2.ビオラ王国
嫁探しが始まり一か国目の国へやって来た。ビオラ王国だ。
王城の上空へ出現すると小型船の高度まで降りて行き、一旦は街の中を飛んだ。そのまま王都の周辺を飛んで湖や一面に花が咲いている様な場所を探した。すると森の中に湖を見つけ湖畔まで行って船を止めた。
扉を開けると僕たちはそれぞれで空中浮遊し湖畔へ降りた。
船には絨毯が常備されており、絵里香がすぐに絨毯を敷くと念動力でお茶のセットを部屋から引き出した。
こういうことが多くなると予想されたので、ニナとシエナにお願いして僕の部屋の所定の場所にお茶のセットを置いてもらっている。それを絵里香が引き出すのだ。
本当は珈琲を飲みたいところだが、外では電源がないのでコーヒーメーカーが使えないのだ。まぁ、旅に出ているのだからあまり贅沢を言うものではないよね。
「さて、これからのことを決めておこうか」
「はい」
「まぁ、僕とステラリアが居て危険な目に遭うことはないとは思うけれど、三人の内の誰かが、はぐれてしまうことがあるかも知れないね。その時は念話で話せば良いよね。でも例えば不意打ちを喰らって意識を失ったら念話も通じないだろう。そんな時はどうする?」
「はい。意識が戻ったらすぐに念話で連絡を取りネモフィラ王城の部屋へ瞬間移動で戻るか、元居た場所に戻る。という感じでしょうか」
「流石、ステラリア。騎士として危機管理ができているね。絵里香。そういうことだから覚えておいてね」
「はい。でも私たちが襲われる様なことなどあるのでしょうか?」
「まぁ盗賊とか、あとは僕が男だから子種目当てに誘拐されるとか?」
「まぁ!月夜見さまを種馬扱いするなんて許せません!」
「ステラリア。そんなことはないと思うけれど万が一あってもいきなり相手を斬り付けたりしては駄目だよ」
「は、はい。怒りを抑えられるか自信がありませんが善処いたします」
「食事はどうするのでしょうか?」
「そうだね。僕としては平民が使う食事処で食べるのも良いなと思っているんだ。その方がその土地のものが食べられるでしょう?旅をしている実感があると思うのだよね。でもステラリアは平民が入る様な食事処に入るのは抵抗があるかな?」
「いいえ、騎士団の者は大抵、平民の酒場や食事処に入ります。私もその方が好きです」
「そうか、それなら決まりだね」
「宿はどうされますか?」
「その街の大き目な宿を取ろう。部屋をどう取るかが問題だね」
「三部屋取るか、二部屋取るか・・・でしょうか?」
「うん。やはり二部屋かな。ステラリアと絵里香で毎晩、交代で僕と一緒に寝るということでどうかな?」
「はい。それが良いです」
「嬉しいです!二晩に一度、月夜見さまと眠れるなんて・・・」
「絵里香。欲望が駄々洩れだよ・・・よだれを拭いて!」
「え!私、よだれを垂らしていましたか?」
絵里香は赤い顔をして唇をぬぐっている。
「嘘だよー」
「まぁ!月夜見さまったら、からかうなんて・・・」
「あははっ!ごめんごめん。でもふたりと交代で一緒に眠れるのも旅に出たからできるのだね」
「はい。楽しみです」
「ところで月夜見さま。マイをどの様に探すのですか?」
「うん、そこが難しいところだよね。僕の読みでは舞依は貴族以上の身分だと思うんだ。乗馬をしていたからね」
「貴族の娘のことならば、王城へ行って聞けば何か情報を得られるかも知れないけれど、僕が直々に女性を探しているとなれば国中が大騒ぎになって外を歩くこともできなくなると思う。だからそれはできないね」
「神宮も同じでしょうか?」
「神宮の宮司は基本的には貴族と付き合いがないからね。しかも貴族の娘の話だから知っているとは思えないね」
「では、何を手掛かりに探すのですか?」
「そうだな。人の住む地域から乗馬で来られるところに湖があること、更に黄色い花が一面に咲く丘があること。そして、ステラリアと同じ瞳と髪の色をした十二歳の女の子。分っているのはこれだけだからね。まずはここみたいな湖を見つけて、その近くで黄色い花が咲く丘があるかを聞いて行けば良いかな」
「その条件の場所が見つかったら、その周辺でマイの特徴の女の子が居ないか聞き込みをするのですね」
