25.ネモフィラ王国との別れ
お母さんの前世が判明して二週間後、事態は急変した。
「月夜見さま。旅にはいつ出るのですか?」
「月夜見さま?琴葉。何故、僕を「月夜見さま」と呼ぶのですか?」
「え?月夜見さまは「月夜見さま」でいらっしゃるのですから当然です」
「え?お母さま?」
「お母さま?何をおっしゃるのですか?」
「あれ?琴葉。アルメリアの記憶はどうしたのですか?」
「アルメリアの記憶?それはどなたのことですか?」
「え?」
お母さんはいつも通りの様子で話しており、嘘や冗談を言っている様には見えない。ちょっと心を読んでみよう。
『月夜見さまはどうしたのでしょう?アルメリアって誰かしら?もしかして、新しい妻を迎えるのかも知れないわね』
うわ!大変だ!お母さんのアルメリアの記憶がなくなってしまっている!
「月夜見さま。アルメリアさまというお方は、新たに妻にお迎えになるお方ですか?」
「い、いや・・・琴葉。君は何故、ここで暮らしているのか分かるかい?」
「はい。日本からこの世界に転移したからです」
「では、生まれてから今までどこに居たのかな?」
「それは分かりません。私は日本で死んで転移し、月夜見さまの婚約者として、ここで暮らしているのです」
「は、はぁ・・・」
「でも問題はありません。私には月夜見さまがいらっしゃるのですから。それに桜や花音、幸子、それにニナたちだって居るのですもの」
「そ、そうですか・・・」
「ニナに初めて会ったのはどこだか分かりますか?」
「それはこの城だと思いますけれど?シエナやシルヴィーもそうですから」
「あ、あぁ・・・そうですか」
僕は念話で二人を呼んだ。
『桜!花音!桜の部屋へ集まろう!』
『月夜見さま?どうされたのですか?』
『お母さまが、お母さまの記憶を失ってしまったんだ!』
『え?分かりました。すぐに行きます』
『頼むよ、僕はニナとシエナを連れて行くから』
僕は、シルヴィーに琴葉に付いていてもらいニナとシエナを連れて桜の部屋へ行った。
「ニナ、シエナ。琴葉の変化には気付いていたかい?」
「ご様子は変わっていないのです。でも、そう言えば昨夜、月夜見さまのことを月夜見さまと「さま」を付けてお話しされていました」
「そうだね。昨日の昼間は月夜見といつも通りに呼ばれていたのですよ。では昨夜から記憶を失ったのか・・・」
「これが、アルメリアさまが琴葉に生まれ変わるという意味だったのですね?」
「そうですね。確かにアルメリアさまだった記憶が無くなれば、完全に琴葉になってこの城の人達は皆、他人になってしまうのですからね」
「だから城を出て一緒に旅に出ると言っていたのだね」
「では月宮殿に行っても琴葉は誰も知っている人が居ないのですね」
「そうか、ではお父さまやお爺さま、お母さま達にも説明しに行かねばならないね」
「そうですね。ネモフィラ王城から月宮殿に引越ししないといけないのですね」
「うん。これから月宮殿に行って来るよ」
「私たちは琴葉に付いていますね」
「頼むよ。何かあったら念話で教えてくれるかな」
「はい」
僕は瞬間移動して月宮殿へ飛んだ。
「シュンッ!」
「あ!お兄さま!今日はおひとりなのですね」
「あぁ、春月お姉さま。皆をサロンへ集めてもらえますか?」
「はい。何かあったのですね。すぐに集めます」
「お願いします」
僕はお爺さんに念話で呼び掛け、サロンへ来て欲しいとお願いした。そして、皆がサロンへ集まった。七人の弟たちも皆、そろそろ八歳になるだけあり、しっかりして来た。
「月夜見。また何かあったのだな?」
「えぇ、これは皆さん、かなり驚かれると思います」
「一体何があったのだ?」
「実はお母さまなのですが・・・お母さまではなくなってしまいました」
「え?アルメリアがアルメリアではなくなった?どういう意味だ?」
「お母さまには、分かっているだけで二つの前世があったのです。そのひとつは地球という星の日本という国で、今から千年以上前に神であり、僕の妻であった前世。もうひとつは今から五十年前に日本で生まれ、巫女として生き、二十二歳で亡くなった前世です」
