38.ユーフォルビアの王女
舞依の捜索再開の初めは結婚の打診が来ているユーフォルビア王国だ。
今回のお相手はルチア母さまの姪でもあるので、逃げずに初めに会うこととした。
事前に訪問する日時を指定して連絡し、今回は幸ちゃんも同行することにした。そう言えば幸ちゃんはここ数ヶ月で身長が更に伸び、百七十センチメートルを越えた。胸は大きいままに身体も引き締まり更に美しくなった。
これは勝手な推測なのだが、僕と婚約者の四人は能力が発現したことで、身体が成熟して最適な状態である十代後半の若さに保たれるのではなかろうか?
その状態になる前の成長過程だった者は成長が促され、過ぎていた者は若返って落ち着く。だから皆、十代後半の容姿で無駄な贅肉も付かず、健康な状態が保たれているのだろう。
僕たちはユーフォルビア王国の玄関に小型船で出現し、小白とフクロウまで引き連れて、城の応接室へと乗り込んだ。途中、廊下で十名程の使用人を気絶させながら。
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました!」
「これはユーフォルビア殿。お久しぶりです」
ユーフォルビア王より家族の紹介を受け最後に嫁候補の娘が紹介された。
「月夜見さま。ご紹介させて頂きます。これが私の娘、ブリギッテ ユーフォルビアで御座います」
「初めまして。月夜見です」
「初めてお目に掛かります。ブリギッテ ユーフォルビアで御座います」
あれ?何だろう。自分で言うのもなんだが、僕を目の前にして赤い顔をするでもなく、笑顔もなく、真顔でいる娘は初めてだ。
「月夜見さま。その狼とフクロウは月夜見さまの眷属なのでしょうか。毛や羽の色が月夜見さまの髪と似ていらっしゃるのですね」
「ユーフォルビア殿。その様なものです。そしてこちらが四人の婚約者で、桜、花音、幸子、琴葉。後ろの三人は侍女です」
「皆さま、驚く程の美しさで御座いますな!」
「ありがとうございます。それが自慢なのです」
その時、桜から皆に向けて念話で話し掛けられた。
『月夜見さま。この娘なのですが。女性でないかも知れません』
『桜。女性でない?どういうこと?』
『月夜見さま。王女の後ろに立っている侍女らしい娘がパートナーの様です』
『あぁ、既に女性のパートナーが居るのだね』
『王は知らないのでしょうね』
『だからブリギッテは僕に興味が無いのだね』
『勝手に縁談を組まれたのでしょうね』
『ふぅん。では僕らの情報を並べ立てる必要もないね。事情を聞いてみようか』
「ユーフォルビア殿。ブリギッテ殿と少しお話がしたいのですが、庭園など散歩に出ても構いませんか?」
「はい。勿論です。ブリギッテ、月夜見さまをご案内しなさい」
「はい。お父さま」
「では月夜見さま、こちらへどうぞ」
ブリギッテのお相手らしき侍女が先に立ち案内してくれる。
王城の庭園に出てみると花壇の中央にガゼボがあった。
「あちらに座ってお話ししましょうか。私の婚約者も同席して構いませんか?」
「はい。どうぞ」
ガゼボは大きめなもので円形のテーブルに椅子が設えてあった。僕ら六人は円になって腰掛けるとブリギッテの侍女がお茶を淹れてくれた。その間、誰も言葉を発しなかった。
「ブリギッテ殿。今回の縁談はお父上が決めたものですか?」
「はい。左様で御座います」
「では、あなたの希望ではないのですね?」
「それは・・・はい」
「では、あなたの希望は、そこの侍女の方と暮らすことですか?」
「え!な、何故・・・そ、それを?」
侍女の娘も胸の前に手を組み、俯いたまま固まった。
「まぁ、神と言われていますからね・・・」
余計なことを言いたくなくて、つい野暮ったいことを言ってしまった。
「では、どうしましょうか?この縁談を辞退されますか?」
「私に決定する自由はないので御座います・・・」
ブリギッテは俯いたまま、力なく呟いた。
「そうですか。では私の方からお断りすればよろしいですか?」
「それは構いません。でも・・・」
「あぁ、次のお相手をあてがわれるだけということですね」
「はい」
「ところで侍女の方のお名前と身分は?」
「フローラ ギュンター。侯爵家の三女で御座います」
