11.ルドベキアの機械産業
ルドベキア王国の機械工場の見学をお願いし、案内人を待つこととなった。
しばらく待っているとお姉さまが戻って来た。
「お探しの方は侍女長に頼みました。工場の方は案内人を呼びましたので、しばらくお待ちください。私は診察に入りますので」
「ありがとうございます」
一時間程して男性が訪ねて来た。四十歳代の威厳のある、金髪で深い緑の瞳をした男性だ。
「月夜見さま。この国の大臣をしております。オリバー ウィリアムズ公爵でございます」
「ウィリアムズ殿。確か前に一度お会いしましたね」
「はい。七年前にこちらで月夜見さまからご指導頂いた際に」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰しております。本日はルドベキア王国の基幹産業である、機械産業の製造工場を見学されたいとのお話しですね」
「えぇ、先日、リナリア王国の縫製工場で見事な機織り機を見せて頂いたものですから、最近ではどの様な機械装置や製品が造られているのか知りたいと思いまして」
「かしこまりました。ではこれから私がご案内いたします。実はその製造工場は私が所有するものなのでございます」
「そうだったのですか。では是非、見学させてください」
ウィリアムズ公の小型船に乗り、彼の侍従と思われる女性の操縦で工場へ向かった。
王都から一時間程でその工場に着いた。流石は大型の機械を製造する工場だけあり、この世界で見た建物の中で一番大きかった。
「これは大きな施設ですね。これ程大きな建物を見るのは今までで初めてです」
「えぇ、あらゆる機械製品を製造しておりますので、これ程の大きさになってしまったのでございます」
玄関に着くと、大勢の従業員なのか使用人なのか分からない人たちが並んで待っていた。
船から降り立つと「おぉーっ!」「キャーッ!」という歓声が響き、何人か目の合った女性が気絶して倒れた。僕の目からは何かビームの様なものでも出ているのだろうか?
「月夜見さま!ようこそお越しくださいました!」
皆が声を揃えて挨拶した。練習していたのだろうか?とりあえず、笑顔を返しておいた。
「さぁ、どうぞご覧ください。現在、こちらで製造しておりますのは、紡績機、機織り機、給湯器、上水用の揚水機、トイレやビデ、家屋の暖房機器、そして船の製造と修理です」
「え?船はこちらで造っていたのですか?」
「船の動力については解明できておりません。船の船体の修理程度です」
「あぁ、やはりそうなのですね」
工場の中を案内されて歩いて行くと、先日見た機織り機を製造している区画があった。
「この機織り機はいつ頃から製造されているのですか?」
「はい。五年前にリナリア王国から要請を受け、二年前に完成したのでございます」
「それで最近、新しい衣服が安価で大量に販売できる様になったのですね」
「はい。月夜見さまのご提案された衣服の普及のために生み出された機械でございますので」
「え?私の提案した服を作るためにこの機織り機は製造されたのですか・・・」
これでは益々、発案料が入って来ることになるな。まぁ、屋敷を建てるのに必要か。
それでも使い切れるものではないな。
その他の機械も見せてもらっていると、最後に暖房の機械があった。要するにヒーターだ。
この世界には暖房はあるが冷房はない。赤道直下でも地球程暑くはないのだ。全体的に温暖であると言えるだろう。ただ、ネモフィラ王国の冬は十分に寒いのだが。
大体、城やレンガ造りの屋敷では断熱効果が高いし、温暖化した地球の様な暑さはないから、まだ必要ないのだろう。
でも扇風機くらいはあった方が良いと思っている。ちょっと提案してみようかな。
「ウィリアムズ殿。扇風機というものを造ってみませんか?凄く売れると思いますよ」
「せんぷうき?で、ございますか?」
「はい。では船の羽を見ながら説明差し上げましょう」
そう言って、船の修理をしている区画へ皆でぞろぞろと歩いて行った。
「この船を進める羽ですが、プロペラというのですよ。このプロペラをですね・・・」
