19.シンシアの夢
そしてキス大会が始まってしまった。
成り行きでもう避けることが出来なくなってしまった・・・
「では、ニナ。寝室に来てくれる?」
寝室に二人で向かい合って立つと、もう一度確認した。
「ニナ、本当に良いのかな?キスするだけなのだけど・・・」
「はい。嬉しいです・・・」
僕は両腕を広げてニナを迎えた。ニナは僕に抱きつくと腕を回して力を入れた。ニナは顎を上げて下から見つめて来る。これはいかん!可愛い!ニナはやっぱり可愛い。
僕は覚悟を決めると、そのままゆっくりと唇を重ねた。ニナの瞳から涙が一筋流れた。別人になることも気を失うこともなく、少し長めのキスが終わった。
「月夜見さま。ありがとうございます」
「うん。ではシエナを呼んで来てくれる?」
「はい」
ニナとは長い付き合いだ。今更のことで何だか恥ずかしくて言葉がでなかった。
でも何だろう?ニナに対して特別な・・・愛おしいという気持ちが湧きだしてくる様な気がする。僕って思い込みが激しいのかな?
次にシエナが真っ赤な顔をしながら寝室に入って来た。
「シエナ。本当に良いの?後悔はしない?」
「はい。一生離れませんし、私の気持ちは変わりません」
同じ様にシエナを迎え抱きしめると、シエナはキスをする前から泣いていた。何だかこちらも胸がいっぱいになってしまうな。
優しくシエナを抱きしめてキスをした。ニナの時と同じ様に少しだけ舌を絡ませた。
そしてやはり、ニナの時と同様に何かビリビリくる様な感覚がある。でも、シエナも別人にはならず気絶もしない。
「月夜見さま。嬉しいです」
「うん。ありがとう」
そして、小走りにシエナが出て行った。僕はフーっと一息ついて、寝室を出ようとした。
するとシエナと入れ替わりにシルヴィーが赤い顔をして入って来た。
「え?シルヴィーも?」
「はい。記念にお願い致します」
「記念に?」
まぁ、いいか。何だかキスすることに罪悪感がなくなってきた。シルヴィーを軽く抱きしめると「チュッ」と軽くキスをした。
「月夜見さま。ありがとうございました!」
「あぁ・・・」
シルヴィーは晴れやかな顔をして笑顔で言った。
三人の侍女とのキスが終わり居間に戻った。気持ちを切り替えて、
「さて、能力を試してみようか?今から、三人の誰かに念話で話し掛けるからね」
まずはニナに話し掛けてみる。
『ニナ!ニナ!聞こえるかい?』
『・・・』
『あれ?反応がないな。では、シエナ!シエナ!聞こえる?』
『・・・』
『おや、駄目か。最後だ。シルヴィー!シルヴィー!聞こえるかい?』
『・・・』
『なんだ。駄目じゃないか!』
「うーん。どうやら駄目みたいだね」
「え?念話はできなかったのですか?」
「うん。話し掛けても反応はなかったね」
「そうなのですか。それではどうして能力を授かったのかが分かりませんね」
「そうだね。今のところは分からないままだね」
「ニナ、シエナ、シルヴィー。こうなってしまうと、君たちとキスだけさせてもらったみたいになってしまったね。申し訳ない」
「いいえ。月夜見さま。私。嬉しかったのです!」
「はい。私もです。後悔していませんから」
「私もです!」
「そう。三人ともありがとう」
この三人を妾にするの?妾って妻と何が違うのだろう?
