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5.ステラリアの威光

 朝、目覚めると絵里香はまだ眠っていた。


 昨日のステラリアと同じ様に寝顔を鑑賞する。絵里香の日本人顔はいつ見ても安心する。

今更ながらによく観察してみると、瞳はくりっとして大きく、まつ毛も長い。鼻は高くないけどそれが可愛らしい。唇は薄くピンク色で整った形だ。顔の輪郭は頬がすっきりしていて、全体的に可憐な感じだ。


 あぁ、そうだ。黒髪って可憐という言葉が合うのだな・・・

こんなに可憐な少女の様な女性。いや少女の様なではないな。十七歳なのだから日本なら間違いなく少女だ。あ!そうだ。日本なら女子高生なのだった!


 いかんな・・・これ犯罪だよね。僕は二十五歳プラス十二歳。もう三十七歳なのだから。

あ!忘れてた。絵里香も転生者だった。彼女は二十歳プラス十七歳だった。じゃぁ、良いのか。


 頭の中でひとりおバカな問答を繰り返していると絵里香の黒い瞳がすっと開いた。

「おはようございます!もう!何故、キスで起こしてくれないのですか?ずっと待っていたのに・・・」

「あ!おはよう。なんだ、寝たふりをしていたのかい?絵里香があまりにも可愛いから見とれていたんだよ」

「ふふっ・・・それならば許します・・・キスしてください」

 そして、朝だというのに熱いキスをした。




 三人で朝食を済ませると、船ではなく瞬間移動で昨日手術をしたエラの家へ三人で飛んだ。

「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」

「うわぁーっ!」

「あ!神さま!」

「凄い!神さまが現れたわ!」

 家の中がプチパニックになった。仕方がないね。


「おはようございます。エラは目覚めていますか?」

「はい。神さま。先程、目を覚ましました」

「では、診察をしましょうか」

「お願いいたします」


 エラの寝室に入ると、エラがベッドに横たわり、昨日のパートナーが横に座っていた。

「あ!神さま!来てくれたのですね。エラ!神さまよ。神さまがあなたを助けてくださったの」

「あぁ・・・か、神さま・・・ありがとうございました・・・」

「エラ。どうですか。痛みはありますか?」

「はい。お腹が痛いです」

「では、経過を診てみましょうね。それに痛みを減らす治癒を掛けますからね」


 両手を下腹部にかざして治癒の力を掛けながら、透視をして患部の状態を確認する。

既に子宮の有った場所は収縮して出血や血だまりも見られない。大丈夫そうだ。

僕は治癒の力を掛けながら話し掛けた。


「エラ。君は子宮といって子供を育てる臓器が病気になっていたんだ。そのままだと出血が続いて命を落とすところだった。申し訳ないけれど、君の命を守るために君の子宮を取ってしまったよ。つまり君はもう子供を生むことができないんだ」


「そうですか・・・で、でも命が続くならば・・・その方がありがたいです。子を・・・生むつもりもありません・・・でしたから」

「そう、それならば良いのです。子宮が無くなったからもう生理にはなりませんからね」

「まぁ!そ、そうなのですね・・・それは・・・嬉しいわ」

 エラは痛みをこらえながら少しだけ笑顔になった。


「まだ、ベッドで安静にしていてくださいね。傷が開いてしまったら命が危ないですよ。それと昨日伝えておきましたが、しばらくは貧血が続くので立つ時はゆっくりと立ち上がること。それと沢山食べて血を作るのですよ」

