10.平民の救済
世界の王家を訪問する。僕たちは宿を引き払いお爺さんの屋敷の前へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「お爺さま、おはようございます。きょうから四日間、よろしくお願いいたします」
「うむ。では早速、行こうか」
今日は七大大国を全て訪問する。まずはネモフィラ王国だ。
伯父さんと伯母さん三人、宰相とお母さんが出席する。応接室にて話をすることとなった。お母さんには昨夜、念話で内容を伝えておいた。
「今回訪問させて頂いたのは、恐らく全ての国で重大な問題が起こっているからです。そしてその発端は私にあるのです」
「月夜見が発端?重大な問題とは何なのでしょう?」
「はい。私は七年前に女性と性の知識と子を授かるための本を作って配布し、各国で指導も差し上げました。その結果、貴族以上の身分の方々には子を多く授かる様になったのです」
「はい。それで我々も大きな恩恵を受けております」
「ですが、それは貴族以上に限定されたことだったのです。私は本を作って配布し、学校で教えて頂ければ、全国民に知れ渡るものだと思っていました。しかし、実際には平民は大商人の子でもない限りは学校には行かないことを失念していたのです」
「ですから今でも、平民には性の知識は無いままなのです。しかも平民には結婚するために支度金を相手に渡すなど、おかしな結婚の仕組みがあったり、いびつな生活共同体も存在していました。これでは平民の人口は増えません。減る一方なのです。平民が減れば税収も減ります」
「一方で貴族は増えているのです。贅沢をする貴族が増えれば、自分たちの生活水準を守るために各領地で増税しようとするのではありませんか?」
「えぇ、それは考えられることですね」
「今でも平民は税金を支払うだけで精一杯なのです。農民は来年の種が買えずに子を奴隷商に売っているのです。これ以上の増税があれば食うにも困りますし、人口が減れば食料品の生産量が減り値段が高騰します。そうなれば平民からは餓死者もでるでしょう」
「そして更に悪化すれば、平民は税金の安い領地や他国へ逃げ出して行くでしょうね」
「それは大問題ですね」
「えぇ、ですから今の内に平民の暮らしを改善させる施策を打たなければならないのです」
「それはどんな手を打てば良いのでしょうか?」
「まず、ひとつ目は私が作った本の知識を持つ者にお願いして、全国の平民に対して教育をして行くこと。二つ目は貴族と平民の人口の推移をきちんと把握すること。三つ目は平民の人口が減っている場合、増税はしないこと」
「四つ目は子種を売り買いする商売を禁止すること。五つ目は結婚で支度金を取る風習があれば禁止すること。六つ目に農作物や食糧生産を増やせる様に指導と援助をすること。以上です」
「教育を施し、増税はしない。そして食糧生産の援助もするとなれば、貴族の収入は削られてしまいますね」
「えぇ、そこなのです。領主の皆さんには、将来平民の人口が増えれば食糧生産量が増えて税金も増えるのですから目先の利益や税金にしがみつくのではなく、将来増える税収のために先行して投資する気持ちを持って頂きたいのです」
「私の考えが至らぬことでこの様なことになってしまったことをお詫び致します。でも平民の生活が破綻しない様に何とかこの施策をお願いしたいと思います」
「月夜見が七年前に皆へ教えたことは、この世界を破滅させないために善意でやったことだ。この世界に生まれて五年しか経っておらず、平民の暮らしまでは分かっていなかったのだよ」
「いいえ、お詫びを頂く必要はございません。我々は既に助けられているのです。月夜見の助言を頂いていなければ破滅の道を進んでいたのですから。また、新たに平民の暮らしのことを気付かせて頂き、本当にありがたいことです。頂いた施策を実施して参ります」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
「伯父さま、ありがとうございます」
「月夜見。また大変なことになってしまっているのですね。大丈夫なのですか?」
「えぇ、お母さま。お爺さまが一緒に訪問してくださいますし、ステラリアと絵里香も居ます。僕は大丈夫ですよ」
「そう。分かったわ」
その時、お母さんの後ろにニナと一緒に立っているシルヴィーの姿があった。
「シルヴィー。まだ数日しか経っていないけど、少しは慣れたかな?」
「はい。ニナさまもシエナさまもお優しいので大分慣れました」
「そうか。それは良かった。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
