31.ユーストマの併合
月宮殿からイベリス王城へと瞬間移動した。
「シュンッ!」
「天照さま。ご一家でお越し頂くとは、光栄で御座います」
「イベリス殿、突然の訪問をご容赦ください」
すぐに応接室へと案内された。イベリス王と二人の王妃、シンシアとシンシアの弟も同席した。
「カルロス。お久しぶりです。しっかりやっている様ですね」
「ダリア伯母さま。お久しゅう御座います。自分はまだまだです」
「あなたがシンシアね。確かにしっかりしているわね。それにもうそんなに大きいのね」
「はい。お婆さま。月夜見さまのお陰です」
「そう。良かったわ。幸せになるのですよ」
「はい。お婆さま」
シンシアは本当に大人びているな。というよりは実際に成長しているのだ。笑顔も既に十一歳のものではない。可愛いけど。
「それで、今日は隣国のユーストマのお話だとか?」
「えぇ、そうなのです。今日、私がユーストマを見て回り民衆に話を聞いたところ、貧困のため、人々の生活がままならなくなっており、このままでは人口も減って行くばかりの様に見えました。あの国の実情で何かご存知でしたら教えて頂きたいのです」
「月夜見さまが直接、ユーストマの民に話をお聞きになったのですか!」
「えぇ、今世界を旅しておりまして、平民の使う宿や食事処に入りますので、自然と声が聞こえて来るのですよ」
「左様でしたか・・・確かにユーストマ殿は野心のないお人ですね。自分自身の暮らしも質素なものでそれを美徳とされているのかも知れませんが、国民の生活は良くなっては居りませんね」
「私の聞いた話では平民の男は家を守り、子を作ることだけが役目だと。嫁は一人につきひとりしか子を儲けない。また子を作り過ぎると食って行けないので子を生ませてもらえない働くだけの嫁も居るとのことでした。これでは、ただでさえ一番人口の少ない国であるのに、その人口は減るばかりでいずれ国は保てなくなるでしょう」
「はい。それは私どもとしても気になっていたところでは御座います」
「イベリス殿、では国民の言っていることは事実なのですね」
「月夜見さま。概ねその通りであると思われます」
「そうか。それは残念なことだな・・・さて、では月夜見。どうする?」
「お爺さま。このままユーストマ殿に国を預けておく訳には参りませんね」
「では、ユーストマの首をはねるか?」
「いえ、王としての職務怠慢なだけであって犯罪とまでは言えませんから」
「あ、あの・・・よろしいでしょうか?」
「シンシア。どうしたの?」
「あの国は水資源にも恵まれており農業に適した土地です。普通の作物を育てるだけでなく、薬草を大量に育てて漢方薬を作らせては如何でしょうか?」
「なるほど。漢方薬の生産を国の基幹産業とするのですね?」
「えぇ、それならばただ作物を作るよりも収入は増えると思われます」
「それは良い考えですね」
「うむ。良い考えだとは思う。だがな、ユーストマ殿がそれをやる気になるかな?」
「お父さま。ユーストマ殿にはやらせません。ユーストマ殿はそうですね・・・侯爵程度の領主に格下げし、ユーストマ王国はイベリス王国に併合しましょう。そして漢方薬の生産はイベリス王国の基幹産業とするのです」
「ほう。ではそれをどうユーストマ殿に話すのかな?」
「私からユーストマ殿に漢方薬作りを国の基幹産業として推し進める案を提案します。前向きにすぐに取り組むとなれば、そのまま任せることも考えます。でもきっと、躊躇するか断るのではないでしょうか?そうしたら職務怠慢を断じて御役御免としますよ」
「イベリス殿、ユーストマの領土を引き受ける気はあるか?」
「と、突然のお話ですので・・・」
「父上!是非、お受けしましょう!お姉さまのご提案ですし、漢方薬の作り方はお姉さまがお分りになるのです。それに隣国の惨状を知りながら見て見ぬふりはできません」
「アルベルト。それは確かにそうだな。だが、お前の責任も重くなるのだぞ」
「もし、父上が私の心配をされているのであれば、それは不要です。私は新しくいらっしゃる宮司を嫁に迎え、その方と共に神宮と新しい産業を作り発展させて参ります」
「おぉ!春月を嫁にと?でも春月は十五歳ですが?」
「私はまだ、十歳ですが五歳くらいの歳の差など問題では御座いません。お姉さまが嫁ぐ前にその方と共にお姉さまから漢方薬を勉強したいと思います」
