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13.馬番エミリー

 その夜はステラリアと眠る日だった。風呂に入った後、ベッドで抱き合った。


「月夜見さま。私、幸せ過ぎて怖いのです・・・」

「怖い?何が怖いの?」

「毎日、毎日、剣を振るうしかなかった日々を振り返ると、今があまりにも幸せで、これが続くとは思えなくなってくるのです・・・」


「昨日も今日も、王族と晩餐を共にし、侯爵でさえ、そうそう買えない最高級の宝石を買って頂いて、愛するお方と今までに見たこともない素敵な夜景を眺めるなんて・・・」

「ステラリアはどうして不安になってしまうのだろう。僕の愛が足りないのだろうか?」


「いいえ、月夜見さまから愛は沢山頂いています。私が女性としての幸せに慣れないのだと思います」

「ステラリア。それならば、先に子を作ろうか?」

「え?子を?」


「僕の子を身籠れば幸せを実感できるのではないかな?」

「でも、子を授かってしまったら、この後、旅にご一緒できなくなってしまいます」

「それは仕方がないけれどね」

「やっぱり、一緒でないと嫌です!」

 ステラリアがしがみついてくる。


「分かったよ、それなら不安な気持ちにならない様に沢山愛してあげるから・・・ね!」

僕たちは夜中まで愛し合い、眠りに落ちた。


 翌朝、早く目覚めると目の前にステラリアのルビーの様な赤い瞳があった。


「ステラリア。おはよう!」

「月夜見さま。おはようございます。あの。昨夜はおかしなことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」

「ステラリア。僕に謝ることなんてないよ。僕たちは夫婦になるのだからね。昨夜の様に不安なことがあれば何でも話して欲しいと思っているよ」

「はい。目が覚めて目の前に月夜見さまのお顔があると心から安心できます」


「ふふっ。ステラリアは本当に可愛いね」

 そう言って、ステラリアに襲い掛かり、もう一度愛し合ってしまった。


 ふたりでお風呂に入って身支度すると、丁度、絵里香も支度ができたところだった。

「さて、今日なのだけど、王都で宿を取ってから捜索に出掛けようと思うんだ」

「はい。王城には泊まらないのですね」

「うん。やっぱり気を使ってしまうでしょう?」

「そうですね」


 フラガリア王に宿泊の礼を言って王城を後にした。そのまま王都の貴族街を抜けて、商店街に入ると一番外れの川沿いに宿を見つけた。木造の建物ではあったが、正面に鉱山が見えていて夜景がきれいに見えると思われた。


 宿の裏に回り船を消すと玄関へ向かった。受付に行くと従業員が僕らの姿を見て飛び上がる様に立ちあがった。


「あ・・・あの・・・お、お客さま?なのでしょうか?」

「えぇ、今夜、部屋はありますか?できれば寝室が二つは欲しいのですが」

「はい、最上階の特別室でしたら空いておりますが」

「では、その部屋でお願いします」


 部屋へ入ってみるとバルコニーから鉱山が見渡せた。これは今夜もきれいな夜景が見られそうだ。

「さて、宿も確保したし捜索に出掛けようか」

「はい」


 この国は王都の周囲の半分が鉱山で囲まれている。しかもその近くの平野に国民の半分が暮らしているのだ。こうなると湖の近くに住む貴族などかなり限られるから、高高度から見下ろして探せばすぐに分るだろうと考えた。


「今回は恐らく一日で見て回れてしまうと思うんだ」

「王都以外では畜産が盛んだとのお話でしたね。牧場とか牧草地が多いのでしょうね」

「きっと、上空から見ればすぐに分るだろうね」


 実際に高い上空から見ると見分けがつき易かった。この国の山岳地帯は中央の南北に山脈となって連なっているから、その山脈の東側に沿って北上し国境で折り返して西側を南下する。南端からはまた東側を北上すれば一周できる。


