3.旅の目的
その酒場は日本でいえば、ビアホールといった雰囲気だった。
木のテーブルに木の椅子。更に木製のビールジョッキだ。壁も床も板張りで木の香りが落ち着く。店に入ると店員から客まで、そこに居た全員が一斉にこちらに振り向き、そして固まった。
よく見ると店員も客も全員女性だった。そして何人かの女性が気絶して倒れた。ざわざわと騒がしくなってしまった。まずいな・・・
「い、いらっしゃいませ・・・さ、三名さまですか?」
「えぇ、そうです」
「で、では、あちらのお席へどうぞ・・・」
店員の顔が真っ赤になっている。他の気絶を免れた女性たちもお酒のせいなのか僕のせいなのかは分からないが、全員が真っ赤になりながら僕を見つめ続けている。
「やっぱり、こういうことになってしまうのだね」
「月夜見さま。仕方がありません。お気になさらないことです」
ステラリアは僕を壁側の奥の席へ座らせると、ステラリアと絵里香が僕をガードする様に両脇に座った。いつ出したのか分からないけれどステラリアは既に剣を引出していて、これ見よがしに椅子に立て掛けた。
ステラリアが目線で少し威圧すると殺気を感じた皆が視線を逸らして、また飲食を始めた。流石は剣聖だ。美しい上に迫力もある。あぁ、良いな。つい見つめたくなる・・・
「月夜見さま?どうされましたか?」
「あ。あぁ、いや、ステラリアの凛々しい横顔が美しくてつい見とれてしまったんだ」
「ま、まぁ!月夜見さま・・・」
店員の女性が恐る恐る、僕らに近付いて来た。注文を取ってくれるのだろう。
「ステラリア。注文は君に任せるよ。僕はビールが良いな」
「はい。かしこまりました」
「ご注文をお伺いします」
「では、ビールを三つとこの店のお薦めを三人分、それとサラダにソーセージ。サーモンの燻製とチーズを」
「はい。少々、お待ちください」
店員がすぐにビールジョッキを三つ持って来た。
「さぁ、では乾杯だね・・・って、この世界で乾杯ってあるのかな?絵里香は分る?」
「あ。黙ってジョッキを頭の高さに持ち上げるのです。そうですよね?ステラリアさま」
「えぇ、そうです」
「では、頂きましょう!」
三人で頭の高さにビールジョッキを掲げた。この世界で初めてのビールを飲む。グビグビっと喉に流し込む。日本のビールよりも荒っぽい作りだ。でもホップの香りが活きていて爽やかな香りが鼻に抜ける。お酒を飲んだ時の感覚が久々に甦った。あぁ、こちらの世界のビールも美味しいや。
「あぁ・・・美味しいね。って、ステラリア。一気に全部飲んじゃったの?」
「あ!私としたことが・・・つい、癖で・・・」
「騎士仲間と飲む時はその勢いなのだね。ではお酒に強いんだね」
「えぇ、そうですね。軽く酔うのですが泥酔はしたことがありません」
「それは頼もしいね。絵里香はどうだい?初めてのビールは苦いかな?」
「そうですね。苦いですけれど美味しいです。私、炭酸の入った飲み物が好きだったので」
「そう。美味しいなら良かった」
それから次々と料理が運ばれて来た。三人ともビールを追加し、サラダをもしゃもしゃと頬張り、牛肉の煮込みやソーセージを食べた。どれもビールに合っていて美味しかった。
「それにしてもこの酒場には男性が居ませんね。何故でしょうか?」
「そうですね。大抵酒場には男性も数人は居るものですけれど、この国は何か違うのでしょうか」
すると近くの席に座っていた女性グループのひとりが声を掛けて来た。三十代前半くらいの赤毛で赤い瞳をしたくせっ毛の女性だ。綺麗な顔立ちをしているが肉体労働者だと分かるほど肩や二の腕がしっかりしていた。
「この酒場には長年来ているけれど男性を初めて見たわ」
ステラリアが明らかに警戒しながら応えた。
「ここには何故、男性が居ないのかしら?」
「そりゃぁ、男は子種を提供して家を守るのが仕事だからね。お金を稼がないんだから、こんなところで酒を飲むなんてことできる訳がないじゃない」
「では、この国では男性は外に出て仕事をすることはないのね?」
「そうさ。ひとりの男に妻が五人も十人も居て妻が稼ぐんだからね」
「あぁ、そうか。貴族だと男性が女性を養うけれどその逆なのだね」
「どうやら他国のお貴族さまなのね。道理でお美しいと思ったわ」
「それはどうも・・・」
「あなたならこの国で百人の妻と結婚できるわね」
「百人!それは大変だ!」
「あなたにはまだ、その二人しか妻はいないのかしら?」
「二人はまだ婚約者ですよ」
「えーーーっ!まだ結婚していないの?」
