9.レオとの出会い
僕たちは湖畔に佇む男の子に出会った。彼は僕らを見てかなり驚いていた。
「あ、あの・・・何故、こんなところに人が・・・」
「こんにちは。僕らは怪しい者ではありません。旅をしながら人を探しているのですよ」
「人ですか、こんなところに人は居ませんよ」
「あぁ、いや、そういうことではありません。この辺に貴族は住んでいますか?」
「いいえ、子爵家の屋敷がありますが船で一時間は掛かります」
「では馬でここまで来る人は居ないのですね」
「はい。ここに来るのは僕くらいです」
「そうか・・・ところで君はここで何をしているのかな?」
「あ。い、いえ、何もしていません・・・」
「何か悩みでもあるのかい?僕らは通りすがりの旅人だ。気軽に話してごらんよ」
「そ、そうですか。それなら丁度、男の人に聞いてみたかったのです」
「男の人に?どんなことかな?」
「あ、あの。男に生まれたら、女の人を沢山嫁にもらわないといけないのですか?」
短い金髪の髪が日の光にキラキラと輝いている。青い瞳がきれいで色白だ。背はまだ大きくなり切っておらず、絵里香より少し小さいくらいだ。全体的に線が細くてナイーブな印象だ。
「ふむ。君は今、何歳なのかな?」
「僕は十二歳です」
「君は女の子が好きではないのかい?」
「え?そんなことはありませんが兄たちの話を聞いていたら・・・」
「兄が居るのですね?」
「えぇ、僕は三人兄弟の末っ子です。兄が二人居るのです」
「え?三人とも男なの?珍しいね」
「はい。よく言われます。何故か男しか生まれなかったのです。他のお母さん達は娘ばかり生んでいますけど」
「そうか、それはきっとお母さまの体質なのだろうね。それで兄たちはどうしているのかな?」
「はい。長男は二十歳で十人の妻が居ます。次男は十六歳でもう八人の妻が居るのです」
「なるほど。それで君にも既に沢山の婚約者が居るのかな?」
「その通りです。十二人も居るのです」
「それが嫌なのかな?」
「はい。兄に聞いたのですが、知らない人と結婚させられて毎晩、毎晩、子種を搾り取られるだけの毎日だそうです」
「その十二人の中に君の好きな娘は居ないの?」
「次男が結婚した以降に成人した女性たちだそうですから、皆、年上で知らない人ばかりなのです」
「あぁ・・・それは辛いことだね」
「あの!あなた方は旅をしているのですよね?僕を旅に同行させてもらえませんか?」
「え?そ、それは・・・」
ステラリアと絵里香に念話で聞いてみる。
『ステラリア。これって運命なのかな?』
『い、いや、これは・・・何とも言えないですね・・・』
『でも、この子が急に居なくなったら両親が心配しますよね?』
『絵里香、それはそうだよね』
「ねぇ君。ご両親は君に妻を迎える時、相手から支度金を受け取るのかな?」
「はい。ひとり当たり金貨五枚ずつもらうことになっていると聞きました」
「それは高いのかな?」
「はい。何だか僕は見た目が良いらしくて兄たちよりも高いそうです」
「その値段や相手を決めたのは誰なんだい?」
「それは全て母です。父は・・・」
「父上はどうしたの?」
「父は何も話さないですし、何の権限も無いのです。男の子を多く生んだ僕の母が、妻の中でも一番の権限を持つのです」
「君は学校には行っているのかな?」
「いいえ、平民の男は、将来子種を絞られるだけの存在ですから学校なんて行かせてもらえません」
「そうか。お金さえ払えば母上は君を自由にしてくれるのかな?」
「支度金をもらって結婚してしまったら、それ以降は母にお金は入らなくなります。お金さえもらえるなら大丈夫かと」
「ふむ。君はこの国に未練はないのかい?二度とここへ戻らなくても良いのかな?」
「え?連れて行ってもらえるのですか?」
「まだ、分からないよ。誘拐して連れて行く訳にはいかない。君の母上と話してみないとね」
「僕はどこでも構いません。ここには戻りたくありません」
「そうか、では君の家に行こうか?君の名前は?」
「レオです」