「アルベルト殿。十歳ということは今、学校に通い始めたのでは?」
「月夜見さま。既に学校の勉強は習得し、入学と同時に卒業しました。今は、宰相より国の政を勉強しているところです」
「なるほど。シンシア同様に優秀なのですね」
「アルベルト。素晴らしいわ。私としてもイベリスで漢方薬を作ってもらえることは心強いです」
「アルベルト殿。ただ、春月姉さまとの結婚は、お姉さまの意思もありますから勝手には決められませんよ」
「はい。勿論です。神宮のことを教えて頂きながらお互いの気持ちを確認できればと思います。私を選んで頂けなければ諦めます」
「それならば良いのです」
「まぁ、分かった。ここで勝手に話を進めていても仕方がない。まずはユーストマ殿にお伺いを立ててみないとな」
「このまま行きますか?」
「いや、相手は立派な国家なのだ。約束を取り付けてから行こう」
「はい。分りました」
「では、ユーストマの件は日取りが決まり次第、向かうこととしよう」
「かしこまりました」
結局、ユーストマ王国への訪問はその三日後となった。当日はお爺さんとお父さん、それに僕の三人だけで行くことになった。
それまでの三日間で小白は月宮殿のアイドルになった。弟たちと戯れて遊ぶのが楽しくなった様だ。毎日、庭園や野原で追い駆けっこを体力の続く限りやっていた。
ジーノは料理が好きな様だ。まだ子供だからかも知れないが、すぐにケイトと打ち解けて仲良く仕事をしているそうだ。ケイトも楽しそうだった。このまま結婚したりしてね。
ユーストマ王国へ訪問する日となった。お爺さんとお父さんを小型船に乗せて王城の玄関へと飛んだ。
「シュンッ!」
「これは、天照家の皆さま、お揃いで。ようこそお越しくださいました」
「この度は急な訪問をお願いし、申し訳御座いません」
「とんでも御座いません。何も問題は御座いませんので」
すぐに応接室に通された。応接室には何故かユーストマ国王だけが入った。
「先日は急に訪問した上、色々とお願いしましたが、その後如何でしょうか?」
「月夜見さま。我が国は国土も人口も小さな国です。貴族に教育しておけば、いずれは平民にも伝わりましょう」
「では、ユーストマ殿はあれから何もされていないので?」
「えぇ、その必要を感じませんので・・・」
おいおい。何だこいつは!
「そうですか。私は今、人探しをしておりまして世界の国々を巡っているのです。先日、この国にも入らせて頂きましてね、とある食堂で平民から話を聞いたのです」
「男性がどこにも見当たらないのでどうしたのか聞いたのですが、男性は家を守り子を作れば良いと、女は嫁に行くが家族が増え過ぎると食うに困るから、ひとりしか生ませてもらえない。更には嫁に行っても働き手としてだけ使われ、子を生めない者も居るとのことでした」
「ユーストマ王国は世界で一番人口の少ない国なのに、これでは更に人口が減って行ってしまいますよ。これをどうお考えですか?」
「そうですね。確かに我が国は人口が少ないですが、畜産と農業しか産業の無い国です。やたらと人口を増やせば良いというものでもありませんのでな。月夜見さまに作って頂いた本で徐々に勉強し、少しずつ人が増えて行けば良いのです」
「産業が無いのでしたら、この国は農業には適した土地です。漢方薬の原料となる薬草を栽培し、漢方薬の生産を基幹産業にされるのは如何ですか?ご指導を差し上げますよ?」
「ほう。漢方薬ですか。それはまた難しいことをおっしゃいますな。我々の様な田舎者にはその様な学がありません。幾ら教えて頂けるとしても一朝一夕にできるものでもありますまい」
「ふむ。ユーストマ殿はそうなのかも知れませんね。では王子に任せては如何ですか?」
「マルコに御座いますか?それはもっと無理なことです。マルコは言葉が話せませぬ故」
「え?言葉が?何か病気なのですか?」
「分かりませぬが、幼い頃より言葉を発しないのです」
「それでユーストマ殿の世継ぎはどうされるおつもりで?」
「その内に新たな子を授かることでしょう・・・」
「そうですか・・・ユーストマ殿。失礼だがあなたは王たる資質を大きく欠いている様ですね。国民の暮らしに目を向けず、国を豊かにしようという気概も無い。息子に対する愛情や行いと同じ様に見受けられますが?」
