18.能力者の若返り
イベリス王城に客間は四つ用意されていた。
だが話合いの結果、今夜は僕とお母さんで寝ることになった。ステラリアと絵里香が気を遣ったのだ。
「お母さま、一緒に眠るのは久しぶりですね」
「えぇ、とても寂しかったわ・・・」
「それに、また嫁を増やすし・・・」
「僕も増やしたい訳ではないのです。今回だってこの国の捜索は先に済ませてシンシアの顔だけ見たら逃げるつもりだったのですよ。それなのに日本人だったなんて」
「それで、あと二人候補に会わないといけないのでしたっけ?」
「えぇ、ユーフォルビアとアスチルベです」
「ユーフォルビア?」
「はい。ルチアお母さまの姪らしいです」
「それって、血の繋がりは・・・無いわね」
「とても憂鬱ですよ。あ!それよりもお母さま。僕、一昨日の夜に子種強盗にさらわれかけたのですよ」
「さらわれた?どういうことですか?」
「平民の酒場に入って三人で飲んでいたら僕らのビールに睡眠薬を盛られたのです。三人とも眠ってしまって僕は奥の部屋のベッドに縛り付けられていました」
「まぁ!それでどうなったのですか?」
「ステラリアが先に目覚めて僕を念話で起こしてくれたので子種を絞られる前に逃げることができました」
「そうだったのですね。無事で何よりでした。もっと気をつけないといけませんよ」
「えぇ、良い勉強になりましたよ」
「さぁ、月夜見。今夜は思う存分抱かせてください」
「お母さま。先程もアメリア殿に言われていましたが、しばらく見ない内に若返った様な気がするのですが・・・」
「え?本当にそう見えるのですか?」
「えぇ、僕も初めは化粧とかシャンプーやコンディショナーのせいだろうと思っていたのですが、こうして目の前で見ると肌の艶とか張りなんか確かに絵里香と大差はない様な気がします」
「まぁ!嬉しいわ!」
「本当に何もしていないのですよね?」
「えぇ、だって今はお風呂に入って化粧も落としてしまっていますからね」
「あれ?おかしいなぁ・・・」
「何がおかしいのですか!綺麗になっているなら良いではありませんか!」
「え?それはそうなのですが・・・あの、ちょっと胸を触診しても良いですか?」
「胸を触りたいの?」
「いや、だから。触診ですってば。ちょっと身体を起こしてください」
身体を起こして胸に直接触れると明らかに違いが分かった。
「お母さま!大変です!」
「え!どうしたのですか?」
「いや、明らかに身体が若返っていますよ。胸の張りが違いますもん。これは明らかに絵里香と同じ十代の若さです」
「そんなことってあるのですか?」
「あ、あの・・・まさかとは思うのですが・・・処女に戻っているなんてことは・・・」
「見ますか?」
「い、いや、そうですね。ではそれも触診で・・・」
「確かめたいのですね。良いですよ」
「では、少しだけ・・・」
そう言って、お母さんの膣を透視しながら指を入れて行く。
「あ、あぁ・・・うっ!」
すると中が狭いと言うか、お母さんも痛そうに反応する。
「お母さま。これ、処女に戻っていますよ。絶対に若返っています。おかしいですね」
「何が起こっているのでしょう?」
「僕が旅に出てから何かありましたか?」
「いえ、特に何もありませんが」
「そうなると、やはりあの天満月に意思を乗っ取られてからこうなったのでしょうか?」
「そんなことってあるのですか?」
「いえ、あんなことはお母さまにしか起こっていませんから、何も分からないのですよ」
「絵里香もシンシアも直ぐに夢の中で前世の記憶と今世の記憶が整理されましたからね」
「このままだと私は赤子に戻って行ってしまうのでしょうか?」
「それも分かりません。この十代の若さで逆行が止まってくれたら嬉しいのでしょうけれどね」