「よし、それでは次の国へと行こうか」
「はい」
皆が揃って玄関まで見送りに出てくれた。
「では、行って来ます」
「シュンッ!」
初日は七大大国を全て訪問した。流石に天照家と結び付きの強い国々なので、皆、好意的に話を聞いてくれた。そして、お爺さんの屋敷に戻って来て皆で夕食を頂く。
「絵里香、ここの食事は懐かしいでしょう?」
「はい。やっぱり和食は美味しいですね」
「うん。これをケイトが作れる様になってくれると良いのだけど」
「楽しみですね!」
和食の夕食が終わると三人で裏山の山頂へと飛んだ。
「うわぁ!きれいな月!」
「この月夜の景色は素晴らしいですね!」
「うん。ここできれいな月を眺めていると煩わしいことを全て忘れられるよ」
「あ!この様な美しい月夜を見るというのが月夜見さまのお名前なのですね」
「そういうことなのかな・・・」
「今日はどの王も好意的にお話を聞いてくださいましたね。これで平民の暮らしが良くなると良いですね」
「それこそ、月夜見さまは人間をより良い方向へお導きになっていらっしゃるのですから、これからの人間の行動を見定めれば良いのはないでしょうか?」
「ステラリア。絵里香。ふたりの言葉に僕は支えられているよ。ありがとう」
僕は両側から頬にキスをされた。月を見ながらとても幸せな気持ちになった。
それから、三日間で全ての国を訪問し、同じ様に問題点とこれからの施策を話していった。
特に反抗的な王は居らず、平和的に話は進んだ。僕が集中して話せる様にステラリアと絵里香が読心術を駆使して警戒していてくれた。
後で聞いたが、幸いにも心に一物を抱える様な人物は居らず、親身になって聞いていたとのことで安心した。これがこの世界の平民たちの救いとなれば良いのだが。
そして新たな問題が起こった。今回の各国訪問に、お爺さんがステラリアと絵里香を連れて行くと言った理由が分かったのだ。
それは話を遡ること七年前、月光照國の神宮へ世界中から王と主要貴族を集めて会議をした最後に、お爺さんは僕への求婚は成人するまで控える様に申し伝えていたのだ。
だが、僕は成人前に既に二人と婚約してしまった。だからそれをやんわりと伝えるために二人を連れて行ったのだ。
二人に目聡く気付いた王は、二人のことを聞いてきたので、その場合は隠すことはせずに婚約者だと伝えた。すると自分の娘ももらって欲しいと迫ってきたのだ。
三十か国中、十か国の王家より求婚された。だが、お相手の年齢を聞いて僕よりも七歳以上歳下でまだ幼女だった場合はその場でお断りした。
それでも三か国は候補として残ってしまい旅の途中で立ち寄ると約束せざるを得なかったのだ。
その三か国は、まずダリアお婆さんの実家であるイベリス王国の王女。そしてルチア母さまの姪である、ユーフォルビア王国の王女。最後はアスチルベ王国の王女だ。この三人は僕と歳が同じか少し離れているだけなので断り切れなかったのだ。
「月夜見さま。その三名の王女が妻に加わるのですね」
「いや、決まった訳ではないよ。僕は愛のない人と結婚なんてしたくないからね」
「でもお相手は王女ですよ。断ることができるとは思えませんが・・・」
「いや、絵里香の見た未来予知の夢では僕の妻は三人だけだったのでしょう?」
「月夜見さま。それは五年後のお話です。その後遅れて嫁に来るのではありませんか?」
「あ!そうか。僕が十五歳の時は三人でもその時相手が十四歳なら、その一年後に妻に迎えるってことか!」
「はい。それはあり得ますね」
「まぁ、いいや。それを今から考えても仕方がないよね」
「えぇ、そう思います」
「でも、妻が増えたら一緒に眠れる日が減ってしまうのですね・・・」
「絵里香。寂しいかい?」
「それはそうですよ。ねぇ、ステラリアさま」
「え?えぇ・・・そうですね・・・」
ステラリアは答えながら真っ赤な顔になった。可愛いな。
「では、今の内に沢山しておこうか?」
「はい。お願いします」
「でも、避妊具がないからなぁ・・・」
「日本から取り寄せますか?」
「え?いや、それはさ。この世界で処分できないからなぁ・・・」
「あ!そうですね。使用済みのものを日本に送り返すなんて絶対できないですね」
「そうでしょう?」
「低用量ピルは如何ですか?」
「うーん。それも考えはしたんだよ。でもこの世界で排卵を薬でコントロールすることに何かとても抵抗を感じてしまうのだよね」
「そうですか・・・ん!だったら、排卵をコントロールするのではなく、排卵したら卵子を取出してしまえば良いではないですか!」
「ん!絵里香って大胆だね!」