「だって、私は十二歳ですからね」
「えーーーっ!!!」
店中の女性が全員一斉に叫んだ。皆、この会話を聞いていたのか。
「じゅ、十二歳???嘘でしょう?だってビールを飲んでいるじゃない!」
「えぇ、学校も卒業しましたし、身体もこの様に成長したもので・・・」
皆、それ以降、黙ってしまった。
僕らはそれには構わずに美味しく飲んで食べた。
「ステラリア。僕は料理の味とかにはうるさくないというか、あまり食に拘りがないのだけどここの料理は美味しいよね?」
「えぇ、とても美味しいと思います」
「えぇ、この牛肉の煮込みシチュー、凄く美味しいです!」
その後に来たサーモンの燻製やチーズもビールに合っていてとても美味しかった。皆で次々にビールを開けて絵里香は赤い顔になっていた。僕もこの身体では初めてのお酒なので、どれくらい飲めるのかが分からない。今日はこのくらいにしておいた方が良いのかなと考えてお勘定となった。
宿に帰る途中、絵里香がふにゃふにゃになっていた。歩き方も少しふらついている。ステラリアはほんのりと頬が赤いくらいで全然酔っている様子はない。
「絵里香。ひとりでお風呂に入れるかい?」
「はい!大丈夫れす!」
絵里香は明るい笑顔でそう言ったが少し心配だ。でも一緒に入ろうと言ったら、ステラリアが焼きもちを焼きそうだ。
「ステラリア。僕とふたりで絵里香を洗ってあげようか」
「そうですね。絵里香は酔っているみたいですからひとりでは危ないですね」
「え?おふたりが私を洗ってくれるのれすか?嬉ひいなぁ・・・」
やっぱり酔っている。既にろれつが回っていない。
宿に戻るとステラリアと僕で絵里香の服を脱がして三人でお風呂に入った。
引き寄せた鞄からシャンプーを取出し、髪を洗ってあげる。身体も洗って三人で少しいちゃいちゃしてしまった。これも旅に出て開放的になっているということなのだろうか。
僕はステラリアと絵里香に交互にキスをした。
「今日はどちらと一緒に寝ようか?」
「私は三人一緒がいいれす!」
絵里香は相変わらず可愛らしく酔っている。
「そうだね。今夜は旅の初日だし三人並んで眠ろうか」
「はい!」
お風呂から絵里香を浮かせるとタオルで包んでベッドまで宙に浮かべて運んだ。ベッドに入ると僕を挟む様にしてふたりが抱きついて来た。
僕はひとりずつキスをして眠りに着いた。
翌日は宿で朝食を食べてすぐに出発した。
船に乗って高度を上げ高い空から眺めると、人里や畑と自然のままの野山との区別は思ったよりも見てはっきりと分ったし、湖はそう沢山あるものではないので山に沿ってかなりの速度で飛びながら見ていった。
すると山際に湖を見つけ速度と高度を落として近付いて行った。近くなってみると湖の湖畔に黄色い花が沢山咲いているのが見えて来た。
「んんっ!湖の湖畔に黄色い花が沢山咲いているね。降りてみよう」
「あ!本当だ。黄色い花が一面に咲いていますね!」
湖畔に到着し三人で船を降りた。
「月夜見さま、如何ですか?この景色に見覚えはございますか?」
「ステラリア。ちょっと違うかな?黄色い花のこれ程近くに湖は見えなかったんだ。花はこんな感じだったと思うのだけどね。この花は何かな?」
「これは、スイセンだと思います」
「スイセンか。花は覚えておこう。でもここではなさそうだね」
「でもこの景色も素晴らしいですね」
「うん。そうだね。あ!そうだ。写真を撮っておこう」
「そうですよ!デジカメがあるのですものね。これからこの様な素晴らしい景色の場所にもいっぱい行けるのですから」
「この写真を見れば、いつでも場所を思い出して瞬間移動で来られるね」
僕は王城の自分の部屋からデジカメを引き寄せ、写真を撮るとまた部屋へと戻した。
「アルメリアさまやニナたちとお茶をしに来ましょう!」
「それは良いアイデアだね」
「よし、続けてまた探しに行こうか!」
「はい」
その日は王都から北の方面を全て見て回ったがそれらしい場所は見つからなかった。地方にはまともな宿屋はないので結局は王都の昨日泊った宿に戻った。宿に戻るとあと三泊すると伝えて代金を支払った。
「さて、今日も同じ酒場へ行くかい?それとも他の食事ができる店を探そうか」
「折角だから他のお店にも行ってみたいです」
「そうだね。では宿の受付で聞いてみよう」
僕たちは受付へと降りて従業員へ聞いてみた。
「夕食が頂ける食事処で良い店はありますか?」