「それはそうですね。月夜見に処女を捧げられるのですからね!」
「お母さま。よくそんな能天気で居られますね!これはかなり衝撃的な事件ですよ?」
「でも原因もこれからどうなるかも分からないのですから、考えても仕方がないでしょう」
「うーん。そうですねぇ・・・まぁ、それはそうなのですが・・・でも今後、自分でも変化を感じたらすぐに僕を呼んでくださいね」
「えぇ、分かったわ」
原因が分からないだけに心配だな・・・
翌朝、皆で朝食を頂いてからシンシアと一緒に神宮へ行った。
「月夜見さま。こちらが私の研究部屋です」
その部屋に入ると壁一面の棚の中に無数のガラス瓶が並んでおり、その中には漢方薬にする植物や乾燥した動物の皮や肉片などが入っている。
作業テーブルには秤に分銅、陶器の器や匙、すり鉢、お茶を沸かす様な電熱器に土鍋や土瓶が所狭しと並んでいる。
「あぁ、この土鍋で生薬を煎じて作るのですね」
「月夜見さま、よくご存知ですね」
「えぇ、これでも日本では大学病院の医師でしたから薬も一通り勉強していますよ」
「とても心強いです!」
「では、シンシア。日本で薬を作っていた時に使っていたもので、今ここに無くてあったら助かるものを紙に書いていってください。勿論、本も題名さえ分かれば手に入りますし、電気製品でもこの世界では使えますよ」
「電気製品が使えるのですか?」
「えぇ。私はデジカメの他にパソコンやプリンターも使っていますよ」
「え!パソコンが使えるのですか!」
「えぇ、でもネットは繋がりませんから主に画像や動画の再生と記録媒体としてしか使えませんけどね」
「あぁ、そうですよね」
「漢方薬は化学薬品ではないので今ある道具で大体は事足りているのです。ちょっとしたものと、正確な温度計、それにやはり本が欲しいですね。今、リストを書きますので少々お待ちください」
「ふふっ。シンシア。今、リストって言いましたね。すっかり日本の記憶が戻っているのですね。僕たち日本人以外の人と話す時には言葉に気をつけないといけませんよ」
「あ!そうでしたね。これから気をつけないと!」
「ところでシンシア。こちらの世界では日本と同じ様に漢方薬の原料や生薬は手に入るのですか?」
「はい。ほとんど手に入ります。植物や野菜も地球と同じですよね。何だか不思議ですけど。あ!そう言えば、何でこの世界は日本語なのですか?あ!絵里香さまって日本人のお顔ですよね!でも他に日本人の顔を見たことがありません」
「やはり不思議だよね。それはね、どうやら天照大神が、まず日本を創って、その後にこの世界に来て天照家を起こしたからというのが有力な説かな」
「それで、日本人の顔はアスチルベ王国ができる前からその島に住んでいた先住民が日本人の様な民族だったらしいんだ。でもアスチルベ王国の民が移住して来た時に流行り病を持ち込んでかなりの数の先住民が亡くなったらしいのですよ」
「その様なことが・・・それで日本語を話すのに日本人の様な人が極端に少ないのですね。あぁ、でも私、月夜見さまや絵里香さまと出会えて良かったです」
「シンシアさま。元日本人として仲良くしてくださいね」
「絵里香さま。この世界では年上ですし、婚約者としても先輩なのですから私のことはシンシアと呼んでください」
「それならば私のことも絵里香と呼んでくださいね!シンシア」
「はい。絵里香」
「では、シンシア。このリストのものが手に入ったら持って来るからね。それとこれからはたまにここへ来る様にするからね」
「はい。お待ちしております」
「あ!そうだ。日本のものがあるんだよ。シンシアにも分けるからね」
「シュンッ!」
