美少女を食べる際に気をつけたいマナー その4
そこで、少年。再び、クソでかい溜息を吐いた。
「やれやれ……」
「おい! なんだぁ!? あれか? まだマナーがあるってのか? 今度は何だ?」
鉄兜はそこで牙を見せつけるような笑みを浮かべる。
「いいぜ? なんでも言ってみな? 俺達はお前のマナーをぜーんぶ守って、完璧な仕草でお前を食ってやりたいからよ? もうおめえがマナーを思いつけずに黙りこくるまで付き合ってやるさ。さあ、次はどんな屁理屈だ?」
「皆さんは、食人に関する根本的な思い違いをされているようですね」
少年は洞窟の入り口に一瞬目を向け、それから鉄兜の顔をしっかと見据えた。
「食人において、メスはメインディッシュ。食べるのはまず前菜としてのオスです。その順番を守らないというのは、どうしたら一番美味しく人間を食べられるのかという知識が、いや、意志がないとしか思えません」
その言葉に、鉄兜は目を瞬かせた。
「うん……? なんだ? つまり……おめえはこのメスより先に自分を食えって言ってるわけか?」
「柔らかく芳醇なメスの肉を味わうのは後。それが王都での洗練されたマナーです」
鉄兜は我に返ったように、含み笑い。
「ほほう? いやあ、なるほどなるほど? おめえにしちゃ、随分殊勝な心意気じゃねえか? せめて自分が食われる間だけでもこのメスには長生きさせてやろうって訳だ」
「な……そうなのか? 自分の身を盾に、私を助けようと……?」
「いや、おめえもすぐ食われて死ぬんだから意味ねえけどな」
少女の問いかけに鉄兜が横から答えてやる。優しい。
だが、少年は少しも動じない。氷のような表情で言う。
「仰っている意味がわかりません。私はただ正しいマナーを示しているだけなのですが」
「くっくっく、強がりやがって。ああ、いいぜ。まずはおめえから食おうじゃねえか! おめえの頭をベロベロガジガジ、鼻とか耳とかこそげ落としてやるよ」
「いや待ってくれ、鉄兜の旦那! こいつをまず一囓りするのは俺にしちゃくれねえか?」
傷顔が勢い込んで手を上げた。
「こいつが絶対泣き叫ぶような痛てえ囓り方をしてやるからよ!」
「どうすんだ?」
「玉の片方をナッツみたいにかりっとくちゅっともぐもぐしてえんだ、俺は!」
そう聞いて、鉄兜の目が輝く。
「そいつは精が付きそうだな! いいぜ、まず一噛みは傷顔、おめえに任せた!」
そう聞いて周りのオーガ達もどよめく。
「ちぇっ、いいなあ!」
「俺も早く食いてぇよ!」
周囲の歓声に包まれ、傷顔は凶暴な笑顔を少年に向けた。
「さて、精々いい声で泣けよ? 命乞いの準備はいいか?」
少年は肩を竦めた。
「何を期待しておられるのかわかりかねますが……何かされるなら急がれた方がよろしいかと」
「はあ? おめえをさっさと食えってか? そうはいかねえ! 簡単に殺して終わりにはさせえねえかんな! ずっと長いこと痛みと苦しみを味わわせてやるよ。俺達は急がねえ。ゆっくり、ゆーっくり、おめえを生きたまま食い続けてやる」
「まあ、それはできるならばご自由に。もう遅いでしょうが」
「ああ? てめえ、何言って……」
傷顔が眉間に皺を寄せたその時だった。
「貴様等! 何をしておるか!」
大音声が洞窟内に響き渡り、オーガの何人かが腰を抜かした。
「……お嬢……!」
鉄兜は洞窟入り口の方向へ目をやり、そう呻いた。
そこに立つのは小柄なオーガ──だが、人間よりは遙かに大柄な少女の姿をしたオーガだった。