8.至らぬ思い
リナリア王国の王都の夜、三人で夕食に出掛けた。
平民が利用する酒場を探していると商店街の外れに一軒見つけた。木造の建物で如何にも平民が集まる感じの店だが、店の外まで良い香りが流れてくる。
三人で店に入ると僕らを見て店員も客もシーンと静まり返った。
「あ、あの・・・お貴族さまで?」
「いいえ、貴族ではありません。旅の者です」
「三人なのですがよろしいですか?」
「は、はい。ど、どうぞ!」
「では、ビール三つ。チーズ、ソーセージ、川エビのから揚げ、豚肉と野菜の炒めものをください」
「かしこまりました」
「ビール三つね!」
「はいよー」
「はい。ビール三杯。お待ちどうさま!」
僕たちは乾杯して料理を食べた。それから周りを見渡して服装チェックをする。
絵里香が念話で話し掛けて来た。
『やはり、日本の服を参考にしたものを着ていますね。ワンピースやブラウス、スカートもかなり丈が短いですね』
『うん。ネモフィラ王国よりも進んでいるね』
『やはり、生地の生産国だから安く手に入るのでしょうね』
『うん。この店の中を見る限り、日本の酒場に来ているみたいだね』
『そうですね。でも日本人の顔をした人は私しか居ませんけれど』
『ごめん。僕は絵里香の顔を見ながら話しているからだね』
『月夜見さま。それよりも右端に座っている、二人の女性に注意してください』
『え?ステラリア。どうしたの?』
『良からぬことを考えている様です』
『良からぬこと?』
『どうしたら月夜見さまの子種をもらえるか、先程からそればかり算段していますね』
『あぁ、そういうことか・・・』
『あ!言っている傍から行動を開始しましたよ』
『こっちへ来るね』
「あの!お願いがあるのですが」
二人の女性が目の前に立っている。二人とも十代半ばくらいの歳だろうか。結構可愛い顔をしている。ひとりは金髪でもうひとりはブルネットだ。
「何でしょうか?」
「あなたさまの子種が欲しいのです。いくらでお願いできますか?」
「あなた達、二人ともですか?」
「はい。そうです」
「二人は何歳になるのですか?」
「二人とも十五歳です」
「ふむ・・・ではそこに座りなさい」
「え?」
「いいからそこに座って」
「は、はい」
二人とも間近で僕の顔を見て真っ赤になっている。僕はテーブルの下で自分の部屋から女性の知識の本を引き出した。
「シュンッ!」
テーブルの上にその本を置くと、
「君たちはこの本を読んだことがあるかな?」
「いいえ?そんな本は知りません」
「私も知りません」
「そうかい。君たちは子を授かりたいのだよね?では、今からどうしたら子を授かれるのかを教えてあげるよ」
「本当に?教えてくれるの?」
すると周囲の女性たちも集まって来た。僕は皆に本が見える様に高く掲げながら、内容を分かり易く丁寧に説明していった。そして最後に、
「どうかな?子種をお金で買って一回だけ性交したところで子は授からないことは、これで分かってもらえたかな?」
「は、はい。そうだったのね・・・」
「では、今までの私たちは一体・・・」
「ところで、どうしてそんなに子が欲しいのかな?」
「私たちは平民だし結婚するお金も無いの。このまま歳を取っていくだけならせめて子を儲けて家族を作ろうと思っているのです」
「うん?結婚するお金がない?この国では結婚するのにお金が必要なのですか?」
「えぇ、支度金を男性に渡して結婚してもらうの。結局、その後も女が働いて稼ぎを渡さないといけないけど。でも子種はもらえて子を産むことはできるわ」
「この国の平民は皆、そうしているのですか?」
「よっぽどの美人なら、お金なんて渡さなくても向こうから結婚してくれって言われるけどね」
「あとは色ボケじじいならいつでも結婚できるけど」
「あぁ・・・酷いですね」
その時、ステラリアから念話の声が響く。
『月夜見さま。あまり情けを掛けません様に。収拾がつかなくなってしまいますから!』
『うん。そうだね。流石に分かっているよ。でも難しい話だね』
「慰めにしかならないと思うけれど結婚というのは本来、愛し合う男女が結ばれて家族という形を作るものです。二人はまだ若いのだからこれからお相手が見つかるかも知れないのだし、見つからないとしても無理してまで家族という形に拘ることはないと思いますよ」
