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17.四人目の日本人

 神宮の応接室。巫女からシンシアが来たことを告げられる。


 そして、シンシアと母のアメリアがやって来た。

「シンシア。君の研究室を見せてもらう前に、幾つか確認しておきたいことがあるのです」

「はい。何でしょうか?」

「君は八歳の時に、漢方薬の葛根湯かっこんとうを作ったそうですね。どうやって作ったのかな?」


「葛根湯?あぁ、葛根の入った薬ですね。私にもよく解らないのです。私はたまに頭が痛くなることがあったので頭痛に効く薬があれば良いなと考えていたのです」


「そうしたら、頭の中で葛根かっこん麻黄まおうなどの植物の名前が浮かんで来たので、それを書きとめて城に出入りしている大商人に集めてもらったのです。それを使って試行錯誤している内にできてしまったのです」


「あぁ、やはり。シンシア、それはね。恐らく君にも私や絵里香と同じ様に異世界の前世の記憶があるからだと思います。その薬は私や絵里香が暮らした異世界にあったものなのです。そして、その成分や作り方が分かるということは、君は薬剤師か製薬会社に勤めていた人だと思う」


「まぁ!私が月夜見さまや絵里香さまと同じ、異世界の人間だったのですか?」

「恐らく。だから私たちの様に前世の記憶を取り戻せば、シンシアはもっと沢山の薬を作れる様になるでしょうね」

「え!それならば記憶を取り戻したいです!どうしたら取り戻せるのですか?」


「確実とは言えないのだけど方法はあるのです。でもね。前世の記憶を取り戻すと言うことは良いことばかりではないのですよ」

「何か悪いことがあるのですか?」


「私は前世で長年愛した恋人が居たのです。でも彼女は難病といって治すことができない病気にかかってしまった。私はその病気を治すために医師という職業に就き、日々、病気の研究をした。でも治すことはできずに彼女は亡くなったのです。そして私は絶望し自ら命を絶ったのですよ」


「そしてその記憶を持ったままこの世界に転生し、彼女を失った苦しみが続いたのです。最近ではお母さまやステラリア、絵里香のお陰で立ち直りましたが、十年以上も苦しんだのです」


「人の人生は様々です。シンシアの前世で何があったのかが分からない以上、その記憶を取り戻すことは良いことだけではないかも知れないのです」


「そう・・・なのですね・・・そうですね・・・わたしは・・・」

 シンシアは下を向いてしばらく考え込んでしまった。

「シンシア。今はまだ無理をして思い出す必要はないのですよ」

 シンシアは僕の言葉を聞き終えると同時にスッと顔を上げ、真剣な表情で話し始めた。


「でも、後で思い出して月夜見さまや皆さまにご迷惑をお掛けするならば、今の内に思い出してしまった方が良いと思います。今の私は中途半端なのです。薬を作るのが好きで、でもよく解っていないのに薬を作れてしまって。それが気持ち悪いのです」


「こんな状態が続くならば、全て思い出した上で悪い記憶は断ち切るか、乗り越える努力をした方が良いと思うのです」

 うーん。最早、僕の妻になる前提で考えているな・・・でも、シンシアの無意識のうちに薬が作れてしまうことへのもどかしさは理解できるな・・・


「アメリア殿。母としてどう思われますか?」

「私は、シンシアの考えに賛成しますし、応援したいと思います。私もこの子は幼い頃からどこか大人びたところのある子だなと思っていたのです。物分かりが良過ぎるし、言い方を変えれば子供らしくないと思うことも多々ありました。今のお話を聞いていて私もに落ちました」


