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34.日本の洋食屋

 捜索を続けながら、先程の乳癌にゅうがんの治療の話になった。


「月夜見さま。月夜見さまは以前から、乳癌の検診に熱心というか私たちに働き掛けをされていましたね?乳癌になる女性というのはそれ程多いのですか?」

「桜、そうなんだよ。日本では年を追う毎に増える一方だったんだ。僕が医師をしていた2000年度の乳癌での死者数は三十年前の三倍以上になっていたんだ」


「えーーっ!日本ではそんなに乳癌になる女性が増えていたのですか?」

「うん。でも、三十五歳くらいまでに出産して授乳経験があれば、乳癌になるリスクは大幅に減るのだけどね」

「え!私、あと七年しかありません!」


「この世界ではまだそこまで乳癌になる人は増えてきていないはずだよ。そんなに心配は要らないさ。それに桜は僕が検診しているでしょ?」

「あ!そうでした!」

 桜は真っ赤な顔になってしまう。


「でも、さっきのアリアンナの様に二十代とか三十代で乳癌になると、進行が早く癌細胞も大きくなって転移も早いんだ。若い女性の乳癌はとりわけ怖い病気なんだよ。だから検診だけはしておこう。と言っているんだよ」


「月夜見さま!私の胸は小さいからそんな病気にはならないですよね?」

「シエナ。残念ながら、乳房にゅうぼうの大きさは関係ないのです。この病気は男性でもなることがあるのだからね」

「えーーっ!男性でも!」

「まぁ、少ないけれどね」


「どうしましょう!私、怖いです!」

「あぁ、ごめん。怖がらせてしまったね。でもきちんと検診していれば、万が一その病気にかかったとしても早期発見されれば完治できるから大丈夫だよ」

「月夜見さま。毎日、私の胸を見てください!」


「シエナ、それは嬉しいけど、検診は年に一度くらいで大丈夫だよ」

「月夜見さま。嬉しいのですね・・・」

「あ!口が滑った!」


「シエナ、検診なら桜や花音、琴葉もできるからね」

「えー。月夜見さまが良いです!お願いします!」

「まぁ!シエナったら。甘えてはいけませんよ」

「あ!すみません。琴葉さま・・・」

 やっぱり、ここぞという時はお母さんの記憶が出て来ている様な気がするのだが・・・


「さて、話し込んでいたら北の国境まで来てしまった様だね。この辺でお昼にしようか」

 北側の辺境伯領の街が見えた。結構栄えている様だ。商店街を一度流して食堂を見つけ、裏へ回って船を消した。


『小白。あまり遠くへ行ってはいけないよ。あと人間に見つからない様にね』

『わかった!』

 そう言って、小白はいつもの様に走って消えていった。


 その食堂は辺境伯領の街らしくお洒落な佇まいだった。これならばあまり驚かれないで済むかな?

「こんにちは。七人なのですが。旅の者です」

「いらっしゃいませ!」

 若い男性店員・・・まだ子供なのかな?でも驚いた。この世界で初めて食堂で男性店員を見た様な気がする」


「この店のお薦めを七人分ください」

「かしこまりました」

 店内を見渡すと、ほとんどの席に男性客が居る。これは珍しい光景だ。


「このお店、店員が男性でお客も男性が多いですね」

「えぇ、食堂でこんなに男性を見たのは初めてです!」

「そうだよね。この街がそうなのか、それともプリムローズ王国がそうなのかな?」

「いえ、国単位で男性が多い国なんて聞いたことがありませんね。この街だけなのではないでしょうか?」


「お待ちどうさま!当店自慢のとんかつです!」

「え?とんかつ?この世界で初めてだな!」

「うわぁ!懐かしいです!」

「何だか、嬉しいですね!」

「一体、何年振りなのでしょうか!」


 異世界組の四人は皆、とんかつに感動している。でもニナたちは何だか分からない様で、きょとんとしている。


「お兄さん、このとんかつはこの国の名物なのですか?」

「いえ、これは亡くなったお爺さんが作ったものです。この店のメニューは全部、お爺さんが考えたものなのです」

「それを引き継いで作っているのですね」

「えぇ、そうです」


「へぇ、メニューを見せてもらえますか?」

「はい。こちらがメニューです」

 渡されたメニューを眺めると・・・


「え!何これ!」

「どうしたのですか?」

「え?メニューなんだけどさ。読み上げるよ。とんかつ、ハンバーグ、オムレツ、クリームコロッケ、エビフライ、ロールキャベツ、マカロニグラタン、ミートソーススパゲティ、ナポリタン、カレーライスって!これ日本の洋食屋じゃないか!」