「それでしたら王侯貴族の方もいらっしゃるお店が一軒だけございます。ここから王城に向けて真っ直ぐに行ったところです。船をお呼びします」
「うん。お願いするよ」
船に乗って食事処へと向かった。その店はかなり高級な店だった。入り口では王城の使用人の様にきちんとした女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
そのまま席まで案内される。店内には客もまばらで奥の席へ通された。
「本日のお食事は、ビオラ王国の野菜と魚を使った前菜、白いんげん豆のスープ、主菜としまして魚料理と肉料理。最後にデザートとなっております。お飲み物は如何致しましょうか?」
「ビオラ産のワインを頂けますか?」
「白と赤はどちらに致しましょう?」
「どちらも頂きます。料理に合わせて出してください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「ステラリアは大丈夫だと思うけど絵里香には少し堅苦しいかな?」
「いいえ、こういうところでお食事してみたかったので嬉しいです」
「そう。それなら良かった」
「お待たせ致しました。こちらはブルーム地方のシャルドネになります」
給仕係が慣れた手つきで白ワインの栓を開けると三人のグラスに注いでいく。
「さぁ、乾杯しよう。今日、舞依は見つからなかったけれど景色の良い場所を見つけるという新たな楽しみが見つかったね。これも旅ならではのことだから明日も一緒に探して行こう」
「はい」
ワイングラスを頭上に掲げてからワインを飲んだ。ワインは辛口だった。
「絵里香。ワインはどうかな?ビールよりもアルコールが強いから飲み過ぎない様に気をつけてね」
「はい。美味しいです。私、お酒が好きなのかも知れません」
「それは結構だ」
この店の客は貴族か大商人なのだろう。こちらをじろじろ見る様な人はいない。落ち着いて食事ができた。
「ここの食事は勿論美味しいのだけど、ネモフィラ王城で食べていたものとあまり変わらないよね。僕はどちらかというと昨日の酒場の様な食事の方が良いかな」
「はい。私も酒場の方が好きです」
「私も三人でこの様なお店に来てみたかっただけなのです。明日はまたあの酒場が良いです」
「うん。それなら僕らの屋敷を建てたら料理人はあの様な酒場で働いていた者を採用しよう」
「毎日、酒場のつまみでは身体に良くないのではありませんか?」
「ステラリア。料理人はひとりではないよ。月宮殿の料理人にも来てもらいたいな。日本の料理を作ってくれるからね」
「あぁ!私、日本の料理が食べたいです」
「絵里香はそうだろうね。舞依もきっとそう言うよ」
「私も月宮殿のお料理は好きですよ」
「ステラリアも日本料理が好きなんだ。良かった。日本料理は身体に良いのですよ」
「はい。今から楽しみです」
「ステラリアや絵里香は、ネモフィラ王国から離れて暮らすことに抵抗はないのかな?」
「はい。どこでも構いません。それに帰りたいと思えばいつでも瞬間移動で帰れるのですから」
「私もです。月夜見さまと一緒ならどこでも構いません」
「ではさ、ネモフィラは北国で冬は寒かったでしょう?北とか南とか、山とか海。地域を選べるとしたらどんな場所が良いかな?」
「そうですね。それでしたら温暖な場所で海が近いところが良いでしょうか?」
「私もです!日本に近い感じの場所が良いです」
「あぁ、それならば、絵里香の暮らしていたアスチルベ王国って島国だし、確か温暖な気候の地域だったと思うけど?」
「えぇ、アスチルベは気候が良いのです。四季もはっきりしていて、お米も味噌や醤油も美味しいですよ」
「そうか。それではアスチルベ王国は住む国として候補のひとつになるね。では最後の方にアスチルベに行くことにして、それまでに旅して回る国は住むのに良い国かどうかも見て行こうか」
「それは良い案です。色んな国を見て決められるのですね!」
「えぇ、この旅が本当に楽しくなって来ました!」
「それは、良かった。ふたりには僕の人探しに付き合わせる様で申し訳なく思っていたんだよ。そうして楽しいこともあれば旅も悪くはないよね」
「悪いことなんてひとつもないです。全てが楽しいです」
「えぇ、絵里香の言う通りです。一日中、月夜見さまとご一緒に居られるのですから」
「そうか。ふたりともありがとう!」
舞依を探すだけでなく、将来のためにもなる旅なんだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!