僕は月宮殿の僕の部屋から日本の品物の在庫品を一部、引き寄せた。
「ここに、シャンプーとコンディショナー。生理用品に化粧品があるよ。気をつけて欲しいのはこの包み紙のビニールだよ。この世界にはないものだからプラスティックごみはまとめて日本へ送り返して処分してもらっているんだ」
「決してその辺に捨てたり侍女に処分させたりしない様にね。だから申し訳ないけれど、お母さまやご兄弟には差し上げられないんだ。シンシアがきちんと管理して自分だけで使ってね」
「はい!日本の製品が使えるなんて感激です!それもあって皆さま、とてもお綺麗なのですね!」
「そうね。シンシアも成人になるまでに自分磨きをしてね。月夜見さまのために!」
「はい。頑張ります!」
「ははっ!頑張りますか。それも日本人の口癖だね」
「あと、日本に手紙を送ることもできるのだけど誰か連絡を取りたい人は居るかな?」
「そうですね・・・両親も他界しましたし、元々、友達も居なかったので・・・」
「では、今のところはないのですね」
「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます」
そして僕たちはイベリス王国を後にし、お母さんと一緒に一度ネモフィラ王国へ戻った。
皆で集まり、自室で久しぶりに珈琲を飲みながら話をする。
「シンシアって頭が良さそうですね」
「薬剤師といえば沢山の薬の用法や効能、毒性まであらゆることを記憶するのですからね。有能な人に間違いありませんよ」
「でも、ちょっと大人しい感じですね」
「うん。兄弟も友達も居ないと言っていたからね。内向的な性格なのかも知れないね」
「でも、あの容姿に合っていますね。とっても可愛らしくて小動物の様です!」
「そうだね。シンシアなら皆、仲良くできそうかな?」
「えぇ、私は大好きです!」
「絵里香は既に仲良くなっていたね。ステラリアはどう?」
「私も仲良くなれると思います。絵里香みたいに私をからかったりしないと思うので!」
「あー!ステラリアさま!私のこと嫌いなのですか!」
「嫌いではありませんよ。絵里香も可愛いわ。でもたまに生意気だけど・・・」
「まぁ!」
「これこれ!ケンカしないでね!」
「ところで月夜見はシンシアを愛しているのですか?」
「お母さま。それはまだですね。だって、あんなに幼いのですよ?流れで結婚せずにはいられなくなっただけなのですからね」
「月夜見らしくないですね。それで良いのですか?」
「いやまぁ、でも可愛いし、これから先かなり美しくなるのだろうなと思っているので」
「あぁ、手を付けておこう。という訳ですね」
「相変わらず人聞きの悪いことを言いますね」
「あ、そうだ!それよりもステラリア、絵里香。大変なんだ」
「え!どうしたのですか?」
「僕たちが旅に出ている間に、お母さまが若返っているんだよ!」
「あ!昨日、アメリアさまがお綺麗だってお話しされていた時、私もあれ?と思ったのです!」
「私もです!初めはお化粧の違いかなと思ったのですが・・・」
「やっぱり、女性の方が気付くよね。ニナやシエナは毎日、お母さまの顔を見ているから気付かなかったでしょう?シルヴィーはまだ分からないか」
「はい。毎日ご一緒していますので・・・」
「それでね。胸なんか絵里香みたいに張りがあるし、処女に戻ってしまっているんだよ」
「月夜見!そんなことまで!」
「あ!しまった!ごめんなさい」
「処女に?」
「胸が私と同じ?」
「月夜見さま、もしかしてアルメリアさまと?」
「い、いや、若返りを確認するために触診しただけです。あくまでも診察ですよ」
何故かお母さんが真っ赤な顔をして俯いている。益々誤解されるではないか!