「あ、あの・・・図々しい申し出なのですが、私を嫁に迎えて頂いてフローラを侍女のまま連れて行くことは叶いませんでしょうか?」
「ブリギッテ。あなたはフローラを愛しているのではないのですか?」
「それは!も、勿論。愛しています。で、でもお父さまは・・・」
「分かって頂けないと?」
「はい・・・」
「確認させて頂きたいのですが、ブリギッテもフローラも生涯、異性とは結婚しないでふたりで暮らしたいのですね?」
「はい、そうです」
「フローラも同じですか?」
「は、はい。私もブリギッテさまと同じ気持ちです」
「フローラは侯爵家の娘なのですよね?本当に良いのですね?」
「はい。侯爵家の娘と申しましても私は三女で御座いますので」
「ふたりの想いがそれ程までに強いのに、何故それを親に伝えないのですか?王家の者が同性の者を愛することは認められていないのでしょうか?」
「答えは分かっています。父上の逆鱗に触れるだけです」
「やってみなければ分からないのではありませんか?」
「え?父上に申し上げるのですか?」
「私も一緒に立ち会いますよ。さぁ、参りましょう」
「え?で、でも・・・」
ブリギッテは明らかに戸惑い、挙動不審者の様な落ち着きの無さとなってしまった。
僕はそれには構わず応接室へとさっさと戻って行った。
「ユーフォルビア殿。ブリギッテと話しをして来ました」
「おぉ。娘は如何ですか?」
「さぁ、ブリギッテ!」
「あ、あの・・・お父さま・・・」
「ん?ブリギッテ。どうしたのだ?」
ブリギッテはまだ迷っている。少し震えている様だ。
「あ、あの、わ、私は・・・殿方と結婚するつもりは御座いません。フローラと生涯、共に暮らしたいのです・・・」
「な、何?ブリギッテ。お前は何を言っているのだ?」
「ブリギッテ!神さまの御前なのですよ!この期に及んで何を言い出すのですか!」
両親揃って娘を責め立てるか・・・まぁ仕方がないのかな。王家のプライドがあるものな。
「ユーフォルビア殿、アウレリア殿、この国では同性同士で結婚する者は居ないのですか?」
「月夜見さま。平民では居ると聞いています。ですがブリギッテは王族なのです」
「皆さん、ご存知の通り私は異世界からの転生者で、前世では医師という人の病気を治す仕事をしていました。つまり病気に詳しいのです。では、これからブリギッテとフローラを診察していきましょう」
「ブリギッテは病気なのですか!」
「ですから、病気かどうかを確かめるのです」
「では、ブリギッテ。あなたの身体は全て女性ですか?」
「どういう意味でしょうか?」
「つまり、胸が膨らみ、腰が括れ、女性器があり、毎月生理が来ていますか?」
「は、はい。そういうことならば・・・全て女性です」
「では、ブリギッテは自分の身体が女性であることに違和感を覚えますか?」
「違和感・・・小さい頃から男性に興味がなく、女性が好きなのです」
「では、自分の心は男だと思いますか?それとも女だと思っていますか?」
「それは・・・女ではない・・・かも知れません・・・」
「そうですか。はっきりとは分からないのですね。では、自分の身体が女性なのが嫌で男性の身体になれたら良いのに。と考えますか?」
「いえ、そうは思っていません」
「では、フローラ。あなたは如何ですか?」
「私も身体は女性です。自分の身体に違和感を覚えることはなく、ブリギッテさまをお慕いしているだけで御座います」
「では、男性を好きになることもあったのですね?」
「えぇ、それは以前には・・・」
フローラは少し、ブリギッテに気を遣っている様だ。気まずい表情になった。
「踏み込んだことをお聞きして申し訳ない。診断に必要なことでしたので」
「い、いえ、構いません」
「なるほど。では、お二人に病名は付きませんね。ブリギッテはトランスジェンダーの男性の様ですね」
「とらんす・・・月夜見さま。娘は病気なのですか?」
「いいえ。病気ではありません。人間は身体的に、例外を除いては男性か女性の二つの性に分かれて生まれて来るのですが、精神的、つまり心が男性的であったり女性的であったり、または中性的だったりして、身体の性と合わないことがあるのです」
