7.リナリア王国の縫製工場
シルヴィーの衣装を揃えて、ネモフィラ王城へと飛んだ。
「シュンッ!」
「さぁ、ネモフィラ王城に着いたよ」
「え?もう着いたのですか?ここはネモフィラ王国なのですか?」
「そうだよ。シルヴィー。さっきの服飾店もネモフィラだよ。瞬間移動で飛んでいるから一瞬なんだよ」
「そ、そうなのですか・・・」
「さぁ、では僕の部屋へ行くよ。あぁ、お母さまが驚くから念話で今から行くと言っておかないとね」
『お母さま!お母さま!聞こえますか?』
『あら、月夜見!今、どこに居るの?』
『今、ネモフィラ王城の玄関に着いたのです。これから部屋へ行きますね』
『まぁ!もう着いているのね。分かったわ』
そして、四人で部屋へ入った。
「お母さま。ただいま」
「まぁ!月夜見。お帰りなさい!ステラリアと絵里香もお帰りなさい。あら?そちらはどなた?まさか?」
「お母さま、違いますよ。舞依ではありません。新しい侍女を連れて来たのです」
「新しい侍女ですか?」
「えぇ、ビオラ王国の旅の途中、縁あって知り合ったのです。彼女は男爵令嬢なのですが、親の借金のかたに後妻に出されるところだったのですよ」
「あぁ、それで月夜見が借金の肩代わりをしたのですね」
「えぇ、どの道、僕らの屋敷を建てたら使用人は必要ですから、この際、旅の途中に採用して行こうと思いまして」
「そういうことですか。私は月夜見の母でこの国の王女、アルメリア ネモフィラです」
「初めてお目に掛かります。私はユーゴ ジラール男爵の娘シルヴィー ジラールで御座います」
「すでに服は用意した様ね。あとは部屋だけね。確かシエナの使っていた部屋が空いているわね。そこにしましょう」
「では、お母さま。あとはお任せしても良いでしょうか?」
「ちょっと待って頂戴。月夜見。こちらに来て」
寝室へ手を引っ張って連れて来られた。もうそういうことなのだろうと想像がついている。
「また、しばらく会えないのだから・・・」
「はい。分りましたよ」
僕はお母さんを抱きしめた。お母さんも強く抱き返して来る。数分間そうしていて、満足したお母さんは僕を開放してくれた。
「では、お母さま。また来ますからね。シルヴィーをよろしくお願いします」
「えぇ、分かったわ。行ってらっしゃい」
僕らは船に乗り、次の国へと飛んだ。
「シュンッ!」
船は二か国目の王都の神宮上空へ出現した。
高度を下げながら宿を探し始める。
「ここはリナリア王国だよ。今日はもう遅いから宿を探そうか」
「そうですね」
商店が並ぶ街道を飛んでいると一軒の大きな宿を見つけた。この宿はレンガ造りの立派な建物だ。裏へ回って船を消すと鞄を引出してから玄関へと上がった。
「お泊りでしょうか?」
年配の女性従業員が声を掛けて来た。
「今日からこの三人で四泊したいのですが」
「お部屋はおいくつ必要ですか?」
「寝室が二つは欲しいのですが」
「はい。上等なお部屋がございます。寝室は三つ用意されております」
「では、そこでお願いします」
「宿で食事はできますか?」
「はい。この奥が酒場となっております」
「では、後ほど伺いますので席を用意しておいて頂けますか?」
「かしこまりました。ごゆっくりお過ごしください」
部屋は本当に上等だった。主寝室のベッドは三人で寝ても問題ない大きさで、トイレにはビデも完備されていた。この宿は貴族も泊ることがあるのだろうか?
