32.那月とロミーの思い出
今日はマグノリア王国にロミー姉さまたちを迎えに行く日だ。
僕は瞬間移動でマグノリア王城のサロンへと飛んだ。
「シュンッ!」
「こんにちは・・・」
「バタバタっ!」
サロンに居た侍女が二名程気絶した。
「あ!お兄さま!」
「ロミー姉さま」
「月夜見。わざわざすまないね」
「いいえ、では船へ参りましょうか」
「マグノリア陛下、ルーク殿、また参りますのでよろしく頼みますよ」
「はい。ネモフィラ陛下、ロミーさま。いつでも歓迎いたします」
「ロミーさま、大変楽しい時間を過ごすことができました。次はいつお逢いできますでしょうか?」
「今度は那月さまと一緒に伺ってもよろしいでしょうか?」
「勿論です。楽しみにしてお待ちしております」
昇降機を使って船へと上がった。
「伯父さま、これから月宮殿へ参りませんか?」
「え?突然、伺ってもよろしいのですか?」
「ここへ来る前に連れて来ると伝えてありますので」
「それならば、私たちは構いませんよ」
「まぁ!那月さまに会えるのですね」
「えぇ、事前にお話しされた方が良いと思いました。では参りましょう」
「シュンッ!」
ネモフィラの大型船でも月宮殿の高さには昇れない。また強引に庭園の向こうの野原へと瞬間移動させた。船は浮かぶものだから足がない。船底が野原に着き、少しグラグラしているが倒れはしない様だ。
「さぁ、着きましたよ。僕の力で降ろしますよ」
そう言ってハッチを開けてもらうと、宙に浮かんで三人を地面まで降ろした。
船の乗組員たちは、月の都に来られる機会などある筈もないのだから、全員、笑顔で窓に張り付き、月の都の全景を目に焼き付けている様だ。
宮殿からは大きな船が現れたのを発見した弟たちが我先へと走って来た。
「お兄さま!大きなお船ですね!」
「お兄さまの船なのですか?」
「お兄さま、飛ばせてください!」
僕は弟たちを宙に浮かせると、ぐるぐる回しながら宮殿に向かって歩いた。伯父さん、伯母さん、ロミー姉さまも目を丸くしてその光景を眺めていた。
サロンには、お父さんとお母さま達、それに那月、春月と水月姉さまが待っていた。
「ネモフィラ殿、ようこそ月宮殿へ」
「ステュアート、シオン。お久しぶりですね」
「天照さま、マリーお姉さま。突然の来訪をお許しください」
「堅苦しい挨拶など不要です。此度は那月のお話なのでしょう?」
「えぇ、この一週間、娘のロミーの縁談でマグノリア王国に滞在しておりました」
「月夜見から詳細は聞いておりますよ。王子は那月を嫁に迎えたかったのだとか?」
「はい。その通りでございます」
「ロミー殿。お相手は如何だったのですか?」
「はい。ルークさまは二年で王立学校を卒業され、国の政や神宮の運営についても勉強も進めておられました。国の将来のことも自らお考えになる、真面目で優しく誠実なお方だと思います」
「では、ロミー殿は気に入られたということですかな?」
「はい。今のところは」
「それでルーク殿は、二人を妻に迎えることにはどの様に言っているのでしょう?」
「ルークさまは、私や那月さまのお気持ちを尊重してくださるとおっしゃいました」
「では、那月がルーク殿と会ってみて結婚するか決めれば良いのですね」
「はい。左様で御座います」
「今日はどちらかというと、ロミー姉さまと那月姉さまの顔合わせということですね。お二人で庭園など散歩しながら、お話しされたら良いのでは?」
「えぇ、そうしましょう。ではロミーさま。参りましょう」
「はい。那月さま」
二人が散歩している間、お父さん達でマグノリア王国の情報を交換し、那月姉さまが神宮に入る日取りの打合せをした。その時にはロミー姉さまも一緒に行くためだ。
「ロミーさまはこの結婚には前向きでいらっしゃるのですね?」
