36.ひとつ目の月の都
善次郎の洋食屋で宴が続いていた。
「ところで善次郎殿、女兄弟は居ますか?」
「いいえ、私は一人っ子なのです」
「それは珍しいですね」
「いえ、アスチルベでは一人っ子は多いそうです。爺さんの話では一人目が女の子だった時だけ二人目を作ると言っていました」
「それは何故ですか?」
「やはり貧しいからです。子は無暗には作れませんから」
「もしかするとお爺さまは日本人の顔をしていたかも知れませんね。娘ならば遺伝で似ていたかも知れません」
「あぁ、そう言えば私は母親似の様ですからね」
「では、アスチルベ出身ならば醤油や味噌を使った料理も教わっていますか?」
「えぇ、この店のメニューには出していませんが家族では食べていますね」
「どんなものがあるのですか?」
「そうですね。肉じゃが、すき焼き、かつ丼、親子丼、味噌焼きおにぎり、味噌汁なんかでしょうか」
「え!かつ丼に親子丼!味噌焼きおにぎりか。食べたいな!」
「できますよ。今、お作りしましょうか?」
「おにぎりだけなら食べられるかな?皆はどうする?」
「味噌焼きおにぎりですか?食べたいです!」
「それじゃぁ、ひとつずつお願いします!」
「かしこまりました」
厨房から味噌が焦げる良い香りが漂って来る。
「あぁ、この味噌の香り!日本に帰って来たみたいです!」
「お待ちどうさまです」
「うわぁ!おにぎりだ!この世界で初めてです!」
「美味しい!」
「あぁ・・・最高です!」
「幸せ・・・」
元日本人としては幸せなひと時となった。でもお腹もいっぱいで、お酒も入らなくなる程となったのでお開きとなった。
「では月夜見さま。私はここで失礼致します」
「うん、幸ちゃん、またね」
「はい。皆さん、失礼します」
「シュンッ!」
「うわぁ!消えちゃった!女の人が居なくなっちゃったよ!」
「ノア。神さまなのよ」
「神さま、凄いね!」
「さぁ、僕たちも失礼しようか」
今日も善次郎殿に金貨二枚を支払い、玄関前に船を出現させると皆で乗り込んだ。
「では、また来ますのでよろしくお願いします」
「はい。お待ちしております」
「シュンッ!」
宿に戻った。今夜は琴葉と眠る日だ。
「琴葉、先にお風呂へどうぞ」
「いえ、いつも先に頂いていますので、今夜は月夜見さまがお先にお入りください」
「そうかい?では先に入らせてもらうね」
「えぇ、どうぞ」
身体を洗って湯船に浸かっていると琴葉が裸で入って来た。
「琴葉。どうしたの?」
琴葉は黙って湯船に入ると僕に抱きついて来る。
「月夜見さま、いつになったら抱いてくださるのですか?」
「え?だって、まだ成人していないから・・・」
「でも、十一歳の幸子は昨夜、抱いたのでしょう?」
「え?あ。い、いや、それは・・・」
「月夜見さまは私がお嫌いなのですか?」
「い、いや、そんなことはないよ・・・」
これってお見通しって奴か。フクロウが何か伝えているのか?神のお告げという奴で全て分かっているのかもな。それだともう逃げられないな。もしかして琴葉、排卵しているのかな?
僕は身体をよじって琴葉の卵管の透視を試みた。あれ?排卵はしていないな。
では、子を身籠りたい訳ではなく純粋に愛し合いたいということか・・・
それはそれでなぁ・・・まだ、気持ちの切替はできていないのだけどな。
「月夜見さま。お願いです。私、この世界でひとりだけで寂しくて寂しくて・・・」
琴葉は泣き出してしまった。あぁ、そうか、この世界の記憶が消えているから親も知り合いも居ない、ひとりぼっちの様な感覚になってしまっているのか。
「琴葉、寂しい思いをさせてごめんね。分かったよ。ベッドへ行こう」
タオルで琴葉を包むとお姫さま抱っこをしてベッドへ連れて行った。
ベッドできつく抱きしめてキスをした。琴葉は必死でしがみついて来る。あぁ、可愛いんだよな。もう、ここまで来てしまったんだ。無理やりにでも切り替えよう。
僕は観念して琴葉を抱いた。琴葉は桜や絵里香と同じ様に絶頂を繰り返していた。
夜も更けた頃、琴葉は僕の顔を真っ直ぐに見つめて呟いた。
「月夜見。やっとしてくれたのですね・・・」
「え?お、お母さま?」
「えぇ、さっき、記憶が戻ったのです」
「え?では琴葉ではなくなったのですか?」
「いいえ、天満月で、琴葉で、アルメリアで、そしてあなたの妻です!」
「えーーっ!そ、そんな!」
「ふふっ。やっとひとつになれました」
そう言って琴葉は僕の下半身を見て笑顔になった。
「さぁ、もう一回しましょう」
「え?」
琴葉に足を絡められて逃してもらえない。でも力ずくで引き剥がす気ももう起きない。流される様にもう一度、いや再開して何度も果てた。
ことが終わってからも抱き合い、キスをし愛を確かめ合った。結局はこうなりたかったのかも知れないと思い始めていた。