「本当だ!どういうことでしょう?!」


「え?お客さん、何かおかしいですか?」

「これは全て、異世界の食べ物ですよ。あなたのお爺さんのお名前は?」

「お爺さんの名前?トーマスですが?」

「えぇっ!トーマスか。がっかり・・・それでこれは今、誰が作っているのですか?」

「お父さんと僕です」


「このメニューは全部作れるのですか?」

「えぇ、お爺さんの直伝ですからね。ところで、異世界の料理ってどういうことですか?」

「あ、あぁ、それはこちらの話です。気にしないでください」

「そうですか。ごゆっくり」

「ありがとう!」


「とりあえず、食べようか」

「はい」

「おぉ、衣がサクサクで豚肉も柔らかいね」

「このソースがまた懐かしい感じです」

「キャベツの千切りも乗っているね。完璧だ」


「ニナ、シエナ、シルヴィー、これは日本の料理なのだけど、どうかな?」

「凄く美味しいです!」

「えぇ、ごはんに合いますね」

「私これ、好きです!」

「そうか、気に入ってもらえて何だか嬉しいね」


「あぁ、ハンバーグとか、ナポリタンとかも食べてみたいなぁ・・・」

「月夜見さま。瞬間移動できるのですから、夜でも明日でもまた来れば良いのではありませんか?」

「そうだったね・・・お兄さん、この店は夜もやっているのかな?」

「はい。夜は酒場として営業しています」


「それじゃぁ、今晩また来るからこの席を取っておいてもらえますか?」

「本当ですか!ありがとうございます!お待ちしています!」

 お兄さんが凄く嬉しそうに答えた。


 そして、昼食を終えて午後の捜索に出掛けた。

「さっきの店だけど、お爺さんって絶対日本人の転生者だね」

「間違いないですね。でも能力はなかったのでしょうか?」

「どうだろうね。でもそのメニューを受け継いでくれているのがあり難いよね」

「えぇ、今夜が楽しみですね」


 宿に戻りながら東側を回って行った。帰りでもあちこちにプリムローズの花が多く咲いており、湖はあっても記憶に合う景色は見つからなかった。


 宿に戻り、基礎鍛練をしてから皆、お風呂で汗を流して夕食へ出掛けることにした。

小白とフクロウは宿の部屋で食事をしながらお留守番だ。


「さぁ、昼の食堂へ瞬間移動するよ!」

「はい!」

「シュンッ!」


 店の裏で船を消すと店に入った。まだ開店したばかりなのか客は入っていなかった。

「いらっしゃいませ!あ!昼のお客さん!」

「お世話になりますね。まずはビール七つね」

「はーい。ビール七つ!」


「さぁ、皆、何が食べたいかな?」

「皆で色々つまめる様に二品ずつ沢山のものを頼みましょう!」

「それが良いね」

「では、ハンバーグ、クリームコロッケ、エビフライ、ビーフシチュー、マカロニグラタン、ナポリタンを二つずつ!」


「では、カンパーイ!」

「ガシャン!」

「あー!美味い!」


「あ、あの!何でその乾杯をご存知なのですか?」

「乾杯?あ!これね、日本式だよ」

「え?日本?どうして日本のことを知っているのですか?」


「え?日本が分かるのですか?」

「お爺さんのトーマスはいつも日本の話をしていました。その乾杯のやり方もそうです。僕たちはトーマスお爺さんの夢の中の話だと言っていたのです」


「夢ではありません。この世界ではない異世界に日本という国があるのです。ここに居る四人も日本で暮らして、この世界に転生して来た人間なのですよ」

「えーーっ!ではトーマスお爺さんの言っていたことは本当だったのですか?」

「何を言っていたのかは分かりませんが、乾杯やこの店のメニューは全て日本に有ったものですよ」


「あ、あなた達は一体・・・」

「私は、月夜見と申します」

「月夜見?あ!お爺さんが死ぬ間際に、月夜見さまという神さまは日本人かも知れないって言っていました!神さまの月夜見さまなのですか?」

「えぇ、そうです。他のお客が来たら隠しておいてくださいね」


「お、お父さん、お母さん!大変だ!神さまの月夜見さまがいらっしゃったよ!お爺さんの話は全て本当らしいよ!」

「え?何だって?」

 お父さんとお母さんらしい二人が厨房からでてきた。


「いらっしゃいませ。月夜見さまですって?」

「えぇ、月夜見です。私とここに居る三人の女性はトーマス殿と同じ、異世界の日本から転生した者です。ここのメニューは全て日本の食堂で食べられるものなのですよ」

