39.この世界の不思議
ユーフォルビア王国を立つ前に、紗月姉さまに会って行くことにした。
紗月姉さまの居るクラーク公爵領の神宮へ飛んだ。
「シュンッ!」
「さぁ、紗月姉さまの神宮に着きましたよ」
「月夜見さま。私は降りずに船で小白と待っています」
「琴葉、その方が良いと思うのですね?」
「えぇ、余計な心配は掛けたくありませんので」
「分かりました。では少しの間待っていてください」
神宮の上空からニナたちを連れて中庭へと降りた。すぐに巫女たちが気付いて応接室へ案内された。
「お兄さま!来てくださったのですね!」
紗月姉さまが抱きついて来たが、お腹が当たるくらいに成長している様だ。
「紗月姉さま。妊娠おめでとうございます。何か月目なのですか?」
「もう、七か月目に入りました。そうだ、男の子か女の子か診てもらえますか?」
「良いですよ。では・・・」
子宮の中の胎児の生育状態や胎盤の位置、臍の緒、子宮の状態を確認した。
「お姉さま。男の子ですね!胎児も子宮の状態も問題ありません」
「え?男の子ですか!良かったわ!」
「おめでとうございます!お姉さま」
「ありがとうございます」
「紗月姉さまが幸せそうで何よりです」
「お兄さまも!美しい婚約者がもう六人も居るのですね!」
「いえ、婚約者は三人ですよ」
「え?そちらの三人は違うのですか?」
「えぇ、侍女ですよ」
「へぇー侍女・・・ね。そうですか・・・」
「え?何だか意味深な反応をしますね」
「いいえ、ただの女の勘ですから」
「それが怖いのですよ」
「まぁ、なる様になるのでしょう・・・」
紗月姉さまは自分のお腹を擦りながら柔らかな笑顔を浮かべて言った。まだ十八歳なのにこの大人の女の雰囲気は、やはり子を身籠っているからなのだろうか?
それから春月姉さまのお相手の話や他のお姉さまの情報を交換して神宮を後にした。
ユーフォルビア王国の訪問が終わり、次の国へ向かうことにした。
「シュンッ!」
「さて、ここはイキシア王国だよ」
いつもの様に王都で宿を取り捜索へ出た。もう十月なので北方にある国の捜索もこれで最後だ。この国はネモフィラよりも北に位置しているので十月でも雪が降る日があるのだ。
「この国の主な産業は農業と畜産業だったね。人里は点在しているだろうから、高度と速度を上げて進んで行こう。地上の状況を良く見ていてね」
「分かりました!お任せください!」
今日もニナは張り切っているな。
「どの畑も収穫が終わっていて人影もありませんね。勿論、花畑も見当たらないです」
「そうだね。湖を探すことに集中していこう」
上空から見る限り湖は山の中ばかりだった。山合の湖から川が人里に向けて流れており、貯水池があちこちにあった。これだけの水源があれば農業もやり易いだろう。
そろそろ北限に達する頃だと思い前方を見通すと、海が見えて来ると思っていたら高い山々が見えて来た。その山脈はどれも崖の様に反り立つ壁となっていて高さも三千メートル級だった。
あれ?この光景はどこかで見たな・・・あ!そうだ。フロックス王国のクレーターと同じなんだ。ではこれもクレーターなのだろうか?
