14.マグノリア王国の温泉
フラガリア王国の宿に戻り、部屋で一息ついて三人で話した。
「エミリーって可愛い子でしたね」
「そうですね。月夜見さま。将来、嫁にされるのでしょうか?」
「あのぉ、全くそのつもりはないのですけれど・・・」
「でも月夜見さまのエミリーを見る目は普通と違いましたよ。特にエミリーをもらい受けたいって言った時のお顔なんて・・・」
「え?絵里香。そうなの?」
「そうですね。ミラを見ている時と同じだと思います」
「ステラリアまでそんなことを・・・って、僕がミラを好きだというのかい?」
ちょ、ちょっとやめてよ!ドキドキしてしまうよ!
「違うのですか?」
「いや、お母さまが言っていたけど、僕は本能的にステラリアと同じ瞳と髪の色が好きなんだって」
「ですから、好きなのですよね?」
「だから好きだとしても、それは瞳や髪の色が気になるっていう感覚であって、愛ではないのですよ。ステラリアは愛しているけれどね」
「まぁ!ありがとうございます」
何だか責められるなぁ・・・話を変えないと。
「さぁ、そろそろ夕食を食べに出ようよ」
「はい」
宿を出るとすぐ隣が酒場だった。宿と同じ様に木造の建物で客席からは鉱山が見える様になっていた。
「この店なら、夕刻から夜に移り行く景色を見ながら食事ができそうだね」
「えぇ、良さそうですね」
「いらっしゃいませ!」
「三人です。鉱山を眺められる席はありますか?」
「はい。御座います。こちらへどうぞ」
店の奥はテラスの様になっており、三人並んで景色を眺められるような席の配置になっていた。早速、ビールやつまみを頼んだ。
「夕刻の景色も美しいね。さぁ、乾杯しよう!」
「乾杯!」
「いただきます!」
ビールをゴクゴクと流し込んだ。
「あぁ!美味しい」
「月夜見さま、これでフラガリア王国も終わりですね。明日はどこへ行かれるのですか?」
「うん。明日はマグノリア王国へ行くよ」
「ロミーさまと那月さまの国ですね」
「うん。このフラガリアと共にルドベキアに金属を供給している国だ。ステンレス鋼のことを教えてあげないとね」
「そうなのですね」
三人で美味しくお酒とつまみを頂き、美しい鉱山の景色を楽しみながらフラガリアの夜は更けていった。
翌朝、マグノリアの神宮が開く前に到着しておきたかったので、早起きし朝の鍛練を終えてからマグノリアの神宮へと飛んだ。
「シュンッ!」
まだ朝早い神宮の中庭に降り立つと、巫女が僕たちの気配に気付いて出て来た。
「あ!月夜見さまでいらっしゃいますか?」
「えぇ、早くにすみません。那月姉さまはまだ来ていませんか?」
「はい。そろそろいらっしゃるお時間です。ご案内致しますので応接室でお待ちください」
「あぁ、応接室なら分かりますから勝手に入らせて頂きますよ」
「あ、ど、どうぞ。ではすぐに呼んで参ります」
「急がなくて良いと那月姉さまにお伝えください」
それからしばらくして那月姉さまとロミー姉さまが揃ってやって来た。
「お兄さま!来てくれたのですね!」
「お兄さま!お久しぶりです!」
順番に抱きついて来るのを受けとめる。
「久しぶりですね。お元気でしたか?」
「えぇ、二人で楽しく過ごしていますよ」
「それは良かった!」
「お兄さま。今日はどうされたのですか?」
「えぇ、人探しの旅に出ているのですが、フラガリアで新しい金属の作り方を教えたのです。マグノリアも鉱山があり製鉄をしていますよね?」
「まぁ!新しい金属を教えて頂けるのですか?」
「えぇ、そうなのです。ですから製鉄工場を訪問させて頂きたいのです」
「分かりました。それと人探しですよね?」
「えぇ、僕が探していることを伏せた上で探して頂けますか?」
僕は舞依の特徴を二人に伝えた。
「それならば、侍女長と騎士団長に聞けば分るでしょう。お兄さまのことは伏せた上で聞いてみますね」
「ではその件とルークさまに製鉄工場の案内をお願いして来ますね」
「えぇ、急で申し訳御座いません。お願いしますね」
ロミー姉さまは部屋を出て行った。
「お兄さま。今晩はここに泊まって行かれますか?」
「お姉さま。マグノリアは温泉が有名ですよね。できれば温泉のある宿に泊まってみたいのですが」
「あぁ!そうですね。では良い宿がありますので部屋をお取りします」
「ありがとうございます」
「那月姉さま。ここの暮らしには慣れましたか?」
「えぇ、ルークさまはとても気を遣ってくださるし、神宮もまだそれ程、忙しくなっていないのでロミーさまと一緒に充実した毎日を過ごしています」
「お二人ともお子さんは?」
「どうでしょうか?まだできてはいないかなと?」
「診察しましょうか?」
「診て頂けるのですか?」
「えぇ、すぐに診ますよ」
那月姉さまの子宮を透視してみる。あの言い方ではできているかも知れないな。おや?やっぱりできているじゃないか。でもまだ小さいな。二、三週目だろうか?
