35.幸子の幸せ
美味しい洋食屋の夕食後、宿に戻り今夜誰と眠るかとの話になった。
「今夜なのだけど、幸ちゃんのところに行って来るよ。乳癌の検査方法をきちんと教えていなかったからね」
「えぇ、分かりました」
「朝には戻るからね」
『幸ちゃん!聞こえるかい?』
『はい!月夜見さま。聞こえます』
『今から幸ちゃんのところへ行っても良いかな?』
『え!来てくださるのですか!嬉しいです』
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!」
「シュンッ!」
「うわぁ!」
幸ちゃんが瞬間移動して抱きついて来た。こんなの初めてでびっくりした。
「幸ちゃん。寂しかった?」
「はい。毎晩、月夜見さまのことを考えてしまいます」
「もう、お風呂は入ったかな?」
「はい。入りました」
「では、ベッドで待っていてくれるかな?」
「はい!」
ひとりでお風呂に入りタオルを腰に巻いてベッドに戻って来た。ベッドの中では幸ちゃんが赤い顔をしてこちらを見つめている。
「幸ちゃん、お待たせ」
「はい。お待ちしていました・・・」
「もう、良いかな?って思って」
「はい。きっと大丈夫です」
僕は幸ちゃんと深く長いキスをした。幸ちゃんも情熱的に求めて来た。それからお決まりの様に全身をマッサージしていく。
「月夜見さま。私、どうかなってしまいそうです。こんなに幸せなのですね・・・」
「そう。それは良かった。幸子。君は美しいね・・・」
「嬉しい・・・嬉しいです」
幸ちゃんの瞳からはとめどなく涙が零れ落ちていた。
それから幸ちゃんが気を失って眠るまで何度も続けた。
僕たちの身体はやはり何かある。医学的に言っても絶対に普通ではない。幾ら癒しの能力を使いながらとは言え、初めてでこんなになるなんておかしいと思う。でも、桜も花音も同じ様にいつも絶頂を繰り返し、最後は気絶するまでしてしまう。
それで何が起こるということもないから問題はないし、所謂、夫婦生活というものが円満ならば良いことだとは思うけれど。
翌朝、目覚めると目の前で幸ちゃんが微笑んでいた。
「おはようございます!何て美しい寝顔なのでしょう!私は本当に幸せ者です」
「幸ちゃんも美しいよ。ところで昨夜は初夜だというのにあんなにしてしまったけど、大丈夫かな?痛みとかは残っていないかい?」
「はい。幸せでした・・・痛みなんて全くないです」
「ふふっ。幸ちゃん可愛いね」
そう言って抱きしめ、もう一度だけした。その後、二人でお風呂に入り今後の避妊の方法を話し合い、乳癌の検査方法と注意点を教えた。まずは、幸ちゃんのお母さんや春月姉さまなど、身近な人の検査をしてもらえる様に頼んだ。
「幸ちゃん、昨日プリムローズ王国の北の辺境伯領で食堂に入ったら、日本人の転生者と思われる人が日本の洋食屋のメニューを作っていてね、とても美味しかったんだ。今夜も行くのだけど幸ちゃんもおいでよ」
「え!日本の洋食屋ですか!是非、食べたいです!」
「その転生者という人は既に亡くなっていてね、その息子が善次郎、そのまた息子が凛太郎って言うんだ。僕の屋敷の使用人になってもらうことになったんだよ」
「では月夜見さまのお屋敷では和食も洋食も食べられるのですね!」
「そうなんだ。幸ちゃんにハーブ料理も教えてもらえるし、今から楽しみだね」
「まぁ!私の料理を楽しみにして頂けるのですね!嬉しいです」
「では夕食の時間に迎えに来るから、この前の服を着て待っていてくれるかな?あ!アルベルト殿と春月お姉さまはどうしようか?」
「今夜は二人だけの夕食になって良いのではないでしょうか」
「あぁ、そうか。そう言えば二人の様子はどうかな?」
「そうですね。良い雰囲気だと思いますよ。私に男女の関係を語るだけの経験がないので何とも言えないのですけれど」
「そうか。前世でもこの世界でも僕だけが幸ちゃんの男なのだね」
そう言って幸ちゃんを抱き寄せて深いキスをした。
「あぁ・・・月夜見さま・・・」
「いかんいかん。またしたくなってしまうね。いい加減にしないと!」
「月夜見さま!今度はいつ泊ってくださるのですか?」