 午前中の捜索では、湖はあっても大概が山奥に位置していた。南端の街まで行って遅い昼食を取り、あとは王都へ帰りながら捜索することとなった。

午前の捜索で地形の傾向は読めていたので、午後は高度を落として飛んで行った。


「南側は牧場が多い様です。この辺では羊が多いみたいですね」

「ステラリアは目が良いのですね。そういうところも剣聖の資質のひとつなのかな?」


「あ!あそこに馬に乗った少女が居ますよ。私と同じ髪の色に見えます!」

「え?どこ?」

「ほら、あそこです!」

 覗き込むと、確かに羊の群れの脇を馬に乗って歩く少女が居た。だが、白馬ではないな。


「よし、降りてみよう。羊を驚かさない様にゆっくり近付くよ」

 この船の高さは通常二階の高さから下には降りられないが、僕の力で無理に降ろして、馬に乗った少女の高さで飛びながら近付いて行った。


 その女の子は、確かに十二歳くらいの女の子でステラリアと同じ瞳と髪の色をしていた。

僕の胸は早鐘の様におどった。


 女の子は僕たちの船に気付くと驚いた顔してこちらを見つめた。その瞬間、あ!頭の中で見た映像の子ではないな。そう気付いてしまった。でも今更、声を掛けないのもおかしいと思い船の扉を開けて話し掛けた。


「こんにちは。この牧場の人ですか?」

 彼女は僕の顔を見るとルビーの様な瞳を大きく見開いた。

「そ、そうです。どちらさまですか?」

 羊や馬の歩く速度に合わせて船を進めながら話した。


「月夜見といいます。ちょっと人を探していたもので」

「月夜見さま?神さまの?」


「え?僕を知っているのですか?」

「お母さんがいつも月夜見さまのお話をしてくれるので・・・」

「お母さまはどんなお仕事をされているのかな?」

「学校で畜産の勉強を教えている先生なのです」


「では、君も学校に行っているのかな?」

「私は行けないのです。私の他にも娘は大勢いるから・・・」

「そう。それは残念だね・・・」

「あ!あの!月夜見さま。お母さんに会ってもらえませんか?」

「えぇ、構いませんよ。君の名前は?」


「本当ですか!お母さんが喜びます!私はエミリーです」

「エミリー。君のお家へ案内してくれるかな?」

「はい。ここからはすぐです」

 エミリーか、舞依ではないけど可愛い子だな。あれ?僕って結局この髪の色に惹かれてしまうのかな?


 十分程で牧場の屋敷が見えて来た。屋敷と羊の畜舎が見える。鶏舎もある様だ。

畜舎の横には自給自足の野菜畑もあり、それは結構な広さだった。


 屋敷の前まで行くと女の子ばかり、二十名くらいの子供がわらわらと出て来て羊を畜舎に入れるために追い込み始めた。


 エミリーが馬をうまやへ引いて入り、戻って来たところで彼女を持ち上げ船に乗せるとそのまま玄関へ回った。


「きゃーっ!」

 エミリーは笑顔で叫び空中遊泳を楽しんでいた。その姿を子供たちが歓声を上げながら追いかけ玄関に走って来た。


その声に気付いた大人たちが、玄関に着いた船を見て慌てて出て来た。その数の多いことに驚いた。


 主人なのか四十代半ばの男性がひとり、三十代から四十代の女性が十一人。子供はじっとしていないので数えられないが、男の子は二人だけでそれ以外は皆、女の子だ。多分二十人以上子供が居る様だ。


