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27.誘拐事件

「月夜見さま。ところでこの旅は何を探しているのですか?」


 琴葉の衝撃の質問で酒場の楽しい雰囲気が一転し、皆、黙り込んでしまった。


「琴葉・・・それについては部屋に帰ってから話そうか・・・」

「あ、あの・・・私、何かいけないことを聞いてしまったのでしょうか?」

「いや、そうではないんだ。後で話すよ」

「はい。申し訳ございません」


 そして夕食は終わり、宿へ戻った。

「琴葉。お風呂に入っておいで」

「はい。ではお先に頂きます」


 小白は既に晩御飯をきれいに平らげ、床で眠っていた。フクロウも外で夕食を済ませたのか、窓枠にとまってこちらを見ていた。


 琴葉のあの発言からすると、アルメリアの記憶が無くなったというよりもこの世界の記憶が無くなったということなのではないだろうか?


 もう、天満月あまみつつきと琴葉の記憶しかないのかも知れない。

「月夜見さま。お先にありがとうございました。月夜見さまもお風呂へどうぞ」

「うん。ありがとう。入ってくるよ」


 お風呂に浸かりながらぼんやりと考えた。これから琴葉をどうしよう。でもまずは今の記憶がどうなっているのかを確かめる必要があるな。


 風呂から出ると寝間着を着て琴葉とベッドに入った。


「琴葉。君は今、何歳だったっけ?」

「私ですか?私は・・・二十二歳で死にました。でも今は生まれ変わってもっと若くなっています。でも歳は・・・」


 そうか。やはりこの世界の記憶は完全に無くなっているんだ。自分の歳も分からないのだな。

「琴葉は僕と同じ十二歳だったよね」

「え?私、まだ十二歳だったのですね。それでもう婚約しているのですね」

「うん。この世界では十五歳で成人だからね。でも結婚まではあと三年あるね」


 僕は嘘をついた。これであと三年は琴葉とセックスしないで済むと考えたのだ。我ながら卑怯なやり方であることは承知しているが、まだ自分のなかで決断できないのだ。


「そうなのですね。それでこの旅のことなのですが・・・」

「うん。僕も琴葉と同じ様に日本からの転生者なんだ。二十五歳で死んでこの世界に生まれ変わったのだよ」


「僕には日本で生きていた時に恋人が居たんだ。でも彼女は難病におかされてしまってね。僕は医師になって必死に治療法を探したのだけど間に合わず、彼女は死んでしまったんだ。そして僕も絶望し自ら命を絶ったんだよ」


