15.イベリスでの事件
夕食の時間となり僕たちは温泉宿の食堂へ行った。
食堂もこの世界の標準的な食事処だ。風情はない。出されるメニューもサラダにスープ、ステーキとかありきたりなものだ。
まぁ風呂上がりのビールが飲めれば文句はない。とばかりに三人でビールを飲んだ。
「これでマグノリア王国も終わりですね。明日はどこへ行かれるのでしょう?」
「うん。明日はイベリス王国へ行くよ」
「あぁ、王女を嫁にと言われている国ですね。では初めに王城へ行くのですか?」
「いや、捜索が終わってから最後に寄るよ」
「何故、最後に寄るのですか?」
「いや、そのまますぐに逃げられる様に?かな・・・」
「逃げるのですか?」
「いや、初めから逃げるつもりはないんだ。もし合わない人で断った時にしつこくされたことを考えてのことだよ」
「でも一目会って合う、合わないが分るのでしょうか?」
「そうですよ。相手は王女なのですから。礼儀作法や学業も立派に習得されている筈です。一目見て容姿が好みに合わないならば別ですが、そうでなければ何度かお会いしてから、ということになるのではありませんか?」
「そうなれば、お優しい月夜見さまが断れるとは思えませんね」
「うーん。そうなのかな・・・ちょっと、ステラリアも絵里香もキツいんじゃない?」
「私はちょっと焼きもちを焼いているだけです!」
「そうですね。私たちにどうこうできる訳ではありませんので」
「ふたりともお酒が入ると結構、言いたい放題言うよね。僕としても無暗に嫁を増やしたくはないのですよ。何か良い案を考えてください!」
「え?そうですね・・・ビールをもっと飲まないと考えが浮かびませんね・・・」
「ビールのおかわりを!」
「はーい!」
絵里香がお代わりのビールをグビグビ飲んで行く。大丈夫だろうか。
「そうだ!こういうのはどうでしょうか?」
明らかに酔った勢いで喋ってしまおうという作戦だな・・・
「なんだい?」
「初めにお会いした時に私たち婚約者も紹介して頂いて、私たちには能力があって念話でお話ししています。って言うのです。お相手はそれを聞いたら自分は仲間外れにされるって思いますよね」
「うわぁ!嫌な感じ!そんなこと言うの?」
「でも、現実にはそうなのですよ?後で分かるよりも初めから知っていた方が良いと思うのですが?」
「そうですね。私も後で知るよりは初めに教えておいて欲しいと思うでしょうね」
「そうか。妻が皆、僕と念話ができて、他にも能力が使えるのに自分だけ使えないというのは悲しいというか、疎外感があるのかな?」
「えぇ、私も能力を持つまでは寂しい思いをしましたから」
「あ。ステラリアはやっぱりそう思っていたんだね」
「でも、私と絵里香とアルメリアさまの三人は能力を使えますが、今回の三人の王女を嫁に迎えれば、能力が使えない方も三人になって同じなのですけれど」
「でも舞依も入れたら、妻が六人とお母さまでしょう?やっぱり多過ぎると思うなぁ」
「よし、隠しごとはしたくない。ということで初めに能力のことは話しておこう。ふたりは相手の心を読んでいてね」
「分かりました」
夕食を終えて部屋に戻り絵里香とベッドに入った。
ベッドに入るなり絵里香の攻撃が始まった。今日はとても積極的だ。どうやらまだ見ぬ王女に本気で焼きもちを焼いているらしい。キス魔になって攻めて来る。
「絵里香。今夜は積極的だね」
「だって・・・私、少しだけ不安なのです。ステラリアさまや舞依さま。それにエミリーみたいに綺麗な髪ではありませんから・・・」
「そんなこと・・・僕は絵里香の瞳も髪も、全て大好きだよ。大丈夫。愛しているからね」
「はい。月夜見さま・・・」
絵里香の不安を払拭するために絵里香の求めに応じて愛し合った。絵里香は最後には意識を失う様に眠りに着いた。僕はそんな愛おしい絵里香を抱きしめて眠った。
朝、絵里香は目を覚ますと昨夜の続きの様に求めて来た。そんなに不安にさせているのかとこちらも少し不安になってしまう。でも今はこうして愛してあげることが一番なのだろう。
朝の鍛錬を終わらせ三人で宿を出ると、船で瞬間移動しイベリス王国へ飛んだ。