「僕は月夜見だよ。こちらはステラリアと絵里香。ふたりは僕の婚約者だ」
「レオ。ステラリアよ。よろしく」
「絵里香です。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
レオは初めて、はにかんだ様な笑顔を見せた。
船まで戻るとレオを念動力で船まで持ち上げる。
「うわぁ!浮いてる!何ですかこれ!」
「レオ。月夜見さまは神さまの、天照家の一族なのですよ」
「え?神さま?」
レオが固まってしまった。
「さて、レオの家はどちらかな?」
「は、はい。あちらの方角です。案内します」
僕たちは四人でレオの家へと向かった。レオの家は大きな畑の脇にあった。農家としては大きな屋敷だ。
玄関に船を着けて四人で降りると、遅い昼食を取っていたらしいレオの家族がぞろぞろと出て来た。
「レオ!どこへ行っていたの?あら?そちらはどなた?」
「お母さん。こちらは神さまだよ」
「神さま?」
「初めまして。月夜見と申します」
「つくよみさま?神さまって?」
「神の一族、天照家の月夜見さまをご存知ありませんか?」
「あ!月夜見さまって、女性の様に美しいと言われた、あの?」
「た、確かに、こんなに綺麗な人を見たことないわ!」
「では、本当に神さまなので?」
「神さまがこんな平民の農家にどんな用事で来たのでしょう?」
沢山の妻たちが順番に返答を返してくれる。歳も二十代前半から四十代くらいまでバラバラで服装も農家らしく作業がし易い恰好だ。勿論、化粧なんてしていない。
「私は旅の途中なのです。先程、縁あってレオと出会ったのですよ。少しお話ししたいのですが、中に入れて頂いてもよろしいですかな?」
「あ、あぁ、汚いところですけど、どうぞ」
家に入るとすぐそこは食堂兼、居間だった。テーブルに案内されると、次々に妻たちが席に着いていった。最早、会議でも始める様な雰囲気だ。
「先程レオと話をしていたらレオが自分も旅に連れて行って欲しいと言うのですよ」
「レオが?でもレオは既に十二人の女たちと婚約しているのです」
「そうよ。勝手に婚約を破棄することはできないわ」
「えぇ、そうね。支度金が入らなくなったら困るものね」
「えぇ、その支度金ですが私が肩代わりするならば如何ですか?」
「え?肩代わり?今すぐにお金をもらえるってこと?」
「でも、レオは顔が良いから他の息子よりも支度金が高いのよ。ひとり金貨五枚だから、十二人で大金貨六枚にもなるの」
僕はポケットの中で大金貨を八枚引き出すと、テーブルの上に一枚ずつ、ゆっくりと丁寧に並べていった。
「それでは、ここに八枚の大金貨があります。こちらの都合で婚約を破棄するのですから、婚約していた女性たちには迷惑料として、金貨一枚ずつ支払いましょう。合計で大金貨七枚と金貨二枚のところを大金貨八枚差し上げます。残りは皆さんで分けて頂いて結構ですよ」
「だ、だ、大金貨が八枚も!」
「ど、ど、どうしましょう!」
「大金貨なんて初めて見たわ!」
「私もよ。でもあれ本物なのかしら?」
「ちょっと失礼じゃない!神さまなのよ?それにあんなに光輝いているのだもの、本物に決まっているわ」
「そうね、来年の種を買うお金が足りなかったのよ。これでなんとかなるじゃない!」
「そ、そうよ、これだけあれば再来年までの種や肥料が買えるわ。それに新しい服も買えるかも」
女たちの目が色めき立った。
「如何ですか?これで交渉は成立でよろしいですかな?」
「え、えぇ、いいわ」
レオの母は思うところもありながら、それを飲み込み短く答えた。
「それは、ありがとうございます。ではレオ。すぐに立つから荷物をまとめておいで」
「いいえ、持って行くものなど何もありません」
「それは結構!」
「では、これで最後となるからね。お母さまとお父さまにご挨拶を」
「お母さん。今まで、ありがとうございました。お達者で」
「レオ。元気で。しっかり神さまにお仕えするのよ」
「はい」
「レオ。お父さまに挨拶しなくて良いのかい?」
「お父さんは・・・もういいのです」
「そうか。では行こうか」