「琴葉、このことを皆に話すの?」
「勿論、話しますよ。嫌ですか?」
「うーん。もう良いかな」
「何が良いのですか?」
「こうなったことが。です。琴葉。愛しています」
「私も!」
翌朝、目覚めると僕と同じ美しい青い瞳が僕を見つめていた。
「おはようございます。月夜見さま、明るい中でしてください」
朝の光の中でふたりはまた始めてしまった。十六、七歳の若さになった琴葉は、筆舌に尽くしがたい美しさだ。
朝の陽ざしが差す寝室のベッドで、下からその肢体を見上げるとプラチナシルバーの髪が朝日に照らされて透き通る様に輝いていた。
「琴葉。愛しているよ。結婚しよう」
「本当?嬉しい!」
「でも、琴葉としてだよ。僕のことは桜たちと同じ様に呼んで同じ様に接してね。琴葉だけを特別扱いはしないからね」
「えぇ、それで良いのです。嬉しい!ありがとう!」
ふたりは深いキスをした。
宿の食堂で朝食を食べながら琴葉は皆に話した。
「皆、昨夜、アルメリアの記憶を思い出したのです」
「え!本当ですか!」
「えぇ、ニナ。今まであなたのことを忘れてしまっていてごめんなさいね」
「いいえ、思い出して頂けたなら良いのです!アルメリアさま!」
「ニナ。私は琴葉ですからね。記憶は戻りましたがもう琴葉なのです。自らアルメリアと名乗ることは二度とありません。私の親や兄弟、月宮殿の人たちにはアルメリアの記憶は無くなったままとしておきます。皆さん、その様にお願い致します」
「桜。お願いね」
「えぇ、琴葉。またよろしくお願いします!」
「花音もね。よろしく!」
「はい。琴葉。良かったです!」
何だか、今まで悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えて来たな。何だか吹っ切れて清々しい気分だ。
「琴葉さま。ネモフィラ王城を出てからのことは覚えていらっしゃるのですか?」
「えぇ、全ての記憶がはっきりとしていますよ」
「では洋食屋さんのことも覚えているのですね!」
「えぇ、私は次に行ったら親子丼を食べたいわ!」
「本当だ。覚えていらっしゃるのですね!」
ニナはまたちょっぴり涙を流していた。
「さぁ、朝食を食べたらアスチルベ王国へ行こうか」
「はい!」
皆で小型船に乗り込みアスチルベ王国の王城上空へ飛んだ。
「シュンッ!」
「さて、まずはすぐに王城から離れようかな・・・」
急加速して海岸線へと飛び、そこからは地上の様子を見ながら海岸沿いを進んで行った。
王都を抜けて平民の民家が並ぶエリアも抜けると急に人の気配が消えた。
その時、小白の頭に乗っていたフクロウが「ホウっ!」と一度鳴き、念話で話し始めた。
『この先の島に寄るのだ』
『島?この先に島があるのかい?』
『島の手前に神宮の遺跡がある』
『神宮の遺跡?』
「あ!島ってあれではないですか?」
「島?大きいね。月の都よりもやや大きいくらいかな?」
その島は海岸から五百メートル程離れたところにあり、海岸から見て奥の方が山になっていた。山の麓は、森となっており、そこから平野が広がっている。横幅が月の都よりも広く、全体的に大きい様だ。
「神宮の遺跡ってあれでしょうか?島の手前の海岸に鳥居の残骸の様なものが倒れていますね」
「あぁ、そうだね。ではあそこに降りてみよう」
『フクロウ君、あの島には何があるんだい?』
『行けば分る』
『ひゃー冷たいな・・・』
海岸に降りると建物の残骸は無いのだが、人の手で削って成型されたと見られる岩や石がそこかしこに落ちていた。そして明らかに鳥居だったと思われる丸太が朽ちて倒れていた。
海岸から陸地を見ても草原しか見えず人の気配は無い。何故、誰も居ないこんなところに神宮があったのか不思議だ。
神宮が無くなったから人が居なくなったのかも知れない。いや、花音のお父さんが、先住民が多く亡くなったと言っていた。人が居なくなったから神宮が無くなったのではないだろうか。
「大昔にここに神宮があったのか・・・」
「そう言えば、月の都の下にもこうやって海岸沿いに神宮がありますよね」
「では、あの島は月の都と同じなのでは?」
「大昔には浮かんでいたということかい?」
「そうでなければ、フクロウが行ってみろとは言わないのではありませんか?」
皆で一斉にフクロウを見つめる。フクロウは首をぐるっと回して目を逸らした。
怪しい・・・何か罠に嵌めようとしていないだろうか。琴葉の時といい、何か起こるとしか思えないのだよね・・・
『フクロウ君。あの島に渡ったら何か起こるのではないだろうね?』
『問題はない・・・』
『むむっ。そんなそっぽを向きながら言われてもなぁ・・・』
「月夜見さま。橋もないですがどうやって島に渡るのですか?」
「船に乗って渡ろうか」