「二週間前、神の遣いとしか思えない白く大きなフクロウが現れ、お母さまに触れた途端にその記憶が思い出され、そして昨夜、お母さまからアルメリアの記憶が失われたのです」
「アルメリアの記憶が失われた?では姿はアルメリアのままなのだな?」
「いえ、姿もウィステリアお婆さまのお話では、ここへ嫁に行った時の姿に若返っていると」
「何?十代の若さに戻っているのか?」
「はい。私も診察したのですが、本当に十代の処女の身体に戻っていました」
「今のお母さまはアルメリアではなく、日本での最後の記憶の琴葉という女性になっています。そしてそのフクロウの話では、琴葉は僕の妻になり子を儲けることが運命だと」
「な、何ということだ・・・そ、それで、月夜見はどうするのだ?」
「それでなのですが、お母さまには二週間前から神のお告げがあって、こうなることが分かっていた様なのです。既にヴィスカムお爺さまとウィステリアお婆さまには別れを告げて、僕と旅に出ると言っています」
「旅に?」
「はい。既に琴葉には、ネモフィラ王城の皆さんは他人なのです。ですから城には居られないと・・・」
「記憶がなくなって、ステュアートのことも兄とは分からないのですね」
「はい。マリー母さま。そうなのです。ですから、一旦、ネモフィラ王城の荷物をここに引き揚げたいのです」
「それは勿論、構わない。アルメリアと月夜見の部屋はそのままなのだし、娘たちもほとんど居なくなっているから、月夜見の婚約者の部屋も用意はできるからな」
「はい。それをお願いしたいのです。ステラリアと絵里香の二部屋、それに侍女はニナとシエナ、シルヴィーとケイトの二人部屋を二部屋お願いいたします」
「うむ。分かった。では、アルメリアはここに来ても誰の顔も分からなくなっているのだな?」
「はい。アルメリアと呼んでも自分のこととは思わなくなっています」
「それで、新しい名前は何だったかな?」
「はい。琴葉です」
「実は、ステラリアも日本で僕と同じ年に生まれた転生者であることが分かりました。そして、お母さまと同じ様に若返っています。それに新しい婚約者のイベリス王国のシンシアも日本からの転生者だったのです」
「まぁ!シンシアも転生者だったのですか?」
「はい。ダリアお婆さま。薬剤師という薬を作る仕事をしていたのです」
「では、シンシアも嫁に迎えることとなったのですね?」
「はい。シンシアはまだ十一歳なのですが、逆にどんどん成長し始めているのです」
「それは能力と関係しているという訳だな?」
「はい。そうなのです。僕が十二歳でこの大きさなのもそれが原因だと思われます」
「それで、いつここへ戻って来るのだ?」
「できれば一週間後には荷物を入れたいと思っています」
「分かった。では巫女に準備をさせておく」
「では月夜見さま。アルメリア・・・ではなく琴葉と言いましたか、彼女は自分では月夜見さまの婚約者だと思っているのですね」
「マリー母さま。その通りです。混乱すると思いますので、あまり刺激しない様にお願いします」
「えぇ、そうですね。分かりました」
「月夜見。フクロウが神の遣いだと言っていたな。その神に心当たりはあるのかな?」
「あ!お爺さま。それをお爺さまにお聞きしたかったのです。私には何が何だか分からないのです」
「そうか。だが私にも分からない。天照家以外に神が存在するとは聞いたことがないのでな」
「あぁ・・・お爺さまでもご存じないのですね。あ!でも琴葉をここに連れて来れば、そのフクロウもついて来ると思います」
「なに?そのフクロウは琴葉から離れないのだな?では何か分かるかも知れないな」
「はい。常に部屋の窓に居付いているのです。お母さまの監視をしているのかも知れません。ただ、何か聞いてもあまりはっきりとしたことは答えてくれないのですが」
「そうなのか・・・」
「それではまたお世話になりますので、よろしくお願いいたします。あと、ステラリアは桜、絵里香は花音、シンシアは幸子という風に琴葉に合わせて、皆、日本の名前で呼ぶことになりましたので」
「そうか。分かったよ」
その後、月宮殿の倉庫を使わせてもらえる様に頼み、ネモフィラ王城の倉庫から冷蔵庫やドライヤーなどの在庫を移した。そして僕の部屋の日本の物の在庫品も倉庫へ移し、誰がどこの部屋を使うかを決めて場所を確認しておいた。ネモフィラ王城の桜や花音の部屋から荷物を転送するためだ。