「初めはどちらかというと後ろ向きでした。外国へ嫁ぐのは不安だったのです」
「では、必ずしも私がルークさまの嫁にならずとも良いのですね」
「いえ、できれば一緒に妻になりたいと思っています。私の姉のアニカも佳月さまと一緒に妻になっていますので」
「あぁ、プラタナス王国のティアレラさまですね。そうですね・・・私はまだお兄さまのことが吹っ切れないのです」
「やはり、お兄さまなのですね。月影姉さまもお兄さまと結婚したかったと言っていました」
「えぇ、結月姉さまもそうでした」
「私もお兄さまには憧れていましたよ。あんなに素敵な男性はどこにも居ませんもの」
「でも、お兄さまは兄弟で結婚は駄目だと・・・」
「えぇ、ですからいつまでもお兄さまを追っていてはご迷惑になります。私もお兄さまと婚約したステラリアや絵里香を見ていると自分がひねくれていく気がしたのです」
「だから他国に嫁に行こうと思ったのです。那月さまも同じであれば、共通の想いを持って新しい世界で一緒に生きて行けるのではございませんか?」
「そうですね。家族と離れて誰も知らない国へ行くのですから、不安はありますものね」
「そうでしょう?でもルークさまは、神宮のお仕事にも理解をお持ちだし、きっと私たちのことを大切にしてくださると感じたのです」
「分かりました。私もいつまでもお兄さまのことばかり考えていては駄目ですね。ルークさまのこと、前向きに考えてみます」
「えぇ、お願いします。那月さまが神宮に入られる時は私も同行しますので、一緒の時間を過ごしながらルークさまを見定めましょう」
「はい。ロミーさま。ありがとうございます」
「もし良かったら、ロミーと呼んでくださらないかしら?」
「では私も那月とお呼びください」
「えぇ、那月。結婚してもしなくても仲良くしましょう!」
「えぇ、ロミー。嬉しいわ!」
二人は手を繋いでサロンへと戻って来た。
「おや、もうすっかり仲良くなられた様ですね」
「えぇ、お兄さま。私、ルークさまとお見合いする気になりました」
「そうですか。那月姉さま。決して無理をしてはいけませんよ」
「はい。お兄さま。ありがとうございます」
そしてネモフィラへと戻った。ネモフィラへ戻れば、今度はフォルランと柚月姉さまのこともあるのだ。
月影姉さまは、九月に二人目の子を無事出産した。女の子で、彩月と命名された。
柚月姉さまは月影姉さまの出産の前後で絵里香と一緒に宮司の仕事を任されている。
フォルランは毎日の様に学校から帰ると神宮へ顔を出していた。
「柚月姉さま、宮司の仕事には慣れましたか?」
「えぇ、そうですね。でも忙しくて目が回りそうです。絵里香が居てくれて助かりました。月影姉さまはこれをひとりで切り盛りしていたのですね」
「そうですね。お姉さま達は、皆、それぞれの神宮で活躍されているのです」
「お兄さま、私は本当に宮司にならなくても良いのでしょうか?」
「これからは、天照家の者でも宮司にならない者は増えていくと思います。誰でもその始めの人になることには抵抗を感じるでしょう」
「もし柚月姉さまがフォルランと結婚されるならば、今後もこうして月影姉さまをお手伝いしては如何ですか?」
「あ!そうですわ。お姉さまをお手伝いすれば良いのですね」
「と言うことは・・・フォルランとの結婚はもう決めているのですね?」
「えぇ。私はフォルランさまと結婚します」
「おめでとうございます!お姉さま」
「ありがとうございます。お兄さま」
那月姉さまのマグノリア王国への派遣の前日、フォルラン、柚月姉さま、ロミー姉さま、伯父さんとオードリー伯母さん、シオン伯母さんを連れて月宮殿へ飛んだ。
「ようこそ月宮殿へ。ネモフィラ殿、最近は頻繁にお会いしますな」
「はい。それだけお世話になっているということでございます」
皆で応接室へ入った。