「そうだね。四日後かな?桜、花音、琴葉が居るから、これからは四日に一度は泊まるよ」
「本当ですか!嬉しい!」
そう言って僕の首に巻き付いてキスをして来た。また、離れられなくなってしまう。
と、その時、頭の中に桜の声が響いた。
『月夜見さま!まだ戻られませんか?』
『あ!桜。今、戻るところだよ』
『分かりました』
「幸ちゃん、呼ばれちゃったよ。では、今夜迎えに来るからね」
「はい。お待ちしております」
「シュンッ!」
プリムローズの宿に戻った。
「ごめん。待たせてしまったかな?」
「大丈夫です。これから朝の鍛練をするところですので」
「うん。では行こうか」
朝の鍛練をし、宿の食堂で朝食を頂いてから出発した。
「今日は東側から南方面を見に行こう」
「はい」
皆で地上を見つめ、湖を探しながら話しをする。
「月夜見さま。新しいお屋敷では使用人を百人は雇うとのお話でしたよね。そうすると私の見た夢では十五歳の成人の時には屋敷はできていたのですから、お屋敷を作り始める時期はいつになるのでしょう?そんなにすぐには建てられないのではありませんか?」
「あ!そうか。十五歳まであと二年半も無いのだね。あれ?屋敷ってどれくらいで建てられるものなのだろうか?」
「屋敷自体が月宮殿の規模だとして、使用人の住居が百人分ですよね。それに畜舎や厩、農機具を収納する倉庫も必要です。更に学校と神宮となると二年でもできるのかどうか・・・」
「しまった。そう言うことか!ではまず建築に要する日数を確認して、場所も決めないといけないのだね」
「えぇ、少なくとも屋敷だけは間に合うのだろうとは思うのですが」
「ではまず、月宮殿の大工のパブロに聞いてみよう」
「シュンッ!」
「うわぁ!」
大工のパブロの家の前に急に現れた船に使用人のローラたちが驚いてしまった。
「こんにちは、パブロ、ローラ。久しぶりですね」
「え?もしかして?月夜見さまですか?」
「え?前に会ったのはそんなに小さな時でしたか?」
「えぇ、七年前の会議の時が最後ですから。驚きました。もう私よりも大きいのですね」
「私はちょっと、変わっているのですよ」
「今日はどうされたのですか?」
「パブロにちょっと聞きたいことがあるのです」
「何なりと」
大工の事務所の応接室みたいな部屋へ通された。
「例えば、月宮殿をもうひとつどこかに作るとしたら、どれくらいの期間で作れますか?」
「え?月宮殿と同じものを建てられるので?」
「えぇ、そのつもりです」
「そうですね。私のところだけだったら、何年掛かるか分からないくらいですが、大工組合で請け負って世界中から人を集めれば二年くらいで建てられるのではないでしょうか?」
「あぁ、やはり二年は必要なのですね」
「どこに建てられるのですか?」
「まだ、決まっていないのです」
「月の都ではないのですね?」
「それは、そうです」
「月の都でないならば二年は掛からないかも知れません」
「それは何故ですか?」
「地上から資材を運び上げるだけでかなりの労力が必要になりますので」
「あぁ、それはそうですよね」
「パブロは屋敷の設計はできるのですか?」
「あれ程の大規模なものは部分ごとにご希望を伺って専門の者にやらせます」
「ただ、月宮殿は神宮と同じで大昔に建てられたものですので同じ物ができるかどうか」
「あぁ、それならば月宮殿というよりは城に近い作りで良いのです。そうですね屋敷自体は三階建てで十分です」
「月宮殿や神宮の様式でないならば二年は掛かりませんね」
「あと、百名程度の使用人が必要ですから、その住まいを別に建てて、その他に牛舎、豚舎、鶏舎と厩、農機具の倉庫、あと学校と神宮の機能を持った建物も必要です」
「あぁ、それならばやはり二年は必要です」
「費用ってどのくらい掛かるものなのでしょうか?」
「今、おっしゃったもの全てで、白金貨百枚くらいでしょうか?」
「え?そんなに安いのですか?」
「え?安いですか?」
「安いですよ。もっと払いますよ」
「ま、まぁ、全て設計してみないとまだ、何とも申せませんので・・・」