「お姉さま。妊娠していますよ」
「え?私。妊娠しているのですか?」
「えぇ、でもまだできたばかりですね。安静が必要ですよ」
「まぁ!嬉しいわ!」
と、そこへロミー姉さまとルーク殿がやって来た。
「月夜見さま。ようこそお越しくださいました」
「あぁ、ルーク殿。突然、お邪魔して申し訳ありません」
「とんでも御座いません。新しい金属を教えて頂けるとのこと。今、製鉄工場の主であるレオナルド デュポア公爵を呼んでおりますので、もうしばらくお待ちください」
「ありがとうございます。ところで今、那月姉さまを診察したのですが、妊娠しておりましたよ」
「え?ほ、本当で御座いますか?」
「えぇ、ロミー姉さまも診ておきましょうね」
「はい!是非、診てください!」
ふむ。あれ?ロミー姉さまも妊娠している。それも那月姉さまとほぼ同時期だな。
「ロミー姉さまも妊娠していますね」
「え!本当ですか!お兄さま!」
「あ!飛び上がってはいけませんよ。那月姉さまと同じでできたばかりです。安静が必要です」
「あ。そ、そうですね」
「那月さま、ロミーさま。お二人とも私の子を授かったのですか?」
「えぇ、ほぼ同時期。二、三週間前のことだと思います。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。な、何だか驚き過ぎてどうしたら良いやら・・・」
「どうすることもありません。今までと同じ様に二人とも大事にして頂ければと思います」
「は、はい。ありがとうございます。わ、私は父上にご報告をして参ります!」
「えぇ、どうぞ」
「ふふっ!ルークさまったら。かなり慌てていましたね」
「お姉さま達はやけに冷静ですね」
「実は三週間前に私たちの排卵日が三日くらいずれて、続けて起こりそうな時があったのです。それで二人で話して同時に授かる様に計画したのです」
「それが、そのまま上手く行ったのですね?」
「えぇ、その様です。本当に成功するとは思っていませんでしたが」
「では、お二人ともそこから四十週目が出産予定日となりますからね。それまで大事にしてくださいね」
「はい。お兄さま」
それからデュポア公が僕らを迎えにやって来た。
「月夜見さま。お久しぶりで御座います。製鉄工場を営んでおります。レオナルド デュポア公爵で御座います」
「デュポア公。急にお呼びして申し訳ございません。フラガリア王国の製鉄工場でこの世界で新しい金属の提案をさせて頂いたのです。こちらでも製鉄をされているとのことでしたので」
「新しい金属をお教え頂けるのですか!」
「えぇ、どちらの国もルドベキア王国へ鉄を卸しているのですからね。片方だけに教える訳には参りませんよ」
「ありがたき幸せに御座います」
「では早速、工場へ参りましょうか?」
「よろしいのですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「では、こちらへどうぞ」
「お兄さま。ここへお戻りになりますよね?」
「えぇ、ロミー姉さま。では昼食をご一緒しましょうか?」
「え?晩餐はご一緒頂けないのですか?」
「お二人の身体は今、大事な時期です。お酒も飲めませんしね。夜は早くお休みください」
「分かりました。では昼食をご用意してお待ちしています」
「はい。お願いいたします」
デュポア公の船で製鉄工場へ向かった。王城からは船で三十分程度の距離だった。
フラガリア王国の工場と遜色のない大きな建物だった。玄関には大勢の従業員が並び、船が着くと深々と頭を下げていた。
「月夜見さまのお着きであるぞ!」
「いらっしゃいませ!月夜見さま!」
船から降りると並んだ従業員を見渡した。やはりほとんどが女性だ。そして僕の姿を直視した女性が数名気を失った。