「うん。そんな感じだね」
「では、まずはその国の地図を見ないといけませんね」
「そうだね。絵里香。地図で人の住む地域の近くに湖があるところを確認して回って行けば良いね」
「よし、お茶を飲んだらこの近くで花のことを聞いてみよう」
「はい」
お茶のセットを部屋へ送り返して船に乗った。
「さて、この近くに人は居るかな?」
「確か手前に畑がありましたね。そこに人が居れば聞けるのですが」
畑に行ってみると広い畑に数人の女性が農作業をしていた。近寄って行くと不思議そうな顔してこちらを窺っている。船で近寄って扉を開いて聞いてみる。
「すみません、向こうに湖がありますが、その周辺に黄色い花が一面に咲く丘はありますか?」
「黄色い花?少しはあるけれど一面に咲く丘は知りませんね」
「そうですか。ありがとうございました」
「ここではないかな。一度、街へ戻って地図を買いましょう」
王都の商店街に入りゆっくり飛んで本屋を探す。やはり王都だけあって栄えている。店の数も多いし人も多い。やっと本屋を見つけ船を止めて店に入った。
「いらっしゃいませ。どの様な本をお探しでしょうか?」
店員の女性が出て来た。カンパニュラ王国の本職人パトリシアと雰囲気が似ている。ブルネットのおかっぱ頭のいかにも本が好きですと言わんばかりの大人しい感じの娘だ。
「あぁ、本ではなく、この国の地図が欲しいのです。できれば湖の記載のあるものが良いのですが」
「かしこまりました。今、お持ちいたします」
女性の店員が店の奥へと消えた。十分程経って店員が戻って来ると、髪の毛には蜘蛛の巣が、肩には埃が付いて真っ白になっていた。これは嫌な予感だ。
「申し訳ございません。地図は今、これしかございませんでした」
目の前に広げて見せてくれたのは製本されたものではなく一枚の地図だった。それもかなり大雑把で領地の名前と境界線、山と川くらいしか書かれていなかった。
「あぁ、これでは役に立ちませんね。詳しい地図が無いならば結構です」
「お役に立てず申し訳ございません」
彼女は蜘蛛の巣の付いた頭を深々と下げた。僕は蜘蛛の巣を取ってやりたい衝動に駆られたがグッと我慢した。そういう軽はずみなことをすると何が起こるか分からない世界なのだから・・・
「折角、探してくれたのにごめんね」
「いいえ、とんでもございません」
彼女はそう言って耳まで真っ赤になっていた。やっぱり触れなくて良かった。
僕たちはそのまま店を出て船に戻った。
「ステラリア。この世界の地図ってどれもあの程度のものなのかな?」
「はい。ネモフィラの地図も同じ様なものしか見たことがございません」
「やはりそうなのか。月宮殿の書庫で見た地図も製本はされていたけど、今の一枚地図を全ての国の分を集めただけのものだったよ。では地図は当てにできないということか。それだとひたすらに国中を飛び回らないといけない訳だ。これは大変だな・・・」
「何か別の手段を考えましょうか」
「今日は初日だし、まずは宿を探して今後のことを考えようか」
「月夜見さま。この船はどうされるのですか?」
「あぁ、宿を見つけたらその裏辺りでネモフィラへ送り返すよ」
「そうですね。宿の玄関で消したら騒がれますものね」
街の中を進むと一軒の大きな宿を見つけた。城とまではいかないが、石造りの立派なホテルといった建物だ。宿の裏に回って船をネモフィラ王城へ送り返した。
「シュンッ!」
三人が各々の鞄を念動力で引き寄せてから歩いて宿の表へ回った。階段で二階の玄関へ上がると僕らに気付いた女性従業員が近付いて来た。
「ようこそビオラへ。お泊りですか?あ!あぁ・・・あ、あの・・・こ、ここは王侯貴族の方がお泊りになる様な宿ではございませんが・・・」
従業員の女性は僕の顔を見るなり、緊張してしまっている。僕らが貴族に見えるのだろう。
「良いのですよ。今夜泊れる部屋はありますか?」
「は、はい。それでしたら最高級のお部屋が空いておりますが如何でしょうか?」
「その部屋に寝室はいくつあるのですか?」
「はい。寝室は三部屋ございます」
「それならばその部屋で構いませんよ」