その時、フクロウがバサバサと飛び立ち、先に島へ向かって飛んで行ってしまった。
「仕方がない。後を追って行くか」
僕らは再び小型船に乗りフクロウを追った。
「あのフクロウはどこへ行ったかな?」
「あ!あの真ん中辺に降りて行きますよ」
島に近付いて見てみると、山からは川が流れ、島の中央辺りに池ができていた。池から離れたところに雑草が生えていない場所があり、フクロウはそこへ舞い降りた。僕たちも続いてその空き地に降りた。
「何だか月の都に似ているね・・・端の方に山があるのも同じだし」
「あ、フクロウが何かを突いていますよ」
「え?どれ?」
フクロウに近付いて行くとそこには石の扉が地面にあった。
「扉ですね・・・」
「これを開けろということなのでしょうね」
「開けるのかい?何かでて来そうで嫌だな・・・」
フクロウはバサッと一回羽ばたくとふわりと浮かんで小白の頭へと飛んだ。
『扉を開いて中へ・・・』
『えー、嫌だよ・・・』
『これは大事なこと』
『もう、本当に嫌だな・・・』
そう言いながら僕は渋々扉に手をかざし、念動力で石の扉を持ち上げる様にして開いた。
「ゴゴゴッ!」
石が擦れる音がして土埃が舞った。地面に石の扉を倒すと「どしん!」重い音を立てた。
扉を開けると地下へ続く石の階段があった。これには見覚えがある。月宮殿の地下室と同じ雰囲気だ。開けた以上は入れと言われるに決まっているよな。と観念し、階段を降りて行った。
桜たちが僕に続いて入ろうとするとフクロウが言った、
『地下室に入れるのは継ぐ者だけ』
『桜たちはそこで待っていてくれるかな?』
『はい。月夜見さま。お気をつけて!』
『うん。多分、これは月宮殿にある地下室と同じだから大丈夫だよ』
そう言って、ひとり地下室の扉の前に立つと、やはり月宮殿の地下室の扉と同じだった。
扉の横の柱に埋め込まれている青く大きな宝石に右手を触れる。すると、取っ手のない扉は「ゴゴゴッ」と重そうな音を立てながら左にスライドして開いた。
あれ?月宮殿の地下室は僕が入れる様に登録したけど、ここは登録していないのに開いたな。ということは登録した情報が共有されているということかな?
地下室に入ると、中は月宮殿の地下室と全く同じだった。所蔵されている本は違う様だが、それ以外に何か違うことはないかと見回していると壁に掛けられた絵が違っていた。
その絵を見ると・・・あ!この絵は日本の絵だ!
何故、日本の絵だと分かるかと言えば、それは富士山が描かれているからだ。富士山の左上には日本で見る三日月が浮かんでいた。どう見ても日本で描いたものだと思う。
作者は誰だろう?と気になり、絵の下側の隅を見るがサインが無い。それならば絵の裏側だろうと思い額縁を持って壁から外すと、壁に大きな赤い宝石が埋め込まれていた。
ん?何だこれは?やっぱりこれで認証しろということだよね。この流れは。
もう半ばやけくそ気味に右手を宝石にかざした。すると一瞬ピカッと光り消えた。
次の瞬間「ゴゴゴッ!」と地響きがした。でもしばらくしてすぐに音はしなくなった。
なんだ。何も起こらないではないか・・・拍子抜けしながら絵を壁に戻して外に出ようと扉に向けて歩き出した時、桜の叫ぶ声が聞こえた。
『月夜見さま!島が!』
『桜、島がどうしたの?』
『浮かんで行きます』
『島が浮かぶ?』
『出て来られますか?』
僕は瞬間移動で外へ出た。
「シュンッ!」
「桜、どうしたの?」
「月夜見さま。見てください!」
「え?あ!これは・・・」
島が月の都の様に海面から離れ、空へ向けて上昇し始めていた。
『フクロウ君。これはどういうことかな?』
『ここがひとつ目の月の都』
『ひとつ目?では、僕らが暮らした月の都はふたつ目ってこと?』
『その通り』
『では、ここはどうすれば良いの?』
『月夜見の宮殿を作る』
『え?宮殿?ここに僕の屋敷を作るのかい?』
『そうだ』
『あれ?そうしたら、ここもあの高さまで上がってしまうのだね?』
『場所も高さも月夜見が動かせる』
『え?僕が好きに動かせるの?』
『瞬間移動でも飛ばせる』
『あ!それならば今、月の都の隣まで飛んで、屋敷を建てる時はカンパニュラ王国の海岸に浮かべておけば建築し易いね』
『好きな様に使うと良い。ただ、住むのはこの地にし、神宮は元の場所に建てるのだ』
『ではあなたは、もしかして始祖の天照さま?』
『今はまだ言えない』
『あぁ、やっぱり・・・』
「皆、聞いていたかい?」
「はい」
「では、瞬間移動しようか」
「シュンッ!」
「うわぁ!」
「目の前に月の都が!」
月の都のすぐ隣に瞬間移動して来た様だ。
「さて、まずはお爺さまに見せるかな。皆、船に乗って」
「はい」
そして、お爺さんの屋敷の前へと瞬間移動した。
お読みいただきまして、ありがとうございました!