玄関から真っ直ぐに応接室へ通され最高級のお茶が出された。
「デュポア殿、技術者が居たら同席させてください」
「はい。そこに控えさせております。サイモン、ここへ」
「はい。初めてお目に掛かります。当製鉄工場の技術担当、サイモンで御座います」
「初めまして。月夜見です」
「では早速、新しい金属のお話です。鉄を加工して作る、ステンレス鋼というものです」
「ステンレス鋼!」
「えぇ、百グラムのステンレス鋼を作る場合、鉄八十七グラムに対してクロムを十三グラム入れるのです」
「クロムとは、もしや銀の様な金属のことでしょうか?」
「はい。フラガリア王国でクロム鉱石は採掘できているので隣国のマグノリア王国にもあるのではないですか?」
「はい。同じ地脈の山々ですので採れます」
「このステンレス鋼は、鉄よりも腐食し難くなるのです。身近なところで言えば、フォーク、ナイフ、スプーンや鍋、風呂やトイレの水回りの管や水桶、窓枠や船の船体など雨や水に触れる部分に使うと錆びや腐食に強いので長期間使えるのですよ」
「それは素晴らしい!すぐに製品化しましょう。サイモンどうだ?」
「はい。すぐに実験してみます」
「サイモン殿、クロムの融点は約千九百度ですよ」
「分かりました。それならばこの工場の炉で溶かせます」
「デュポア殿。フラガリア王国の製鉄工場には、この話を一昨日したばかりです。そしてこのステンレス鋼の発案料は一割とさせて頂いています」
「え?一割でよろしいのですか?」
「えぇ、その分、従業員の賃金を上げるとか、ステンレス鋼の値段を下げてください」
「ははっ、かしこまりまして御座います」
その後、工場を一通り見学させて頂いてから工場を後にした。
「では、デュポア殿。失礼します。神宮へ飛ぶよ」
「はい!」
「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」
「うわぁっ!消えてしまわれた!」
「神さま・・・」
三人で神宮へ戻って来た。廊下で巫女に知らせて応接室で待つこととした。
しばらくして応接室にロミー姉さまがやって来た。
「お兄さま。製鉄工場は如何でしたか?」
「えぇ、フラガリア王国と同じ様に新しい金属の提案をして来ましたよ」
「それはありがとうございました」
「ところでお探しになっていらっしゃるお方のことなのですけれど、残念ながらこの国には該当する方はいらっしゃらない様です」
「そうですか。分りました」
「早く見つかると良いですね」
「えぇ。ありがとうございます」
「では、王城の方で昼食の準備が整っておりますので参りましょう」
「ありがとう」
昼食会には王と二人の王妃、ルークとロミー姉さま、那月姉さま、それに僕たち三人が出席した。
「月夜見さま、デュポア公に新しい金属の提案を頂いたとのこと。また王女二人の妊娠もご確認頂き、誠にありがとうございます」
「金属の方は、フラガリア王国にも伝えています。両国で協力して開発して頂ければと思います。お姉さまたちの妊娠は、三人の努力の賜ですよ」
「マグノリア殿、ルーク殿。お姉さま二人を同時に嫁に迎えたことは、今となっては如何ですか?」
「月夜見さまに助言を頂き、お二人をお迎えしましたが、今回も同時に子を授かるなど、普通の婚姻の二倍以上の幸福となっております」
「はい。ロミーさまも那月さまも素晴らしい女性です。私はそんなお二人をお迎えできて本当に幸せ者です」
「それでは、三人目の妻はどうされるのですか?」
「いえ、私にはロミーさまと那月さまだけで十分で御座います」
ロミーさまと那月姉さまが赤い顔をして嬉しそうにしている。本当に良かったな。
「そうですか。それは良かった。私としても安心できます」
それからこの国の状況や未来の抱負などを聞いて王城を後にすることとなった。