「そう言われても仕方がありません。私は先代王から何も教わっていないのです。まだ幼い内に先代が死に、王位を継承させられたのです。その時から今も先代が築いた国をそのまま請け負っているだけなのですから」
「なるほど。では元々、王になりたい訳でもこのまま王で居たい訳でもないということでしょうか?」
「えぇ、王でなくとも構いませんよ。誰かがやってくれるならばそれで構いません」
「それであれば話は早いですね。お父さま」
「うむ。ではユーストマ殿。この国はイベリスに併合することとするぞ」
「そうですか。それは肩の荷が下りるというものです」
「ユーストマ殿。その後の希望などはあるか?」
「いえ、私たち家族と使用人が静かに暮らせる財産さえ残して頂ければと思います」
「うむ。分かった。郊外に屋敷を用意しよう」
「ユーストマ殿。王妃は何人居りましたかな?」
「妻はひとりだけです。娘は嫁に行き息子もひとりだけです」
「そうですか」
「ん?そうしますと、この国の政は誰が?」
「それは、この国の唯一の公爵、ベニート コスタに一任して御座います」
「公爵に一任?全て任せていたのですか?」
「えぇ、先程申し上げた通り、前王が亡くなった時、私はまだ子供でした。コスタが政は任せてくれと言うので私は関わったことは御座いません」
「何?では事実上はその公爵が王だったのか!」
「道理で!ここは王城だというのに使用人が少な過ぎるし、騎士団の姿も見えないと思っていたのです」
「では、国の税収のほとんどはそのコスタ公に抜かれているということか」
「驚いたな。幾ら小国だからとは言え、この様なことが現実に起こっているとは」
お爺さんも流石に驚きを隠せない様だ。
「さて、どうするか。コスタ公を国家反逆罪で捕らえるしかないな」
「でも、この国には王宮騎士団が居りませんね」
「イベリスに助けを求めましょう。今から私が月宮殿に戻り大型船でイベリスへ飛びます。イベリスへ行って王宮騎士団を連れて、コスタ公の屋敷を押さえましょう」
「よし、では私と玄兎は先に小型船でイベリスへ飛び、事情を話して騎士団の派遣を要請しよう」
「お願いします!では!」
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!お帰りなさい。おひとりですか?」
「うん。ちょっと面倒なことになったんだ。桜、花音、琴葉、一緒に来てくれるかな?」
「はい!」
大型船に乗って瞬間移動でイベリスの王城上空へ飛んだ。すぐに昇降機を城へと下ろす。
イベリスの王宮騎士団が乗り込む間に桜たちにユーストマでのことを全て話した。
「国が公爵家に乗っ取られていたのですか!」
「そうなんだ。驚くよね。今まで王が本当に何もしていなかったなんてね」
「そんなことが実際にあるのですね!」
「うん。まぁ、でもこれですんなりとイベリスに併合できるからね。ただ、今までのユーストマ王国の国民が哀れだよね」
「そうですね」
そして、お父さんがイベリス王に事の次第を告げ、王宮騎士団の派遣を要請し、月宮殿の船でコスタ公の屋敷を急襲した。
大型船を僕の力でユーストマ王城の上空へ瞬間移動させ、ユーストマ殿の案内でコスタ公の屋敷まで五分で到着させると、昇降機を使う時間が勿体ないので念動力で大型船を地面スレスレまで降ろすと後部ハッチを開いた。
騎士たちは一気に飛びだし、屋敷を包囲していった。
一時間も掛けずにコスタ公とその家族を拘束し、イベリス王城へ連行して取り調べを行った。結局、桜たちも連れては行ったが活躍する場面はなかった。
コスタ公は何十年もの間、一国の税を独り占めにしていただけあり莫大な財産を隠し持っていた。後にコスタ公爵家はお家取り潰しとなり家族共々終身刑となった。
没収した財産は、これからの薬草栽培の開拓費と漢方薬工場の建造費に使われ、残りは今後何年かに渡って平民の税を減税する費用に充てられた。
今日はイベリス王城にて元ユーストマ領をどの様にしていくか会議が開かれていた。
参加者はイベリス王、二人の王妃、アルベルト王子、シンシア王女、イベリスの公爵家と元ユーストマ王国の伯爵家以上の高位貴族が集まった。
天照家からは、お父さんと僕、桜、花音、琴葉が出席している。
「皆さま、よくお集まり頂きました。これから元ユーストマ王国のこれからについて話し合いたいと思う」