「よし、高度を上げてこの山脈の向こうを見てみよう」
高度を上げ雪に覆われた山を越えてみると、それはクレーターではなく海に向けて山脈が半円形の形になっていた。円の半径は二十キロメートル以上ありそうでかなり広い土地だ。
「あれ?前に見たこの国の地図では、この山の向こうは確か海になっていたよなぁ」
「シュンッ!」
「うわ!月夜見さま。それは地図ですか?」
「うん。月宮殿の地下室の書庫にある地図だよ」
僕はイキシア王国のページを開き、地形と見比べて確認する。するとこの半円形の土地は地図上では海だった。
「あれ?この地図ではここは海の筈なのにな・・・ん!もしかして!」
慌ててフロックス王国のページを開く。するとやはり地図ではクレーターの外側の淵までしか国土が描かれておらず、山脈の向こうは海になっていた。
「これはどういうことだろうね。山が高過ぎて人が越えられないために向こう側は地図の上では海としてしまった。と推測するのが自然だろう。でも、この場所を隠すために地図をこの様に作ったと考えることもできるね」
「月夜見さま。誰が何のために隠すのですか?動物がいっぱい居るからですか?」
「うーん。それは分からないのだけどね。でもそうだね。動物を隠すためと考えることもできるね。それを誰かが隠しているとなると・・・」
皆が一斉にフクロウを見つめた。
フクロウは不自然な位置まで首をよじって皆の視線を逸らしている。これは恍けようとしているな。
「まぁ、いいや。何があるのか見てみようよ。フロックスの時の様に変わった動物が居るかもしれないよ」
「え!また動物がいっぱい居るのですか?」
「ニナ。よく見ていて見つけたら教えてね」
「はい!」
「シュンッ!」
僕はデジカメを引き寄せて花音に渡した。
「花音、動物の写真を撮ってくれるかな」
「はい。分かりました!」
山を下って行くと、まずはその斜面に巨大な角を持ったヘラジカが群れで居た。
「あれは鹿ですか?角がやたらと大きいですが」
「そうだね。あれはヘラジカっていうんだ」
「うわぁー!トラが居る!アムールトラって奴か!」
「凄い!大きいです!小白とどっちが強いのでしょう?」
「いや、どうだろうね。一対一なら多分、トラの方が強いかな?」
高速で飛んで行くと次々に動物が見つかる。
「あ!熊が!熊が白いです!」
「ホッキョクグマだね。小白と同じで北限に居る動物は雪や氷に紛れるために体毛が白くなるものが居るんだよ」
「あ!小白だ!小白の仲間が居ます!」
「うん?あーあれは狼ではないね。あれはキツネだよ。ホッキョクギツネだ」
「狼ではないのですか。確かに小さいですね」
そこから海岸まで降りて来ると、海岸には多くの動物が居た。
「あの海岸に寝ているのは何ですか?」
「あれはアザラシっていうんだ」
「あちらにはあんなに大きいのが!アザラシの親ですね?」
「あれはアザラシではなくてセイウチだね。一頭でシルヴィーの二十人分の重さがあるんだよ」
「に、二十人分!」
海岸から離れた草原に向かうと、
「あ!あれは鹿ですよね?ちょっと大きいですけど」
「あれはね。鹿の仲間なのだけどトナカイっていうんだ。カリブーともいうけど」
「うわぁ!こっちに毛むくじゃらの牛が居ます!」
「あ、本当だ。ジャコウウシだね。防寒のために体毛が長くなったんだ」
「凄いですね。ここは北極みたいですね」
「そうだね。花音。この辺は北極圏なのだろうね」
「月夜見さま。降りてみないのですか?」
「いや、トラやホッキョクグマも居るからのんびりお茶なんかしていたら襲われて食べられちゃうよ!」
「え?食べられる!それは嫌です!」
「あ!そんなこと言っていたら小白の仲間が群れで歩いているよ。ホッキョクオオカミだ」
「本当だ。小白と同じですね。あ!小白が鼻をヒクヒクさせていますよ」
「あぁ、仲間の匂いが分かるのだろうね。ちょっと離れようか」