「この度は、我が息子、フォルランが柚月さまとの婚姻の意思を固めましたのでご報告に参りました」
「そうですか。メリナ、柚月。それで良いのだな?」
「はい。お父さま。私はフォルランさまのもとへ嫁ぎます」
「そうか。柚月おめでとう。フォルラン殿、柚月を頼みます」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「うわぁ!おめでとうございます!」
皆で一斉にお祝いの言葉を述べた。
「フォルラン。柚月姉さま。おめでとう!」
「月夜見。ありがとう」
「お兄さま。ありがとうございました」
ふたり並んでかしこまって言われると、何だかふたりがとても大人びて見えた。
「それで、結婚はフォルラン殿が成人してからだと思うが、それまで柚月はどうするのかな?」
「はい。神宮で月影姉さまのお手伝いをいたします」
「あぁ、そうか。それは良いな。それならば、千月姉さまの神宮もたまには手伝ってやってくれるか?」
「はい。お手伝いいたします」
「では、今夜は二人の婚約の祝いと那月を送り出す宴席としよう。ダンスもするのだろう?」
「はい。楽しみです!」
「那月は月夜見さまとダンスを踊るのを楽しみにしていたのですよ」
「そうですか。分りました。那月姉さま、ダンスを踊りましょう」
「お兄さま、ありがとうございます!」
宴席では、客人も交えて楽しく過ごした。那月姉さまの隣にはロミー姉さまが座り、楽しそうに会話していた。もうかなり仲良しになったみたいだ。
フォルランと柚月姉さまは、メリナ母さまに色々と報告をしている様だ。マリー母さまは、妹であるオードリー伯母さんとシオン伯母さんと一緒に笑顔で家族会議をしている。
食事の後は、サロンでダンスをした。僕は勿論、那月姉さまと踊った。
「那月姉さま。既にロミー姉さまとは仲良くなられた様ですね」
「ロミーはとても頼りになる良い子なのですよ」
「そうですね。ロミー姉さまは言いたいことは、はっきりと言う性格なので頼り甲斐はあるでしょうね」
「はい。それにお兄さまのお話でも盛り上がるし、楽しいのです」
「僕の話題ですか?何か良くないことを話していないでしょうね?」
「良いお話ばかりですよ。ロミーも本当はお兄さまと結婚したかったのですって!」
「え?ロミー姉さまが?」
「えぇ、そうですよ。ステラリアさまや絵里香さまが羨ましくて、自分がひねくれていくのが嫌で、今回の縁談を進めることにしたそうですよ」
「本当ですか?そんな風には感じなかったのですが・・・」
「お兄さまは、全ての女性に愛されるのです。だからいちいち感じていたら大変です!」
「私もお兄さまと結婚したかった・・・心からそう思っていました」
「ありがとう!那月姉さま」
「この後、ロミーとも踊ってあげてください」
「えぇ、分かりました」
「ロミー。交代です。お兄さまと踊ってください!」
「ありがとう!那月!お兄さま、お願いいたします」
「ロミー姉さま。ルークのことは本当に大丈夫なのですよね?」
「お兄さま。そんなこと聞かないでください。決心が鈍ってしまいますから・・・」
「そうか・・・余計なことでしたね」
「お兄さまがネモフィラに来てからの七年間。私は本当に楽しかったのです。それまでの八年間から全く世界が変わってしまったみたいでした」
「そう思って頂けたなら良かった」
「えぇ、最後の二年も一緒に学校に行けて嬉しかったのです。良い思い出になりました」
「学校生活はまだ少し、ありますから。残りの時間を楽しみましょう」
「はい。お兄さま・・・」
そう言って、ロミー姉さまは僕の胸に顔を埋めて身を任せた。
ダンスも終わって、ネモフィラへ帰る時間が迫っていた。ロミー姉さまは明日、那月姉さまとマグノリア王国へ行くので、このまま月宮殿に泊ることとなった。
