美少女を食べる際に気をつけたいマナー その2
鉄兜が牙を剥きだしせせら笑う。
「ほう? もっと大事なマナー? そりゃなんだ? 言ってみろ」
「お言葉に甘えて言わせてもらいましょう。皆さんが犯している最大のマナー。それは人間のメスを食べるとき、その食卓を囲む者は必ず服を脱がねばならない、というマナーです」
少年は落ち着いた声で答えた。
「なんだ、食われる側だけじゃなくて食う側も脱がなきゃいけねえのかよ」
「もちろんおわかりでしょうが、食べる側については『靴下を脱いではいけない』というエチケットはありません。というのも大抵、人間のメスを食う者は最初から靴下をはいていないものですから」
「で? そのマナーはどうして守らなきゃいけねえんだ?」
「食人というのはどうしても血なまぐさいものになりがちです。噴き出る鮮血は思わぬ所まで飛び散るもの。これは床にカレー皿をひっくり返したときに、キッチン通り越して洗面台までカレーが飛んでいたりするのと同レベルと言えるでしょう」
「……かれー? きっちん……?」
訝しげな鉄兜の眼差しを容易く無視して少年は続けた。
「そして、血液というものは服に付くと染みとなり、なかなか元に戻すのは困難です。これもひっくり返したカレーが洗濯物の上にべったり飛び散ってしまって染みとなり、中々元に戻すのが困難になるのと同様です……」
少年は何らかの辛い過去を思い出したのか、くっ、と目頭を押さえる。そして、その悲しみを振り払うかのように、大きく首を振った。
「……いやはや……! せっかくの楽しい食人、服が血で汚れるのを気にしながら食べるのではリラックスできないでしょう? 食人というのはもっとこう、穏やかで救われていないといけないものです。ならば最初から服を脱ぎ、心ゆくまで食人を楽しむのが道理だとは思いませんか?」
少年の言葉に、だが鉄兜は感銘を受けた風でもない。
「そうか? 別に俺はこの鉄兜や鎖帷子が血で汚れても構わねえがな。むしろ、その方がハクが付くってもんだ」
「おやおや……。よく考えてください。あなたはそれで良くても、それを見ている周囲の皆はどうでしょう?」
「周りの連中がなんだってんだ?」
「裸に剥かれた人間のメスを前にして立つ、完全武装して肌も見せない人食い鬼と全裸の人食い鬼、どちらがより好ましい、この先何が起こるのか期待させる人食い鬼だと思いますか? どちらがよりワクワクするでしょう? これから先はもう言わなくてもわかりますよね? 人間の女の子を食べるときは全裸たるべし。これは今日、是非覚えて帰ってください。着衣したままとか本当に理性を疑います」
と、そこまで聞いて傷顔が顔を歪めた。
「……いつまでもぐだぐだぐだぐだ屁理屈並べやがって……! いい加減にしろ! いつになったらおめえらを食えるんだ!」
「なんでしたら、いつでもどうぞ。ただ、最新式の食人マナーを知らず、粗野で時代遅れの身勝手な振る舞いをこれから続けても構わないというのであれば、ですが」
傷顔が喚く。
「へっ! それがなんだってんだよ! マナーで腹が膨れるか!?」
「マナーを知ることはとても有意義なものです。空腹を満たすよりもね。例えば、あなたがマナーを心得ていた場合、周囲の遅れた連中にマナーを教えることができます。洗練された文化をこの辺境の地に広め文化を根付かせることができます」
「ぶんかぁ? それが何の得になるってんだよ、バカらしい!」
少年は、口角の片方だけつり上げて、いかにも無知を憐れんだような笑顔を浮かべる。
「やれやれ。では、こう直接的に申し上げればご理解いただけますでしょうか? マナーを知る事で得られる利益とは、マナーを知っている側はマナーを知らない側を小馬鹿にして優位に立てる、ということです。王都風に言うなら、マウントを取れるというところでしょうか。無知で愚鈍な輩に知識を与えるという上の立場に立てるのです。どこであれ、どんな種族であれ、複数の者が集まれば社会が形成されます。その社会の中において、自分がより上位を占めるのにマナーを利用するのは大変有意義です」