「か、かしこまりました。中へどうぞ」
受付で記帳をする際、名前をどうしようかと考えた。フッと小白のことが頭に浮かび、自分の名前はシルバーウルフと書いた。宿代は一泊金貨一枚だった。高いのか安いのか微妙なところだ。
部屋は三階だった。その部屋はとても広く、居間の他に寝室が三部屋とお風呂とトイレも三つずつあった。驚いたことにトイレにはビデもあった。ビオラ王国は良い国の様だ。
居間にはお茶の用意もあり絵里香がすぐにお茶を入れてくれた。
「さて、今後どうやって舞依を探そうか」
「月夜見さま。学校を訪問するのは如何でしょうか?」
「王立学校を訪問するの?」
「えぇ、貴族で十二歳の女の子ならば学校に行っていると思うのです。貴族の三年生の教室を見学させてもらえば、そこに居れば私が顔を見れば分かると思うのです」
「あぁ、それは確かに早そうだね。だけど僕の顔を見たらまた沢山の娘が気絶するでしょう?そんなことを各国でやっていったらもっと大騒ぎになってしまうよ」
「そう言えば、ネモフィラの学校では大変でしたね」
「月夜見さまが見た湖と花の咲く丘は山の近くだったのでしょうか?」
「そうだと思うよ。街中を馬で走ることはできないのでしょう?」
「えぇ、そうですね。では人里のある山沿いだけを見て行けば良いと思います」
「そうか。では船に乗ったまま高度を上げて、高い空から人里と湖のあるところを見て行けば良いのだね」
「月夜見さまが船を速く飛ばせば、それほど時間は掛からないのではありませんか?」
「まぁ、そうだね。やってみるしかないよね」
「ステラリアは旅に出たことはあるの?」
「いいえ、月夜見さまに連れて行って頂いた以外では、他国に行ったことはございません」
「絵里香もそうかな?」
「はい。アスチルベからネモフィラへ来たのみです」
「もしかして、この世界の人は滅多に旅に出ることはないのかな?」
「そうですね。商人は他国に行くこともあるのでしょうけれど」
「では、この様な宿は商人のためのものなのですね。だから貴族用ではないと言われたのか」
「はい。貴族はまず自分の領地からは出ませんし、出る場合は誰かに招待された時ですので、相手の貴族の屋敷に泊まりますから」
「あぁ、それは知らなかったな。ではこの宿は結構良いけれど、街によってはあまり良い宿はないのかも知れないね。良い宿がない時はどうしようか?」
「私は、元々平民ですから、この様な高級なところでなくとも構いません」
「私もずっと騎士団の寮生活でしたからこの宿でも立派に感じますね」
「そうか。ではあまりにも酷い宿しかない時は、ネモフィラ王城へ帰っても良いかな。特にふたりが生理になっている時は、ビデのない宿には泊まらない様にしよう。あ!そうだ、その時だけは神宮に泊めてもらえばいいね」
「月夜見さま・・・本当にお優しいのですね・・・」
「愛するふたりのためだからね。では食事に行こうか」
「はい!」
宿を出て商店が並ぶ街道を歩いていると良い匂いがしてきた。
「この匂いは何だろう?美味しそうな匂いがするね」
「これはシチューではないでしょうか。恐らく牛肉の煮込みかと」
「では、玄関へ上がってみようか」
階段を上がって食事処の前へ来てみるとそこは酒場だった。
「あれ、ここは酒場の様だね。この世界ではお酒は成人してからでないと飲めないのかな?」
「いえ、年齢は関係ありません。身体が十分に成長していれば駄目だと言われることはないのです。それに働いていてお金を持っていなければこの様な店には入れませんから」
「それなら僕も含めて三人ともお酒が飲めるのだね?絵里香、お酒は飲めるの?」
「実は前世でも今世でもお酒を飲んだことがないのです」
「ステラリアは?」
「私は騎士仲間とよく飲んでいました」
「では、三人で旅の門出を祝ってお酒を飲みましょうか。絵里香は飲んでみてお酒が美味しくなかったらやめておこうね」
「はい!」
この世界で初めての外食。それもお酒が飲めるのだな。ちょっと楽しみだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!