「それよりも自分の仕事を持っているならば、その仕事を極めるのも良いし、稼いだお金で子種なんて買うのではなく、自分の好きなことに使って女友達と楽しく暮らしていくのでも良いのではありませんか?」
「そうか。そうですね。無理に結婚しなくても良いのですね?」
「そうだよ、ラナ。私たち、何で結婚しなくちゃいけないって思っていたんだろう?」
「子も作らなくても良いんだね?」
「そうですよ。男女というものはね。縁があれば結婚する相手に出会うし、無ければ結婚せずに一生を過ごす人も沢山居るのです。それこそ女性同士で暮らす人が居ても良いのですよ」
「分かりました!もう子種は要りません!ありがとうございました」
そう言って自分たちが居た席へ戻って行った。
「ふぅー危なかったな。あんなもので良かったのかな?」
「はい。お見事でした。彼女たちはあれで吹っ切れたのでしょう」
「そうです。彼女たちは周りに居る人たちを見て、自分もそうしないといけないと思い込んでいただけなのです。その思い込みが間違っていることに気付いたのですから、それで良かったのです」
「それにしても、平民の結婚の在り方はかなりおかしなことになっている様だね」
「平民は大商人の子でない限りは学校にも行っていません。月夜見さまが作られた本も知らないのです。ですからこのままではいつまでも変わらないのかも知れません」
「あ!そうか。僕はこの世界の平民の暮らしが分かっていなかったよ。本を作って学校で教えれば良いと思っていたんだ。ほとんどの平民の子は学校にも行けないのか!」
「前に僕の本が出回ってから妊婦が増えているって聞いて安心していたのだけど、それは王都の貴族の話だったんだ!」
「あぁ・・・しまったな。平民の男性が増えなければ何も良くならないではないか!このままでは貴族ばかりが増えて食糧を作る平民が増えないから近い将来に食糧難になってしまうな」
「え?そんな大事になってしまうのですか?」
「王や宰相、大臣たちが気付かなければね。だって貴族が増えれば贅沢をする人間が増えるということだよ」
「貴族の財政状況が厳しくなれば増税するでしょう?今でも食えなくて自分の子を捨てたり、奴隷として売っているくらいなのに、更に増税されたら平民は食べることもままならなくなって餓死者もでるだろうね」
「それは、とんでもないことですね」
「どうしようか。僕は暁月お爺さまから人間の行いを黙って見届けろ、と言われているんだよ。でも貴族を増やすきっかけを作ったのは僕だ・・・責任はある」
「もう一度、暁月さまにご相談された方が良いのではありませんか?」
「そうだね。そうしよう。僕はあまりにも迂闊だったよ・・・」
『お爺さま!お爺さま!』
『ん?なんだ?月夜見の声が聞こえるな?』
『お爺さま、月夜見です』
『月夜見?どこに居るのだ?』
『今はリナリア王国です』
『なに?そんな遠くからも念話は通じるのか?』
『はい、元々、念話は遠くても使える能力だったようです』
『そうなのか。それは驚いたな。それで何か用事かな?』
『はい。ご相談したいことがあるのです。明日の朝、伺ってもよろしいでしょうか?』
『勿論、構わぬよ』
『では、明日伺いますのでよろしくお願いします』
『うむ。分かったよ』
そして三人は宿に戻った。今夜はステラリアと眠る日だ。ベッドの中で・・・
「ステラリア。僕は大変なことをしてしまったのかも知れないね・・・」
「まだ、取り返しはつくのではないでしょうか」
「うん。そうだと良いのだけれど・・・」
「きっと大丈夫ですよ」
そう言ってステラリアは僕を抱きしめてくれた。僕はステラリアの胸に顔を埋めて眠った。
翌朝、舞依の捜索どころではなくなった僕たちは、鍛練だけはしっかりとやって朝食を食べてから船に乗ってお爺さまの屋敷前へと瞬間移動した。
「シュンッ!」
「お爺さま。おはようございます」
「おぉ、月夜見。それにステラリアと絵里香もか。よく来たな。さぁ、入って」
「暁月さま、おはようございます」
「おはようございます」
「ダリアお婆さま、カルミアお婆さまもおはようございます」
「月夜見。それにお二人も。よく来たわね」
「いらっしゃい。今、お茶を淹れるわ」
「それで、相談したいこととはどんなことかな?」
