4.人命救助
朝、起きると隣にステラリアが眠っていた。
おっ。今朝は僕の方が先に目が覚めたのだな・・・どうしよう。
あぁ、綺麗な顔だなぁ・・・赤い瞳が見えないのが残念だ。でも綺麗な髪は触り放題だな。コンディショナーの香りもとても良い。
唇の形が理想的だ。この唇を見ていたら、キスをしたい衝動が抑えられなくなってしまう。
僕はそうっと近付いてキスをした。
するとステラリアの瞳がゆっくりと開いた。僕はキスをしたまま笑顔になった。
ステラリアも笑顔になった。そしてそのまま濃厚なキスに落ちていく。
「ステラリア。僕は我ながら馬鹿な男だと思うよ」
「え?月夜見さまが?そんなこと・・・」
「だって、こんなに素敵で魅力的な女性をずっと待たせていたのだからね」
「月夜見さまには前世の記憶があるのですから・・・仕方のないことです」
「こんなに待たせた僕の罪はどうしたら許されるのだろうか?」
「こうして眠りからキスで目覚めさせてくれたのです。罪も悪夢も解けるというものです」
「あぁ・・・ステラリア・・・」
僕は強くステラリアを抱きしめた。
「あのぉ・・・月夜見さま。ステラリアさま」
「あ!絵里香!おはよう!」
「お取込み中にすみません。もう朝食のお時間なので・・・」
「ごめん!すぐに行くよ」
慌てて支度をして、居間へと出て行った。
「お待たせ、絵里香」
「絵里香。ごめんなさい」
「大丈夫です。月夜見さま。今夜は私を可愛がってくださるのですものね?」
「あ。あぁ、そうだね」
朝食を食べて今日も出発だ。今日は東方面へ捜索に行く。
王都を出て、少し飛ぶとすぐに湖を発見した。湖畔へと降りてみる。周囲には黄色い花は見当たらない。でも花は咲く時期がずれているならば、今、咲いていなくてもおかしくはない。近隣の人に聞いてみるしかないのだ。
船に戻って近くの畑に居る人に聞いてみることにした。
林を越えて畑の上空に出ると畑の一角に人が集まっているのが見えた。
「あんなところに沢山の人が集まっていますね」
「何をしているんだろうね」
高度を下げて真っ直ぐに群衆の真上へと飛んだ。近付いてみると群衆の真ん中にひとりの女性が横たわっているのが見えた。
「あれ?女性が倒れているみたいだね」
「助けないといけないですね」
「どうしようか?緊急事態だから能力を見られても仕方がないか」
「人の命には代えられませんね」
船を止めて扉を開けると三人で空中浮遊して地面へ降りた。
「きゃぁーっ!なに?なに?空を飛んでいるわ!」
「か、神さま?神さまなの?」
「助けてください!神さま!」
「あーっ!神さま!お助けください!」
「どうしたのですか?」
「エラが急に倒れてしまったのです・・・」
「普段から病気があったのですか?」
「最近ではふらつくことが多かったのです。生理の出血が月に何度もあって・・・」
「神宮には行っていたのですか?」
「そんなお金はないのです・・・」
僕は絵里香とステラリアと念話で話した。
『絵里香、透視で子宮を診てみるよ。ステラリア。もしかすると君の母上と同じ病気かも知れないね』
『はい。診てみます。あ!子宮に大きな腫瘍があります』
『やはりそうだね。子宮筋腫だね。それも大きいな』
『これは治せるのですか?』
『いや、ステラリアの母上の時と同じだ。子宮を腫瘍ごと摘出するしかないんだ』
『では、どうするのですか?神宮へ連れて行きますか?』
『恐らく、この近くに家があるのだろう。そこで摘出手術をするしかないな』
「この女性のご家族は居ますか?」
「はい。私たち皆、家族です」
「ここに居る全員が家族?」
だって、大人の女性が十名は居る。子供は二十人くらい居るかな?これが全て家族?
「家はどちらですか?」
「あ、あそこに見えている家です」
「では、そこへ運びましょう」
そう言って、その女性の身体には触れずに念動力で持ち上げて歩き出す。
「うわぁ!エラが浮かんだわ!神さまの御業なのね!」
「神さま!エラをお助けください!」
家に入ると寝室を聞いてベッドの上に寝かせた。
「ご主人は居ますか?」
「は、はい。私ですが・・・」
「エラは何歳ですか?」
「え?歳ですか?エラの?わ、私には分からないです・・・」
「え?主人なのに分からないのですか?」
「エラは二十八歳です」
他の女性が答えた。何故、夫が妻の年齢を分かっていないのかな?