翌日は日本の山本から手紙を引き寄せる日だった。約束の日時にいつもの様に封筒を引き出す。
山本からの手紙には、業務用の大型冷蔵庫と冷凍庫は納入まで時間が掛かり、一か月後となることが書かれていた。
それらの見積額を見て、それよりも若干多めの金貨を入れて新たに日本からの転生者が見つかったこと、その薬剤師のリクエストで追加購入して欲しい物のリストを入れた。
そして今回は今までのお礼を込めて、山本と高島女史へ宝石のプレゼントも一緒に送った。
「さて、シンシアの買い物の追加も連絡したし、シンシアのところへ行って能力の使い方を訓練しようか」
「舞依の捜索は一旦、お休みするのですね。シンシアのところへはいつ行くのですか?」
「シンシアと念話で話して訪問する日を相談しようか」
「それが良いですね。毎回、突然伺っていたら失礼ですからね」
僕はシンシアに念話で話し掛けた。
『シンシア!聞こえるかい?』
『あ!はい。月夜見さま!』
『シンシアに能力の使い方を教えに行きたいのだけど都合はどうかな?』
『何日程、お泊りになるのでしょうか?』
『そうだね、三泊もあれば良いかな?』
『はい。では王城にお部屋をご用意します。明日以降であればいつでも構いません』
『あれ?シンシア学校は?』
『はい。日本での記憶や知識が入ったことで、もう学校の授業は簡単過ぎるのです。数日休んだところで問題はございません』
『あぁ、そうだね。それならば早く卒業してしまえば良いよ』
『はい。そう致します』
『では明日の朝に伺いますね』
『はい。お待ちしております』
「ステラリア、絵里香。明日から三日間行くことになったよ」
「学校は行かなくて大丈夫なのですか?」
「うん。もう日本の記憶があるから簡単過ぎるのですって。早く卒業してしまうそうだよ」
「あぁ、シンシアは頭が良いのですものね」
翌朝、小型船でイベリス王国の中庭へと飛んだ。
「シュンッ!」
使用人が待ち構えていてすぐにサロンへ通された。
「これは月夜見さま。ようこそお越しくださいました」
「先日はありがとうございました」
「今日からシンシアに能力の使い方をお教え頂けるとのこと。ありがとうございます」
「えぇ、シンシアは有能な女性ですのですぐに使える様になると思います」
「そんなに簡単なことなのですか?」
「いいえ、本来は簡単ではありません。今のシンシアには前世の記憶があるから簡単なのですよ」
「そうなのですか!」
「シンシア。日本のテレビや映画とかで超能力って観たことがあるでしょう?」
「はい。御座います」
「あれなんだよ。だから、念動力、読心術、空中浮遊、瞬間移動、透視能力。これを聞いただけでどんなものかは想像がつくよね?」
「はい。どれも想像できます」
「うん。そうなんだ。それを頭の中で自分がやっている姿を想像すれば、その通りになるのですよ」
「え?そんなに簡単なことなのですか?」
「うん。早速、やってみようか。あそこにある花瓶から薔薇を一本だけ宙に浮かせるよ」
そう言って、薔薇を一本浮かせるとそのまま、すすっと宙を移動させ、シンシアのお母さんの目の前で止めた。アメリア殿は嬉しそうに頬を赤くすると薔薇を受け取った。シンシアのお母さんも本当に可愛いのだよね。
「シンシア。今のを見ていたよね。では同じ様に浮かせてごらん」
「はい。やってみます」
するとあっさり薔薇を一本浮かせると、そのまま飛ばしてお母さんへ二本目の薔薇をプレゼントした。
「簡単でしょう?」
「はい。簡単でした」
「では僕と空中浮遊をしてみよう」
そう言ってシンシアの手を取り、エスコートしてサロンの中央に二人で立つ。
「さぁ、浮かんで行くよ」
二人で手を繋いだまま天井近くまでゆっくりと上がって、しばらく周りをきょろきょろと眺めてから再びゆっくりと床へ降りた。
「さぁ、ひとりでやってごらん。頭の中でイメージするんだよ」
「はい」
するとシンシアは同じ様に天井付近まで上がり、ゆっくりと降りて来た。
「シンシア!凄いのね!簡単にやってしまうのね!」
「お母さま。月夜見さまの教え方が良いのです」
そうして基礎的なことから始めて徐々に難易度を上げて行き、三日間で全てのことができる様になった。なかでも透視については医学を学んだ者だから当然なのだが身体の中も透視することができた。これでシンシアは薬剤師でありながら医師とも呼べる存在となったのだ。