帰り際、ロミー姉さまと那月姉さまに呼ばれ、那月姉さまの部屋へと三人で入った。
「お兄さま、最後のお願いがあるのです」
「ロミー姉さま。最後のお願いですか?何でしょう?」
「私と那月とキスしてください!」
「え!キス?僕とですか?」
「はい。ふたりともお兄さまとの思い出が欲しいのです。一度だけで良いのです!」
ふたりとも両手を胸の前で組んで上目遣いにお願いポーズを決めてくる。
はぁ、もう仕方がないか。
「分かりました。その代わり、誰にも言わないでくださいね」
「はい。三人だけの秘密です。絶対に守りますから!」
「では、那月から」
僕は那月姉さまをきつく抱きしめてキスをした。那月姉さまは涙を流し、唇が離れると、
「お兄さま。愛しています・・・心から・・・本当に」
そう言って、僕の胸に顔を埋めて強く抱きしめて来た。僕も抱き返して囁いた。
「那月。ありがとう。幸せになるのですよ」
「はい。お兄さま。素敵な思い出をありがとうございます」
続いて、ロミー姉さまを抱きしめてキスをした。ロミー姉さまはちょっと積極的で舌を入れて来た。まぁ、拒否はせずに応えておいた。
「お兄さま。心から愛しています。一生忘れません」
那月姉さまと同じ様に僕の胸に顔を埋めて涙を流していた。抱き返しながら囁いた。
「ロミーもありがとう。幸せになってくださいね」
「はい。お兄さま。ありがとうございました」
ふたりの目は真っ赤になっていた。お母さま達は大体のことを察したのか、余計なことは一切言わずに、僕たちが帰るのを見送ってくれた。
翌日、僕はひとりで月宮殿に飛び、皆をマグノリア王国へと送った。
お父さん、シャーロット母さま、那月姉さま、ロミー姉さまを乗せた月宮殿の大型船をマグノリア王国の神宮上空へと瞬間移動させた。
「シュンッ!」
昇降機で神宮へと降り、まずは巫女たちに挨拶を済ませる。船の乗組員が那月姉さまの荷物を神宮へと運び込んだ。
神宮の部屋と設備を確認した後に、マグノリア王城へ挨拶に向かった。
「天照さま、この度は我が国の神宮へ宮司を派遣頂けましたこと、誠にありがとうございます」
「この神宮へ派遣されました。那月と申します。以後、よろしくお願いいたします」
「那月さま。私はこの国の国王、ヘルマン マグノリアでございます。第一王妃のフラヴィアと第二王妃のグレース。そして王子のルークでございます」
「那月さま。ロミーさま。お待ち申し上げておりました。ルークでございます」
「あなたさまがルークさまなのですね。那月です。よろしくお願いいたします」
「ロミーさまも那月さまも驚く程にお美しいのですね」
「まぁ!ルークさまったら。お上手ですこと」
「この度は、ロミーさまは二週間もご滞在頂けるとのこと。どうぞごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます。私は那月さまと一緒に神宮に滞在いたします。夕食だけご一緒できればと思います」
「那月については、初めの一週間で神宮の診療業務の流れを作ります。日中はあまり、お時間は取れないと思います。夕食だけご一緒させて頂ければと思います」
「そうですね。今後はいくらでもお時間はあるのですから」
「では、お父さまとシャーロット母さまは一週間後に、ロミー姉さまは二週間後にお迎えに参りますよ」
「月夜見、よろしく頼む」
「お兄さま、ありがとうございます」
「では、那月姉さま。お仕事頑張ってくださいね」
「はい。お兄さま。ありがとうございました」
「では、また!」
「シュンッ!」
そうして、ロミー姉さまと那月姉さまは、ルークとの愛を育んでいったのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!