「リナリア王国は、縫製工場の多い国だと学校で習ったね」
「えぇ、ネモフィラ王国でもこの国で生産された糸や布地を輸入していると思います」
「それでは明日から捜索に出たら綿花の畑なんかが多く見られたりするのかな?」
「そうかも知れませんね」
「さて、食事に行こうか」
「はい」
二階の受付の奥にある酒場に入ると予約していた席に通された。
僕らが入って行くと客たちが一斉に振り返った。ビオラの酒場の様に女性だけということはない様だ。一瞬見た感じでは年配の人が多い印象だった。
席に着く時、今回も気付かない内にステラリアは剣を引き出していて周囲から見える様に椅子に立て掛けて置いた。
メニューを見るとビオラの酒場とそれほど変わりはない。
「ビール三つ。それとサラダ、茹でそら豆、鯛のカルパッチョ、アスパラのバター焼き、鶏のロースト」
「かしこまりました。少々お待ちください」
いつもの様にビールで乾杯し、グビグビと飲んだ。絵里香も当たり前に飲む様になったが、見た目は女子高生の様に可愛いので、ジョッキを煽る姿が馴染まない。
「この世界の野菜って、美味しいよね。何だろう?栄養価が高そうな感じがする」
「そうですね。野菜本来の味や香りが濃いですよね」
「あ。ごめん。ステラリア。今の話はね前世の世界と比べての話なんだ。だからステラリアには分からなかったね」
「その世界の野菜は味が良くないのですか?」
「うん。昔はこの世界みたいに美味しかったんだよ。でも人口が増えて野菜の生産量が増えるにつれて野菜の味や栄養価が薄くなってきたんだよ」
「それはどうしてなのですか?」
「簡単に言ってしまうと毎年大量に栽培すると土の栄養価が落ちてしまうのでしょうね。人間が多いと大量に生産しないといけないからね」
「では、この世界でも人口が増えて行ったら野菜が美味しくなくなるのですね」
「うーん。でもそれは栽培方法にもよるからなぁ・・・この世界で日本と同じ作り方ができるとも思えないな。あれ?そうするとやっぱり野菜や穀物が不足するのかな?」
「そうですね。人口があまり急激に増えると食糧不足に陥る可能性はあるのではないでしょうか?」
「絵里香。そうかも知れないね。でもそれは怖いことだな。僕らも月宮殿の様に自給自足を考えないといけないね」
そうこう言っている内に料理が次々に出て来た。ビールを追加して美味しい食事を堪能した。
僕たちの食事が一段落し残ったビールを飲んでいると、二人の年配の女性が近付いて来た。ステラリアは特に警戒していない。すると絵里香が念話で伝えて来た。
『この人たちは縫製工場の人の様です。私たちの服装に興味がある様です』
『分かった。絵里香、ありがとう』
「あ、あの・・・お食事中に申し訳ありません」
「もう、終わるところです。どうしましたか?」
「あの。あなたさまのお召しものは、ネモフィラ王国のプルナス服飾工房で仕立てられたものではございませんか?」
「おや。どうしてそれをご存知なのでしょか?」
「はい。その布地は私たちの工場で作られたものだと思うのです」
「そうだったのですか?ではビアンカの注文で?」
「えぇ、ビアンカさまは私どもの工場のお得意さまなのでございます」
「そうでしたか。あなた達の作った布地で仕立てられたこの服は如何ですか?」
「はい。この国では見たこともない素晴らしい衣装だと思います」
「そうだ。あなた達の工場を見学させて頂くことはできますか?」
「勿論でございます。是非、お越し頂ければと思います」
「あなたのお名前を伺っても?」
「はい。失礼致しました。私はフォンテーヌ縫製工場の主、アニエス フォンテーヌと申します。こちらは侍従のノーラです」
「私はここでは名乗れませんので、明日工場へ伺った時に改めてご挨拶差し上げます」
「はい。構いません。こちらの宿にお泊りなのでしょうか?」
「えぇ、そうです」
「では後ほど、受付の方に当工場の地図を預けておきますので」
「ありがとうございます。明日、伺いますね」
「お待ちしております」
「月夜見さま。明日は縫製工場を見学されるのですね」
「うん。この世界の縫製工場がどれくらいの技術を持っているのか知りたくてね」
「えぇ、興味深いですね」
翌朝、三人で剣術の基本鍛練をして朝食を済ませると、受付で縫製工場の地図を受け取った。それは王都から北に向かった位置にあった。
「では、今日は王都の北側を捜索して行こうか」
「はい」
僕たちは船に乗ると、北の方角を回って、帰りに縫製工場へ寄るコースで飛んで行った。
飛び始めてすぐに気が付いた。あちらこちらに黄色い花が咲いている。
「この国は黄色い花があちこちに咲いているね」
「えぇ、昨日、宿でも見かけたので聞いてみたところ、この国の名のリナリアという花だそうです。国中で見られるということでした」
「そうか。では湖を見つければ、その近くにリナリアが自生している可能性も高いのだね」
「えぇ、そうですね!」
僕らは山沿いを見て行き、湖を見つける度に降りて確認した。でもリナリアの花は僕が頭の中で見た花とは形がかなり違う様な気がした。それに湖の様子も記憶と合致しない。
午前中の早い時間に北の国境に達したので、そこで早めの昼食を取って折り返し、帰りながら捜索を続けた。
しかし、有力な手掛かりは無いままにフォンテーヌ縫製工場に到着してしまった。工場の玄関に船を着けると三人で降りた。
玄関では昨夜この工場の主と一緒に居た侍従のノーラが出迎えてくれた。
「フォンテーヌさまは応接室でお待ちでございます。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
レンガ造りの工場は二階建てで、二階は事務所や応接室になっていた。
「ようこそ、お越しくださいました」
応接室には僕たち三人とアニエスとノーラだけだ。
「突然の訪問をお許し頂き、ありがとうございます。私は月夜見と申します。こちらは私の婚約者のステラリア ノイマンと絵里香 シュナイダーです」
「月夜見さま?・・・ま、まさか・・・天照さまの一族の月夜見さまなのですか?」
「はい。そうです」
「まぁ!大変!とんでもないお方をお呼びしてしまったのですね・・・」
「いいえ、縫製工場を一度見学してみたかったのです。その様にかしこまる必要はありませんよ。ただ、お忍びで旅をしていますので、このことは口外しないで頂けると助かります」
「はい。お約束いたします」
「では、工場の中を見せて頂けますか?」
「はい。どうぞ、ゆっくりとご覧ください」
アニエスの先導で工場の中を見て歩いた。驚いたことに機織り機は大型でしかも電動だった。電動といってもこちらでは光で動くと言うようだが。機織り機に詳しくはないが地球のものと比べてもかなり近代的なものではないかな?