「はい・・・分りました」

 それからしばらく治癒の力を掛け続けた。


「どうですか。お腹の痛みは少し楽になりましたか?」

「はい。随分と楽になりました」

「しばらくは痛むでしょうがじきに痛みは消えますよ」

 僕はエラの伴侶の女性に向き直って話し掛けた。


「これで昨日話した栄養のあるものをエラに食べさせてあげてください」

 そう言って金貨を一枚差し出した。

「まぁ!き、金貨!か、神さま!よろしいのですか?」


「これも何かの廻りあわせですから。私が助けたエラには、きちんと身体を治して幸せになって頂きたいのです」

「はい!ありがとうございます!」

「神さま・・・ありがとうございます」

 エラの瞳からは次から次へと涙が溢れ出ていた。


「では、私たちはこれで失礼します。くれぐれもこのことを他言しない様に」

「はい。お約束します」


「では!」

「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」

 三人が次々と消えていった。


「本当に神さまだったのね・・・神さまに助けて頂けるなんて・・・」

「エラ。良かった!助かって本当に良かった!」

 ふたりはベッドで抱き合い涙を流した。


「シュンッ!」


 三人は宿の部屋に戻ると今日の捜索へ出発した。今日は王都から南部方面を捜索する。

山沿いを見ながら人里と湖を探していく。


「エラは運が良いですね。偶然、月夜見さまが通り掛かったところに倒れていたから治療を受けられたのですものね」

「運か。そうだね。たまたま出会ったのも運だけど、僕も全ての病気を治せる訳ではないからね。今回は助けられたけど病気によっては助けられないこともあるのだからね」


 午前中に半分程の領地を回り、四か所の湖を発見したが人里に近いものは一か所だけだった。そしてそこも花畑の情報はなかった。


 国境の恐らく辺境伯領なのだろう。大きな街を見つけ、お昼ご飯のために立ち寄った。

商店街を見つけて裏へ回り人目がないことを確認して船を消した。


 少し歩くと軽食とケーキのお店を見つけた。日本でいうならばカフェの様なお店だ。

店に入ると通りの反対側、つまり裏側がテラス席になっており、そこは人通りもなく郊外の景色が眺められた。二階だから広く見通せてとても気持ちの良い席だった。


「サンドウィッチと紅茶、それに食後にケーキをお願いします」

「かしこまりました」


「南部だからか咲いている花が違うね。あの木の花はなんだろう。遠くてどんな花か分からないけど木の全体が紫色の花で覆われているね」

「あれはジャカランダでございます」

 後ろから声がした。丁度、店員がお茶を運んで来たところだった様だ。


「ジャカランダですか。美しいですね」

「えぇ、この地では多いのです。毎年この季節にはあの様に美しく花が咲くのでございます」

「ステラリア、絵里香。あとであの木の下へ行ってみようか」

「はい。きっと美しいのでしょうね」


 サンドウィッチは鶏肉、レタスとトマトが入っていて、ボリューム満点だった。この世界にマヨネーズはないのだが、バーベキューソースの様な味のソースが掛かっており、大変に美味しかった。


「このサンドウィッチ、美味しいね」

「はい。美味しいです。私、こんなに美味しいものばかり食べていたら太ってしまうかも知れません」

「絵里香が太った姿なんて想像がつかないよ。そう言えば、ステラリアは剣術の鍛練はどうしているの?」


「はい。朝晩に自室でやっています。月夜見さまとご一緒でない時だけですが」

「そうか。絵里香もステラリアに教わって基礎鍛練だけやってみたら?確かにいつも船と瞬間移動で移動しているだけでは身体がなまってしまうよね。あ!でもそれは僕も同じだったね」


「では、明日の朝から三人で基礎鍛練をしましょう」

「そうだね。そうしよう」


 デザートのケーキはとても素朴な感じだった。僕には甘過ぎなくて良かったけど。

食事を終えた僕たちは階段を降りて店の裏へ回るとふたりを抱き寄せてジャカランダの木の下へと瞬間移動した。


「シュンッ!」

「うわぁ!きれい!桜とはまた違った美しさがありますね」

「うん。そうだね。ここも写真に撮っておこう」


 僕はデジカメを引き寄せると、ステラリアと絵里香の後ろにジャカランダの並木が入る様にして写真を撮った。


 それからしばらく食後の散歩として三人でジャカランダの木の下を歩き、花を堪能したところで船を引き寄せると午後の捜索へと飛んだ。


 午後は南の国境から王都へ戻りながらの捜索だ。湖はあるのだが山の中が多い。人里近くだと池とか溜め池しかない。そしてこの国は農地が多い。どこの畑でも女性たちが農作業をしている。


