16.シンシアと薬
イベリスの宿ではゆっくりし昼食を済ませてから王城へ向かった。
事前にいつ行くとは伝えていないので出迎えもない。あわよくば不在だったりしないか、などと姑息なことも考えながら到着した。
出迎えた衛兵は僕の顔を覚えていた様で、ひとりの衛兵が猛スピードで走って行った。
あぁ、先日お爺さんと来ているからな・・・
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました。月夜見さまがいらっしゃいましたら、すぐに応接室にお通しする様、申し付けられております。どうぞこちらへ」
「そうですか。ありがとうございます」
衛兵の後ろについて廊下を進み、数名の使用人を気絶させながら応接室に向かった。
応接室の長いテーブルの片側に僕とステラリア、絵里香が並んで座り、お茶を頂きながら待っていると明らかに慌てた王とその家族がバタバタと入室して来た。
「これは、月夜見さま。ようこそお越しくださいました!」
「あぁ、イベリス殿。連絡もせず急に来てしまい申し訳ございません」
「とんでもございません。お忙しい中、こちらの申し出のためにお越し頂いたのですから!」
「改めまして、こちらが第一王妃のアメリア フラガリア イベリス、その娘で第三王女のシンシア、第二王妃のエレーナ ルドベキア イベリス、その息子で王子のアルベルトでございます。第一王女と第二王女は既に嫁いでおります」
「初めてお目に掛かります。私はシンシア イベリスで御座います」
シンシアは背中まで伸びたブルネットの髪に茶色の瞳、少したれ目なところが可愛い娘だ。身長は百四十五センチメートルくらいで、見た目は小学五、六年生と言ったところだが、王女らしくきれいな姿勢で丁寧に挨拶をする仕草は小学生には見えない程に落ち着いている。
「はじめまして。シンシア殿、アルベルト殿。月夜見です。こちらは私の婚約者のネモフィラ王国フランク ノイマン侯爵の娘で王宮騎士団剣聖ステラリア ノイマン、同じく婚約者の絵里香 シュナイダーです」
「月夜見さま。シンシアとの縁談ですが、お考え頂けましたでしょうか?」
「はい。その前にお伝えしておかなければならないことがございます」
「はい。何でしょう?」
「私がこの世界ではない、別の世界から転生した者であることはご存知だと思います。前世で二十五年生きた記憶もあるために現在ではかなり長く生きている人間でもあります」
「はい。それは七年前の会議の際に伺っており、その異世界からの下着や衣服のご提案も頂いていることは存じ上げております」
「ありがとうございます。今回、まず先にお伝えしないといけないのは私の婚約者のことです。絵里香は私と同じ世界からの転生者です。前世で二十年、こちらで十七年生きています。更に、ステラリアと絵里香は私とほぼ同じ、神の能力を持っているのです」
「な!なんと!お二人とも神の能力をお持ちなのですか!」
「はい。ですから口に出して会話をしなくとも、この三人では念話と言って頭の中だけで会話ができ、物を持たずとも持ち上げ、自分が宙に浮くことも、瞬間移動で世界中どこにでも一瞬で飛ぶこともできるのです」
「そ、その様なお力が・・・それではお二人も神と同じ存在・・・女神さまなのですね」
「はい。しかし我々はその様に特別なこととは思っておりません。何故かと言えば、その能力は人間を広く幸せにするものではないからです。自分たちやその周りの一部の人間が少し便利になるだけなのですよ」
「ですが、現実にはこのふたりと並んで妻となる場合は、ひとりだけその能力を持たないために不便さや疎外感というものを感じてしまうかも知れません」
「それだけは初めにお断りをしておかねばならないと思いました。シンシア殿。それを聞いて如何ですか?」
「はい。私は四年前にお母さまから教えて頂いた、月夜見さまの作られた本に感銘を受け、神宮で梨月さまから学んで参りました。私には皆さまの様な特別な能力がございませんので、自分にできることとして薬について調べて扱いを学んでおります」
「ほう。薬を・・・」
「はい。ですから、これからも薬について学び、ほんの少しでも月夜見さまや人間の健康の役に立てればと思っております。初めから月夜見さまのお持ちになる能力については、自分とは分けて考えておりますので不便や疎外されるなどとは考えません」
「そうですか。シンシア殿はしっかり自分というものを持っていらっしゃるのですね。それで、シンシア殿は今、お幾つでいらっしゃるのですか」
「はい。私は十一歳です」
「先程もお伝えしましたが、私と絵里香の精神年齢はシンシア殿のご両親よりも上なのです。ステラリアも今、二十八歳です。そう言った年齢の差はどう思われますか?」
「そうですね。きっと私は皆さまと比べたら子供なのだと思います。でもこれは頑張っても追い付けるものではございません。今はまだ学生ですので、しっかりと勉強し好きな薬の研究をして、そのうちに皆さまとお話が合う様になれば幸いでございます」
「驚きました。十一歳とは思えない程、しっかりされていますね」
背中まで伸びた美しいブルネットの髪と茶色の瞳は日本でも馴染みがあり見ていて落ち着く。それにきめ細かい白い肌、まだ幼い顔だけど、きっと大変な美人になることは両親を見ても想像がつく。
うーん。否定するところが見つからない。見つからないどころか何か妙に魅力がある。しっかりしているから?僕の作った本や薬など医学に興味を持っていて自分との共通点があるから?それに絶対に美人になるから?