「では、爺さんの言っていたことは本当だったのですか!」


「えぇ、そうです。僕たちもこのメニューが懐かしく嬉しくて、昼に続けてまた来てしまいました」

「え?神さまはこの街のどこにお泊りなのですか?まともな宿なんてないと思うのですが?」

「ここではありません。王都の宿に泊まっています」


「え?ここで食べてから王都まで行かれるのですか?それでは真夜中になってしまうでしょう?」

「いいえ、私は瞬間移動ができるので、一瞬で王都まで飛びますよ」

「え!そ、そう・・・なのですか!こ、これは・・・参りました!」


「ところで、元日本人のお父さまが付けた、あなたのお名前を伺っても?」

「私ですか?変わった名前なのですよ。私は、善次郎と言います」

「ほう!」


「シュンッ!」

「うわぁ!」


 僕は部屋から紙とペンを引き寄せた。紙に『善次郎』と書いて見せた。

「この字で合っていますか?」


「え?何で漢字までお分りに?」

「それは、あなたのお父さまと同じ、元日本人だからですよ。では息子さんも?」

「はい。息子は凛太郎です」

「凛太郎?りんの字はこれで合っていますか?」


 僕は紙に『凛太郎』と書いて見せた。

「うわぁ!当りです!」

「僕の名前を不思議がらない人は初めてです!それに漢字も!」


「本当に神さまなのですね!凄いぞ!神さまがうちの店に来るなんて!」

「神さま!何でも好きなものを食べてください!全てご馳走致します!」

「いや、お金はちゃんと払いますよ。こんなに懐かしく、美味しいものを頂けることが嬉しいのですから」


「ところで、善次郎殿、奥さまは?」

「はい、このジェシカだけです。娘の明日香あすかは嫁に行き、世継ぎはこの凛太郎です」

「奥さまはひとりだけなのですね」


「えぇ、爺さんが嫁はひとりだけで良いんだってうるさくて」

「では、お爺さまも奥さまはおひとりで?」

「えぇ、そうです」


「そう言えば、この街では男性を多く見たのですが、他の国よりも男性の比率が高いのでしょうか?」

「いやぁ、小さな頃からこの街で暮らしているので他の国のことは分からないですね。ただ、うちのお客は他国の商人が多いので男性は結構いますね」

「あぁ、そういうことですか。分りました」


「では、ビールを七つ追加お願いします!」

「あ!すみません!料理をすぐに作ります!」

 それからは次々に料理が運ばれて来た。どれも懐かしく、そしてかなり美味しくできていた。


「あぁ、良いなぁ、この味。毎日でなくても良いからしょっちゅう食べたいな!」

「えぇ、本当に美味しいですね!」

「いっそのこと、使用人にスカウトしてしまうのは如何ですか?」

「え?うーん。それはいささか手前勝手な話なのではないかな?」


「ビール四つ、赤ワイン三つください!」

「はーい!すぐにお持ちします!」


「ポテトサラダ、ロールキャベツ、ローストビーフ、オムライスを二つずつ追加で!」

「はーい!」


「ニナ、シエナ、シルヴィーは初めて食べるものばかりでしょう?どうだい?」

「えぇ、とっても美味しいです!毎日食べたいです!」

「シルヴィー、美味しいよね。でも毎日だと太っちゃうかな?」

「え!では毎日でなくて良いです!」


「ビールとワイン追加!」

「はーい!」


「あれ?夜はあまりお客さんが来ないのですね?」

「えぇ、昼間は辺境伯領ですから、隣国の商人が結構利用してくれるのですが、夜は駄目ですね」

「この辺の住民は来ないのですか?」

「そんな余裕はないのですよ、ここは辺境の田舎ですからね」


「では、善次郎殿も生活は厳しいのですか?」

「えぇ、お恥ずかしい話ですが、このままでは凛太郎に嫁を迎えることは難しいですね」

「え?こんなに女性が多い世界なのにですか?」

「流石に借金だらけの家には嫁いでもらえないですよ。奴隷の方がまだマシだって言われていますからね」

「えー!そうなのですね。うーん・・・」


 どうしよう?やっぱりスカウトしてみるかな。

「それならばあと二年と少し先のお話しなのですけど、私は新しく屋敷を構える予定なのです。使用人だけでも百名程雇うので料理人も多く必要なのですよ。できれば私の屋敷でここのメニューを作って頂けないでしょうか?」