そこから高度を上げて広く見渡してみる。すると海の中に白い群れが見えた。
海の上に移動して近くで見える様に高度を下げた。
「あの大きな白い魚は変わっていますね」
「ニナ。あれは魚ではないんだ。ベルーガという白いイルカだよ。哺乳類といってね。魚の様に卵で生まれるのではなくて、人間と同じで母親が子を生んで母乳で育てるんだよ」
「え?海の中で母乳を?そんなことができるのですか?」
「うん。できるんだよ。さっき見たアザラシやセイウチもそうだよ」
「月夜見さま、でも変ですね。ネモフィラ王国だってかなり北に位置しているのです。小白が居るくらいですからね。でもホッキョクグマやヘラジカ、トナカイは居ませんね。どうしてなのですか?」
「そうだね。桜。僕もこの世界は何だか動物が少ないというか偏っている様な気がしていたのですよ。でもフロックスとここにはこれだけ豊富な種類の動物が居る。これは不自然ですね」
「もしかすると、こことフロックスのサバンナは、何者かによって作られたサンクチュアリなのかも知れないですね」
「月夜見さま。サンクチュアリって聞いたことがありますけど何でしたっけ?」
「花音。自然保護区だよ。人間の立ち入りを制限して自然動物を保全する場所のことだよ」
「確かに!フロックスもここも高い山で人間が入れない様にしてあるのですね!」
「まだ、他にもこの様な場所があるのでしょうか?」
「桜。きっとそうだと思うよ。ね?フクロウ君?」
『あるぞ』
『やっぱり!どこにあるのかな?』
『それは知らなくて良い』
『なんだかなぁ・・・』
「あーあ。何だか急に興味が削がれてしまったな。もう戻ろうか」
「あ!月夜見さま。空が!空が変です!」
「え?」
皆で窓から空を見上げる。すると空に緑の光の帯がうねりながら広がって来た。気付くともう日が傾いていた。北極圏の冬の日没は早いのだ。
「あ!オーロラだ!」
「え?オーロラですか!あれが!私、本物を初めて見ました!」
「私もです!きれいですね!」
「あぁ、オーロラが見られるなんて!」
「あの、おーろら。って何ですか?あの光の帯のことですか?」
「そうだよ。ニナ、シエナとシルヴィーも知らないよね。あれはね、太陽から来るプラズマがこの星の磁力線の影響で降りて来て空気中の酸素や窒素に触れて光るらしいんだ」
「全然分かりませんけどきれいです!」
「うん。とても珍しい現象なんだよ。ここみたいな北の果てに来ないと見られないし、いつでも出るものでもないんだ。見られるのは貴重だからね。しっかり見ておくと良いよ。花音、写真に撮っておいてね」
「はい。いっぱい撮っておきますね!」
「あ!赤い帯も出て来ましたよ!凄くきれい!」
「これは最高だ!」
僕らは雪の積もった山頂に船を降ろして扉を開きしばらくオーロラを眺めた。
「今日は午後からの出発だったから遅くなってしまったね。そろそろ帰ろうか?」
「そうですね。オーロラはまだ見ていたいけどちょっと寒いですね」
「では、ここから瞬間移動で宿まで帰ろうか」
「シュンッ!」
「もう遅いからすぐ夕食に出掛けよう。小白もお腹を空かせているようだからね」
「はい!」
小白とフクロウにご飯をあげてから食事に出掛け、宿の近くにあった酒場に入った。
「七人なのですが。旅の者です」
「え!」
あぁ、ここは農業と畜産の国だ。また男性が居ないパターンか。
店内を見渡すとやはり女性しか居なかった。
「た、旅人なのですか?・・・ど、どうぞ」
女性の店員が僕の姿を見て挙動不審になってしまった。
「では、ビールを七つください」
「は、はい。ビ、ビール七つですね」
いつもの様につまみを沢山頼んで乾杯した。
「プハーっ!美味い!」
「今日も良い景色と沢山の動物が見られたね。それに何よりオーロラが見られたのは良かった」
「えぇ、本当にきれいでした!」
「オーロラを見たのは皆、初めてだよね」