「二十八歳?お子さんは?」
「ひとりも産んでいないのです」
「ひとりも?先程、あんなに沢山の子供たちが居たのにですか?」
「えぇ、妻は十二人居ます。その内二人は妻だけど妻ではないのです」
「妻だけど妻でない???」
「あ、あの・・・エラは私の伴侶なのです」
「あ!あぁ、そういうことですか。ではこの先エラは子を生む予定はないのでしょうか?」
「はい。ありません」
「実は、エラは大変重い病気です。このままではもう長く生きられません」
「そ、そんな!エラは私の全てなのです!エラが居なくなったら私は・・・」
「落ち着いて。このままでは生きられないと言ったのです。でも今、私が手術をすれば助かるかも知れません。ただ、エラは子を産めなくなりますが」
「子を産めなくなる?・・・で、でもこのままでは死んでしまうのですよね?」
「えぇ、そうですね」
「それならば助けて頂きたいです」
「そうですか。分りました。ではこれくらいの壺か鍋があったらここへ持って来てください」
「こ、これで良いでしょうか」
漬物を漬ける様な壺を持って来た。
「はい。良いでしょう。では終わるまで外に出ていてください」
「はい。お願いします。エラを助けてください」
「できる限りのことはいたしましょう」
「よろしくお願いいたします」
「絵里香。今からする手術は絵里香が見ていても次に同じ様にできるものではないんだ。これは医師の知識と技術があるからできることなんだよ。絵里香は一緒に見ていて、出血や痛みを抑える様に力を掛けてやってくれるかな」
「はい。分りました」
僕は久々なので電気メスの練習を指先でやってみる。
「ボウッ!ジ、ジジジ!」
炎から電気の火花の様に変化させていく。
「月夜見さま。凄いです。そんなこともできるのですね」
「医療技術が分かっているからだよ」
「では、手術を始めるよ」
「はい」
下腹部に手を押付け、体内でレーザーメスを出現させ子宮の周りの臓器を焼き切りながら止血して行く。卵管も絞って焼き切り卵巣は残す。最後に子宮を引出して壺に移動させる。
「ベチャッ!」
「あ!子宮が無くなりました!」
「この壺の中だよ」
「ステラリアも生理痛を止める様な感じで治癒を掛けてやってくれるかな?」
「はい」
「僕はこの摘出した子宮を始末してくるからね」
「シュンッ!」
僕は壺を持って先程の湖の湖畔へ瞬間移動した。そこで地面の土を少しめくって穴を掘り、壺の中の子宮を穴に入れて炎で焼いてから土をかぶせた。そして湖の水で壺を洗い部屋へと戻った。
「エラは幸い意識を失っているから、それほど痛みを感じなくて済んだみたいだね」
「このまま意識が無くても良いのですか?」
「うん。出血はこれで収まるからね。しばらくは貧血気味が続くでしょうけれど身体が休まれば目も覚めるでしょう」
僕は寝室を出て家族に説明した。
「手術は無事に終わりました。これで命は助かると思います」
「本当ですか!神さま。ありがとうございます」
「今後は栄養のある食事を食べさせてあげてください。肉や卵、大豆、カボチャ、ピーマンや緑の葉物ですね。果物も良いでしょう。それとお茶は控えてくださいね」
「今日から二週間は安静にしていてください。仕事は駄目ですよ。本人が大丈夫だと言っても動かしてはいけません」
「分かりました」
「では、私は明日の朝、彼女の様子を診に再びここへ来ますので」
「ありがとうございます」
「それと。私たちのことを家族以外の人間に決して話さないと約束してください」
「は、はい。神さま。お約束いたします」
「では、私たちはこれで。あ!そうだ。あの林の向こうに湖がありますね。その付近で黄色い花が一面に咲く丘はありますか?」
「黄色い花ですか?いえ、見たことはありません」
「そうですか。分りました」
僕らは玄関へ出ると現場に残して来た船を屋敷の玄関に引き寄せる。
「シュンッ!」
「うわっ!」
「凄い!」
「船が出て来たわ!」
「では明日!」
皆、大騒ぎだ。僕らは空中浮遊して船に乗り込むと高度を上げてその場から飛び去った。
そこからは湖探しが続いた。夕方までに三か所見つけたのだが、やはり黄色い花は無かった。なんとか東側は全て回り宿へ帰って来た。
「あぁー何だか今日は疲れたね」
「月夜見さま。大丈夫ですか?」
「いや、ビールを飲めば元気になるかも・・・」
「では、酒場に行きましょう!」
三人で初日に行った酒場へ入った。
「あ!い、いらっしゃいませ!」
「また、お世話になりますよ」
「どうぞ、どうぞ!」
また、同じ店員が真っ赤な顔をして接客してくれた。
「ビール三つね」
「サラダにジャガイモとベーコン炒め、丸鶏のから揚げとチーズ」
「はい。かしこまりました」
「ステラリアの料理の選択が素晴らしいね」
「え?そうですか?自分の好きなものばかり頼んでいるだけです」
「それじゃぁ、僕と食べ物の好みが一緒なんだね」
「まぁ!それは嬉しいですね」
「では、明日は私が選びますね!」
「そうだね。絵里香。楽しみにしているよ」