「えぇ、ではこれから何回か来ますので、設計を進めて行きましょう」
「かしこまりました。大工組合にも連絡しておきます。いつ頃必要になるのですか?」
「二年後の十二月前までに完成するのが理想ですね」
「それでしたら、資材の手配がありますので、設計は今月中にしておかないと間に合わないかも知れません。場所は八月中には決めて頂きたいです」
「八月までですね。分かりました。では週に一度は参ります」
「はい。よろしくお願いいたします」
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!お帰りなさいませ!」
「ただいま!」
「如何でしたか?建築は間に合いそうでしたか?」
「うん。ギリギリだったよ。設計は今月中、場所は八月中に決めなければならないんだ」
「あと二か月も無いのですね。場所は決められるのですか?」
「そうだね。プリムローズは明日立つ予定だからアスチルベ王国へ行ってみようか」
「でもアスチルベ王国には嫁候補が待っているのですよね」
「うん。だからお忍びで入って土地探しだけするのですよ」
「あぁ、なるほど・・・でもそれを後回しにする必要もないとは思いますが・・・」
「シュンッ!」
プリムローズの先程まで居た場所へ戻って捜索を開始した。
何箇所かは湖を見つけて地上へ降り、周辺の聞き込みを行ったが舞依の手掛かりは見つからなかった。
夕方に宿に戻り基礎鍛練をしてから幸ちゃんを迎えに行った。
『幸ちゃん。今から迎えに行くよ』
『はい。部屋に居ります』
「シュンッ!」
「月夜見さま!」
お約束の様に抱きついてきてキスをする。もしかしたら幸ちゃんが一番積極的なのかも知れない。まぁ、それはそれで大歓迎なのだが。
「では、このまま飛ぶからね」
幸ちゃんを抱きしめたまま宿に飛んだ。
「シュンッ!」
「あ!幸ちゃん!」
「さぁ、食堂へ行こうか!」
「はい!」
小白とふくろうに晩御飯をあげると僕らは船に乗って食堂へ飛んだ。
「シュンッ!」
いつもの様に食堂の裏で船を消して食堂に入った。
「こんばんは!」
「あ!月夜見さま」
店には凛太郎の姉と思われる女性とその主人、もう一人の妻らしき女性、小さな子供が二人居た。
「月夜見さま。今夜は貸切にしてあります。こちらが娘の明日香とその主人のセージ。もうひとりの妻アイリーンとその娘のリンに明日香の息子ノアです」
「はじめまして。月夜見です」
「まぁ!何て・・・美しいお方・・・ドサっ!」
「あ!お母さん!お母さんっ!」
アイリーンという女性が気絶した。リンが心配して必死に呼び掛けている。
「お、おいセージ。アイリーンを奥に寝かせておけ!」
「はい!すみません!」
「月夜見さま、申し訳ございません!」
「あなたが明日香ですか」
「はい。この度は私の家族をお救いくださり、ありがとうございます」
「これも何かの縁ですから」
「では、これからお食事をお出ししますので!」
善次郎殿がそう言うと、何も注文していないのに大皿に乗せられた日本で見慣れた料理が次々と運ばれて来た。ジェシカと明日香が配膳してくれてテーブルの上は料理でいっぱいになった。
「まずはビールでよろしいでしょうか?」
「えぇ、ではビールを八つください。あ、幸ちゃんはビールで大丈夫かな?」
「こちらではまだ、お酒は飲んでいませんでしたが大丈夫でしょう」
「そうだね。身体はもう大人だからね」
「月夜見さまったら!」
「あ!そういう意味で言ったのではないのだけどね・・・」
その時、琴葉の目が光った気がした・・・
「善次郎殿、皆さんも今日は一緒に飲みましょう!」
「そんな、神さまと一緒に飲むなんてとんでもないことです!」
「良いではありませんか、私の使用人になるということはそういうことなのですよ」
「え?そうなのですか?」
「そうです。私は貴族ではないのですから身分など関係ないのですよ」
「さぁ、善次郎殿、ジェシカ、明日香にセージ殿も一緒に飲みましょう」
「わ、分かりました。では・・・」
全員のビールが出揃い、凛太郎とノア、リンにはジュースが注がれた。
「では、カンパーイ!」
「ガシャン!」