「シュンッ!」
王城の上空へ出現すると、そのまま王都の商店街を目指して降りて行く。イベリスは海に面した漁業の盛んな国だ。海の近くに大きな湖がありその山側の湖畔に王城がある。そして湖の周囲に街が広がっている。
宿を探して湖沿いを行くと一軒の大きな宿を見つけた。日本のリゾートにある様な建物で懐かしさを覚える。
「あの宿にしようか」
「立派な宿ですね」
「王城にも近いから貴族も使うのかも知れないね」
いつもの様に船を消してから宿に入る。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。お泊りですか?」
「えぇ、寝室が二つある部屋はありますか?」
「はい。御座います」
「では、二泊でお願いします」
「かしこまりました」
いつになくスムーズに受付が済んだ。やはり貴族に慣れているのだろう。
部屋へ入ってバルコニーへ出ると、目の前に湖が広がり左手には王城が見えていた。
「ここもきれいな眺めですね!」
「そうだね。写真に撮っておこうか」
湖の景色を写真に撮ってから今日の捜索へ出掛けた。
海沿いの山に沿って北方面へ飛ぶが、池はあっても湖が見当たらない。目ぼしい手掛かりがないまま午前中の捜索は終了した。
この国の国土はそれ程広くないから南北に分けて二日もあれば捜索はできそうだ。初日の捜索を終えて宿に戻り食事に出掛けた。酒場はやはり湖畔にあった。
「三人なのですが」
「あ、あの・・・この店には貴族専用のお席がないのですが?」
「あぁ、構いませんよ。貴族ではありませんから。湖の見える席はありますか?」
「はい。ではご案内いたします」
「うわぁ!あれ、何ですか!」
「凄い!何てきれいなのでしょう・・・」
「うん。あの青く光っているのは何だろうね」
「あれは、クラゲです」
「クラゲ?クラゲって海にいるものではなかったっけ?」
「この湖は海と海底洞窟で繋がっているのです」
「あぁ、ならば潮の満ち引きで入って来てしまうのだな。それにしてもきれいに光っているね」
クラゲは湖の湖面のあちこちに漂いながら淡く青白く光っていた。空には二つの月が浮かび、それはそれは幻想的な景色を作っていた。僕は思わずデジカメを引き寄せ写真を撮った。
ビールやつまみが出され三人で乾杯した。
「この素晴らしい景色に乾杯。だね」
「はい!」
イベリスは漁業が盛んなだけあって海の幸が多い。魚にエビに貝の料理を頼み、ビールが進んだ。
「やはりお刺身では食べないのですね」
「そうだね。月宮殿でも冷蔵庫がないから刺身は出なかったね。折角、醤油はあるのにね」
「では、ここで新鮮な魚を買って瞬間移動で持ち帰れば刺身は食べられますね」
「絵里香。それは良い提案だ。絶対やろうね」
「さしみ。とは何ですか?お料理なのですか?」
「あぁ、ごめん。ステラリア。刺身はね、魚を生のまま食べる料理のことだよ」
「魚を生で食べるのですか?美味しいのですか?」
「恐らく、慣れが必要だと思うな。でもステラリアならばきっと美味しいって言うよ」
「そうですか。それは楽しみですね」
次々にビールを飲み、美味しいシーフードに舌鼓を打っていた。すると突然、眠気が襲って来て、あっという間に眠りに落ちてしまった。目を閉じる瞬間にステラリアと絵里香がテーブルに突っ伏す姿が目に入った・・・
眠っているとどこからともなく声が聞こえて来る。
『月夜見さま!月夜見さま!どちらにいらっしゃいますか?』
『ん?これはステラリアの念話か?どうしたの?』
『飲み物に睡眠薬を盛られた様です!私は今目覚めて絵里香を抱え宿の部屋へ瞬間移動しました!月夜見さまはどちらですか?』
『え?そうなの?』
目を開けると見たこともない部屋の天井が見えた。どうやら寝室のベッドに寝かされている様だ。
『さらわれて知らない部屋のベッドに寝かされているみたいだ。すぐに戻るよ』
『はい。お待ちしています。お気を付けて!』
と、次の瞬間、部屋の扉が開き二人の若い女が入って来た。一人は見覚えがある。
あ!酒場に入った時に案内してくれた店員だ!