「あ? ああ? 何言ってんだおめえ?」
「つまりですね、こうです。ばーか、お前ってそんな事も知らないのかよ。恥ずかしい奴」
「な!? てめええええ!」
激高した傷顔が棍棒を振り上げる。が、それを制するように少年は鋭い声を発した。
「逆に!」
少年の声に、鉄兜が傷顔を抑える。
「まあ待て。最後まで鳴かせてみようじゃねえか」
「鉄兜の旦那……」
少年は鉄兜に軽く頭を下げ、気取った様子で言葉を並べ立てた。
「逆に、マナーを知っていれば、このように馬鹿にされることを防ぐことができます。社会的下位の立場に立たされずに済むわけです。自らの身を守るためにもマナーは必要な知識と言えるでしょう」
「ああ、なるほどな。いやあ、よくわかった」
「さすが、鉄兜さんは理解が早い。お見それしました」
少年は慇懃に礼をする。
それを見て、傷顔は歯軋りせんばかり。顔を歪める。
それでもおおっぴらに鉄兜へ異議を唱えることは憚られたのか、小声で囁いた。
「……鉄兜の旦那! なんでこんな奴の戯言をいつまでも聞いてるんだ? さっさと殺して食おうぜ! おれぁこいつの話を聞いてるとイライラしてくるんだよ! こいつ、ぼっこぼこのぐちゃぐちゃにして黙らせてえ。マナーマナーうるせえ! 親から教わった人の食い方見て失礼だなんだと文句つけてきやがって、そうなったら戦争だろうが! 俺だけじゃねえ、俺の親や一族全部馬鹿にしてんだ! そんな奴、殺されたって文句言えねえだろ!」
それを受けて、鉄兜は重々しく頷く
「ああ、俺もそうだ。俺も全く同じ気持ちよ」
「ならさっさと! こんなクソ野郎、口に石詰め込んで黙らせねえのは何でだ!」
「こいつがクソいきってるからこそまだ喋らせてるのさ」
「ああ?」
「もし、こいつがただの命乞いするような奴だったら、うるせえしめんどくせえからもうとっくに頭を潰して黙らせてらあ。ただ、こいつがマナーマナー囀るほど、俺は後が楽しみでよお」
「……どういうこったよ?」
「面白くねえか? 今ここでお高くとまってるお上品な奴が目の前でメスを食われ次は自分の番だとなったとき、それでも今みたいに薄笑いを浮かべてられるのか? 実際に、自分の腕がぶった切られて俺等に食われてるのを見て、まだマナーとか言えるのか? こいつが今得意げにマナーマナー言ってれば言ってるほど、自分がぶん殴られて痛い思いをしたときどんな反応をするのか、それが通用しない場面になったら……どんなに面白く泣き叫んで命乞いしてくれるか、おれぁ楽しみでならねえ」
そこで鉄兜はジュルリと涎を垂れ流す。
「……むしろ、今いきってくれりゃいきってくれるほど、後でクソ小便漏らしながらひいひい泣くのを見て楽しめるってもんだ。だから、今はこいつに言わせるだけ言わせてやれ。結局、俺達が食う側なのはかわらねえんだ。今の得意面が最後に泣きっ面に変わるのを俺達は楽しんで食うのさ。いいか? これが一番うまい人肉の食い方だ」
傷顔の目が禍々しく光る。
「……なるほど、それが俺達の人肉を食うときのマナーって奴だな?」
「ああ、そうだ。せいぜい畏まってこのマナーの先生の言うことを聞いてやろうじゃねえか。へえへえ、さいでやすね、さすがマナーの先生だ! じゃあそろそろ失礼しますがRIP死んでください? ってな。最後どんな悲鳴かそれともマナーか、口走って死ぬのかうきうきしながら待とうぜ」
傷顔の表情が晴れ晴れとした笑顔に変わる。
「……ああ、わかったぜ、鉄兜の旦那! そう思えば、こいつが屁理屈並べて正論面してるのも笑えてくらあ……!」