「シンシア殿、この後、神宮へ行ってシンシア殿がどの様に薬について学ばれているのか見せて頂けますか?」
「はい。神宮に私の研究部屋を作って頂いていますので、是非そちらをご覧ください」
「えぇ、ありがとうございます」
僕は念話でステラリアと絵里香に話し掛ける。
『ステラリア。絵里香。今から一時間、時間をもらうから暁月お爺さまの屋敷へ行こう』
『はい。瞬間移動で飛ぶのですね』
『うん』
「イベリス殿。シンシア殿。ちょっとお時間を頂けますか?今から一時間後に神宮でお会いしましょう」
「かしこまりました。神宮でお待ちしております」
「では少し、失礼しますね」
「シュンッ!」
「陛下、失礼致します」
「シュンッ!」
「失礼致します」
「シュンッ!」
「あぁ!本当に皆さん、それぞれに神の能力をお持ちなのだな・・・」
「父上。お姉さまは、あの様な神の一家に嫁いで大丈夫なのですか?」
「アルベルト。それはシンシアが決めることだよ。シンシア。無理はしなくて良いのだからな」
「はい。私の心は既に決まっていますので」
「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」
僕はお爺さんとダリアお婆さんに助言を求めることにした。
「お爺さま。ダリアお婆さま。こんにちは」
「おぉ、月夜見。急にどうしたのだ?」
「はい。先日、お爺さまと一緒にイベリス王国に行って求婚された件で今、イベリス王国に再訪していたのです。初めてシンシア王女に会ったのですが・・・」
「あぁ、その件だな。そのシンシアという娘はどうだったのだ?」
「私の見た限りでは十一歳とは思えぬ程しっかりした娘でした」
「私も娘の梨月に聞いてみたの。シンシアは四年前から月夜見さまの作った本で勉強して梨月のところに通う様になったそうよ。それから自分にできることはないかと聞いて来て熱心に勉強し、今では神宮で使う薬のほとんどを扱えるそうよ。そしてまだ会えない月夜見さまを想い続けていると」
「そうですか・・・ステラリアと絵里香はさっき、シンシアの心を読んでいたよね?何か分かったかな?」
「はい。シンシアの真剣さが伝わって来ました。特に裏表はない様でした」
「私も同じです。彼女は今日、月夜見さまのお顔を見て決心を固めていました。彼女は辞退することはないと思います」
「あぁ、そうなんだ・・・」
「月夜見。私とダリアに気を使ってここへ来たのだろう?私たちに気兼ねなどする必要はない。無理をしてまでシンシアを娶る必要はないのだよ」
「いえ、そんな・・・気を遣っている訳ではないのです・・・」
「こう考えるのはどうだろう。お前はこれからもこの世界の人間のために働くだろう。だが、ひとりでできることには限界もある。だからこそ運命という奴は、同じ力を持ったステラリアや絵里香、アルメリアを用意したのではないかな?そしてシンシアやあと二人の候補ももしかしたら、役に立つ人間なのかも知れないな」
「あぁ、嫁としてだけ捉えるのではなく、協力者として見ても良いということですか」
「そうだな。シンシアは薬の勉強をしていると言ったな。能力での治療は神宮と宮司の数という限界がある。でももっと良い薬が安く普及すれば、助かる命は増えるのではないかな?」
「そうですね。確かにそうでした。僕は薬のことを知っていながら能力に頼り過ぎていたのですね!」
「分かりました。考えてみます。お爺さま、お婆さま。ありがとうございました」
「良いのだ。月夜見が自分で良いと思う様にしなさい」
「はい」
僕たち三人はお爺さんの屋敷を出ると、そのまま裏山の山頂へ飛んだ。美しく回転するふたつの月を眺めながら話す。
「月夜見さま。日本の薬はこの世界で作れるものなのですか?」
「同じ物はできないだろうね。でも原料が動植物やこの世界にあるもので作れるものならば、同じではなくてもある程度の効能は期待できるのではないかな?」
「あぁ、漢方薬なんかはそうでしょうか」
「そうだね。絵里香。日本から漢方薬の本を取り寄せてシンシアに研究してもらうのも良いかも知れないね」
「では、シンシアは嫁に迎えるのですね」
「うーん。ふたりも見たでしょう?シンシアはまだ、あどけない少女だよ。結婚するかと聞かれてもね・・・」
「それならば、まずは協力者として薬の研究を助けるということで、これから何度か訪問されたら良いのではありませんか?」
「ステラリア。それは良い案かも」
「月夜見さま。シンシアとキスをしてみたら如何ですか?十一歳であの落ち着きと薬に懸ける情熱は何か前世に起因しているのでは?と思ってしまうのですが」