「シンシアの作る薬が世界の人々に役立つならば、私もお手伝いしなければなりません。もし、シンシアに辛い過去があったのなら一緒に乗り越えたいと思います」


「そうですか。シンシア。では本当に良いのですね?あ!でもその方法を聞いたら、まだちょっと躊躇ちゅうちょするかも知れませんね」

「え?どの様な方法なのでしょう?危険なことなのですか?」


「い、いや・・・その・・・お母さまの前で言うのもなんなのですが・・・えぇと、私とキスをするのですよ」

「え!キス?」

「まぁ!羨ましい・・・」

 今、シンシアのお母さんが小さな声で何かつぶやいてしまったな・・・


「私としてもまだ、ちょっと早い・・・と思うのですよ」

「え!でも!危険なことではないですね。むしろ・・・あ!何でもありません!あの!私は大丈夫ですからお願いできればと・・・」

「まぁ!若いって良いわね・・・」

 あれ?梨月伯母さんまで心の声が漏れてしまっているよ・・・


 本当に良いのかな?僕はステラリアと絵里香に念話で話し掛けた。

『ステラリア、絵里香。本当に今、思い出させて良いと思うかい?』

『えぇ、本人もお母さまも承諾しているのですから』

『そうですよ。早くはっきりさせてあげないと、シンシアはいつまでも悶々もんもんとした日々を過ごさねばなりません』

『まぁそうか。そうだよね。もうここまで話してしまったのだからね・・・分かったよ』


「分かりました。梨月伯母さま。ベッドのある部屋はありますか?」

「え?キスだけではないのですか!」

 何故かシンシアのお母さんが真っ赤な顔をして狼狽うろたえている。


「あぁ、説明不足でした。今までの経験ではキスをすると突然、前世の記憶が頭に流れ込んで来るのです。そしてここがどこだか私のことも誰なのか、一時的に分からなくなり混乱します。そしてそのまま気を失ってしまうのですよ。その後眠っている間に夢を見る様に、前世の記憶を思い出し、今の記憶と一緒に整理されるのです」


「あぁ、一時的に気を失うのですね」

「はい。ただ、私のお母さまは一度目が覚めた時に今世の記憶が戻らなくなりました。でも翌朝には戻りましたけど」

「そうなる可能性もあるのですね?」

「はい。あり得ます。シンシア。本当に良いのですか?」

「はい。覚悟はできております」


「それと・・・キスをしたら、もう婚約せずにはおけないですね。シンシアはそのことも良いのですか?私と結婚することに抵抗はないのですか?」

「はい。心よりお慕いしております」

「え?今日、初めて会ったのに?」

「はい。月夜見さまを一目見て恋に落ちました・・・」


 うーん。それは僕を見て気絶する人と何も変わらないのだけどな・・・そういうところはまだ、子供なのかも知れないな。


「では、どうしようか。皆が見ている前で良い?それとも?」

「あ!あぁ、そうですね。私たちは部屋を出ましょう!」

 シンシアのお母さんが恥ずかしがってしまった様だ。ぞろぞろと皆が部屋を出た。


「シンシア。では倒れると危ないからベッドに座って目を閉じてくれるかな」

「はい」

 僕もシンシアの隣に座って、まだ幼いシンシアの身体を抱き寄せキスをした。


 すると、次の瞬間。シンシアは瞳を見開き「うっ!」と声を漏らすと、僕を真っ直ぐに見つめ、白い肌が見る見るうちに真っ赤に染まっていった。そして、そのまま気を失って倒れてしまった。


 あれ?これでは前世の記憶を思い出したのかどうか分からないではないか!僕は部屋の外で待っていた皆に声を掛けて部屋に入ってもらった。


「如何でしたか?」

「いや、普通にキスをしただけではない感じはあったのだけど、すぐに気を失ってしまったので、前世の記憶がよみがえったのかは分からなかったですね」

「では、起きるのを待ちましょう」




 シンシアのお母さんが付いていることになり、僕らは応接室で待機した。それから一時間程して、シンシアはお母さんと応接室に戻って来た。


「シンシア。気分はどうだい?大丈夫かな?」

「はい。大丈夫です」

「それで記憶はどうだい?」

「あの・・・私。日本人でした」

「やっぱりそうか!」


「全部、お話した方が良いですよね?」

「いや、話し難いことならば、話さなくても構わないよ」

「いえ、私は大丈夫なのです。自分としては辛い過去ではありませんでしたので。でも皆さんが驚くのかなと思いまして・・・」


「それは驚くかも知れないけれど大丈夫だよ」

「はい。あの。私は日本で暮らし、四十二歳で死んだのです」

「四十二歳で。そうなんだ・・・でも驚くことでもないよね?」


「それであの・・・やはり私は薬剤師でした。東京の都下で生まれて両親と三人暮らしでした。母は私を生んだ後、病気がちで長年に渡って漢方薬を飲んでいたのです。子供の頃からそれを見ていて、私がお母さんの飲む漢方薬を作るって意気込んで、大学まで行かせてもらって薬剤師になりました」