「まぁ!なんてことでしょう!そんな悲しいことが・・・」

 琴葉は初めて聞く様に驚き、両手を口に当て目を丸くしている。その瞳は潤んでいた。


「それでね。僕と同じ様に彼女もこの世界に転生している可能性が高いんだ。それで生まれ変わった彼女を探す旅に出ているんだよ」

「そうだったのですね。それは一日も早く見つかると良いですね」


「うん。ありがとう。そう願っているよ。彼女の名前は舞依っていうんだ」

「そうですか。舞依ですね。早く会いたいわ!」

 彼女は無邪気に笑いそう言った。


「さぁ、そろそろ眠ろうか」

「はい。おやすみなさい」

 そう言って琴葉はしばらくすると僕の腕の中で小さな寝息を立て始めた。


 僕は念話で桜と花音を起こす。

『桜、花音!まだ起きているかい?』

『はい。起きています』

『私もです』

『では、花音はニナたちを呼んで桜の部屋へ来てくれるかな?』

『はい。分りました』


 僕たちは桜の部屋に集まった。

「こんな時間にすまないね」

「いいえ。どうされたのですか?」

「琴葉のことなんだけど。皆に知っておいて欲しいと思ってね」

「あぁ、舞依のことが分からない様でしたものね」


「そうなんだ。それで部屋に戻ってから色々と質問してみたのだけどね、どうやら、この世界の記憶が全て無くなっているみたいなんだ」

「え?この世界の記憶全てですか?」

「うん。だから自分の親だけでなく自分の歳も分かっていなかった。僕らとこの世界で過ごした記憶が無いから話がかみ合わなかったんだ」


「え!それでこれからどうするのですか?」

「とりあえず、琴葉は僕と同じ十二歳だと言っておいた。まぁ、これはセックスしなくて済む様にとの言い訳なんだけどね。結婚は十五歳で成人してからだと」


「あ、あの・・・月夜見さま。セックスって何でしょうか?」

「あ!ニナ。ごめん。シエナやシルヴィーも分からなかったね。セックスは性交のことだよ」

「ひゃぁ!わ、わたし・・失礼しました!」

 ニナは顔から火が出そうな程、真っ赤な顔になった。


「良いんだよ。それで琴葉には舞依のことを始めから説明して分かってもらったよ」

「では私との関係も同じ婚約者だという認識くらいしかないのですね」

「桜。そうなんだ。花音もそうだし、ニナとの長い付き合いも全て忘れてしまっているんだ」

「そ、そんな・・・アルメリアさま・・・う、うぅ・・・」

 ニナは泣き出してしまった。


「ニナ。悲しいよね。僕もだよ。皆、それぞれに思い出があるんだ。でもそれは失われてしまった」

「月夜見さま。何故なのでしょうか?何故、アルメリアさまの記憶だけが無くなっているのでしょう?」


「これは推測だけど、僕との子を作らせるためなのかなと考えられるけどね」

「でも月夜見さまにお母さまとしての記憶がある以上、弊害へいがいは残りますよね?」

「うん。そうなんだ。元々、お母さまは僕と結婚したがっていたからね。もしかしたら、僕の記憶も消されてしまうかも知れないね」


「え!そんなこと!もしそうなって月夜見さまが私たちのことを分からなくなってしまったらどうしましょう!」

「怖いです!」

「そんなの嫌です!」

 皆が僕に抱きついて来た。しまったな。皆に不安を持たせてしまった。


「いや、ごめん。怖がらせてしまったね。きっとそんなことにはならないよ」

「本当ですか?」

「うん。大丈夫だ」


 何の確信もないし、無責任だけどこの場では仕方がない。そして琴葉は十二歳ということと刺激となる会話は避けるとの認識をすり合わせて解散となった。それぞれに不安を抱えながらの夜となってしまった。




 翌朝は皆で宿の裏の野原に出て鍛練を行う。一通りの準備運動に基礎動作の繰り返しだ。琴葉も身体を動かして楽しそうにしていた。


 朝食を済ませると今日の捜索へ出掛けた。今日は東から南方面へと回ってみる。

「あ!湖がありますよ!」

「あぁ、そうだね。あそこなら人里からも近いね。降りてみようか」

 その湖は湖畔が木々で囲まれていて静かなたたずまいだった。


「雰囲気は似ているかも知れないな。では聞き込みに行くかな」

 湖畔から少し高度を上げて、人が居そうなところを探す。


「ん?あれは何だろうね」

「どれでしょう?あ!何でしょう?」


 それは高い塀に囲われた屋敷だ。王城でさえ城壁に囲われていないこの世界では珍しい。貴族の屋敷なのだろうか?それにしては屋敷の建物自体が大きくなく、母屋おもやの周りに小さな小屋が六むね建っている。


「何か変だね。普通の屋敷ではないよね」

「貴族の屋敷ではないですね」

「もう少し、近付いてみよう」

 小型船が普通に飛ぶ高さは地上三メートル位だが、十五メートル位の高さで近付いて行った。


「あ!あの小さな小屋はおりですよ。中に子供が入れられていますね」

「え?あれが全部檻なのか!一体どういうことなのだろう」

「何にしても人間の子を家畜の様に檻に入れるなんて普通ではありませんね」


「まずは、この土地の領主に聞こうか」

「そうですね。いきなり踏み込むよりも賢明かと」


 その屋敷から少し離れ、畑作業をしている女性に話を聞こうと地面スレスレまで高度を落として近付いた。


「こんにちは」

「うわぁ!な、何ですか!」

「私は月夜見と申します。少し聞きたいのですがよろしいでしょうか?」

「え?な、何でしょう・・・」


「あちらにある塀に囲まれた屋敷は誰のもので何をしているのでしょう?」

「わ、わ、私は知らないよ。何も知らないんだ・・・」

 何かに怯えた様な女性に桜が優しい表情で話し掛ける。

「こちらのお方は神のご一家、天照家の月夜見さまですよ。あなたは神に隠すことがあるのですか?」


 桜は王宮騎士団で警察の様な仕事をして来ているから、この手の会話が得意だ。とても助かる。

「あ!か、神さま!神さまなのですね!あ、あの屋敷にはグスターヴ ロペスって悪党が住んでいるのです。どこからか子供をさらって来ては闇市で売っているって噂です。たまに子供の悲鳴とか泣き声が聞こえるし、皆、怖がって近付かない様にしているのです」