レオの表情から父親の様子や関係性が見えた気がした。触れない方が良いのだろう。
船に乗り瞬間移動で飛んだ。
「シュンッ!」
「きゃーっ!消えたわ!」
「本当に神さまだったんだわ!」
「信じられない!」
「ねぇ!レオは神さまの遣いに召されたのだから、それを言い訳にすれば迷惑料なんて払わなくてもいいんじゃない?」
「それもそうね、それなら新しい服も買えるわね・・・」
「今日は美味しいものでも食べましょうか!」
プルナス服飾工房に飛んで来た。
「ここはどこなのですか?」
「ネモフィラ王国の服飾店よ」
「え?貴族の人が来るところなのでは?僕が入っても良いのですか?」
「大丈夫よ」
「ビアンカ。またお世話になりますよ」
「いらっしゃいませ!今日は如何されましたか?あ!こちらは?」
「えぇ、彼を王立学校に入学させるのです。学校で着る衣装。そうですね、やはり異世界のもので下着から上着、靴まで全て揃えてください」
「はい。かしこまりました。すぐにご用意いたします」
三十分も掛からずに買い物を終わらせ、その足で王立学校へと飛んだ。学校の玄関に着くと職員室へ向かい校長のメラニー トンプソンと話しをする。
「メラニー先生。こんにちは。今日はひとり平民のクラスに入れて頂きたい子がいるのです」
「平民のクラスですか?何歳なのでしょうか?」
「はい。レオは十二歳です。今まで学校には行っていませんので一年生からでお願いします。寮にも入れてください。費用はまとめてお支払いしますので」
「かしこまりました。平民のクラスならば空きは御座いますのでお受け致しますわ」
「ありがとうございます。レオをよろしくお願いいたします。あと成績に問題がなければどんどん進級させて早めに卒業させたいと思っています」
「かしこまりました」
「レオ。ここでしっかり勉強して学生生活を楽しみなさい。その中で自分のやりたいことを探すのです。勉強はどんどん進めてできる限り早く卒業するのですよ」
「はい。全力で勉強に取り組みます」
「あと、ここでは結婚相手は決めないでおいてくれるかな?」
「ここでは勉強以外のことは致しません」
「レオ。剣術もしっかり学ぶのよ」
「は、はい。ステラリアさま!」
「レオ。勉強だけでなく、好きなことを見つけてたまには楽しんでも良いのですからね」
「は、はい。絵里香さま」
レオはステラリアと絵里香にも声を掛けられ、照れてはにかんでいる。
「あ!そうだ。これお小遣いだよ。たまには街に出て好きなことに使うといいよ」
そう言って、レオの上着のポケットに大銀貨をざざーっと流し込んだ。
「こ、こんなに銀貨がいっぱい!良いのですか?」
「お金の使い方も学んでおくのだよ」
「は、はい!ありがとうございます」
「では私たちは行くからね。たまに様子を見に来るから。しっかりね」
「はい!」
「シュンッ!」
そして、リナリア王国の宿に戻って来た。もう遅い時間になったので今日は宿の酒場で食事をすることとした。ビールを飲んでサラダをもしゃもしゃと食べながら話をする。
「やっぱり、これって運命なんだよね?」
「レオのことですよね。そうですね。運命なのでしょう」
「それにしてもシルヴィーといい、レオといい、自分の子をお金であっさりと渡してしまうのですね」
「僕や絵里香には自分の子をお金で売る様なことは理解ができないよね」
「はい。本当に・・・」
「でも、男の子は貴重ですね。レオが使用人になれば、使用人同士で結婚もできますからね」
「あぁ、そうだね。男の子も積極的に集めて行く必要があるね」
「それでしたら奴隷商に行って買い求めても良いのかも知れません」
「そうか・・・後々、考えて行こう」
ビールを追加して鶏のもも肉のローストにかじりついた。
翌日以降、南と西方面の捜索をしたが、どこも記憶の映像と一致する場所は見当たらなかった。
そして、お爺さんと一緒に各国を訪問する朝となった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!