「あれって農作業用の船なのかな?」

「えぇ、そうです。月夜見さまは初めてご覧になりましたか?」

「そうだね。学校の農業実習では船は使っていなかったからね」


「これだけ規模の大きな畑ですと人間の力では耕せないのです。あの農作業用の船に大きなくわを装着して耕します」

「ふうん。あの農作業用の船は地面ぎりぎりに浮かんでいるのだね。あんなものも作られていたのか・・・絵里香は詳しいね。何で知っているの?」

「アスチルベで暮らしていた時に身近で見ていましたから」


「あぁ、そうか。絵里香はあれに乗ったことはある?」

「えぇ、お爺さまと一緒に乗ったことがあります」

「へぇ、そうなんだ。絵里香、農作業は楽しかった?」

「はい。まだ子供でしたから楽しかったですね。でも前世の記憶があったら無理でしたけど」

「え?それは何故?」


「前世では虫とかカエルとかが苦手だったのです」

「え?学校の田植えの時、カエルを見て叫んでいたじゃないか」

「あ!そうでした。今世でも同じでしたね」


 結局、午後のまだ早い時間に宿に戻って来た。夕食にはまだ早いので、明日からやる基礎鍛練をやってみようということになった。


 ステラリア師範に教わりながら、剣術の基本動作や柔軟体操に近い体操を一通りやってみた。

「ふぅ、良い汗をかいたね。それではお風呂に入って休憩してから酒場へ行こうか」

「はい」


 三人で酒場に着くと店は既に満席だった。僕らの席は確保されていたけれど。席は一番奥なのでテーブルの間を歩いて行くと、僕を間近に見た女性がお約束の様に数名気絶して倒れた。


「今日は絵里香が注文を決める番だね」

「ご注文はお決まりですか?」

「はい。ビール三つと、サラダ、サーモンのマリネ、スペアリブと野菜炒めをください」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

