#03 降臨する魔王と哀れな父親
『貴様の願い、しかと聞き入れたぞ』
声が聞こえた。
魂に直接語りかけてくるような声。
その瞬間、全身の力が一気に抜けるのを感じる。
まるで魂が入れ替わるように。
「窮屈な鎖だ」
今度は直接声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
俺の声だ。
既に体の自由はない。
俺の声だが、俺の意思が発した声ではなかった。
「魂を縛り付けているのか? なるほど、人間の魂程度なら無力化できる。いい鎖だ」
続けて、俺の口から思ってもいない言葉が出る。
まさか……。
これは本当に……。
「だが我には無意味だ」
瞬間、俺の体が鎖を引きちぎった。
明らかに俺のものではないパワー。
確信した。
本当に、魔王の魂が俺の体に憑依したのだ。
『小僧、理解するのが遅いぞ』
再び魂に声が聞こえた。
これが魔王の声か。
俺と魔王は体を共有しているので、魂で会話することができるらしい。
『貴様の体、しばし借りる。なあに安心しろ、この通り……』
魔王はそんなことを呟くと、
バッ!
一瞬で周りにいた兵士を全滅させた。
凄まじいスピードだ。
そして圧倒的なパワーだ。
全ての兵士を一撃で仕留めている。
これが魔王の実力か。
『約束は守る。ほれ、貴様はこの女を助けたかったのだろう?』
そう言う魔王の傍……もとい俺の体の隣には、無傷のイリナがいた。
よかった。
イリナは無事だ。
『これが憑依の力か。ありがとう、魔王』
『礼には及ばん。しかし、後一人はどうする?』
そう言って、魔王は父に視線を向ける。
焦燥しきった様子の父。
一瞬で兵士を全滅させられて、父はかなり焦っているらしい。
『アレは貴様の肉親なんだろう? 殺せば心が痛むんじゃないのか?』
魔王がそんなことを聞いてくる。
愚問だな。
俺は既に、アレを実の父親とはこれっぽっちも思っちゃいない。
『心配はいらない。殺してくれ。できるだけ惨たらしく』
『よほど恨みを持っているようだな。あい分かった。確実に仕留めよう』
そんなことを俺と魔王が話していると、父が叫んだ。
「何なんだ貴様は! 何なんだそのパワーは!」
まるで状況が飲み込めてないらしい。
仕方ないだろう。
俺だってこれが現実に起きていることかどうか、未だに信じられずにいる。
「貴様、本当にディノか? まるで雰囲気が違う! まさか、本当に魔王が憑依したとでも言うのか!?」
「その通りだ」
言って、魔王は父の顔面を鷲掴みにし、頭を地面に叩きつけた。
「ほう、硬いな。他の兵士どもとは違う。この時代にしては、いい魔力量だ」
魔王が父の頭を地面に押し付けながら言う。
「だが取るに足らぬ。我のいた古代では、そこらへんの犬でもこれ以上の魔力を持っていたぞ?」
すると魔王が父の体を持ち上げる。
顔を鷲掴みにしたまま。
父の体全体を軽々と片手で掲げた。
『丁度良い。ディノ。貴様とはこれから長い付き合いになるだろうから、特別に我の能力をちょっぴり見せてやる』
『能力?』
『ああそうだ。世界を支配した魔王に相応しい、最強の能力だ』
魔王は魂の中でそう言って、今度は口に出して言う。
「『留魂転生』」
すると突然、父奇声を上げて飛び跳ねる。
「アバッ! ババッバババゥシャアッ!」
まるで全身を鋭い痛みが襲うように。
今まで経験したこともない苦痛を味わったように。
父は苦悶の表情を浮かべながら苦しみ悶える。
『これが我の能力。端的に言えば、魂を支配する能力だな』
『魂を?』
『ああ。魂に苦痛を与えれば、それは本体にも反映される。そして我はありとあらゆる痛みを魂に与えることができる』
言って、魔王は優しく父を地面に下ろした。
『逆も然り』
父の体を見ると、なんと傷ついた部分が回復していた。
これも魂を支配する能力によるものなのか?
しかし、なぜこの場面で父を治療する必要があった?
『どれだけ傷つけようが、一旦治せば殺さずに何度でも痛めつけることができる。なるべく惨たらしく殺せと言うのが、貴様からの注文だっただろう?』
魔王から返答が返ってくる。
素晴らしい能力だ。
こんな、何でもありの能力を俺は他に知らない。
「何だったんだ、今の痛みは?」
父が正気を取り戻す。
「ディノ! こんなことをして、タダで済むと思うなよ! 私を殺したとしても、我が家の全勢力を持って必ず貴様を始末する! 覚悟の準備をしておけ!」
声を荒げる父。
最後の悪あがきというやつか。
人間ってのは、追い込まれたら意外と口が回るものだな。
『ふむ。援軍が来るとなるとちと面倒だな。早くここを離れた方がいい。痛めつけるのはこの辺にして、もう殺していいか?』
魔王がそんなことを聞いてくる。
確かに長居は無用だ。
俺はイリナが助けられればそれでいい。
父を殺すのはそのついでだ。
「この親不孝ものが! ディノ! お前は私に迷惑をかけ続けた! 恥ずかしいとは思わないのか? 家に何の貢献もせず、親を殺すのか? 貴様は悪魔の子だ! 我々に不幸を撒き散らすために生まれただけの、ただの厄災に過ぎない! 貴様を冷遇した私は正しかった! 間違っていなかった! 家族は貴様を決して、許しはしな……」
父が言いかけたところに、魔王がトドメの蹴りを放った。
ゴッ!
蹴りは顔面に命中する。
父の体から首が離れてすっ飛んでいった。
『終わったな』
『ああ』
父の体が倒れ、動かなくなったのを確認すると、俺の体の支配権が魔王から俺に戻ってきた。
『ほれ、体を返すぞ。初めての憑依ゆえ、あまり長い間持続できないようだ』
『ありがとう、魔王』
『フッ、礼など要らぬ』
鼻で笑いながら返す魔王。
つかみどころのない男だな。
だが本当に感謝している。
魔王がいなければ俺は死んでいた。
イリナも守れなかった。
『それより、早くここを離れなければ援軍が来るのでは?』
魔王に急かされたので、俺はイリナの手を握って地下室を後にする。
「行こう、イリナ」
「……はい」
何はともあれ。
俺は父に殺されることを回避した。
そしてこれから始まるのは、イリナと二人っきりの生活。
いや、なんかイレギュラーも混じってるんだが……。
『聞こえておるぞ?』
魔王が不満を漏らす。
申し訳ない。
ほとんど魔王の活躍で今回の危機は乗り越えられたというのに。
ともかく、である。
俺はこれから始まる物語に、有り余る興奮と期待を持って旅立つのだった。
読了お疲れ様です!
少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくれた皆様、気軽に感想、ブックマーク等お待ちしております!
より多くの方々に読んでもらうため、広告下の☆☆☆☆☆から評価を入力して協力して頂けると嬉しいです!
執筆活動の励みにもなりますので、是非お願いします!
『次回 #04 ディノの幸せな日々』