#08 ミュレの失墜
「これはいったいどういうことだ?」
ゼレンス家現当主。
ミュレとミーシャの父親が、荒れ果てたゼレンス邸を見てつぶやいた。
「お待ちしておりました」
ライラが挨拶を交わす。
ぜレンス父のライラに対する信用は高い。
彼女の言うことは疑わず信じるだろう。
「なにがあった?」
「それについて、お嬢様からご報告があります」
ライラに促されて、やつれた様子のミュレが父の前に現れた。
「ミュレ!? どうした、その姿は?」
「お父様、私……」
ミュレは魔王に言われた通り、洗いざらい事の全貌を話した。
自分がミーシャに嫌がらせをしていたこと。
そして、その一貫で荒くれ者を屋敷に差し向けたことを。
「馬鹿か貴様! 実の妹になんて酷いことを! あろうことか、命を奪おうとするなんて!」
ゼレンス父は激昂した。
彼は良識者だ。
人として当然の善性を持っている。
だからミュレの非道な行為には当然おこるし、また父としての慈愛も持つ。
「お前のワガママには散々目を瞑ってきた! 娘だからだ! だが今回のことは堪忍できん!」
それでも御立腹の父親。
今回は流石に怒りの限度を超えたようだ。
「今回ばかりは、少々厳しめの処罰を課すべきかと」
ライラが進言する。
父が頷く。
「うむ、そのつもりだ。ミュレ、しばらく貴様の外出を禁止する。時間を置いたのち、然るべき処罰を言い渡そう」
父が言うと、ミュレが涙を流しながら頷く。
ミュレは従うことしかできない。
拒めば、魔王に呪い殺されるからだ。
「まったく……少し甘やかしすぎたか」
父が頭を抱え呟く。
そしてライラに頭を下げる。
「すまなかった。まさか、こんなことが起こっているとは。大変だっただろう。いつも君にばかり苦労をさせて申し訳ない」
父は仕事で国中を飛び回っている。
家にいる機会は少ない。
家のことは従者に任せきりになっている。
特にライラには重要な仕事を押し付けてばかりだ。
「ご心配なさらず。今回、真っ当な対処をしていただいただけで充分です」
ライラが答える。
彼女の仕事量は、素人目から見ても尋常じゃない。
それを涼しい顔でこなせるほど、彼女は優秀なのだ。
「ですが、今回はそれだけでは済まないかもしれません。一つ、お耳に入れておきたいことがあります」
ライラが父に耳打ちする。
「今回の件には……ボロス家、デュラン様が関わっています」
それは事前にディノらとは取り決めていないことだ。
ライラが私的に、そしてディノらに利益が出るような情報を伝える。
「それは本当か?」
驚愕する父。
ライラが答える。
「ええ。デュラン様がミュレ様と共謀して、今回の騒動を起こした。目的は、ゼレンス家を貶めてボロス家の地位を向上させることでしょう」
「待って、私はそんな……」
ミュレが止めかける。
だが途中で辞めた。
当然だ。
ライラの発言を遮れば、魔王との契約を破る事になる。
「……詳しいことはミュレ様から聞き出すとしましょう」
「それが本当であれば、私が動く必要があるな」
覚悟を決める父。
そして後々起きることになる大惨事。
この時、ディノたちはそのことを知らない。
*
作戦は成功した。
ミュレは手痛い仕置きを食うことになるだろう。
ともかく今は勝利を祝して、である。
俺たちは密かに祝勝会を開いていた。
「やったね、ディノ!」
ミーシャが勝利を喜ぶ。
これで一番助かったのは彼女だ。
今後一歳、ミュレからの嫌がらせはなくなるだろう。
「これも全部ディノのおかげだよ!」
続けてミーシャが俺のことを褒めてくれる。
礼を言われるほどのことはしていない。
ほとんど魔王が頑張ってくれた結果だ。
「ライラさんは後処理で忙しいからいませんけど、今はとにかく祝いましょう」
イリナが言う。
ライラはゼレンス卿と後処理を行っている。
こういった仕事をこなしてくれるライラは、非常に頼りになる存在だ。
「協力してくれたヒャッハーさんたちも呼びたかったですが……その、ねえ」
イリナがすまなそうな顔をする。
荒くれ者たちには悪いことをしたと思っている。
ゼレンス邸強襲の実行犯として、連中には一人残らず捕まってもらった。
『ちなみに、我の力で連中の記憶は消しておいた。証言から我らの存在が露見することはない』
魔王が言う。
これでなんの心配もいらないわけだ。
考えるべきは、これからのことだろう。
「それでミーシャ。君が言っていたことは本当かい?」
俺がミーシャに問いかける。
「はい。私はゼレンス家を出ていくことを決めました」
ミーシャは今回の一件から、家を離れることを決めた。
家督は彼女と年の離れた兄が継ぐから問題はない。
家を離れても援助は受けられる。
家にいてもミュレのことを思い出して辛いだけだ。
だから、ミーシャが出ていくのを彼女の父親が認めた。
彼女はこれで自由の身になったわけだ。
「一人で生きていくのは不安です。でも今は一人じゃない、ディノとイリナがいるから」
「ちょっと待て、俺たちについてくるつもりか?」
これは予想外の返答だった。
あくまでミーシャは家を出て、全寮制の学校に通う予定だった。
そして俺とイリナは旅を続けるつもりだった。
「何を言ってるのディノ。私がついていくんじゃなくて、ディノたちがこっちにくるんだよ?」
「へ?」
意気揚々とミーシャは言う。
だが俺たちは何も聞いてない。
「既に二人分の願書は出しておきました。二人には、私と同じ学校に通ってもらいます」
「マジですか?」