 船から降りると歓声が上がった。

「きゃーっ!」

「何て美しい人なんでしょう・・・」

「え?人なの?もしかして男性なの?噓でしょう?」


「お母さん!月夜見さまですよ!」

 エミリーが母親に向かって叫んだ。

「えぇ!本当に?本当に月夜見さまなのですか?」

「はい。月夜見です。初めまして」


「一体何故、こんなところに月夜見さまが?」

「今は旅の途中なのですよ。昨日は鉱山と製鉄工場を見学させて頂いたのです」

「でも、こんな牧場にどんなご用で?」

「えぇ、人を探していたのです。エミリーが似ていたので、ちょっと声を掛けさせてもらったらお母さまに会って行って欲しいとお願いされましてね」


「まぁ!エミリーが?こんなところまでわざわざありがとうございます。もし、よろしければ汚い家ですが上がって頂けませんでしょうか?」

「よろしいのですか?」

「えぇ、是非!」

「では、少しお邪魔しますね」


 食堂に通されお茶を出してくれた。

「私が主人のジョシュア ライアンです」

「エミリーの母のルーシー ライアンです」

「ルーシー殿は学校の先生だそうですね」

「はい。王立学校で畜産を教えています」

「先生だから私や私の作った本を知っていたのですね?」


「はい。素晴らしい本だと思います。この家でも皆に教えているのです」

「それで、エミリーも私の名を覚えていたのですね」

「はい、こうして神さまにお会いできるなんて・・・エミリーに教えていて良かったわ」

「ここに居る二人の男の子は、月夜見さまの本を読んでから授かったのです」


「そうですか。それは良かった。それにしてもお子さんに沢山恵まれましたね」

「えぇ、でも男の子が生まれず、女の子ばかり増えてしまって子供たちを学校に行かせることもできなくなってしまいました」


「でも牧場や畑で人手は必要でしょうから子は多いに越したことはないでしょう」

「はい。それにしても多過ぎるのです。結婚相手を探すだけでも大変なことですから」

「街に出ては如何ですか?」

「街でも女の子は溢れているのです。学校も出ていない畜産農家の娘など誰も相手にはしてもらえないのです」


「これから学校に行ける年齢の子は何人居るのですか?」

「十歳以下の子ですね・・・何人でしたっけ?」

「ちょっと、十歳になっていない子は手を上げてみて!」

 手を上げた子を数えると十一人居た。


「こんな申し出をどう思われるか分かりませんが、エミリーを私に頂けませんか?」

「エミリーを?どうされるのですか?」

「数年後に私は屋敷を建てるのです。その時に馬番になってもらえたらと思いまして」

「え?エミリーを神さまのお屋敷の使用人にして頂けるのですか?」


「あぁ、本人の意思もありますよね。エミリーどうかな?私の馬の面倒を見てもらう仕事なのだけど」

「私で良いのですか!行きたいです!神さまのお屋敷へ行きたいです!」

「お母さま。もし、エミリーを私の使用人に頂けるならば、十一人の子の学校と寮に入る費用を肩代わりさせて頂きますよ」


「え?本当でございますか?そんなことをして頂いてもよろしいのでしょうか?」

「えぇ、お金を出すとは言っても、決してエミリーをお金で買う訳ではありません。この学費はエミリーだけ幸せになるのではなく、エミリーが残った家族や兄弟のことを心配せずに安心して働ける様にと考えてのことなのです」