それからビールと料理が出され、乾杯して食事が始まった。すると客が次から次へと入って来る。そして来る客が皆、僕を見つめ続けている。もしかして誰かが僕が来たことを伝えているのではないかな?まぁ、見られるだけならば構わないのだけどね。
「でも、今日の家族は変わっていましたね。女性同士のカップルが男の主人の下で一緒に家族になっているなんて」
「恐らくですが、農家でしたからああやって家族という名の生活共同体の形にしているのでしょう。だから主人が妻の歳さえ知らなかったのです」
「そうだね。女性だけだと収入が少なければ生きて行けないのだろうね」
「ビール三杯おかわり!」
「はーい!」
「ねぇ、さっきから周りのお客が、ずっと僕を見ているみたいなのだけど・・・」
「みたいではなく、一瞬たりとも目を離さない覚悟で見つめていますね。仕方がないですよ。月夜見さまほど美しい男性など、二度と見られないかも知れないのですから」
「あぁ、とうとう店に入り切れない客が窓からも覗いていますよ」
「参ったな・・・これでは落ち着いて食べられないよ」
「ちょっと!店主は居ますか?」
ステラリアが強めの口調で店主を呼んだ。
「は、はい。何でしょうか?」
「あの店の外から覗いている連中を追っ払って頂ける?落ち着いて食事ができないでしょう?」
「あ!す、すみません。すぐに!」
店主が店の外に居る女たちに声を掛けて帰らせた。店の中の客たちもやっと視線を逸らせてくれた。
「ステラリアが居てくれて良かったよ。ありがとう」
「当然のことです」
「それにしてもこの丸鶏。柔らかくて美味しいね」
「えぇ、とっても!ビールに合いますね」
「このジャガイモとベーコンの炒めものも塩加減が絶妙ですね」
「どれもビールが進んでしまうよ」
「僕、ちょっとトイレに行って来るよ」
「はい。ちょっと!トイレはどこかしら?」
「あ!はい。男性用はこちらです。どうぞ」
「ありがとう」
他の女性客の横を通ってトイレに行こうとしたら、目が合った数名の女性が気絶して倒れた。
「バタバタっ!」
悪いけど気付かぬふりをしてトイレへ向かった。
月夜見さまがトイレに行っている間に、ステラリアに話し掛けて来る者が居た。
「ねぇ、あの方はどこか外国のお貴族さまなのですか?」
「すみませんが、それをお話しできない程に高貴なお方です。失礼のない様、お願い致します。もし、何かあれば、ただでは済みませんよ」
ステラリアが椅子に立て掛けた剣に手を当てて凄んで見せたその瞬間、剣がギラリと光を放った。
「も、申し訳ございません!」
その女性は青い顔をして席に戻って行った。
トイレから戻って来ると、全員が一斉に僕の顔を緊張した面持ちで見ている。なんだか先程と雰囲気が違う様な・・・
「さて、あと一杯ずつ飲んで帰ろうか」
「えぇ、そうですね。ビール三杯おかわり!」
「は、はい!」
「何だろう?トイレから戻ったら店の中の雰囲気が何か変わった感じがするのだけれど」
「ふふっ!ステラリアさまが一喝したのですよ」
「絵里香!」
「あ!ごめんなさい!」
「あぁ、そうなんだ。ありがとう。ステラリア」
「どうかな?まだ何か食べたいかな?」
「いいえ、もうお腹一杯です」
「えぇ、十分に頂きました」
「それじゃぁ、帰ろうか。お会計を!」
「はい!ありがとうございます。大銀貨四枚です」
「では、これで」
「ありがとうございました!またどうぞ!」
「えぇ、また明日来ますね。同じ席を取っておいてください」
「はい!かしこまりました。お待ちしております!」
僕たちは歩いて宿へ帰った。
「月夜見さま、あんなこと言ってよろしかったのですか?またお客が増えてしまいますよ」
「言っても言わなくても同じでしょう。それなら席を予約しておいた方が良いですよ」
「ステラリア。僕はもう見られたり、気絶されることには慣れましたよ。そういう女性たちを見ていると何だか可愛いと思えるくらいにね」
「それならば良いのですが」
「でも、このままではステラリアは僕の騎士になってしまいますね。僕はステラリアの夫になりたいのですよ。ステラリアのことも絵里香のことも守りたいのです」
「月夜見さま・・・」
「嬉しいです!月夜見さま!」
ふたりは両側から僕の腕にしがみ付いて、ぶら下がる様にして歩いた。
宿に戻るとそれぞれでお風呂に入った。でも今日は絵里香と寝る順番だ。
「絵里香。今日は初日ほど酔っていないね?」
「はい。初日はお腹が空いているところに一気に飲んでしまったのがいけなかったのです」
「そうか。では今日は大丈夫だね」
「はい。私も今朝のステラリアさまの様に可愛がってください」
「ふふっ。絵里香は本当に可愛いね」
「月夜見さまに可愛い、可愛いって言われると何だか凄く幸せな気持ちになれるのです」
「それは良かった。僕もね、絵里香のちょっとした仕草とか、言葉遣いなんかが凄く心に刺さるんだ。その度に可愛いって言いたくなるんだよ」
「私、前世と今世の全ての人生の中で今が一番幸せです!」
それから夜中まで絵里香を可愛がり愛した。
お読みいただきまして、ありがとうございました!