イベリス王城に泊まる最後の三泊目、僕は自分の部屋からシンシアに念話で話し掛けた。
『シンシア。今夜、シンシアと一緒に寝ても良いかな?』
『え?ご一緒に。ですか?』
『うん。勿論、セックスはしないよ。ふたりでゆっくり話がしたいんだ。どうかな?』
『はい。お待ちしております』
『シンシア。では今からそちらに瞬間移動するよ』
『はい』
「シュンッ!」
「月夜見さま」
「さて、ではベッドに入ろうか」
シンシアは真っ赤な顔をしている。僕は隣に横になるとシンシアの首の下に腕を滑り込ませて腕枕をした。
「シンシア。僕の顔を見て」
「あ、あの・・・近過ぎて・・・その・・・恥ずかしいです」
「ねぇ、前世では結婚しなかったのですよね?」
「はい。男性とお付き合いしたことがないのです。だから・・・」
「ずっと、処女のままなのだね」
「は、はい・・・」
「それでは戸惑ってしまうね。これからゆっくりで良いから僕に慣れていってね」
「は、はい。私、本当に婚約したのですね?」
「そうですよ。だから婚約者のシンシアのことをもっと知りたいのです」
「はい。何でも聞いてください」
「シンシア。まだ決まっていないのだけど僕にはあと数名妻が増えるかも知れない」
「はい。この世界では当たり前のことですから構いません」
「それと、どこにするかはまだ決まっていないけれど、今から三年もしない内に僕の屋敷を建てようと思っているんだ。それがどこになろうとシンシアは来てくれるかい?」
「勿論です。世界中どこでも参ります。月夜見さまから一生離れません」
可愛いこと言うな・・・
「屋敷の周りには牧場と農園も作るよ、勿論、シンシアの薬草畑もね」
「本当ですか!嬉しい!」
「薬を作る研究室も作業室も作るよ。シンシアには今後どうしたら沢山の薬を作れるか考えて欲しいんだ」
「私の薬を世界に向けて販売するのですね」
「そうだよ」
「あぁ・・・夢の様です。好きな薬草を育て、漢方薬を作り、それが人の役に立って。しかもそれを愛する人と暮らしながらできるなんて!」
「それはシンシアの望む夢なのだね?」
「はい。私、こんなに幸せで良いのでしょうか?」
「大丈夫だよ。前世でも頑張って来たことが、これからこの世界で報われるのですよ」
「あぁ・・・月夜見さま・・・嬉しい。私。本当に嬉しいです!」
「シンシアは心が美しいね。勿論、容姿も美しいけれど」
「月夜見さま・・・ありがとうございます!」
それから軽くキスをして、シンシアを抱きしめて眠った。
日本から冷蔵庫やその他、頼んだ買い物を引き寄せる日となった。
僕らはネモフィラ王城の中庭に集まり、まずは大きな木箱を倉庫から引き出す。その箱の中に日本へ送り返す、プラスティックごみを箱に入れて送った。
「シュンッ!」
それから一時間待ってから再びその箱を引き寄せた。
「シュンッ!」
「どすん!」
業務用の大型冷蔵庫が入っているだけあり、かなりの重量感がある。
木箱の扉を開けると、既にダンボールから開梱された冷蔵庫と冷凍庫が二台ずつ、それにドライヤーや扇風機、換気扇とシンシアが頼んだ器具と本がぎっしりと詰まっていた。
ほとんどのものは一旦、倉庫に収めコンバーターとドライヤー数台をお母さんの居る部屋へと送った。
念話でシンシアに話し掛け、今どこに居るかを聞くと自分の部屋だと言った。
「シンシアの頼んだものを届けて来るよ。すぐに戻るから皆は部屋で待っていてくれるかな?」
「はい。お待ちしています」
「シュンッ!」
「月夜見さま!逢いたかったです!」
シンシアはそう言って抱きついて来た。可愛いなぁ・・・
「僕もだよ」
シンシアとの身長差は四十センチメートルくらいあるので僕は膝を落とした上で首を傾けてキスをした。シンシアは真っ赤な顔になった。
「シンシア、日本から荷物が届いたよ!」
「まぁ!私がお願いしたものですね!」
箱を開くと漢方の専門的な本や薬草の知識や育て方の本もあった。
「まぁ!私が頼んでいない本もありますよ!」
「うん。高島女史と言って、凄く気の利く女性の医師仲間が居るんだ。僕が手紙で日本での前世を持った薬剤師に出会ったと書いたから、必要になりそうな本や道具を考えて入れてくれているのだと思うよ」