「それではロミー姉さま、那月姉さま。赤子のことで何かあれば飛んで来ますからね」
「はい。お兄さま。頼りにしています!ありがとうございました」
「お兄さま。温泉でゆっくりしていってくださいね」
「はい。温泉宿の手配をありがとうございました」
僕らはロミー姉さまに手配頂いた温泉宿へ向かった。
温泉宿は王城から山脈の方へ飛び、大きな山の麓にあった。宿の外観は温泉宿とは言っても日本風ではなかった。やはり石造りの屋敷か城といった重厚さだった。
玄関に到着すると、僕の姿を見てすぐに気がつきうやうやしく迎えられた。
「月夜見さま。ようこそ我が宿へお越しくださいました」
「こんにちはお世話になりますね」
「どうぞこちらへ。特別室をご用意して御座います」
従業員が勢揃いし頭を下げていた。誰も頭を上げないので僕の姿を見ていないから誰も倒れることがなかった。いつもこうなら良いのに・・・
案内された部屋は本当に特別だった。日本でも部屋の庭とかベランダに浴室のある温泉宿の話は聞いたことがあるが、ここは部屋の外が露天風呂になっていた。それも泳げるほどに広いのだ。ただ、どちらかというとプールに近いのかも知れない。
「絵里香。なんかこれ露天風呂というよりもプールだよね」
「そうですね。こればかりは日本風が良かったですね」
「これではない・・・感じなのですか?」
「うん。ステラリア。温泉と言えば。という固定観念というか、お決まりのイメージが僕らにはあるんだよ」
「でも温泉ではあるのですから、入ってしまえば気持ち良いのではないでしょうか」
「絵里香。そうだね。あれ?これって三人一緒に入るってことか」
「あ!そうですね。ちょっと恥ずかしいですけど。この三人ならば良いでしょうか」
「では、早速入ろうか!」
「はい!」
三人で服を脱いで温泉に浸かった。
「あーやっぱり大きなお風呂って良いね。風情はないけど」
「そうですね。やっぱり温泉に浸かると、あーーって言いたくなりますね。風情はないけど」
「えぇ、気持ちの良いものですね・・・風情はないけど」
「ふふっ。ステラリアには風情なんて分からないでしょうに」
「仲間外れが嫌なんです!」
「ステラリア。可愛い!」
「可愛いです!」
「もう!また!」
三人でいちゃいちゃして温泉を楽しんだ。
「ステラリアさまの胸って大きいですよねぇ・・・どうしたらそんなに大きくなるのですか?」
「え?特に何もしていませんけど・・・」
「絵里香だって小さくはないでしょう?」
「そうだよ。絵里香の胸は小さくないよ。それに胸の大きさなんて関係ないからね」
「月夜見さまは胸が全くなくても大丈夫なのですか?」
「勿論だよ。Aカップでも気にしませんよ」
「それだと誰でも良いってことですよね。益々、嫁が増えそうですね」
「え?決してそういう意味ではないよ。髪の色と同じでそれが愛する基準ではないということだよ」
「そうですか。それなら安心です」
「そうですよ」
ふたりは笑顔になった。何だろう。ふたりにはどことなくいつも不安があるのかな?
「さぁ、そろそろお風呂を出て夕食に行こうか」
「はい。ここの宿に食堂があるのですよね?」
「うん。食事が付いているそうだよ。この辺も日本の温泉宿と同じなんだけどな」
「でも、風情がない・・・と」
「ステラリア。その通りだよ」
「月夜見さま。それであれば、ご自分のお屋敷を建てる時に日本の温泉というものをお作りになったら如何ですか?」
「あぁ!そうか。無いなら作れば良いのだね!あ!でもそこに温泉が無ければできないか」
「沸かしたお湯でも良いのではありませんか?」
「そうだね。形が温泉の大浴場と同じならば、大きなお風呂は気持ちの良いものだからね」
「それは楽しみですね」
よし。僕たちの屋敷には温泉を作るぞ!
お読みいただきまして、ありがとうございました!