「大きな機織り機ですね。これはいつ頃できたものなのですか?」
「はい。これは五年前でございます」
「あぁ、ブラジャーを作った二年後ですか」
「ブラジャーは月夜見さまの発案だと伺っておりますが」
「えぇ、そうです。七年前にカンパニュラ王国で作らせたのです」
「グロリオサさまの工房でしょうか?」
「そうです。ご存知でしたか」
「はい。当時からブラジャーの布地の依頼を受けまして、こちらで作っております。この機織り機を導入してから生産できる布地の量が格段に増えたのでございます」
「それで一気に普及したのですね。ではアリアナともお知り合いでしたか」
「はい。その頃から月夜見さまのお話は伺っておりました」
「そうでしたか。ところでこの機織り機はどちらで造られているのですか?」
「はい。お隣のルドベキア王国でございます」
「ルドベキアですか。確かに機械の生産は世界一だと聞いていましたね」
「世界でもこれだけ精巧な機械はルドベキアでないと造れないとか」
「それ程までに技術が高いのですね?」
「はい。今では大国ならば、皆この機織り機を用いまして、月夜見さまのご提案された異世界の衣服を大量に生産しているのですよ」
あぁ、ここ数年で僕に入って来る衣料品の発案料が嘘みたいな数字に増えていたので、何だろうと思っていたのだがそういうことだったのか。
「では、リナリア王国でも既に異世界の衣服を基にした服は売れているのですか?」
「はい。特に平民には広く受容れられております」
「では、かなり安い値段で売られているのですね?」
「はい。この国で布地を生産しておりますし、国としても主力産業としていますので、かなりお安く購入できるのでございます」
「それは素晴らしいことですね。私はそれを願って紹介したものなので」
「私共も月夜見さまには大変感謝しておるのでございます」
「フォンテーヌ殿。今日は大変良いお話しを聞けました。ありがとうございました」
「そんな!月夜見さまからお礼のお言葉を頂けるなんて・・・感激でございます。こちらこそ、ありがとうございました」
「では、引き続き良い布地を沢山生産していってくださいね」
「かしこまりました」
船に乗り、フォンテーヌ縫製工場を後にした。
「いやぁ、近代的な機織り機があって驚いたよ」
「そうですね。日本でもあれと同じ様な機械を今でも使っているところはあるのではないでしょうか」
「うん。あると思うよ。まさかこの世界にあれ程の機械があるとはね。ルドベキアに行くのが楽しみになったよ」
「月夜見さまは、先日もルドベキア王国には行かれていましたよね?」
「うん。湖月姉さまの神宮へね。あとは王城にしか行ったことはないんだ」
「それにしても、この国では平民にも異世界の服が売れていると言っていたね」
「そう言えば、昨夜の宿の酒場でもその様な服装の方を見掛けましたね」
「え?そうなの?僕、服装までは見ていなかったよ」
「私は服装から身分や職業を見極めますので必ず見ています。この国は確かに変わった服を着ているなとは思っていました」
「流石はステラリア。今度からそう言うことに気付いたら教えてくれるかい?」
「はい。かしこまりました」
「ステラリア。そのさ「はい。かしこまりました」ってちょっと嫌だな」
「え?そうなのですか?」
「固いよ。僕たちだけで話している時くらいはさ「分かったわ」くらいで良いよ」
「それはちょっと・・・」
「絵里香ならできるよね?」
「えぇっと。私はできるのですが今度は人前でもそうなってしまいそうで・・・」
「あぁ、そうか。まだ難しいのかな・・・」
「では今夜の夕食は宿ではなく、街の酒場へ行って民衆の服装も見てみようか」
「わ、わかったわ・・・」
ステラリアが凄く無理をして、赤い顔をしながら頑張って答えている。
「ぷぷっ・・・ステラリアって可愛いね」
「えぇ、とっても可愛いですね!」
「絵里香!」
「ふふっ。ごめんなさい!」
今日も少し早めに宿に着いたので夕食前に三人で鍛練だ。
「私、この鍛練をする様になってから少し痩せたと思うのです」
「あぁ、今までやったことがないから効果が出易いなんてことがあるのかな?」
「それは絵里香がまだ十代だからそうやってすぐに表れるのです」
「なるほど。絵里香。良かったね。益々綺麗になれるね」
「えへっ。嬉しいです!」
ステラリアがちょっと真顔で不貞腐れそうになっている。
「でもステラリアは、ずっと鍛練を続けているから初めから無駄な贅肉とかが一切ないんだよ。身体のどこを見ても美しいんだ」
「まぁ!月夜見さまったら・・・」
ステラリアが真っ赤な顔で笑顔になった。妻を複数持つと誰か一人だけ褒めたりしてはいけないことを学んだのだった。
「さぁ、お風呂で汗を流して食事に行こうか」
「はい!」
お風呂に入ってから夕食に出掛けることとなった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!