「えぇ、選び方が絶妙です。私も忘れていたものや本、それに白衣まで入っていて驚きました」
「そうでしょう。彼女はいつも完璧なんだよ」
「僕は他にも届いた荷物の仕分けをしないといけないから今日はこれで帰りますね」
「あ!もう行ってしまわれるのですか・・・」
「では最後にキスを・・・」
ちょっと長めにキスをして、そこから自分の部屋に飛んだ。
「シュンッ!」
「月夜見さま。お帰りなさい!」
「うん。シンシアのものは渡して来たよ。凄く喜んでいたよ」
「それは良かったですね!」
「うん。さて、こちらだね。絵里香、ドライヤーを使ってみようか」
「はい!楽しみです!」
僕はドライヤーを箱から出すと、コンセントをコンバーターに差し込んでスイッチを入れた。
「ブォーッ!」
「うわぁ!何なのですかそれは!」
お母さんが驚いている。
「これはドライヤーというものですよ。お風呂で髪を洗ったらこれで髪を乾かすのです。あっという間に乾きますよ」
「あ!暖かい風が出て来るのですね!」
「そうだよ、ステラリア。でもここでは使えるけど旅の途中では使えないね」
「どうしてですか?」
「ほらこれ。このコンバーターがないと使えないんだよ。日本とこの世界では電気の電圧が違うんだよ。それをこのコンバーターで変換しないといけないんだ」
「それならば、この城の私と絵里香の部屋で使える様にして頂ければ、髪を洗った後自分の部屋へ瞬間移動して髪を乾かせば良いのではありませんか?」
「あ!そうだね。では、そうしよう」
「次はこの扇風機かな。もうすぐ夏ですからね。これをこの様に窓際に置いてと。お母さま、このボタンを押してください」
お母さんがちょっとおどおどしながら僕に言われた通りにスイッチを押す。
「ブーン」
「あ!涼しい風が流れて来ますね!」
「これを回していれば空気が入れ替わって部屋が暑くなり過ぎるのを防いでくれますよ」
「これは良いですね!」
「では、この居間とお母さまの寝室に設置しましょう」
「月夜見、ありがとう」
「お母さま。ドライヤーは衣裳部屋で使える様にしておきますね」
「まぁ、嬉しい!」
「あとは、ニナたちの部屋とシルヴィーの部屋でも使える様にしておこうね」
「え!私たちにもご用意頂けるのですか?」
「だって、君たちには日本のものを使ってもらっているでしょう?」
「はい。本当にありがとうございます」
「う、うぅ・・・うぇ、うぇーん!う、う、う・・・」
シルヴィーが大泣きしてしまった。
「ど、どうしたの?シルヴィー」
「わ、わたし・・・わたし・・・こんなに幸せだったこと・・・ないのです・・・」
「そう。色々と辛かったのだね・・・」
僕はシルヴィーを抱きしめて頭を撫でた。ニナとシエナがシルヴィーに寄り添って抱きしめた。
「シルヴィー。コンディショナーの良い香りがするね」
「はい。シャンプーも本当にありがとうございます」
「うん。髪が綺麗になっているね・・・もう、大丈夫かな?」
「はい。申し訳ございません」
「良いんだよ」
やっと落ち着いたところで明日の予定を話しておく。
「では、ステラリア、絵里香。明日はルドベキアのウィリアムズ公の工場へ行こうか」
「冷蔵庫や扇風機とか換気扇を作ってもらうのですね」
「うん。できると良いのだけどね」
「そうですね!」
皆がそれぞれの部屋に戻ってから僕は珈琲豆を挽いて珈琲を淹れた。リラックスして珈琲を飲みながら山本からの手紙を読んだ。
手紙には山本と高島女史へ僕が贈ったプレゼントのお礼が書かれていた。これは大変な価値があるものだ。と大袈裟に驚いていた。
それよりも報告の中でこちらの方が驚いた。なんと!山本と高島女史が結婚するというのだ。手紙によると僕のことで打ち合わせをし、品物を買い揃えるために一緒に行動することが多くなるうちに二人の距離が縮まったらしい。これはめでたいことだ。
ネックレスやタイピンとカフスは結婚式の時に使えるそうで、未来が見えているのか?と喜んでいた。そんな筈はないがタイミング良く贈ることができて良かった。
二人の結婚祝いも贈らなければならないな。考えておこう!
お読みいただきまして、ありがとうございました!