「はい。お爺さま。実は今、舞依を探す旅に出ているのですが、ビオラ王国とリナリア王国の二か国を回っているところなのです。それで大変なことに気付いてしまったのです」
「大変なことだって?」
「はい」
僕はお爺さんに、女性や性の知識に関する本を出したその後、貴族たちがどうなっているか、二か国で見て来た平民の暮らしと結婚観について説明した。
そして平民の子が学校に行けないために本が読まれておらず、このままでは平民の暮らしが変わらないこと、平民と貴族の人数のバランスが崩れ、いつかは増税による問題や食糧難さえ起こり得ることを伝えた。
「うむ。それは月夜見の言う通りになるかも知れないし、そうはならないかも知れないな」
「では、以前お爺さまが言われた通り、人間に任せてただ見ていれば良い。とおっしゃるのですか?」
「いや、それだけ分かっているのであれば、一度、注意はしておいた方が良いのだろうな」
「やはり、そうですよね」
「では、来週から回って行くとするか」
「え?来週から行くのですか?」
「どうせ、放っておけないのだろう?それならすぐに行ってしまった方が良い。一国当り一時間として一日八か国回れば四日で済むのだからな」
「それは構いませんが、僕とお爺さまだけで行くのですか?」
「いや、丁度良い。ステラリアと絵里香も連れて行こう。三人はその間、この屋敷に泊まれば良いだろう」
「では、ダリア、カルミア。そういうことで来週から四日程、出回って来る」
「はい。かしこまりました」
「では、月宮殿で玄兎に説明し、各国に訪問の伝令をしておこうか」
「はい」
僕らは月宮殿に着くと、まずは各国に訪問する日にちと時間、できれば王と王妃、宰相か大臣に面会したい旨を伝えた。そしてお父さんやお母さま達にこの懸念とこれから各国を回って注意を呼び掛けることを伝えた。
「お爺さま、ありがとうございました。それでは僕たちは旅を続けます。来週お迎えに参ります」
「うん。頼むぞ」
「シュンッ!」
僕たちはリナリア王国の宿の裏に戻り、今日は東側の捜索へ出ることにした。
東側でもやはりリナリアの花は多く咲いており、湖を見つける度にドキドキしてしまう。でも、残念ながらどの場所も記憶の映像と一致する景色ではなかった。
東の国境で昼食となった。軽いものを食べながら三人で話をしていた。僕はつい考えごとをしてしまい窓の外を行きかう船を見るともなく見ていた。
「月夜見さま。あまり思い詰めませんように・・・」
ステラリアが心配して僕の顔を覗き込む様にして言った。
「あぁ、ごめん。そんな顔をしていたかな・・・」
「月夜見さま。これから各国を回って注意喚起していくのですから大丈夫ですよ」
「うん。そうだね絵里香。それよりも自分の無能さにうんざりしているんだ・・・」
「そんな!月夜見さまが無能なんてことはありません!」
「いや、結局・・・僕はただの医者なんだよ。政治に首を突っ込むべきではなかったんだ・・・」
「でも、女性たちには救いになっています」
「でもそれは、ほんの一部の人だけなんだ。僕は目の前で困っている人が居ると捨て置けない。何とか助けられないかと考えてしまう。でもその根本原因や国単位の問題までは思いが至らないのですよ」
「その場の思い付きで勝手に動いて結果として混乱を招いてしまうんだ。今回のことは本当に恐ろしいよ。貴族と平民の間で格差を生み、将来国を、人の生活を、破綻させてしまう恐れもあったんだ」
「この旅に出て昨夜の酒場であの娘たちに出会うまで僕はそのことに気付いていなかったのだからね」
「でも、こうして気付くために旅に出ることになった。と考えることもできるのではありませんか?」
「そうですよ。運命なのです。シルヴィーとケイトだって私と何も変わりません。月夜見さまと出会うことは運命だったのです」
「うん・・・そうだね。ステラリア。絵里香。ありがとう」
昼食を終えて王都に戻りながら捜索を続けた。
広大な麻の畑の向こうに湖を見つけた。黄色い花も点在している。僕らは船を湖畔に止めると船を降りて景色を見ながら散歩していた。
すると目線の先に人が居た。若い男性だ。いや男性というより男の子だろうか。
彼は何故かひとりで湖畔の岩の上に座っていた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!