僕は紙とペンを自分の部屋から引き出す。
「シュンッ!」
「おーっ!」
突然現れた紙とペンに歓声が上がる。
僕は扇風機の絵を描いて見せた。
「船の羽をこの様な形にして、風を送る道具として使うのです。夏の時期や南の国では、窓の近くにこれを置き、プロペラを回すと外の風が入り室内の温度を下げることができるのです」
「また、これを冬に天井に向けて風を送る様にすると、暖かい空気は天井付近に溜まってしまうのですが、空気がかき回され部屋全体を温めることができるのですよ」
「おぉ!それは素晴らしい!ではこのプロペラの部分は角度が変えられる様にしておくと良いのですね?」
「はい。その通りです。それと風の強さを三段階くらいで調整できるとなお良いですね」
「月夜見さま。素晴らしい提案をありがとうございます。早速、工業組合に登録致します。月夜見さま。この扇風機の発案料は三割でよろしいでしょうか?」
「え?発案料?工業製品にもあるのですね。それなら一割で結構です」
「は?い、一割でよろしいのですか?」
「はい。十分です。可能であれば、その製品の値段を安くするとか従業員のお給金を増やしてあげてください」
「かしこまりました」
「あと、今はまだ必要ないのですが、数年後に造って頂きたいものがあるのです」
「はい。どんなものでしょうか?」
「船を造れるということでしたが王城で使われる十二名乗れる小型船がありますよね?」
「はい。ございます」
「あれの動力のないものを造って欲しいのです」
「動力は要らないのでございますか?」
「えぇ、私の能力で飛ばせるし瞬間移動もできますからね。動力とか宙に浮くことは不要なのです。船底が平らになっていて地面に着いていた方が乗り降りが楽なのです」
「そうしますと、現状の小型船の人が乗る部分だけをお造りすれば良いのですね?」
「はい。浮く必要もないし操縦もしないのです。ここに居る三人だけが使えるものです。ですから残念ながら世の中に広く販売することはできませんよ」
「え?ここに居る三人?月夜見さまだけでなく?」
「えぇ、私の婚約者二人は特別なのです。私と同じ能力があるのですよ」
「そ、それは・・・左様でございますか!」
ウィリアムズ公のニヒルな顔が引きつっていた。
「えぇ、恐らく四台ほど発注します。急ぎませんので、とりあえず設計だけはしておいて頂けますか?」
「かしこまりました」
すると絵里香が僕に念話で話し掛けて来た。
『月夜見さま。この国がこの世界の全ての機械製品を製造しているのですよね?』
『その様だね。どうしたんだい?』
『この世界で冷蔵庫を見ていないのです。私の家は平民ですから無くても当然だと思ったのですが、ネモフィラ王城の厨房にもありませんでした。氷を使った氷室しかなかったので。それで冷蔵庫は造れないものなのかなと思いまして』
『あぁ、そうだね。でも説明が難しいな・・・あ!今後の自分の屋敷用に冷蔵庫を日本から引き出せば良いのだよ。二台買って、一台はウィリアムズ殿に預けて研究に使ってもらえば良いね』
『それでしたらもうひとつお願いしたいものがあるのですが』
『何だい?』
『ドライヤーです』
『あぁ、それは僕も欲しいな。それはすぐに日本から取り寄せよう』
『ありがとうございます!』
「ウィリアムズ殿。実はまだまだ、新たに製造して欲しい製品の提案があるのです。また近々、伺ってもよろしいでしょうか?」
「それはもう、大歓迎でございます!」
「それは良かった。ではまた伺いますので。今日は大変、興味深いものを見せて頂きました。ありがとうございました」
「こちらこそ、新たな製品のご提案を頂きまして、ありがとうございました」
「帰りなのですが、ウィリアムズ殿は王城へ戻る必要はありますか?」
「いえ、月夜見さま御一行をお送り致しますが?」
「私たちだけならば瞬間移動で帰れるので」
「え?ではお送りしなくともよろしいのですか?」
「はい。結構です。では我々はこちらで失礼します」
「ステラリア。絵里香。王城へ飛ぶよ」
「はい」