そして全ての準備を整えると、ネモフィラ王城へ戻った。
翌日は神宮へ行き、月影姉さまと柚月姉さまに琴葉のことを説明した。
「えぇっ!アルメリア母さまが?そ、そんな・・・」
「私のことが分からなくなっているのですか?」
「うーん。名前と顔は分ると思うのです。でも関係性はもう分からないと思います。僕たちは来週には月宮殿へ帰ります」
「そうなのですか!お兄さまに会えなくなってしまうのですか?」
「たまには遊びに来ますよ」
「えーそんな・・・必ず、来てくださいね!」
「えぇ、分かりました」
そして、ステュアート伯父さんと三人の伯母さん、フォルランにも説明した。
「月夜見。父上から聞いたよ。大変なことになってしまったね。でもそのままここに居てくれても構わないのだよ」
「いいえ。ここに居てはお母さまが混乱するだけなのです。月宮殿でも同じことなのですが、一旦戻って、そこから僕の旅に連れ出すことにします」
「そうか。月夜見には妻たちに男の子を授けてもらい、フォルランのお相手のことでも神宮のことでも本当に世話になった。心から感謝しています」
「そう言って頂けると嬉しいです。こちらも好きな様にさせて頂き、ここでの七年間は本当に幸せでした。ありがとうございました」
一週間後、ネモフィラ王国を離れる日がやって来た。
僕は桜や花音、ニナたちの部屋を回り、荷物を次々と月宮殿のそれぞれの部屋へと送っていった。
最後に僕と琴葉の荷物を送ると部屋は殺風景になってしまった。僕はバルコニーに出て空を見上げ、ふたつの月を眺めた。
七年前、ここに来た時には月を眺めては泣いていた。あれから色々なことがあったな。
でもお母さんがこんなことになって、ここを離れることになるとは思いもしなかった。
これからどうなるのだろうな・・・
ネモフィラ王城のサロンに皆が集まった。僕はお爺さんとお婆さんには既にアルメリアの記憶がないことを告げ、刺激はしないで欲しいとお願いしておいた。
「皆さん。七年間お世話になりました。僕はここで心の傷を癒し、前を向いて歩ける様になりました。全ては皆さんの暖かいお心遣いのお陰です。ありがとうございました」
「月夜見さま。今まで、ありがとうございました。月夜見さまのお陰を持ちまして、ネモフィラ王国はこれから大きく発展することでしょう。ここに感謝を申し上げます」
「伯父さま。ありがとうございます」
「月夜見。ありがとう。これからのネモフィラ王国を見ていてくれ。僕と柚月さまで立派な国にしてみせるよ」
「うん。フォルラン。柚月姉さま。君たちなら必ずできるよ。たまには遊びに来るからね」
「お兄さま。必ず来てくださいね」
「お兄さま。私たちが結婚できたのも子を授かったのも全てお兄さまのお陰です。ありがとうございました」
「月影姉さま。お幸せに」
「はい!」
「月夜見さま。娘を・・・よろしくお願いいたします」
「ウィステリアお婆さま。大丈夫です。お任せください」
琴葉はあまり分かっていない様でニコニコして僕の横に立っていた。でも責めることはできない。挨拶をする様に促した。
「琴葉。お世話になった皆さんにお礼とお別れを」
「皆さま、今までお世話になり、ありがとうございました」
琴葉は笑顔で挨拶をした。特別な感情は何もなく、ただの琴葉のままだった。
ウィステリアお婆さんはその姿を見てハンカチで涙を拭っていた。
「では、私たちは出発します」
サロンから玄関へと降りて船に乗る。旅に使っている小型船はこのまま使わせてもらうこととなったので、僕と琴葉、桜、花音、ニナ、シエナ、シルヴィーの七人と小白が乗ると、最後にやはりフクロウがスゥッと乗り込んで来た。
「また、遊びに来ますので!」
「お元気で!」
「お気を付けて!」
「さようなら!」
「シュンッ!」
そして月の都の庭園へと到着した。いつもの様に小白が飛び出そうとしたので念話で釘を刺す。
『小白!ここでは動物を捕まえてはいけないよ』
『だめなの?』
『うん。ここには限られた動物しか居ないんだ。食べては駄目だよ』
『わかった』