「初めは、漢方薬を専門に作る会社に就職し、漢方薬を深く学ぶことになったのです。その内、漢方薬に使う植物を育てることも楽しくなり、その時間が欲しくて会社は退職し、近くの薬屋で薬剤師として働きながら漢方薬となる薬草を育てていました」


「母は私が三十二歳の時に他界し、父もそれからすぐに癌が見つかって三年後に後を追う様に亡くなりました。私は内気な性格でしたし、友達も居なかったのでお相手にも恵まれず、ひとり暮らしをして庭で薬草を育てる毎日でした」


「そして四十二歳の冬の朝、酷い頭痛に襲われました。恐らくですが脳梗塞のうこうそくだったのだと思います。そして自宅でひとり死んだのです」

「それは・・・何とも言えない最後でしたね」


「でも、悲しくはありません。自分としては好きなことを好きなだけできた人生でした。両親との思い出も楽しいことが多かったですし・・・結婚はできませんでしたが・・・」

「まぁ!シンシア。あなたという人は!それでそんなに穏やかで落ち着いていて優しい娘となったのですね」


「はい。お母さま。私は結局、今世でも前世とあまり変わらない人生を送っていますね」

「いいえ!あなたはこれからこの世界の人々をあなたが作る薬で救うのです!」


「そして前世よりも多くの人の役に立ち、月夜見さまの妻として女の幸せも手に入れるのです。あなたにはその資格があるのですよ!」


「そうですね。シンシア。君には幸せになる資格があるよ」

「本当ですか?月夜見さま。私を妻にしてくださるのですか?」

「えぇ、私で良いのでしたら」

「月夜見さまが良いのです!」

「そう。ありがとう」


「シンシア。日本での名前は?」

本条幸子ほんじょうさちこです」

「さっちゃんか!」

「あ。はい!お母さんにずっとそう呼ばれていました」

「私は、碧井正道でした」

「私は、山科花音でした!よろしくお願いします!」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


「さて、アメリア殿。今日はこの後、どうしましょうか?」

「もしお時間が許す様でしたら晩餐をご用意しておりますし、今夜はお泊り頂ければと」

「そうですね。婚約も決めたことですし、そうしましょう」

「まぁ!ありがとうございます!」


「それよりも月夜見さま。婚約の晩餐ならばアルメリアさまに報告し、晩餐にも出席頂かないと」

「あ!そうでした!アメリア殿。晩餐には私の母も出席させて頂いてよろしいでしょうか?」

「まぁ!勿論でございます。急なことですのにお越し頂けるのですか?」

「えぇ、それは瞬間移動ができますので」


「ありがとうございます。では早速、部屋を用意させますので、今しばらく神宮でお待ち頂けますでしょうか」

「はい。ありがとうございます」

「さぁ、シンシア。陛下にご報告に参りますよ!」

「はい。お母さま」

 二人は笑顔で神宮を後にした。


「それにしてもアメリア殿って、娘が四十二歳だったと聞いて全く動じていませんでしたね」

「何となく分かっていたのではありませんか?」

「そうですね。僕のお母さまも僕が普通でないことには気付いていましたからね」

「それで月夜見さま。シンシアは明日以降、どうされるのですか?」

「そうだね・・・まだ十一歳で学校にも行っているのだからね」


「成人するまでは、このままここで暮らしても良いのではありませんか?」

「後でシンシアに聞いてみよう。ここで漢方薬を作るのに必要なものがあれば日本から取り寄せられることを伝えれば、必用なものをリストにしてくれるだろう」


「月夜見さま。漢方薬に使う植物を日本から取り寄せることはできるのですか?」

「そこだよね。植物といえども生物だからね。取り寄せて死なないかが分からないね」

「やってみて死んでしまったらそれは仕方がないのではありませんか?」


「いや、それだけではないね。植物には色々なバクテリアが付いているから無暗に取り寄せない方が良いかも知れないな。だって、アスチルベの先住民も流行り病で多くの人が亡くなったと言っていたよね」