「あー美味い!」
「あぁ、何年振りのビールでしょうか!」
「幸ちゃんは日本では結構飲んでいたの?」
「いえ、嗜む程度です」
「それって・・・」
「月夜見さま。昨日いらっしゃらなかったお方が増えていらっしゃいますね」
「あぁ、失礼しました。こちらはイベリス王国の王女、シンシア イベリスです」
「お、お、王女殿下!」
「ですから、身分などお気になさらず」
「もしかして、奥方さまなので御座いますか?」
「あぁ、こちらの四名は私の婚約者です」
「こ、婚約者!ま、まだ結婚されていらっしゃらないのですか!」
「えぇ、私はまだ十二歳ですからね」
「えーーっ!じ、十二歳!凛太郎よりも年下なのですか?」
「で、でも大人ですよね?」
「私は能力のお陰で成長が早まっているのです。私の婚約者も皆、能力者ですよ」
「そ、そうなのですね!」
「え?ではこちらのお三方は?」
「彼女たちは私の侍女です」
「侍女!そ、そんなにお美しい方々が・・・侍女・・・」
「で、でも侍女の方が主と食事を同席されるのですか?」
「えぇ、だから身分は関係ないと申したのですよ」
「この七人には貴族令嬢の侍女が居れば平民の婚約者も居ます」
「平民の婚約者!そ、そんなことが・・・神さまですのに?」
「ええ。神である前にひとりの人間なのですよ」
「は、ははーっ!大変失礼を申し上げました!申し訳ございません」
「ですから良いのですよ。皆で楽しく飲みましょう」
「ビールお代わり!」
「はい!」
「幸ちゃん。この食事はどうかな?」
「はい。このロールキャベツ最高です。私の大好物だったのです!」
「月夜見さま。焼き鳥がありますよ!たれも美味しいのです!」
「うわぁ!良いね。これは美味い!」
「この川エビのから揚げもビールに合いますね」
「善次郎殿、これからも少なくとも週に一度は来ますよ」
「えぇ、いつでもどうぞ!お待ちしております」
その時、奥から先ほど気絶したアイリーンが目覚めて出て来た。
「そう言えば、セージ殿、明日香、アイリーン。あなた達も善次郎殿と一緒に私の屋敷に来ますか?」
「はい!是非、お願い致します」
「あなた達はどんなお仕事をしているのですか?」
「はい。私は馬具など革製品を作る職人で御座います。明日香とアイリーンは服飾関係の仕事ができます」
「あぁ、それは良いですね。そういう仕事も必要ですね」
「ありがとうございます!あ、あの月夜見さま。皆さんがお召のその衣装はとても珍しいと思うのですが・・・」
「えぇ、これは日本の衣装を参考にして作られたものですよ」
「日本の!ではお爺さんが見たら喜んだでしょうね」
「そうかも知れませんね」
「ところで皆さん。私の屋敷に来るということはこの国を離れることになる訳ですが、それは構わないのでしょうか?」
「私たちは元々、移民なのです。爺さんがアスチルベ王国からここへ移り住んで来たのです」
「え?アスチルベ?」
「善次郎殿はアスチルベ王国に住んでいた時があったのですか?」
「えぇ、でも私がまだ赤ん坊の時のことですが」
「あれ?やっぱりアスチルベは日本と大きく関りがあるのかな?」
「え?日本とアスチルベがですか?」
「えぇ、花音も十歳まではアスチルベに居たのですよ」
「はい。私の父と私は漢字の名前を持っています」
「そうなのですか?」
「善次郎殿、もしかしたら私はアスチルベに屋敷を建てるかも知れないのです」
「そうですか!それは良いですね!」
「どんなところがですか?」
「アスチルベは魚が美味いのです。米や野菜も美味いし、良い大豆が作れるから味噌や醤油も美味いのです」
「あぁ、やはりそうなのですね。もしかしたらアスチルベは日本に近いのかも知れないですね」
「えぇ、爺さんはそう言っていました」
「あれ?ではお爺さんは何故、アスチルベを離れたのでしょう?」
「あぁ、先住民の立場が弱くて食堂をやっても客が入らなかったのです。税の面でも厳しかったと聞いています」
「そうですか。ではちょっと様子を見て来ますよ」
よし、アスチルベに土地探しに行ってみよう!
お読みいただきまして、ありがとうございました!