「うん。美味しそうだね。絵里香ありがとう」


 すぐにビールが運ばれ、三人で乾杯した。一口ビールを飲むとステラリアが僕たちに念話で話し掛けて来た。


『月夜見さま。客の中に騎士が居ますね』

『ステラリア。どの人だい?』

『あの一番入り口に近いテーブルの二人です。恐らく王宮騎士団ではないかと』

 確かに騎士服を着ている。ひとりは三十歳代で、もうひとりは二十代前半くらいの女性だ。

『そうか。でも僕らが誰かは分からないよね?』


『どうでしょう。月夜見さまはビオラ王城にいらしたことがあるのですよね?』

『あるけれど七年前だからね』

『でも瞳や髪の色、お顔は変わりませんから騎士ならば覚えていても不思議はないです』

『まぁ何か言って来るとか行動があればその時に対処しようか』

『はい。そうですね』


 僕は念話を終了して、つい一言、声に出してつぶやいてしまった。

「でも、この国も今夜が最後だからね」

 その時、客たちが一瞬ざわついた。あ!今の聞かれていたな。


「あ、あの!今夜でこの国を立たれてしまわれるのですか?」

 すぐ隣のテーブルの若い女性が話し掛けて来た。平民にしては身なりが良い。大商人の娘かも知れないな。


「えぇ、そうです。明日の朝、立ちますが?」

「も、もう、お顔を拝見できないのですね・・・」

「あ、あぁ、まぁ、そう、なりますね・・・」


 その娘は深刻な表情となりうつむいたが、意を決したのか顔を上げると叫ぶ様に一気に話した。

「あの!大変失礼な申し出なのですが、私をあなたさまの使用人にして頂けませんか?」

「え?あなたを?あなたはどちらさまで?」


「はい。ユーゴ ジラール男爵の娘でシルヴィーと申します」

「男爵令嬢のあなたがどこの誰とも分からぬ私の使用人になるというのですか?」

「わ、私には・・・事情がございまして・・・」


 その時、絵里香が僕とステラリアに念話で話し掛けて来た。

『この方、初めから目つきが違っていたので、心を読んでいたのです。どうやら子爵家の後妻に出される様ですね。それから逃れたいのでしょう』

『下位貴族ではよくある話です。きっと五十歳とか六十歳の高齢子爵のなぐさみ者となるのでしょう』


『えぇ?ちょっと待ってよ。そんな話を聞いてしまったら助けたくなってしまうじゃない!』

『よろしいのではありませんか?私たちの新しい屋敷に使用人は必要なのです。ネモフィラ王城から沢山連れて行くことはできないのですから』


『あ!あぁ・・・そういうことか。そんなことまで考えていなかったよ。流石はステラリア!では、明日話を聞こうか』

『そうですね』


「では、シルヴィー。明日の朝、そこの宿屋に来てください」

「あ、ありがとうございます!」

「えぇー!あなたさまの使用人になれるのですか!私も!」

「私もしてください!」

 周りの女性たちが色めき立って騒ぎ出した。


「ドンっ!」

 ステラリアが剣を床に打ち付け、殺気を伴って睨みつけた。店内がシーンと静まり返った。

すると入り口付近に居た女性騎士二人が立ち上がり、こちらに近付いて来た。


 ステラリアの緊張が伝わって来る。剣を掴む手に力が入ったのが分かった。


「失礼ですがあなたさまは、ネモフィラ王国の剣聖、ステラリアさまでは御座いませんか?」

「え?知り合いなの?」

「いいえ。知り合いではございません。あなた達は?」

「はい。私はビオラ王国王宮騎士団団長クロエ ルソーでございます」

「私は同じく王宮騎士団正騎士ザラ ベルトランでございます」


「そうですか。私は以前までネモフィラで騎士をしていたステラリア ノイマンです」

「では、こちらのお方はやはり・・・」

「今はお忍びでの旅の途中なのです。口に出されませぬ様に・・・」

「か、かしこまりました」


「クロエ殿、ザラ殿、同席しませんか?」

「え?私共と?」

「えぇ、お嫌でなければ・・・」

「そ、そんな!嫌などということはございません」

「では、どうぞ」


「ビールを五つください」

「はーい。かしこまりました!」

 二人は椅子を持って来てテーブルに着いた。もの凄く緊張しているのが伝わって来る。


 ぼくと絵里香は名乗ることなく、まずは五人で乾杯した。

「何故、ステラリアをご存知だったのですか?」

「はい。ネモフィラは隣国です。剣の天才とうたわれた剣聖を知らぬものは居りませんので」

「あぁ、やはりステラリアは有名人だったのですね」

「ビオラ王国にはどの様なご用でいらっしゃったのでしょうか?」


「実は人を探しているのですよ」

「人探しでございますか?差し支えなければお探ししますが?」

「あぁ、大事おおごとにしたくないのです。個人的なことですのでね。でも、そうですね。折角だからお聞きしますけど、貴族以上の身分で十二歳。このステラリアと同じ瞳と髪の色をした女の子なのです。ご存知ありませんか?」


 二人はしばらく記憶の中を検索している様だ。そして首を傾げながら、

「恐らく、この国には居ないと思われます」

「はい。私も知りません。ステラリアさまの妹君でしょうか?」

「あぁ、その様なものです。そうですか。この国には居ないのですね」


「はい。騎士団では全ての貴族の家族構成は把握しておりますので」

「分かりました。ありがとうございます」

「いいえ、とんでもございません」


「それにしても驚きました。この店にはいつも来ていたのですが、開店から満席で無理を言って入り口に席を作ってもらったのです」

「まさか、ステラリアさまのご一行がいらしていたとは・・・」

「それで、ステラリアさまは今はもう、騎士団に所属していらっしゃらないのですか?」

「えぇ、まぁ・・・」


「ふふっ。ステラリアは私の妻になるのですよ」

「えぇーっ!」

 二人の騎士が大声で叫ぶ。周りの客も何事かと一斉にこちらへ振り向いた。


「あ!も、申し訳ございません・・・」

「そ、それは・・・ステラリアさま。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 ステラリアは知らない人から祝福されて戸惑っている。


 その後はビオラ王国の実情など、ありきたりな会話をして酒場を後にした。

「あぁ、この国に舞依は居ないことが分かったね。やっぱり貴族の娘ならば、王城へ行って聞けば分かるのだよな・・・」

「では、私の妹を探しているということにして頼んでしまいますか?」


「いや、やっぱりそんなことで嘘はつきたくないな。時間はあるのだし、旅の目的は舞依だけではなくなったからね。美しい景色の場所を見つけ、使用人も増やして行く訳だし、ゆっくり旅を楽しみながら探して行こう」

「はい。そうですね」


 新たに使用人のスカウトまで旅の目的に加わったのだった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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