「あら、目が覚めた様ね。さぁ、私たちにあなたの子種を授けて頂戴!」
動こうとしたら手足をベッドに縛り付けられていて動けなかった。
「君たちはいつもこんなことをしているのかい?」
「いつもではないわ。いい男が来た時だけよ!」
「いい男か・・・それはどうも」
「それにしても美しいわね。こんなに美しい男の子種なら、さぞや可愛い子が授かるだろうね」
「男が生まれれば、生涯稼いで私たちの生活を楽にしてくれるわね」
そう言いながら彼女たちは服を脱ぎ始めた。全部見てやろうかとも思ったが、どこかでばったり出会って裸を見ただろうとか言われても嫌なので、この辺でお暇することにした。
「そうか、それが目的か・・・でも残念だけど、僕はこれで失礼するよ。さよなら!」
「シュンッ!」
「え?消えたわ!」
「どういうこと?なんで消えるの?」
二人は顔を見合わせて茫然とした。
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!ご無事でしたか!」
「うん。絵里香は?」
「まだ、寝ています。お酒も入っているし、絵里香は私たちより体が小さい分、薬が強く効いてしまっているのでしょう」
「ふたりが無事で良かったよ。ステラリア。ありがとう」
「いいえ。それよりも月夜見さまは?何かされませんでしたか?」
「うん。あれから二人の女が入って来てね。一人はお店に入った時に案内してくれた娘だったよ。それで子種をもらうって言って服を脱ぎ始めたから瞬間移動して逃げて来たよ」
「ご無事で何よりです。それにしてもあの娘・・・許せない!」
ステラリアの表情が氷の様に冷たく怖い顔になった。
「ステラリア。僕は無事だったのだから、ね?落ち着いて」
「あ。は、はい・・・」
「やっぱり、こういうことは起こるのだね」
「あの酒場の主人に罰を与えますか?」
「いや。いいよ。もう二度と来ることもないし、それに飲食代を払っていないから向こうだって損をしているからね」
「本当に、お優しいですね・・・」
「それより、絵里香をお風呂に入れようか」
「そうですね。このまま寝かせておく訳にはいかないですね」
絵里香を念動力で浮かせると、二人掛かりで服を脱がせてバスタブに浸ける。するとやっと目が覚めて来た様だ。
「あぁ、絵里香。目が覚めたかな?」
「あぁ・・・わたし・・・どうしたのですか?」
「酒場の従業員に薬を盛られてね。三人とも眠ってしまったんだ」
「え?何故ですか?」
「僕の子種が欲しかったみたいだよ」
「え!大丈夫だったのですか?」
「うん。ステラリアが先に目覚めて絵里香をここへ運んだんだ。そして僕を念話で起こしてくれたから子種を取られる前に逃げることができたんだ」
「あぁ・・・良かった!ステラリアさま。ありがとうございます」
「良いのよ」
「では、絵里香。ここからはひとりで洗えるよね?」
「あ!すみません。おふたりに洗って頂いていたなんて!」
「良いのですよ」
僕とステラリアもそれぞれお風呂に入ってバルコニーへ出た。湖ではクラゲが淡く光り、空には大きな二つの月が美しく輝いていた。三人でその景色を眺めていた。
「折角、こんなに美しい景色が毎日見られるのに・・・子種のことしか考えられないなんて」
「まぁ、僕たちには美しい景色でも、毎日見て暮らしていたら、それはただの日常なのだよ」
「この世界は、どこへ行っても子種の話ばかりですね」
「男性が少ないのだから仕方がないよね。これからは増えて来るとは思うけれど、まだあと十年や十五年は掛かるでしょう」
「それなら私たちの子供たちは困らなくなっているでしょうか」