「え?あ!なんか自分で言っておいて、あれですけど・・・おかしいですよね?」
「うーん。でもそうだよね。それは僕たちだけしかできないものね。誰にも知られずに安全にコントロールできるのは確かだね。ではそれでやってみようか」
「月夜見さまは良いのですか?」
「それは絵里香やステラリアに聞くことだよ。良いのかい?」
「私は構いません」
「ステラリアは?」
「何を話していたのか半分くらいしか分からなかったのですが、絵里香がそれで良いなら私もきっと大丈夫です」
「そうか。では明日からはそれでいこう」
「はい。嬉しいです」
「絵里香。今夜詳しく教えてくださいね」
「ステラリアさま。分りました。あとで詳しくお話しします」
翌朝、お爺さんの屋敷から旅立ち、ルドベキアの神宮へと降り立った。
他の国ならば自分で宿も取るし捜索もする。でもルドベキア王国は、湖月姉さまが居る。既にコリウス王子と結婚したのだ。
湖月姉さまは王城で寝泊まりしているから神宮を宿代わりに使える筈だ。
神宮の庭に突然、船が舞い降りたことで巫女たちが右往左往し始めた。時差の関係でかなり早い時間に着いてしまった。でもまだ神宮は開いていないから話はできるだろう。
湖月姉さまが呼ばれ出て来たところにこちらも丁度船の扉を開け、姉さまと目が合った。
「やぁ、湖月姉さま!」
「あ!お兄さまだったのですか!」
三人で降り立つとすぐに応接室へ通された。ソファには三人並んで座った。
「お兄さま。さっき、ステラリアさまと絵里香さまもご自分で宙に浮いていた様ですが?」
「あぁ、ふたりとも能力に目覚めたのです。僕と同じ様なことができますよ」
「まぁ!それは驚きました!」
「ところで、お姉さま。コリウス殿との結婚後は如何ですか?」
「えぇ、とても幸せです。子も授かったのですよ」
「え?もう?あれ?出産の時、この神宮はどうされるのですか?」
「春月がお手伝いで来てくれることになったのです」
「そうですか。ちょっと胎児を検診しましょうか。今、何か月なのですか?」
「五か月に入っていると思います」
どれどれ?と子宮の中の胎児を透視してみる。おぉ、もうしっかり成長しているではないか!あぁ、男の子だな。何も問題は見当たらないな。
「男の子か女の子か知りたいですか?」
「え?もう分かるのですか?知りたいです!」
「男の子ですよ!」
「まぁ!ひとり目でお世継ぎを授かったのですね!」
「えぇ、これで安心ですね」
「お兄さま。あとで女の子の授かり方も教えてください!」
「もう、次の子のことを考えているのですか?」
「コリウスさまは国民のために宮司を増やし、神宮を増やして行きたいのだそうです」
「あぁ、彼は確かそんなことを考えていましたね・・・」
「でも、お姉さまが幸せそうで良かった」
「全てお兄さまのお陰です!それで今日はどの様なご用事でルドベキアにいらしたのですか?」
「あぁ、僕は今、人探しの旅に出ているのです」
「例のお方ですね・・・どんな方なのか見当はついているのですか?」
「分かっていることは貴族以上の身分で十二歳。瞳と髪の色がステラリアと同じ。あとは乗馬をする様で屋敷の近くの湖や一面に黄色い花が咲く丘に行っている。ということです」
「貴族以上で十二歳の娘ですね。それならば城の侍女長に聞けばすぐに分りますね。あとは黄色い花が一面に咲く丘ですか。そこにもありますが、この国の名前となっているルドベキアは黄色い花です。あちこちに咲いているので、その様な丘があっても不思議ではありませんね」
「そうですか。では侍女長に聞いて頂いても構いませんか?」
「えぇ、分かりました。すぐに聞いて参ります」
「あ。僕が探していることは伏せてもらえますか」
「勿論です。あ。お兄さま。旅の途中なのですよね?今夜は泊まって行かれますか?」
「はい。できればそうしたいと思っています」
「では、神宮にお部屋をご用意いたします。今夜は城の晩餐に出席頂けますか?」
「えぇ。ではお邪魔します」
「良かった!この子が男の子と分かったから今夜はお祝いになると思うのです!」
「そうですね。一緒にお祝いしましょう!」
「では夕刻まで、僕らは行ってみたいところがあるのです。お隣のリナリア王国で縫製工場を見学したのですが、そこの機織り機が見事だったのです。それを造っているのはルドベキアだというので、その機械工場を見学させて欲しいのです」
「分かりました。ではコリウスさまにお話しして誰かに案内させましょう」
「助かります」
ルドベキアの機械産業がどれほど進んでいるのか見ものだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!