「ここの領主は何故、その男を放置しているのですか?」

「領主もグスターヴと組んでいるって話です」

「領主の名は?」

「ヴィクター ルグラン伯爵です」


「ヴィクター ルグラン伯爵か。それでそのルグラン伯の屋敷はどの辺ですか?」

「この先、船で二十分程行ったところです」

「そうですか。ありがとう」


「神さま!お願いです。子供たちを助けてやってください」

「できる限りのことをしますよ。あなたは全て済むまで私に会ったことを人に話さない様にお願いします。危険があるかも知れませんからね」

「はい。分かりました!神さま!」


 船の高度を上げてルグラン伯の屋敷へ向かう。二十分と言っていたが速度を上げて、一分も掛からずに到着した。


「さて、桜。どういう作戦で行こうか」

「そうですね。真っ向から聞いてもしらを切るでしょうね」

「ふむ。それは間違いないね。では段取りを決めようか」


「まずは琴葉。この船ごと先程のグスターヴの屋敷の上空に瞬間移動できるかな?」

「はい。できます」

「では、練習でやってみてくれるかな?」

「はい!」


「シュンッ!」

 小型船は見事にグスターヴの屋敷の上空に戻った。


「大丈夫だね。ありがとう」

「シュンッ!」

 また、船をルグラン伯の屋敷へ戻した。


「では、こうしよう。まず僕と桜、花音、琴葉でルグラン伯の屋敷に入る。僕がルグラン伯にグスターヴのことを質問して詰め寄る。きっとルグラン伯はしらを切るだろう」


「そうなったら僕がルグラン伯を捕らえてグスターヴの屋敷の上空へ飛ぶ。それを合図に桜と花音も僕の後を追って瞬間移動するんだ。琴葉は船の中に瞬間移動し、船ごとグスターヴの屋敷の上空に飛んでそのまま待機してくれるかな」


「その後はどうするのですか?」

「うん。ルグラン伯と檻の前に降りて、子供たちにそこで何をしているのかと聞くよ」

「そうしますと、それに気付いたグスターヴの手下とか私兵が居たら私たちに襲い掛かる可能性がありますね」

「そうだろうね」

「斬りますか?」

 一瞬、桜の美しい赤い瞳が光った様な気がした。


「桜・・・美人が真顔でそういうこと言うと・・・怖いね」

「まぁ!そんな!」

「ふふっ。斬るのは止めておこうかな。折角、四方が塀で囲まれているのだから念動力で吹き飛ばして、その塀にぶつけて気を失わせるくらいで良いでしょう」


「花音と琴葉は、上空から監視して屋敷から逃げ出すとか隠れたところから僕らに危害を加えようとしている者が居たら、念動力で持ち上げるなり吹き飛ばすなりして防いでくれるかな?」

「分かりました」

「ニナたちには刺激が強いかも知れないから、見ていなくて良いからね」

「はい」


「よし、では行くよ」

「シュンッ!」

 四人はルグラン伯の屋敷の玄関へと瞬間移動した。


 扉をノックするとほどなくして、五十代くらいの女性の使用人が出て来た。

「どちら様でしょうか?」

「こちらは、神のご一家、天照家の月夜見さまです。ルグラン伯にお目通りをお願いします」

「あ、天照家の月夜見さま!しょ、少々お待ちください」


 使用人の女性が引っ込んでから五分は待っている。

「遅いな。逃げていないだろうな?」

「踏み込みますか?」


 その時、先程の使用人がやっと出て来た。何か顔色が悪くなっている気がする。

「ガチャ」

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

 応接室へと通された。


 応接室に入ると僕が席に座り、桜、花音、琴葉は僕の後ろに並んで立った。

少し遅れてルグラン伯が入って来た。アッシュグレイの髪を油で固め、灰色の瞳が鋭い、如何いかにも守銭奴しゅせんどといった雰囲気の男だ。


「初めてお目に掛かります。私はこの地の領主、ヴィクター ルグラン伯爵でございます」

 初めから人を疑い、値踏みする様な気持ちの悪い視線だ。僕はその視線が桜たちに及ぶのを阻止すべく間髪を置かずに話し始めた。


「はじめまして。私は月夜見と申します」

「して、今日は神の月夜見さまが私にどの様な用件でございましょうか?」

「えぇ、あなたの領地のとある家についてお聞きしたいのですよ。確か、グスターヴ ロペスという者のやかたです」


 ルグラン伯の眉がピクリと動いた。四人揃って彼の心の声に集中している。

『何故だ!何故バレたのだ。神がどうしてこんな田舎町に!まさか、グスターヴが白状したのか?』


「い、いや・・・グスターヴですか?それは我が領地の民なのでしょうか?」


『やはり白を切る様だね』

『行きますか?』

『そうだね』

『では、琴葉は僕らが消えてから追って来てくれるかな』

『はい!』


「そうですか。分らないならば、今から行ってみましょう」

「シュンッ!」

 僕はルグラン伯の背後に瞬間移動し、後ろからルグラン伯を羽交はがめにし、そのままグスターヴの屋敷の上空へと飛んだ。


「シュンッ!」


「花音!行くわよ!」

「はい!」

「シュンッ!」

「シュンッ!」


「私も!」

「シュンッ!」


 桜と花音が月夜見を追って瞬間移動し、琴葉も船へと飛んだ。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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