「ブリギッテの場合は、身体は女性で生まれて来たけれど、心がやや男性的に偏っているのでしょう。だから女性を好きになるのです。これを無理に女性なのだからと男性に嫁がせると、将来的には心が壊れて病気になる恐れがあります」
「ですから無理をさせずに、許されるならばフローラと暮らすのが一番良いと思います」
「そ、そんな!娘は結婚できないのですか?」
「ユーフォルビア殿。人間にとっての幸せは、異性との結婚だけではないのです。平民や一部の貴族では、既に多くの人が女性同士で暮らしているのですよ。王家だけが特別ではないのです。王家の者もひとりの人間です。ブリギッテの様な人も居て当然なのですよ」
「ですが、王女が結婚しないなど許されません!」
「誰が許さないのですか?王家の人間が結婚しないことはユーフォルビア王国ではそれ程に恥ずべきことなのですか!」
「王が恥をかかずに済むならば、娘が将来病気になっても良いと?私に嫁がせて、その後病気になっても自分には関係ない!ユーフォルビア王はそうおっしゃるのですか?」
「あ!あ、も、申し訳御座いません!神に向かって決してその様なことは考えておりません!」
「では、ブリギッテとフローラのことは私に任せて頂けますか?」
「ま、任せる?それはどの様な?」
「私は二年後に成人します。成人後はアスチルベに新しい月の都を作るのです。そこにブリギッテとフローラを住まわせ、私のために働いて頂きたいと思っています。如何ですか?」
「では、娘をお引き受け頂けるのですね!」
「えぇ、お引き受けしましょう。対外的に結婚したとおっしゃりたいならば、国内向けであれば、そう発表して頂いても構いませんよ。ただし、結婚式は行いませんし、妻としても扱いませんけれど」
「ほ、本当で御座いますか!」
「ブリギッテとフローラはそれでも良いですか?」
「はい。勿論で御座います!ありがとうございます!」
「月夜見さま。ありがとうございます!」
「あぁ、ユーフォルビア殿。フローラの両親への説明はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「はい。お任せください」
「ブリギッテ、フローラ。二人は学生時代に仲良くなったのですか?」
「はい。おっしゃる通りで御座います」
「二人の得意な科目は何でしたか?」
「私は数学でした」
「私は言語でした」
「そうですか。では月の都に作る学校で、ブリギッテは数学の先生に、フローラは言語の先生になってください」
「え?私たちが先生に?」
「えぇ、お仕事はして頂きますよ。先生になるのが不安でしたら、あと二年ありますから、ユーフォルビアの王立学校で先生になるための勉強をしておいてください。良いですね?」
「は、はい!必ず良い先生になります」
「ブリギッテ。生徒の中にはあなたと同じ様に身体と合わない心を持った子が居るかも知れません。そういう子はあなたが見つけて相談に乗り、寄り添ってあげてください。勿論、私も力になりますからね」
「はい!月夜見さま。ありがとうございます!」
「では、ユーフォルビア殿、アウレリア殿。これでよろしいですかな?」
「はい。ありがとうございます。どれ程のお礼を差し上げれば良いか!」
「礼など不要です。今後もブリギッテの様な人への理解を頂ければと思います」
「あぁ、ひとつお願いがあるのですが」
「何なりとお申し付けくださいませ」
「実は人探しをしているのです。この国の貴族以上の身分で、ここに居る私の婚約者の桜と同じ瞳と髪の色をした十二歳の女の子なのですが、当たってみて頂けますでしょうか?それとこのことは内密にお願いいたします」
「かしこまりました。貴族であればすぐに探せます」
「では、私たちは神宮へ立ち寄りますので、分かりましたらお知らせください」
「かしこまりました」
僕たちは神宮に行き応接室へ通された。しばらくして紫月伯母さんが顔を出した。
「まぁ!月夜見さま。なんてお美しい!正に神々しいですわね」
「お久しぶりです。紫月伯母さま。お元気でしたか?」
「えぇ、お陰さまで」
「紗月姉さまは、結婚して神宮を代わられたのですよね」
「えぇ、今はクラーク公爵領の神宮に居りますよ」
「紗月姉さまは、子は授かったのですか?」