「あ。そうでした。生物は危険なのですね」


「まぁ、まずはこの世界に同じ植物がないか探した方が良いだろうね。どうしても欲しい薬に必要な植物がこの世界にない時はその時、何か考えよう」

「さて、では皆でネモフィラへ戻ろう。僕は、お母さまにこのことを報告して、ドレスに着替えてもらうからね。ふたりもドレスに着替えると良いよ」


「えぇ、そうですね。一度お風呂に入って着替えをしましょう」

「では、それぞれで飛ぶよ」

「はい!」


「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」


「お母さま!戻りました」

「まぁ!月夜見!驚くではありませんか!戻る前に念話のひとつも送ってから飛んでくださいな」

「お母さま。もっと驚きますよ。また新たな転生者が見つかったのです!」

「新たな?マイではなく?」


「はい。先日、お爺さまと各国を訪問して、三名の王女から求婚された件です。今日、その内のひとり、ダリアお婆さまの実家のイベリス王国の王女シンシアに会ったのですが、彼女も僕と絵里香と同じ日本人でした。それも薬剤師といって薬を作る人だったのです」

「まぁ!では今後、この世界でもっと薬が作られる様になるのですね」

「えぇ、そうなのです。とても重要な人なのですよ」


「それで、嫁に迎えることを決めたのですね」

「そういうことです。これから婚約祝いの晩餐なのです。お母さまも出席してください」

「本当に急な話しなのですね・・・シルヴィー着替えを手伝ってくれるかしら?」

「はい。アルメリアさま」


「あぁ、シルヴィー。もうすっかり慣れたみたいだね」

「はい。毎日が楽しいです」

「それは良かった」


 お母さん、ステラリアと絵里香のドレスアップが済み、ステラリアと絵里香は自分で神宮へと飛んだ。お母さんは初めて行く場所なので僕が抱きしめて一緒に飛んだ。


 そして、婚約を祝う晩餐が開かれた。梨月伯母さんも出席した。

「月夜見の母、アルメリア ネモフィラです」

「これは、ようこそお越しくださいました。私はイベリスの王、カルロス イベリスでございます」

 それからイベリス王族の紹介が済み、晩餐が開催された。


「月夜見さま。シンシアは月夜見さまと同じ前世を持っていたとのこと。大変に驚きました」

「えぇ、私もです。それも薬剤師という、薬を作る知識をお持ちなのです。これからこの世界で大きく役に立つことでしょう」

「月夜見さま。私にできるでしょうか?」

「私は、日本から物を引き寄せることができるのですよ」

「シュンッ!」


 僕はデジカメを自分の部屋から引き寄せた。

「あ!それはカメラですか!今、どこから?」

「これは以前に日本から購入して引き寄せたものですよ。私の日本の友人を通じて、手紙や物のやりとりができるのです」

「え?どうなっているのですか?世界が違うのですよね?」


「えぇ、シンシアは、パレレルワールドって聞いたことはありますか?」

「はい!私はアニメや漫画も大好きだったので、アニメで見たことがあります」

「うん。それなのです。地球とこの星は次元が違うだけで、同じ場所かとても近い位置に存在しているらしいのです。それで僕の念動力で物のやりとりができてしまうのです」

「うわぁ!凄い!凄い!本当なのですね!」


「ふふっ。シンシア。初めて、十一歳らしい反応を見せましたね」

「あ!私としたことが、申し訳ございません」

「シンシア。良いのですよ。これから私やステラリア、絵里香と一緒の時は日本人の感覚でお話ししましょう。敬語も要りませんよ」

「それは流石に、難しいですが・・・」


「それとシンシア。これからのことなのですが、今は学校に通っているのですよね?」

「はい。二年生です」

「では、このまま学校に通ってください。卒業してからの結婚で良いですか?」

「はい。構いません」


「それで、漢方薬のことですが、明日、神宮の研究室を見せてください。今、足りなくて必要な器具を日本から取り寄せましょう」

「漢方薬の教本などは手に入りますか?」

「本の題名が分かれば可能ですよ」

「それは助かります!」


「それにしても驚きました。シンシアは本当に異世界人だったのですね」

「あぁ、それで言えば、私のお母さまも異世界人です。そして私と同じ能力を持っています」

「アルメリアさまもなのですか!それは驚きました」

「それよりも驚きますのは、月夜見さまのお母さまの若さとお美しさです。七年前の世界会議でお見受けした時と全く変わらぬ。いえ、更に若返っていらっしゃる・・・」


「アメリアさま。それは褒め過ぎでございますよ。月夜見ももう十二歳ですから、その分だけ私も歳を重ねておりますよ」

「そんなご謙遜を!肌も髪も輝いていらっしゃいます!」


 うーん。それは化粧品やシャンプー、コンディショナーのお陰なのだけどね。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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