「まずは、マヌエル ユーストマとその家族だが、王都の郊外にある離宮にてその余生を過ごして頂く。これは元王の財産より支出される。特に罪は問わないこととする」
「ご存知だと思うが、ベニート コスタ公爵とその一族は国を食い物とし長年に渡り、王を欺いた罪により、財産を没収の上お家取り潰しとし終身刑となった」
「コスタ領はどうなるのでしょうか?我々に分配されるのですよね?」
「ふむ。あなた方は分配されたその土地をどうされるおつもりですかな?」
「神さま。勿論、牧草地を増やして家畜を殖やすので御座います」
「それで、平民の暮らしが豊かになりますか?」
「平民の暮らし?それは今まで通りで良いではありませんか」
平民のことを微塵も考えていないあまりにも浅はかな貴族たちの言葉を聞いて、僕も流石にキレそうになり、怒りをぶつけてしまった。
「それではコスタ公と何も変わらないではないですか!あなた方の領地も取り上げねばならない様ですね!」
「え!な、なななな何故?」
「元ユーストマの平民はこの世界で一番貧しく、人間らしい暮らしから一番遠い位置に居るのですよ。それはあなた方貴族の責任です」
イベリス王も黙ってはいられなくなった様で、怒りの形相で貴族たちに言い渡した。
「お主らに任せることはできぬな。今後は平民に課す税率はイベリス王家にて一括管理し、帳簿も全て提出して頂く。誤魔化したり、従わなかった者はお家取り潰しとする」
「は、ははーーっ!」
イベリス王に一喝され、元ユーストマの高位貴族たちは真っ青な顔になった。
僕は一度息を吐き、自分を落ち着かせてから話し始めた。
「コスタ領の使い道は既に決まっています。イベリス王国の新たな基幹産業として、薬草畑を開拓し、多くの薬草を栽培して、それを原料に漢方薬を作るのです」
「その漢方薬を世界の神宮に卸し、人々の命を救うのですよ。薬を世界の人々に提供すれば、世界の国々から感謝され、また収益も多く取れるのです」
「畜産を止める必要はありません。それに必要な牧草や穀物も続けて生産するのです。それらとは別に、新たに使っていない土地を開拓し、農地を拡大して薬草の栽培を増やして行くのです」
「そして、コスタ領に大規模な漢方薬の製造工場を作ります。そこへ薬草を納入するのです」
「その漢方薬の工場は誰が運営するのですか?」
「初めは王子と王女が中心となり国が運営します。その後は薬草の栽培に力を入れ、平民の暮らしを積極的に改善するなど、国の繁栄と平民の暮らしを豊かにすることに大きく貢献した者に土地と共に運営を任せる予定です」
「おぉ!我々にお任せ頂けるのですか?」
「そうです。その結果、領地を大きく広げた者には、陞爵も考慮されるでしょう」
「しゃ、爵位が!上がるのですか!」
「良いですか!爵位を上げたいがために平民に鞭を振るって働かせる様な真似は許しませんよ。対価をきちんと支払って働いて頂くのです」
「か、かしこまりました!」
「今後王城より、まずは栽培してもらいたい薬草の育て方の指導があります。その種や苗の購入費用は援助や補助も検討されていますので個別に相談してください」
「補助もあるのですか!」
「コスタが貯め込んでいた税金がありますからね」
その後も幾つかの質疑応答がされ会議はお開きとなった。
「シンシア、アルベルト殿。これから忙しくなりますね」
「はい。でもやりがいのある仕事ですから!」
「お父さま。春月姉さまに早目にイベリスに入ってもらって、シンシアとアルベルト殿のお手伝いをして頂くのは如何でしょうか?」
「うむ。そうだな。春月の研修は既に終わっているからな。ところで春月は元ユーストマの神宮へ入る予定だった訳だが、その神宮はどうなるのかな?」
「天照さま。漢方薬工場が完成するまで当面の間は元ユーストマ王城を漢方薬の研究所として使いますので、シンシアとアルベルトはその城で暮らします。よろしければ春月さまも城で過ごして頂ければと思います」
「では、受け入れの準備ができましたらお知らせ下さい」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
これで、ユーストマの事件も何とか落ち着いたな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!