「えぇ、忘れられないですね!」
「月夜見さま。今日、この世界の動物が少ないとお話しされていましたが、虫も少ないと思いませんか?」
「あぁ、桜。気がついていたのだね」
「それは私もそう思っていました。日本の記憶が戻る前は虫の存在を知らなかったし気にもしていなかったのですが、日本の記憶が戻ってからは何でも日本と比べてしまうので、虫が少ないなと思っていました」
「えぇ、蝉が居ませんよね。夏が静かなのです」
「でも、蝶や蜂、蟻は居ますよね」
「あぁ、それはね、恐らく植物のために必要な昆虫は居るのだと思うよ」
「なるほど!」
「あと、蚊が居ませんね。それは良いことなのですけれど」
「琴葉。それが一番重要なんだ。そう、蚊が居ないんだよ。だからこの世界は人口が少なくて、更に男性が少なくてもかろうじて人間が絶滅しないで済んでいるんだ」
「か?その虫が居たらこの世界の人間は滅びるのですか?」
「シエナ。簡単に滅びるよ。地球ではね、人間を多く殺している生き物の一位が蚊なんだよ。二位が人間、三位が蛇、四位が犬、五位は蠅だ」
「あ!蛇も犬も見ていません!」
「人間は戦争とか殺人でしょうか。蛇は沖縄のハブとかの毒蛇ですね?犬は日本ではほとんどないですよね?狂犬病とか野良犬ですかね。蚊がよく分からないです」
「花音、蚊はマラリアやデング熱、ジカウィルス感染症など、蚊に刺されることで媒介感染症を引き起こすんだ。それがあったなら、こんなに医学の進んでいない世界では簡単に人間は絶滅するだろうね」
「何故、蚊が居ないのでしょうか?」
「意図的に危険な動物や虫が居ない世界が創られているのではないかと思うんだ」
「始祖の天照さまがその様にお創りになったと?」
「そうだね、琴葉。フクロウに聞いてもきっと教えてくれないだろうけれどね」
「ビール七つお代わり!」
「は、はい。すぐに!」
「この世界は不自然なことが多いよ。動物のこともそうだけど人間もそうだ。アスチルベの先住民が極端に減ったことも男性が少ないのも、一部の地域とか国だけならばまだ分かるけど、この世界では情報伝達手段が乏しいのに世界規模で男性が少ないなんて、やっぱりおかしい」
「それにあの低軌道エレベーターとオービタルリング、それに電気の供給や船なんかだね、極端に一部だけ未来のものが入り込んでいるのも変だ」
「もしかするとこの星を地球の様に汚したくないのかも知れないし、人間を増やしたくないのかも知れない」
「人間を増やしたくない?増えてはいけないのですか?」
「桜、まだ分からないよ。これは推測なんだ。でも今までのことや、今あるものから結び付けて考えると、そう思えて来るんだよ」
「月夜見さま。もしかしてアスチルベに秘密が隠されているのではありませんか?先住民のことも、漢字の名前、味噌や醤油などの日本の文化も、そしてひとつ目の月の都も全て、アスチルベにありますよね?」
「花音。もしかしたらそうかも知れないね。この国の捜索が終わったら花音のお爺さまの家に行ってみようか?」
「分かりました。父も連れて行きましょうか?」
「そうだね。簡単に行けるのだからね」
「はい。ありがとうございます」
「ビール七つお代わり!」
「はーい!」
「ユーフォルビアの結婚候補は嫁にもらわないことになったのだし、アスチルベの結婚候補のことも片付けてしまおうか!」
「それが良いですね!」
「では、アスチルベに乾杯!」
「アスチルベに乾杯!」
「ガシャン!」
そうしてイキシアの夜は更けていった。
翌日も早い冬が訪れたイキシア王国の殺風景な景色の中を捜索した。
一日中探しても湖に降りてみたのは二か所だけだった。結局は何の手掛かりも見つからずにイキシア王国での捜索は終了した。
そして、アスチルベの秘密を調べに行くこととなった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!