「え!神さまのお屋敷の料理人になれるのですか?私の家族三人とも行って良いのですか?」

「勿論、三人ともですよ。何でしたら嫁に行った娘さんの家族も一緒に来て頂いても構いませんよ。仕事は沢山あるのですから」

「本当で御座いますか!」

「あ、あなた!うちには借金が!」

「あ!そうだった!駄目か・・・」


「借金って、如何ほどあるのですか?」

「え?お、お恥ずかしいのですが、今で大金貨五枚程です」

「それは、何年でそれだけの借金ができたのですか?」

「爺さんが亡くなったこの五年くらいでしょうか?」


「では一年で大金貨一枚程ですね。それならば、屋敷ができるまであと二年は、ここで店を続けていてもらわないといけませんね。では大金貨八枚お渡ししますから、借金を返してあと二年間、待っていて頂けますか?」


「え?本当にそんなこと良いのですか?」

「えぇ、ここの日本の味がどうしても欲しいのですよ。これもトーマス殿が引き合わせてくれた縁というものだと思います」

「あ、ありがとうございます!」


「凛太郎、君に頼みがあるのですが。君は今、何歳ですか?」

「はい。僕は十三歳です」

「あぁ、丁度良かった。屋敷ができる頃に成人するのですね。では屋敷に移ってから嫁を見つけてもらえますか?屋敷の使用人には若い娘が沢山居るのですよ」


「え?凛太郎の結婚のお世話も頂けるのですか?」

「いや、特に余計なお世話はしませんよ。屋敷の使用人は百名以上雇いますが、半分以上が未婚の若い娘になるのです。嫌でも凛太郎に求婚してくる娘が沢山居ますよ」

「本当ですか!良かったな!凛太郎!結婚できるぞ!」

「トーマスお爺さんは居ないのですから、二人でも三人でも嫁に迎えると良いよ」


「え?そんなに養うお給金が出るのですか?」

「いや、嫁は既に使用人なのです。一人ひとりに十分な給金を支払うのですから、生活が行き詰まることなどありませんよ。勿論、住まいも全てこちらで準備しますからね」

「あぁ、神さま!どれ程感謝すれば良いのでしょうか!」


「ジェシカ殿。今まで夫婦二人で頑張って来たことが報われるだけです。これからはお金のことなど気にせずに美味しい料理を作ってくだされば良いのです」

「ありがとうございます!神さま!」


 家族は皆、号泣してしまっている。何だかお酒を追加するのもはばかられる感じになってしまったな。今日はこれで帰るか。


「では、善次郎殿。大金貨八枚です。あと今日の代金はお幾らですか?」

「とんでもない!今夜の分は頂けません」

「良いのですよ。では金貨二枚置いて行きますね。明日も来ますからね」

「ありがとうございます!お待ちしております!娘も呼んでおきます!」

「それは楽しみですね。では明日!」


 玄関に船を出現させると皆、乗り込んで宿へと飛んだ。

「では、また明日!」

「ありがとうございました!」

「シュンッ!」


「うわぁー!消えてしまった!」

「あなた!これ夢だったのでは?」

「お父さん!お金は?」

「あ!あるよ。ほら!」

「はぁー夢ではなかったんだ・・・良かった!」

「本当に神さまのお屋敷で、お金の不自由なく暮らせる様になるのね!」


「どうやら、本当みたいだ!」

「これもお爺さんのお陰だね!」

「そうだな。日本の料理を作っていて良かったな・・・」


「ねぇ、明日香も連れて行くでしょう?」

「当たり前だ。明日香の旦那だって、ろくな稼ぎがあるわけではないのだからな」

「凛太郎。嫁が沢山もらえるらしいわよ。どうするの?」

「え?そんなのまだ分からないよ!」


 突如として降って湧いた幸せに善次郎、ジェシカ、凛太郎は喜び、そして戸惑うのだった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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