美少女を食べる際に気をつけたいマナー その5
「情けないっ! 大協約からもう幾年も過ぎているというのに、未だ食人の悪習から逃れられぬ痴れ者共がいようとは!」
オーガの少女は嘆息する。
それに対して鉄兜が唸る。
「ああ? お嬢はまだ小さいから知らねえかもしれねえが、俺達オーガは人間を食うもんなんだよ! 人間を食わなくなったオーガなんてもうオーガじゃねえ! 腑抜けだ!」
「見損なったぞ、叔父上! 族長の一族から大協約に背く者が出ようとは!」
「そりゃあこっちの言い分だ! そもそも人食いを禁じる大協約になんざ俺達は参加しちゃいけなかったんだ! オーガの伝統、食人はもう滅んじまう!」
「我等が文明化し、他の種族と交わるために大協約は必要なことだった。それは叔父上も承知の事だろうが!」
「そんなもんは表向きの話だ! 本当に伝統を売り渡してどうする? なぜそれがわからない?」
「叔父上こそ、大協約から何年経ってもまだわからないのか!? もう、我等は辺境で小さく生きることはできない。世界は開かれてしまったのだ。それに合わせなければ、我等は本当に滅ぼされてしまう。むしろ、我等は世界へ羽ばたくのだ、そのための大協約だ。それしか生きる術はない……!」
傷顔が歯を剥きだして喚いた。
「うるせえ! いくらお嬢でも俺達オーガの誇りを踏みにじるってんなら……!」
血走った目で睨みつける。
「……ぶっ殺すぞ……!」
瞬間、傷顔が吹き飛んだ。
鈍い音と共に、洞窟の壁に叩きつけられる。
「前が見えねえ」
ひしゃげた顔になった傷顔がぼそりと呟く。と、ずるずると壁から床にずり落ちていった。
傷顔が立っていた場所には小柄な少女オーガが拳を突き出して突っ立っている。
「叛意ありとみなし、げんこつ……っ!」
軽く小突いた。
そんな程度の挙動だったのに。
「やっぱり化けもんだな、お嬢は」
鉄兜が唸った。
「そんな小さな身体で大のオーガを一発でのしちまうんだから」
「叔父上も覚悟はいいか? 先生を掠ったのは叔父上なのだろう?」
「先生?」
鉄兜は、先程からつまらなそうに彼等を眺めている少年に目をやった。
「こいつが?」
「大切なお客人を食べようだなどと、許されるはずもない」
ゆらあり、と握り拳を振り上げるお嬢。
それを見て、鉄兜は不敵に笑った。
「おもしれえ。実のところ、一度お嬢とはやり合ってみたかったのよ。確かにお嬢の力は強ええ。だが、俺の先祖伝来の鉄鎧は割れねえ……」
そこで鉄兜は、その頼もしい鉄鎧外していたことを思い出す。
「あ、ちょっと待っ」
「げんこつっ!」
風切り音が鳴った。
肉を叩きつける重い音。
そして、吹き飛ばされる鉄兜。
飛び込んで鉄兜の体を粉砕したお嬢は、ふう、と一息。居並ぶオーガ達を見渡すと、厳かに言った。
「さて、他の者達も一列に並べ。順番にげんこつしていく」
阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。
◆
折り重なって倒れるオーガ達。
その中で虫の息の鉄兜が、口から血を吐きながら問いかける。
「……俺達を……オーガの伝統を滅ぼしてまで……お前は何を目指すんだ、お嬢……?」
咳き込んだ。
「……世界に羽ばたく……? ……俺達オーガに……何ができる……?」
「叔父上……あなたの犠牲は無駄にはしない。見ているがいい。私はきっと成し遂げてみせる」
「……何を……? 古き正しきオーガを滅ぼしてまで成し遂げたいものとは……何だ?」
お嬢は目を伏し、しかし、思い直したように顎を上げ、前を向いた。まじまじと鉄兜を見据える。
「わたしはこちらの先生から文明国のマナーを学ぶ」
お嬢は少年を指し示す。
「そして、我が一族をどこの国に出しても恥ずかしくないものにする。そうして、文明化し、文化を育み、豊かになる!」
「……そうか……俺等を切り捨てたんだ……ならば……その誓い、必ず果たせ……!」
「叔父上……! ああ、必ずだ! 必ずやわたしはマナー学んで先進国へ向かう! そこで、アイドルになる!」
「……ん?」
「アイドルになるために恥ずかしくないマナーを学び、きらきらの可愛い服を着て、ここでは食べたこともないような都のスイーツを食べ、芸能界にデビューし、CD100万枚売ってみせる! 約束しよう! 叔父上!」
お嬢は泣き笑いの表情を浮かべ、鉄兜に手を差し出した。
和解のための握手。
差し出されたお嬢の手を見て、鉄兜ははらはらと涙を零し始めた。
「……そんな……そんなことのために、俺等オーガは滅びるのか……古き正しきオーガはたった一人の娘のために消え去るのか……?」
鉄兜はさめざめと泣いた。