『ちゃんと、朝晩にご飯はあげるからね』
『うん まってる』
『良い子だ』
「あ!お兄さま!皆、サロンで待っていますよ!」
「あぁ、水月姉さま。今、行きますね」
僕たち七人は挨拶のため、まずはサロンへと向かった。サロンには、お爺さんやお父さん、家族全員が揃っていた。
「皆さん、これからまた、よろしくお願いいたします。こちらから、琴葉、桜、花音、ニナ、シエナ、シルヴィー。それに小白とフクロウです」
フクロウは小白の頭に乗って琴葉の後ろに付いて来ていた。そのままちゃっかりサロンまで入って来て窓枠に掴まった。
「皆さま、初めまして。琴葉です。よろしくお願いいたします」
何も知らない顔で琴葉が挨拶をした。
「ほ、本当に若返っているわ・・・」
「嘘みたいね・・・」
「こ、これは・・・本当に驚いたな・・・」
皆、琴葉に直接話し掛けないものの小声で呟いている。皆、驚き過ぎて神妙な顔になってしまっている。それでも琴葉は、まさか自分のことで驚いているとは思わず、笑顔を作っている。
「さ、さぁ、ではまず自分の部屋を確認しに行こうか?」
「えぇ、そうですね。荷物を整理しませんと」
僕は皆をそれぞれの部屋へと案内した。
「ニナとシエナはまた一緒の二人部屋だよ」
「ニナ。ここの勝手は分からないから教えてね」
「えぇ、任せて」
「シルヴィー、君はケイトとこの二人部屋を使ってね」
「え?ケイトと同じ部屋にして頂けるのですか?」
「うん。その方が良いでしょう?」
「はい!ありがとうございます!」
シルヴィーが部屋の扉を開くと、そこにはケイトが待っていた。
「シルヴィーさま!」
「ケイト!同じ部屋なのね!」
「はい!」
「良かったわ!」
二人は抱き合って喜んでいた。良かったな。
「桜はこの部屋を使ってね。僕らの部屋に一番近い部屋にしてもらったよ」
「はい。ありがとうございます」
「花音はその隣だよ」
「はい。ありがとうございます」
「さぁ、琴葉。僕と君の部屋だよ」
「はい」
部屋に入ると懐かしい光景が広がっていた。生まれてから五歳になるまで生活した部屋だ。
「素敵な部屋ですね。私は月夜見さまと同じ部屋でよろしいのですか?」
「うん。その方が良いでしょう?」
「はい。嬉しいです。でも桜や花音とも一緒に寝てあげてくださいね」
「それは勿論。皆、同じ様に愛しているからね」
「はい。嬉しいです」
そう言って琴葉は抱きついて来た。僕は複雑な気持ちのまま抱きしめた。
その日の夕食は天照家の家族と一緒に頂いた。食堂の窓にはフクロウが居る。
「ステ・・・さ、桜。あなた随分と綺麗になったわね」
「オリヴィアさま。ありがとうございます」
「オリヴィア母さま・・・」
「あ。う、うん・・・良かったわね」
オリヴィア母さまも僕の威圧に気付いて、デリケートな会話を止めてくれた様だ。
「お兄さま。あの鳥は誰の鳥ですか?」
「春王、誰のものでもないんだ。勝手に付いて来てしまったんだよ」
「何ていう鳥ですか?」
「橘春、あれはね、フクロウっていうんだよ。頭の良い鳥なんだよ」
「へぇ!そうなのですか!大きくて強そうですね」
「うん。そうだね。猛禽類といってね、肉食だからね。ねずみやリスそれにウサギを捕まえて食べるんだよ」
「うわぁ!凄い!」
男の子は無邪気で良いな。
「どれ、そのフクロウに聞いてみるかな?」
暁月お爺さんがフクロウに向き直り念話で話し掛けた。
『鳥よ。お前の主人は誰なのだ?』
『私の主人は天照さま』
『天照?私でも玄兎でもない、天照の者が居るというのか?』
『居ります』
『その者はどこに居るのだ』
『・・・』
『やはり、だんまりか!』
『何か核心に触れる様なことを聞かれると黙ってしまうのだな』
『ということは、直接このフクロウを操っているのですね』
『その様だ。今はまだ話す時ではないということか・・・』
「そういうことならば、また旅に出ることにしましょう」
「何がそういうことなのだ?」
「あぁ、お父さま。あのフクロウですよ。肝心なことは教えてくれないのです」
「そうなのか」
「えぇ、まだその時ではないのでしょう」
ここで燻っていても仕方がない。皆で旅に出よう。
お読みいただきまして、ありがとうございました!