「えぇ、今妊娠中だと聞きましたね」
「そうですか。それは良かった」
「時間があれば、寄って行ってあげてください」
「はい。そうします」
それから神宮へ来る患者の状況やブリギッテのことを情報共有しておいた。
「では、私は診療の途中ですので失礼します。ゆっくりして行ってください」
「はい。ありがとうございます」
紫月伯母さんは退席して行った。
「月夜見さま。先程の裁きは素晴らしかったですね!本当に素敵でした!」
「幸ちゃん。また褒め過ぎだよ。些か熱くなってキツい言い方をしてしまったと反省しているよ」
「いいえ、あの様な自分の体裁しか考えないお方には、あれくらい言って丁度良いのです」
「琴葉。そうだね。でもどこでも王なんてあの様なものでしょう」
「月夜見さま。ブリギッテはトランスジェンダーとのことでしたが、それは性同一性障害のことですか?」
「幸ちゃん、トランスジェンダーというのはね。自分の身体の性と性自認と言って、自分の心の性が一致しない人のことをいうんだ」
「そして性同一性障害は例えばブリギッテの状態で、更に自分の身体に違和感や嫌悪感を持ってしまっている状態をいうのですよ」
「あぁ、そうなると性転換手術をしたりするのですね」
「性転換手術って何ですか?」
「あぁ、シエナ。それはね、女から男へ、またはその逆に身体を作り変えるのですよ」
「え?そんなことができるのですか?」
「ん-、まぁ、外見的にそう見える様に作り変えるだけなのですけれどね」
「異世界ではその様なことも可能なのですね!」
「性同一性障害は例えば女性の場合、男性の服装をするだけで満足する人も居るし、身体を作り変えてやっと落ち着く人が居れば、そこまでやっても子が作れなければ、やっぱり駄目だとなってしまう人も居るのですよ」
「難しいのですね」
「ブリギッテは女性の姿のままで、フローラと暮らせればそれで幸せなのですから、月の都で二人揃って学校の先生として働いて過ごせば問題は起こらないでしょう」
「月夜見さまは日本で婦人科が専門でしたよね?その障害は婦人科が専門なのですか?」
「いえ、基本的には精神科や心療内科なのですが、たまにホルモン異常を疑って婦人科に受診される方が居るので勉強はしていたのです」
「あ!レオに初めて会った時、女性が嫌いなのかと聞いていたのはこのことを確認するためだったのですか?」
「あぁ、花音。そうですよ。レオに開口一番で結婚しないといけないのかと聞かれたからね」
「あぁ、月夜見さまは、全ての人々の心に寄り添い親身になってお考えくださるのですね」
「そうなのです。そのお心遣いが繊細で・・・」
「ちょっと、シエナ、幸ちゃん。また始まっているよ・・・」
「それは仕方がないですよ。皆、そう思っていますから」
「琴葉まで・・・」
その時、ブリギッテが応接室にやって来た。
「失礼します。よろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「月夜見さま。先程はありがとうございました。お陰で私とフローラは救われました」
「良いのですよ。二人は月の都で役に立ってくれる人材なのですからね」
「それで、お探しのご息女さまなのですが、どうもこの国には該当するお方はいらっしゃらない様なのです。申し訳ございません」
「ブリギッテが謝ることではありません。探して頂けて助かりました。それでは私たちはまた、旅を続けますのでこれで」
「あの、月夜見さま。私たちはこれからどの様な準備をすればよろしいのでしょうか?」
「そうですね。今から丁度二年後にアスチルベの月の都へ行くことになろうかと思います。二年の間に先生としての教え方や心構えを学んでください」
「あと、これはできたらで構わないのですが、他の科目で先生をやってくれそうな人が居たら教えて頂けますか?まだ畜産の先生しか決まっていないのですよ」
「かしこまりました。では畜産と数学と言語以外の科目ができる先生の候補ですね。当たっておきます」
「お願いしますね」
今回は妻を増やさずに済んで、学校の先生を二人確保できた。結果オーライだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!