「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」
「うわぁ!消えてしまわれた!」
「これが神さまのお力なのか・・・」
ルドベキア王城へ到着すると僕らは神宮へ戻った。
「湖月姉さま。戻りました」
「あ。お兄さま。お帰りなさい。工場は如何でしたか?」
「えぇ、素晴らしい工場でした。あれ程、技術が進んでいるとは思いませんでしたよ」
「それは良かったです」
「それはそうと、お兄さま。お探しのお方のことなのですが、残念ながらこの国には該当する方はいらっしゃらない様です」
「そうでしたか。それは仕方がありませんね。また、明日から別の国へ行って探しますよ」
「早く見つかると良いですね」
「えぇ」
「お兄さま、晩餐までお部屋でゆっくりしてください」
「ありがとう。そうさせてもらいますね」
部屋は三部屋用意されていた。その内のひとつに三人で入ってソファに座りくつろぎながら話していた。
「月夜見さま。工場で頼まれていた新しい船はどういうものなのですか?」
「ステラリア。あれは、そうだね。船とは呼べないかも知れないね」
「船ではないのですか?」
「うん。今の船って二階の高さに浮いているでしょう?二階の玄関で乗り降りするのならば何も問題ないのだけど月宮殿と神宮を往復する場合は、玄関ではなくて地面に着いた方が乗り降りは楽だと思うんだ。あとネモフィラの丘とか、海辺の海岸とか外にお茶をしに行く時もね」
「あぁ、そうですね。私たちだけならば良いですが、能力のない人は私たちが乗り降りさせないといけないですものね」
「うん。だから新しい屋敷ができたら裏手にその乗り物を停め置く場所も作ろうと思うんだ。四台用意しておけば、ステラリアや絵里香もひとりでどこへでも行ける様になるからね」
「まぁ!とても良いアイデアですね」
「絵里香。あいであ、って何?」
「あ!そうでした。アイデアとは「考え」のことです」
「そうなのね」
「いつの間にかステラリアと絵里香も仲良くなったね」
「えぇ、ステラリアさまって可愛いのですよ」
「え?どんなところが?」
「昨夜、避妊具と今後の話を説明したのです。そうしたら・・・」
「あ!絵里香!それを言っては駄目ですよ!」
「えー駄目なのですか?」
「なになに?絵里香。教えて!」
「ステラリアさま。月夜見さまが聞きたがっているのですから・・・」
ステラリアは真っ赤な顔をして黙ってしまった。
「ふふっ。ステラリアさまは、そんなに月夜見さまに可愛がられたら自分ではなくなってしまうと心配されていたのです!」
「あぁ・・・ステラリア!君って本当に可愛いね!」
僕は隣に座っているステラリアを抱きしめて頬にキスをした。ステラリアは真っ赤な顔のまま「ぷしゅーっ!」と音が聞こえる程小さくなった。
「そうだ。絵里香。この世界に欲しい機械としては冷蔵庫とドライヤー以外には何かあるかな?」
「扇風機で思い出したのですがお風呂やトイレに換気扇があると良いですね」
「あぁ。そうだね!扇風機と原理は同じだからね」
「新しいお屋敷には日本の電気製品を沢山置くのですね」
「そうだね。やっぱり便利だからね。折角、電気があるのだから使わない手はないよ」
「そうだ。山本に手紙を書かないとな」
「あの。山本さんと高島さんには、何かお礼をした方が良いのではありませんか?」
「そうだね。忙しいのに僕たちのために色々考えて送るものを用意してくれているのだからね。しかも今度は電気製品で冷蔵庫とか大型のものだからな。よし、お金だけでなくて何かプレゼントを贈ろう」
「えぇ、それが良いと思います」
「それよりも、今日は王城での晩餐だから、そろそろ着替えた方が良いのではないかな?」
「え?何を着れば良いのでしょう?」
「ふたりとも婚約した時のドレスと宝石で良いのではありませんか?」
「あ!そうですね。すぐに引き寄せて着替えます!」
ふたりは慌ててドレスを引出して着替えると、化粧もして準備を整えた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!