「兎に角ですね。これは大事件なのです!」
「原因は分かっているのですか?」
「それが分からないから事件なのです。あの天満月に意識を乗っ取られてから能力も発現しました。それ以外に原因になりそうなことはありませんから、恐らくそれかなと」
「でも、前世にそんなに影響されるものなのですか?」
「僕らにはないことだから分からないけれど、天満月という人は大昔の神さまだから、もしかするととんでもない力を持っていたのかも知れないよね」
「あぁ、それで余りにも力が強くて能力だけでなく身体にも影響が出ていると」
「あ!そう言えば、私も能力が出現する前と比べると、身体が疲れ難くなっているのです。動きも軽いですし、生理痛もほとんどなくなりました」
「ステラリアさまもなのですか。私もそうなのです。疲れないですし、生理痛もないのです」
「なんだ、皆その様な変化があったのですね。あれ?そうするとステラリアも若返っているのかな?」
「私は・・・そうですね。自分で言うのは恥ずかしいですが、やはり肌の張りが違いますね。でも化粧水の効果だと思っていました」
「そうだな・・・ステラリアって、元々実際の歳よりも若くて綺麗だったから、あまり気にしていなかったな。でも改めて見ると確かに二十八歳には見えないな。ニナ、シエナはどう思う?」
「はい。ステラリアさまは間違いなく若返っておいでです」
「はい。以前よりもお綺麗になられました」
「ステラリアさまって、二十八歳なのですか?信じられません!私と同じくらいなのかと思っていました」
「シルヴィーにはそう見えるのだね」
「まぁ!そんな・・・」
ステラリアが凄く嬉しそうだ。まぁ、悪くないな。僕も何だか自分のことの様に嬉しい。
「やっぱりそうなのだね。まさか、このまま子供に戻って行くなんてことはないと思いたいが」
「でも、おかしいですよ。私やアルメリアさまは日本での前世がありました。でもステラリアさまにはそれがありません。だとすれば前世の力は関係ないのではありませんか?」
「そうか。それもそうだね。では何が原因で能力が・・・って、僕のキス?」
「アルメリアさまとは性交していないのですよね?」
「はい。誓ってありません」
「なにも誓わなくても良いではありませんか!」
「それならばキスですよね」
「え?僕とキスをしたら能力を授かって更に若返るのかい?そんな馬鹿な!」
「でも、それくらいしか考えられませんね」
「え?だって、シンシアには何も起こっていませんよ?」
「あぁ、そうですね・・・いや、既に起こっているかも知れませんよ。試しに今、シンシアに念話で話し掛けてみては如何ですか?」
「あぁ、それは簡単にできるね。ではやってみようか」
僕はシンシアの顔を思い浮かべて念じた。
『シンシア!シンシア!月夜見だよ!僕の声が聞こえるかい?』
『はい?月夜見さま?どこからお話声が聞こえるのですか?』
『あ!本当にできてしまったね。これは念話だよ。僕は今、ネモフィラ王国に居るんだ。能力を持つ者同士ならば、遠く離れていても相手を強く意識して、頭の中で話し掛けると会話ができるんだよ』
『そうなのですか!ではこれからはいつでも月夜見さまとお話しできるのですね?』
『うん。そうだよ。恐らくシンシアにも僕と同じ能力が身に付いてしまったのだと思う。今度、能力の使い方を教えに行くよ』
『はい。楽しみです!』
『それじゃぁ、またね』
『はい!』
「シンシアと念話ができてしまったよ」
「やっぱり。キスだけで・・・」
「え?本当にキスだけなのかな?では、例えばここでニナとキスをしたら、ニナも能力が使える様になるということ?」
「え?私も皆さまと同じ様に力が使える様になるのですか?」
「い、いや、それは分からないけど・・・」
「してみますか?」
「いや、お母さま。そんな誰とでもキスする訳には・・・」
「でも、ニナは生涯あなたに仕えるのですし、妾にもするのでしょう?」
「え?誰が妾にするなんて言いましたか?」
「まぁ言ってはいませんでしたかね。ニナやシエナはなりたいと言っていますが・・・」
ニナとシエナが真っ赤な顔をして俯いている。
「キスくらいなら良いのではありませんか?私から見たら外国の人が挨拶でキスをしているくらいにしか見えませんから」
「絵里香。挨拶でキスをする国があるのですか?」
「えぇ、濃厚なキスをする訳ではありません。「チュッ」と軽くです」
「この世界ならその度に結婚しなければなりませんね・・・」
「でも、軽くでは駄目なのですよね?私の時はそうでしたよ?」
「あぁ、お母さまはそうでしたね。ふざけてしたくらいでは変わりませんでしたよね」
「もう、いいからニナたちとしてみなさいな」
「お母さま、何ですか。その投げやりな態度は・・・」
「ニナたちだって待っているのですから・・・それくらい良いでしょう」
「分かりましたよ。もう。仕方ないな・・・」
何だかおかしなことになってしまったな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!