「あぁ、キスをして絵里香やお母さまの様に前世の記憶を思い出させる作戦かい?でもそんなことをしたら結婚は確定してしまうよね」
「でも、今のところ断る理由はひとつもないですからね・・・」
「まぁ、それもそうなのだけどね・・・」
「あ!そうだ。私みたいに自分では気付かなくても、聞いてみれば何か能力を持っているかも知れません。これから戻って聞いてみるのはどうでしょう?それで能力がありそうならキスをして、前世の記憶を思い出させれば良いのですよ」
「あぁ、なるほど。聞くだけならば何も問題はないね。うん。聞いてみよう」
「では、まだ一時間経っていませんから、すぐに神宮へ行って先に宮司の梨月さまへ聞いてみるのは如何ですか?」
「流石、ステラリア。そうだね。では早速神宮へ行こうか!」
「あ!月夜見さま。神宮はまだ行ったことがありません!」
「そうだったね。では、ふたりとも僕に抱きついて」
「はい!」
ふたりを両脇に抱いて神宮へと飛んだ。
「シュンッ!」
神宮へ飛ぶと、巫女の目の前に出現してしまった。
「あ!もしかして、月夜見さまでいらっしゃいますか?」
「はい。そうです。突然、現れて申し訳ございません」
「いえ、王城より連絡は入っておりましたので。応接室へご案内いたします」
「お願いします。梨月伯母さまを呼んで頂けますか?」
「かしこまりました。そろそろ診察が終わる時間ですので少々お待ちください」
お茶を飲んで待っていると梨月伯母さんがやって来た。
「まぁ!月夜見さま。お久しぶりで御座います。もうそんなに成長されているなんて!」
「梨月伯母さまもお元気そうで何よりです」
「まだ、シンシアさまはいらしていないのですよ」
「あぁ、良いのです。彼女が来る前にお聞きしたいことがありまして・・・」
梨月伯母さんへ僕たち三人やお母さまの能力、前世について説明し、シンシアにその様な兆候がないかを聞いてみた。伯母さんはすぐに何か思いついた様で興奮気味に話し始めた。
「あぁ!そう言えば・・・シンシアさまが初めてここへ来た時、アメリアさまから月夜見さまの本の知識を学んだだけでした。それなのに自分にできることはないかとおっしゃって・・・」
「それで薬の扱いを教えてみたのです。そうしたら私が教えたことがないことを自分で考えてやりだしたり、新たな薬を作り出したりしたのです。それは驚きました」
「それはシンシアが何歳の頃のことですか?」
「七歳で初めてここに来る様になり、八歳の時にはもうそうなっていました。その頃にシンシアさまの研究部屋も作ったのです」
「初めて作った薬とは何の薬なのですか?」
「頭痛や悪寒、筋肉痛に効く薬です」
「その薬の原料は何でしたか?」
「全て植物で確か、葛根、麻黄、桂皮、芍薬とか、まだ他にも入っていたと思うのですが私にはよく解らないのです」
「でも、彼女は自分で作って自分で飲んで試していました。そして確かに効能はあったのです」
「あぁ、それは恐らく漢方薬の葛根湯ですね。凄いな。これはやはり前世持ちに間違いないですね」
「え!では、月夜見さまや絵里香さまと同じ様に前世と神の能力をお持ちなのですね!」
「いや、能力を持つかはまた別なのですが、前世の記憶を持っていることは間違いないでしょう。後でシンシアに聞いてみましょう。恐らく自分でも何故、それらの薬の成分が思いつくのか分かっていないでしょうね」
「月夜見さま。ではそれらは明らかにできるのですね?」
「そうですね。シンシアは前世で薬に携わる仕事をしていたことはもう間違いないでしょう。それがこの世界でもこれから役に立つことも間違いありません。ただひとつ心配なのは、人生は仕事だけではない。ということです」
「それはどういうことでしょうか?」
「もし、シンシアの前世で仕事以外のことで問題を抱えていたとすれば、この世界でそれを思い出すことで彼女のこれからの人生に悪い影響を及ぼす可能性があります。もしかしたら思い出すべきではないことがあるかも知れないのです」
「そうですね。人生は良いことばかりではありませんからね」
「それも含め、シンシアに全て話した上で決めさせれば良いのではありませんか?」
「うーん。そうですね・・・でも結局は僕が責任を負わなければならなくなりそうだな」
「そうは言っても、ここまで知った上でシンシアを放置はできませんよね?月夜見さま」
「まぁ、そう・・・だね」
何だかステラリアと絵里香には僕の全てを見透かされている様な気がして来た・・・
そして、シンシアと母のアメリアがやって来た。
お読みいただきまして、ありがとうございました!