」
「うん。そうだね。では、賢蔵殿、譲治殿。今日は急なことですみませんでした」
「滅相も御座いません。大変、ありがたいお申し出を頂き、ありがとうございました」
「私たちの話は夕食の時に絵里香から詳しく聞いてください」
「はい。ありがとうございます」
「シュンッ!」
僕たちは船に乗ると、瞬間移動で宿の裏へ出現し船を消して宿へ入った。
部屋に入るとすぐに花音が僕のところに来て言った。何か興奮気味に顔を赤らめている。
「月夜見さま。私の家族を月の都の下へ住まわせることは前からお考えだったのですか?」
「うん。あの神宮の遺跡の前の不自然に平たく何もない風景を見た時に、きっとここには村なり町なりが存在していたのだろうなと思ったんだ」
「洋食屋の善次郎殿もアスチルベでの税の負担のことで移住したと言っていたからね、彼ら先住民の末裔の皆さんを何某かの形で守れないものかなと考えていたんだよ」
「あぁ・・・月夜見さま!ありがとうございます!愛しています!」
「うわ!」
皆の前だというのに、花音は僕の首に腕を回して抱きつくとキスをした。
「それは嬉しいわよね!」
「花音、良かったわね!」
「花音!おめでとう!またご両親と暮らせるのね」
花音は皆に祝福され、赤い顔をして笑顔になった。
「本当にありがとうございます!」
そして花音は笑顔のまま、お爺さんの家へと瞬間移動で飛んで行った。
お読みいただきまして、ありがとうございました!