「学費はひとり五年でお幾らでしょうか?」

「はい。平民は一年間で金貨六枚ですので五年で大金貨三枚でございます」

「学校に行けない、残りの子は何人ですか?」

「はい。エミリーを除きますと十人です」

「では全部で二十一人。ひとり大金貨三枚ですね。では大金貨六十三枚差し上げますよ」

 そう言って、手から溢れる大金貨を引き出した。


「ジャラジャラジャラ!」

「ひ、ひーっ!」

「キャーッ!」

「お、お金が・・・溢れて来る・・・」


「学校に行けない子は、自分のためになることにこのお金を使ってください。それはお母さんとよく相談するのですよ」

「エミリーはこれから生涯の衣食住を保証しますので、お金は必要ありません」


「どうでしょう。これでよろしいですかな?」

「あ、あぁ・・・あぁ・・・か、神さま!本当によろしいのですか?」

「これも運命というものでしょう」


「さぁ、エミリー。出発の準備をしてくれるかな?持って行きたいものを用意して」

「はい!すぐに支度します」

「あ、あの。月夜見さま。まだお屋敷はできていらっしゃらないのですよね?エミリーは今からどこへ行くのでしょうか?」

「えぇ、屋敷ができるまではネモフィラ王城のうまやの馬番をして学んで頂きます」


「ネモフィラ王国のお城でお仕事を?平民のエミリーで大丈夫なのですか?」

「えぇ、城の使用人は平民ばかりですよ。心配は要りません」


「月夜見さま。準備できました!」

 エミリーは小さなかばんひとつを持ち、羊のぬいぐるみを小脇に抱えていた。

「うん。ではエミリー、お母さまや兄弟たちにお別れを」

「お母さん!私、行って来るね!」

「エミリー!神さまのもとでしっかり働くのですよ!」

「はい!」


「エミリー、幸せになるのだよ」

「はい。お父さん。ありがとうございました」

「エミリー、神さまのお屋敷で働けるなんて幸せね!頑張るのよ!」

「エミリー良かったね!」

 エミリーはお父さんや他の母親、兄弟たちから声を掛けられ、笑顔で応えていた。


「そうだ、ルーシー殿。私の屋敷を建てる時、牧場も併設したいのです。その時、ご指導をお願いできませんか?」

「え?私でよろしいのですか?」

「勿論ですよ。こうして牧場を経営し、学校でも畜産を教えているあなた以上に指導ができる人など居ないでしょう?」


「はい。是非、お力になりたいです」

「それに、その牧場で働いて頂ける人も必要なのです。その時にエミリーのご兄弟で来ても良いと思う子が居たら、お手伝いをお願いします」


「まぁ!エミリーと一緒に働けるのですか!」

「えぇ、学校に行けなかった子に何人か来て頂けると助かります。恐らく二、三年後になると思います。私も三年後に成人しますのでね」

「え?月夜見さまって・・・お幾つなのでございますか?」

「私はエミリーと同じ。十二歳ですよ」

「えーーーーっ!」

 一家全員で叫んだ。


「ふふっ。十二歳には見えないでしょう?」

「み、見えません・・・」

「でも、学校は先月、卒業しましたよ」

「そ、そうなのですか・・・」


「さぁ、エミリー。行きましょうか」

「はい!」


 僕たちは船に乗って、ネモフィラ王城へと飛んだ。

「シュンッ!」


 うまやの前に出現すると、エミリーを宙に浮かべて地面へと下ろした。


 そしてお母さんを念話で呼ぶ。

『お母さま!お母さま!聞こえますか?』

『まぁ!月夜見!どこにいるのですか?』

『ネモフィラ王城の厩ですよ。今、ちょっと来てもらえますか?』

『分かったわ』


「シュンッ!」

「うわぁ!」

 突然、現れたお母さんにエミリーが驚く。


「月夜見。戻ったのですね。今度はな・・・え?このはまさか?」

「あぁ、紛らわしくてすみません。この娘は違います。また、新しい使用人として連れて来ました。エミリーと言います。馬番にしようと思うのです」

「馬番?本当ですか?だって・・・」

「あぁ!お母さま!言いたいことは分かりますから!エミリーの前で言わないでください!」


「ほら、やっぱり!」

「だから、違いますって!空から探していたら、似ているこの娘が馬に乗っていたから声を掛けたのですよ。そうしたらこの娘は牧場の子で母親も学校で畜産の先生をしているので、屋敷を建てる時に役立つと思ったのです」


「そういうことなのね。分かったわ。でも馬番はアミーを連れて行くのではないの?」

「アミーは考えていますよ。でもミモザたち四人共一緒に行きたいと言わない限りは連れて行けませんから。それにアミーだけでは足りませんからね」

「それもそうですね。分かったわ。アミーと一緒に面倒を見れば良いのですね?」

「えぇ、お願いします」


「エミリー、この方は僕のお母さまでネモフィラ王国の王女だ。これからエミリーの面倒を見てくれるし、このうまやにも毎日来るからね」

「え?王女さまが毎日、厩へいらっしゃるのですか?」

「うん。お母さまは乗馬が大好きなんだよ」


 すると、厩からアミーとアベリアが出て来た。

「あぁ、アベリア。アミー。こちらはエミリーだ。今日から馬番の仕事を学ぶために連れて来たんだよ。よろしくね」

「アベリアです。この城の馬番です。よろしくね」

「アミーです。宜しくお願いします」

「エ、エミリーです。よろしくお願いいたします」

「あぁ、アミーとエミリーは僕と同じ十二歳だからね」


「まぁ!同い年なのね!仲良くしてね!エミリー。そのぬいぐるみ可愛いわね!」

「はい。お願いします!」

「エミリーは牧場の娘でね。僕と出会った時も馬に乗って羊を追っていたから馬番もすぐに慣れると思うよ」

「それなら安心ですね。すぐに働けるわね!」

「うん。アベリア。よろしく頼むね」

「はい!」


 その時、後ろからのっそりと小白が近付いて来た。エミリーと目が合い。彼女は固まった。

「あぁ!エミリー。まだ、紹介していなかったね。これは狼の小白だよ。厩で生活しているんだ。僕たちの仲間だからね。人を襲ったりしないから大丈夫だよ」

「そ、そうなのですか?」


『小白!この娘はエミリー。新しい仲間だからよろしくね』

 すると小白はエミリーに近付いて、クンクンと匂いを嗅ぎまわる。そして、

『えみり なかま わかった』

『うん。仲間だ。頼んだよ!』


 そして、僕はお母さまに向き直ると抱きしめて言った。

「そういう訳なので、お母さま。また旅に戻りますね」

「えぇ、気を付けるのですよ」


 そして三人でフラガリア王国の宿へと戻った。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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