「そうだね。そのためにも今、できることをしておかなければね」
「そう考えると、月夜見さまの妻が多くなっても仕方がないのですね・・・」
「やっぱり、そこに話は行くのだね・・・」
その夜はステラリアと眠った。
「ステラリアは男の子と女の子、どちらの子が欲しいの?」
「私は女の子が欲しいですね」
「そう・・・それなら子作りの時はしっかり産み分けしないと駄目だね」
「何故ですか?」
「ステラリアは僕とすると必ず絶頂に達してしまうでしょう?」
「え!だって・・・」
「それだと男の子が生まれ易くなってしまうからね。ちょっと工夫しないとね」
「でも、今はまだ良いのですよね?」
「勿論!今は何回でもいって良いのですよ」
そして深くキスをして愛し合った。
「あぁ・・・これが奪われそうになったのですね・・・許せない・・・」
「ふふっ。ステラリア。これからも僕を守ってね・・・」
「はい。お守りします・・・」
恐らく、ステラリアも絵里香もグリーンゼリーは要らないだろうな・・・
翌日、南方面の捜索へと飛んだ。南側も港町が多く、やはり湖はなかった。夕食はもう外へ出る気はせず、宿の食事処で済ませることにした。
ビールを飲みながら話す。やはり魚料理が多くそれは嬉しかった。スズキのカルパッチョ、エビの塩焼き、ハマグリの酒蒸し、マグロのステーキがあった。
「ここの魚料理は最高だな!とっても美味しい!」
「えぇ、今まで肉料理が多かったですよね」
「ステラリアは騎士だから肉料理の方が好きなのかな?」
「いいえ、魚料理も好きですよ。ここの料理は美味しいですね」
「そうか、それは良かった。何でもバランス良く食べないとね」
「ばらんすですか?」
「あぁ、ステラリア。ごめん。バランスはね「釣り合い」ってこと。この場合は偏りなく何でも同じ様に食べようってことかな」
「そうなのですね。肉も魚もバランス良く食べる。ですね」
「そうだよ」
「魚料理ばかりだから白ワインが飲みたいな」
「そうですね。白ワインを頂きましょう」
「すみません!白ワインをください」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
すぐに白ワインが出され、三人のグラスに注がれた。
「あぁ、やっぱり魚料理には白ワインが合うね」
「月夜見さまは、日本で日本酒は飲まれていましたか?」
「あぁ、僕は山形だからね。地酒はよく飲んだよ。この世界に日本酒はないだろうけどね」
「ワインがあるのに日本酒はないのですか?」
「どうだろう?僕もお酒の作り方は分からないからな」
「日本から取り寄せて、ワインを作る人に飲んでもらったら作れるのではありませんか?」
「そうだね。山本に日本酒の作り方を調べてもらえばできるかも知れないね」
「折角、和食が食べられるのですから・・・」
「確かにそうだよね。その内に調べてやってみようか」
「ところで月夜見さま。明日はイベリス王城へ行く日ですね」
「王女さまが素敵な人だと良いですね」
「うーん。素敵だと断り辛いよね・・・」
「でも素敵な女性ならば嫁に迎えても良いではないですか」
「どうだろうね・・・何だか心配になって来たよ」
「でも候補が三人も居るのですから全て断れるとは思えないですよね」
「とは言え、誰でも良い訳ではないのだからね。合わなければ三人とも断りますよ」
「月夜見さまなら正しいご判断をされますよ」
「その前に運命って奴で決まっているのかも知れないけどね」
「それはあり得ますね・・・」
そしてイベリス王国の嫁候補にご対面する日がやって来た。
お読みいただきまして、ありがとうございました!